妹転生?!ファンとしてお兄様を幸せにします!分割版 作:tom200
部屋を整えた後、精神統一もかねて一度地下のラボでログを確認する。
家を空けている間、以前のようなハッキング等は無かったようだ。念のため警戒レベルをもう一段階引き上げておく。
その頃には深雪も荷解きが終わったのかキッチンに移動していた。
味噌汁だけを作るということだからそろそろ切り上げた方が良いかもしれない。
画面をオフにしてブラックアウトした画面に映る自分の表情がいつもより視線が鋭いように思う。
目元を揉み解してから立ち上がった。
地下から戻ると良い香りが漂っていた。
いつもの味噌汁とは違う香りのような気がするが、料理に関しては全く分からない。
深雪は日常あれだけ勉強をしているのに、いつ料理のスキルを磨く暇があったのか。彼女の努力に改めて感服しながら真っ直ぐキッチンに顔を出す。
「いい匂いだね」
「丁度いい所に。今出来上がったところです」
「それはよかった」
これが外であれば出来立てになど興味はないが、深雪の作る料理となれば別だ。
盛り付けている料理が運ばれる前にカトラリーを並べる。
これくらいの手伝いでも深雪の感謝が貰えるなんて、どれほど贅沢な暮らしだろう。
これを幸せと呼ばずしてなんというのか。
二人していただきますと声を揃えて食べる食事の有難みを、改めて実感しながら味噌汁に手を付ける。文句なしに美味い。
いつもと違う風味のこの味噌は麦味噌だそうだ。
汁物というよりおかずだな。具材が多くてこれだけでご飯がいけそうだ、と思っていると深雪からご飯の用意がありますよ、と笑みを向けられ、あまりの用意の良さに良妻との二文字が浮かぶが、それはあまりに気が早すぎる。
「もらってもいいか?」
「ふふ、もちろんですとも」
にっこり微笑む深雪が美しくも可愛らしすぎて、自身の頬が緩むのが分かる。
だらしなく映っていないか心配になるが、深雪の笑みが深くなったので悪い印象は与えていないようだ。
こちらもどうぞ、と出される漬物もいい塩梅でご飯が進む。
腹は減っていなかったつもりだったのに結局二杯もご飯を平らげてしまったが、それをニコニコとして見ていた深雪はむしろ機嫌が上昇しているようだった。
その様子に安堵した。
もしかしたら一緒にいることでずっと緊張させっぱなしになってしまうかもしれないと危惧していたのだ。
だが、杞憂だったかと安心するには早すぎたらしい。
食後のコーヒーをリビングに運んでいつものように隣同士くっついて座ると思われたが、微妙に距離を空けられた。
(…流石に深雪も警戒するか)
ソファでは、今までも困る深雪にちょっかいを掛けていたことを思い出せばその反応も無理はない。日ごろの行いというヤツだ。
ここで無理に積極的に動いては徒に警戒心を煽ることになるだろう。
なるべく何でもないよう苦笑だけ浮かべてみるが、胸の前で固く拳を握りしめ、表情を強張らせたことから逆効果だったのかもしれない。
その反応に胸が苦しくなったのを隠すようにコーヒーに口を付けた。
まだ熱すぎて痛いほどだったが、今はこの痛みが丁度いい罰のように思えた。
この沈黙に包まれた空気を払拭するように語り出したのは、この先彼女の思い描く計画、年末に仕掛けた布石とその展望だった。
「『孤高の女王』をやるのか?深雪が?」
四葉という名によって孤立するのは目に見えているので、あえて自分から演出して人を寄せ付けないようにするつもりらしい。
確かに俺たちが四葉であることが周知されればそれだけで何もせずとも生徒には恐れられるだろう。
九校戦での四葉の関係者と噂されていた黒羽姉弟がいい例だ。
いくら親しくなったクラスメイトでも近寄りがたいと距離を保つことも予測される。
(だが、それをあえて自分から仕向ける?)
