妹転生?!ファンとしてお兄様を幸せにします!分割版 作:tom200
コーヒーを机の上に戻し、深雪のカップも取り上げて向かい合う。
戸惑う深雪だが、こちらの真剣な顔を見て背筋を伸ばした。
「いつからなんだ?」
「なにが、でしょうか」
「叔母上との関係だ」
深雪の関係は把握していると思っていた。
特に重要人物や親交の深い関係は見過ごしていないと自負していただけにあの衝撃は凄まじかった。
俺の知らない、深雪との関係に醜く嫉妬した。
そしてそれは隠していた深雪にさえ向きそうになったが、深雪に怒りをぶつけるのはおかしいと思い止まる。
だが、ぶつけなくとも溢れるものはあるのだろう、深雪の瞳が怯えるように揺らめいた。
「…真夜姉さまとお呼びするようになったのは中学生の時でした。きっかけは…なんだったでしょう。いつの間にか面白いわね、と気に入っていただけてそのような呼び名に至った形です」
叔母上は深雪を弄んで楽しんでいるのだろう。愉快犯なところがあることはこの年末年始でよくわかった。
しかし、そうか。中学の頃から、か。
全く気付かなかった。
俺がいる前で二人は当主と次期当主候補という関係性だったから。一般的な姪と叔母、よりも遠い関係。
だが、実際は軽口も叩けるような間柄で、二人の様子は在りし日の親子の会話のような気軽ささえ見えた。
家族として暮らしてもいないのに親しげな様子が気に入らなかった。
それが表に出てしまったのか、今度は瞳だけでなく体ごと小刻みに震えていた。
深雪を怖がらせたかったわけではないのに。
自分勝手な感情を発露させてしまったことを恥じて謝罪して一旦気持ちをリセットした。
(なんて、浅ましいのだろう)
深雪を通してしか発露しなかった感情が今、深雪に関してではあるが自分の抱いた感情が表に出ているこの状況。
そう、これは叔母上に対しての嫉妬に駆られた俺自身の感情。むき出しの、自分の感情だ。
あまりの醜さに項垂れそうになる。
「何か、ご不快にさせてしまうことがございましたでしょうか」
先ほどまで震えていたというのに、すぐさま俺の変化に気付いて心配そうに様子を窺う深雪は本当に俺と兄妹なのかと思う程慈悲深い。
だが、深雪に不快にされたことなどない。あり得るはずも無い。
そんな誤解は即刻解くべきだ。
たとえ自分の醜い心を晒すことになろうとも。
「いや、これは俺の問題だろう。――俺が、勝手に嫉妬しているだけだから」
深雪はその言葉がピンとこなかったのだろう。目を見開いて口元に手を当てる。
薄っすらと空いた口を隠すためだろうが、無意識に出るこういう所作が、仕草が俺の心をくすぐっていることを深雪は気づいていない。
些細なことでもこんなにも反応するものだっただろうか。
これまで知らなかった感情に、想いに名がつくと、それだけで意識していなかったところも気になってくることを知る。
「俺も自分に驚いている。人は恋と自覚すると途端に感情が軸を失い揺れ動くんだな。以前から深雪には独占欲のようなものは感じていたんだが」
深雪の意識が他に向くたびに面白く思わないことは多々あった。
それは深雪が俺にとって唯一だったからこそ、抱いた思い。
自分には深雪しかいなかった。深雪しか愛せない。
母による手術によってそう作り変えられた。それ以外をすべて奪われた。
俺の世界は深雪を中心とした世界だけが残された。
だが、それで十分だった。
彼女のみいてくれればそれ以外、何もいらない。
彼女が幸せであることで俺の平穏は保たれる。
それを遠くでも見守れたなら、俺の人生は満たされ、救われる。そう信じていた。
(兄としてだけいられたらそれで満足――納得する人生だっただろう)
分不相応に恋心など抱かなければ、嫉妬など感じられなかっただろうに。
おこがましい、と蓋をしたか、もしくは気付くことさえ無かったかもしれない。
あの沖縄の事件が無く、あのままの関係であったならきっと俺は心を、感情を得ることは無かった。
深雪に対しても、失うことは恐れてもここまでの執着は抱かないのではないだろうか。
だが、愛されて、感情を育まれ、欲を抱くようになって思い知る。
(俺には深雪しかいない。深雪ほど愛せる人間は他にいない。――だが、深雪は違う)
俺にも好意的に思える友人ができ、彼らの為に労力を割くことくらい厭わないと思えるほどに気を許すことを覚えた。
他人に関心を持とうが、友人らしく振舞う程度だったのに彼らに何かあったら手を差し伸べたい、と思うなど深雪以外にはありえなかった。
だが、当然だがそれでも深雪には敵わない。足元にも及ばない。
深雪と彼らでは次元が違うのだ。
(ああ、そうか)
天啓を受けたように唐突に理解した。
焦燥感が付きまとっていた理由が急に解ける。
婚約者として発表された直後から早く証が欲しい、と考えるようになった。
それは直接的な体の繋がりを持つことでモノにするという欲求による所有権を主張するためだけの証だと思っていた。
男の身勝手な欲求だと。
それも全く無い、というわけではないだろうが一番欲しいのは――深雪の唯一であるという証だ。
深雪は俺の為に生み出された完全調整体だという。
肉体と霊体を調整され、完璧な魔法力と美貌をもって誕生した。
しかしそれだけであり、俺を想うようにとの精神干渉は受けていない。そのような魔法の痕跡は視られない。
深雪の心には何の制限もされていなかった。
つまり、深雪には俺以外にも愛する者をつくれる。
俺以上に愛する相手を見つける可能性があるのだ。
それはすでに出会っているかもしれない。
まだ出会っていなくともこれから先、出会ってしまうかもしれない。
(だからこそ深雪の心に刻まれたい、俺という存在を――唯一の男であると認めてほしいと)
俺が己の感情を読み解いている間に、深雪も状況を把握しようとしていた。
「心が、感情が揺れる、のですか…お兄様が」
驚くのも無理はない。
俺自身ありえないと思っていた。
深雪が心を育てると、感情は豊かになると導いてくれていたが、ずっと心は深雪以外には動かないものだとばかり思っていたから。
だが、年少の頃の暗示と、誰にも期待してはいけないと無意識に自衛が働いたことによる思い込みだった。
もちろん衝動は抱けない。感情の上限は決まっている。
それでも、自分の抱く感情が以前よりはっきりと動くのが分かった。
「…これもまた、お前が育ててくれた心になるのか」
胸の前で手を組み、感極まった深雪は静かに涙をこぼした。
悲しんでいるでも苦しんでいるでもなく、俺を想い、感動で涙しているのだと思ったら体が抱き寄せていた。
目元を己の肩に押し付けてシャツが涙を吸っていく。
「俺は今、酷いことを言ったんだぞ。俺が嫉妬するのはお前のせいだ、と。なのに嬉しくて泣くのか?」
「…わかっていてそのように聞くのは卑怯ですよ、お兄様」
卑怯でも何でもいい。深雪の口から聞きたかった。
そう懇願すると、握られた拳はシャツを握りしめるように動き、上げた顔からははらはらと零れ落ちる涙が別の場所に染みをつくる。
こんなに美しい泣き顔が世に存在するのか、と目を奪われる。
白い肌にうっすらと赤みが差し潤む瞳は闇夜に星を閉じ込めたように煌めき、生まれ落ちる雫は宝石のよう。
小さな桜色の唇が開く。
「どんなものだろうと、嬉しいに決まっているではないですか。お兄様自身が何かを望むようになることを、何故喜ばないと思うのです」
醜い嫉妬心であろうとも、自らの気持ちを発露させることもできなかったことを知っている深雪にとっては奇跡のように思えたのかもしれない。