深雪は孤立ではなく孤高になる、と自ら他者と距離を置くつもりらしい。
深雪がそういう行動を取る時――自分が傷つくのを承知の上で何かをする時は決まって誰かのために、であることは間違いない。
(この場合その誰かは、生徒の為、か)
慕っていた人物を悪評によって遠ざける。それは人の心理としては当たり前のことでもあるが、そのような行動をとる場合、罪悪感を刺激するものにもなり得る。
正義の在処、信じていた者の裏切り、周囲からの好奇の眼差し――。
こういった集団心理は軍で学ぶので、人の心の動きを推し量るのが難しい自分でもそういう心理状態があることは分かるが、理解できるかと言われると別だ。
自分に正義なんてものはないが――唯一絶対の指針が揺らぐことは無いのだ。彼らに共感する心を持ち合わせていなかった。
だからそのことで生徒たちの心が病もうが俺にはどうでもいいが、深雪にとって彼ら生徒も守りたい対象なのだろう。
深雪の作戦を聞いて、その考えは確信に変わっていく。
「そこまでお前がする必要があるのかい?」
生徒たちの将来まで、深雪が背負うことは無い。
彼らは勝手に深雪に心酔し、面白おかしく学校生活を楽しんでいた。
そのことで世間から四葉に傾倒していたのではないかと疑心を抱かれ、避けられたり偏見を持たれたりしたところで深雪がフォローを入れなければならないことなど無い。
彼らの為に胸を痛めることなど必要ないと思うのだが、深雪は大丈夫と微笑むばかり。
深雪はただ元から孤立するならその流れを利用するだけ、と気丈に考えているようだが、果たしてそこまでする価値があるのか、俺には見いだせない。
深雪が、他人にそこまで心を砕く必要性を感じない。
(…これも独占欲、なのか)
もちろんそれだけでなく、これから受けるだろう心労や、孤立することで寂しくなることもあるだろう。彼女を心配する気持ちに偽りはないのだが、…周囲ばかりを心配するのも面白くない。
かといってそれを口にするのもカッコ悪く思えて別のことを口にする。
「水波はどうする」
水波が従兄妹という設定は嘘だとバレるのは確定で、今までの彼女の深雪に対する態度からも、護衛であったことは推測されるだろう。
いつも控えるように傍に居たのだから。
水波を自分直属ではなく本家から派遣された護衛ということにすれば、深雪に無理やり従兄妹として振り回された憐れな使用人に見えるのではないか、との設定らしいが、それは無理がある。
水波が深雪を慕い、献身的に支えてきた姿を周囲は見ている。それがただの仕事であり、義務だったと説明されたところで誰が納得するだろうか。
だが、そうか。水波とも節度ある距離を取る気でいるのか。
「…そこまで考えて、俺には今まで通り皆と普段通りに過ごせと?婚約者になったというのに他人行儀に接しろと、そう言うのか?」
クリスマスに渡した手紙には、俺は四葉(とはっきり書いたわけではなくとある魔法師の一族とぼかしたらしいが)の人間として扱われてこなかったので四葉の中でも認められていないといった内容が記されていたらしい。
そして深雪が俺によそよそしい態度を取ればそれが真実味を増し、四葉の人間であろうとも仲間たちは俺を受け入れるのではないか、という筋書きらしいが…。
なぜ、恋を自覚し婚約者という立場を得られたというのに横に立つことが許されないのか。
なぜ、兄妹でいる時よりも離れなければならないのか。
なぜ――
「四葉と分かって私を害そうとする生徒はおりませんでしょう。それに、恐らくですが学校からも忠告があるはずです。婚約者でありながら同居をしているというのは学校側としても問題になるでしょうから、節度ある行動を求められるはずです」
「兄妹としてなら許されていても、婚約者になったからには節度を持て、か?」
納得のできる常識的な意見のはずなのに、脳裏には叔母上の非常識な発言と高笑いが浮かぶ。
「あの、家では普段通りで構わないのです。学校の間だけ、我慢を強いることになるでしょうが」
「当たり前だ。プライベートまで学校に指導されたくない」
そこまで干渉されてたまるか、とまるで自分の言い分が思春期特有の反発をしているように思えて口を閉ざす。が、不満までは完全に隠せなかった。
学校サイドの意見は考えれば当然の指導だ。いくら婚約者でも学校内では節度を持つようにというのはまったくもって常識的で、本来であれば同居も危険視されておかしくない。
兄妹、家族であれば問題はなくとも、従兄妹で婚約者。若い男女が共に屋根の下など、勘繰りをするなという方が無理だ。
未成年を正しく導くことは学校教育の一環であり、それを怠れば責任を負うことになる。彼らが厳重に注意するだけの理由があることは理解した。
いくら早婚が望まれる魔法師界とは言え、未成年者の妊娠はあまり喜ばれない。体に負担がかかることもそうだが、魔法師を人非道扱いする思想問題にも通じる。
ただでさえ四葉はそういった面――人体実験や倫理を無視したような研究の疑いを持たれているのでより厳しい目を向けられるかもしれない。
己の行動に対し気を付けねばならないことは分かったが、しかし、婚約者としての節度ある距離、とはいかなるものか。
身近な婚約者同士で想像するのは五十里・花音両名だが、あちらは十分学校内でもくっついていたように思うのだが…。
(いや、親しい人間以外のいるところではそれなりに節度を持っていた、か)
教師の目が無い生徒会室ではべったりくっついていたからその印象が強いが、九校戦に向かうバスで一緒になれないことをあれほど悔やんでいたことを思えば、普段からそれなりに我慢をしていることになる。
学年が違うので普段どのように過ごしているのか把握しているわけではないが、深雪の提案は『我慢を強いる』ものであり、彼ら以上に距離を取るということ。
その言葉で連想し、思い出すのは入学時の凛とした深雪の姿。
今隣で見る深雪とは違う、冬の寒さを思わせる表情は美しい芸術のようで、その美しい姿に魅了されたものだ。
それでいて、家に戻ると誰も知らない無防備な愛らしい姿を見せるのだから、たまらない。
あの時は兄として心を許されていることに喜びを抱いたものだが、今思えばあのギャップに胸を鷲掴まれて興奮していたのだろう。
自分にしか見せない、というところも俺の心を満たす要因だった。
だが、喜ぶ半面心が痛んだ。深雪の苦しみが伝わってくるからだ。
深雪が悲しむと胸が軋む。
今回も、深雪は自分が計画したこととはいえ、その通りになれば落ち込むだろう。
いや、前回よりも厳しいかもしれない。
親しかった人間から懐疑の視線や恐怖、警戒、悪感情も向けられるかもしれないのだ。
間接的に四葉のせいで迷惑を被ったことのある家が無いとも限らず、これを機に何かを吹聴することだって可能性として考えられる。
ガーディアンとして物理的に守ることは得意であっても、噂から守るのは不得手だった。そうなる前に何かしらの企みがあったら排除するつもりではあるが――。
「…またお前ひとりが辛い思いをするのか」
「今度は上手くやってみせますとも」
微笑む深雪に強がっている様子は見られない。
すでに覚悟を決めているのだ。年末の、あのクリスマスの瞬間から。
「まさかあの時、すでにここまで想定していたとはな」
「慶春会に参加せよ、とお手紙を頂いた時には、四葉の次期当主として発表があるのだと思いましたので」
いっそのこと、本家にたどり着かない方がよかったのではないか、先延ばしにできたのではないかと後悔が過るが、深雪は首を振る。
「それは無理でしょう。それでは叔母様の不興を買ってしまうことになります」
「あの人なら気にしなさそうだがな」
今回が駄目ならば別の機会くらい用意できただろう。
あの人からはどうあっても俺たちを結婚させるつもりだという『熱意』を感じられたから。
…あの理屈はさっぱり理解できるものでは無かったが。
(世界を物理的に破壊するか、俺が唯一愛せる深雪を世界の害悪から守るか――この二択が天秤にかけられていたなど、誰が想像できるというのか)
世界に復讐を誓った女が望んだ復讐方法。
前者はとても分かりやすいが、後者は全く理解が及ばない。
叔母上の過去に興味はないが、もしかしたらそこにこの突拍子もない案に至る要素があるのかもしれない。
だとしても、そんなことに巻き込まれるために生を受けたのだとしたら、なんと迷惑な運命だろうか。
だがしかし、そんな数奇な運命を背負ったおかげで深雪という最愛と出会え、手に入れられるのだとしたら――
(いや、だったとしても、はた迷惑な話だ)
一瞬すべてがチャラだ、と水に流しかけたが、そのせいで深雪にまで多大な迷惑が掛かっているのだ。
そうだ。これは俺だけの問題じゃない。
と、深雪に降りかかった迷惑を回想ようとしたところで思い出す。
(ああ、そういえばこの問題もあったか)
それは、あまりにも不快なワンシーンだった。
NEXT→