ずっと、彼女がそのことを望んでいたことを知っている。俺が喜ぶたびに、苦しむたびに心を成長させたと喜んでいた彼女にとってもこの結果は驚くものだったのだろう。
感動によって興奮しているからか、彼女は心にしまっていた想いを口にした。
「恋は人を豊かにすると言います。私はずっとお兄様にその機会が巡ってくることを望んでおりました」
それは、彼女の願い。
大晦日の夜、深雪が俺の幸せを願っていることを知った。
ずっと献身的に支えてもらっていたことは気付いていたが、まさかその中に俺の恋を応援するものが含まれていることは気づかなかった。
ズキッと胸が痛むのは、その恋の相手に深雪が含まれていないからか。
(…まあ、当然と言えば当然だな。深雪にとって俺は兄でしかなかったのだから)
兄妹で恋をするなど常識的に考えてありえないのだから。
しかしながら、彼女の発言で思い至ることがいくつかある。
誰かと二人きりになればどう思ったかを訊ねられたり、その相手を褒めたりしていたのはその一環だったのか。
悪いがそれは無駄な努力だったと言わざるを得ない。
もし深雪以外にも衝動を抱けることを仮定したとして、隣に深雪がいて他の女性に目が向くかと聞かれればそれは難しいというものだ。
妹は対象外?そんな常識がこの暴力的なまでの美の前で意味を成すのか。
外見の美しさだけじゃない。内面も負けないほど賢く、包容力も豊かで好感しか持てないのに。
それでいて――
「でもまさか、それが…私に向くとは夢にも思いませんでした」
恥ずかしそうに目を泳がせながら胸に顔を寄せる美少女になんとも言えない衝動が沸き起こるが、ゆっくりと目を閉じて精神を落ち着けてから口を開く。
衝動をぶつける前に、どうしても伝えなければならない。
「俺としてはお前に惚れない理由が無いんだがな」
「?それは、どうして…」
どうしてもこうしても無い。
見返りも求めずあれだけ献身的に愛されて、すべてを肯定され、受け入れられてどうして愛さずにいられようか。
深雪にだけは想いに上限など無いのだ。
兄妹愛という言葉だけでは足りない。様々な想いが生まれた。
家族愛、敬愛、慈愛と様々な愛が深雪に向けられ、――自然と恋情にまでたどり着く。
「献身的に愛されて、たっぷりと愛情を貰って、返したいと思うことはおかしなことじゃないだろう?なのにお前はそれを自分ばかり貰いすぎだと遠慮する。しまいには自分ばかりに構うのは良くない、と俺から離れていこうとする。それにどれだけやきもきしたか。この俺が、恋とも知らずにいた俺が葛藤していたんだ。お前が離れてしまうのではないか、と。いずれ離れなければならないとわかっていたはずなのに、その思考を見ないふりをしてまで。
だがな、深雪。男は離れていこうとするものを追いかける習性がある。それを計算に入れなかったことがお前の敗因だ」
深雪が離れていく気だ、と気付いたあの夜、一番に思ったのは『逃さない』だった。
恋心を自覚するよりも早く頭に浮かんだ。
思考よりも早い考えは本能に基づくものだと言われている。
本能が、深雪を逃さないと、捕らえて離すなと訴えていた。
手を伸ばして頬を撫でる。腕の中で捕らえただけでは足りない。
――もっと離れられないように繋ぎ止めなくては。
「お、お兄様っ」
唇が触れるほど近づくと、悲鳴にも似た声が上がる。
だが、逃がさない。
「好きだ、深雪」
これは告白というより懇願だ。
「お前が愛情を浸透させるように好きだと言ってくれていたように、俺も浸透させるように言い続ける」
どうか、こう願うことを許して欲しい。
「――好きだ。早く、俺のところまで堕ちてくれ」
そしてどうか、共にいてくれ。
ずっと傍に。
(俺は卑怯な男だから、曖昧な状態でいられない。決定的と言えるだけの確証が欲しい)
弱い耳を責めれば、真っ赤に染まるのは興奮を抱いているからだろう?
顔のいたるところにキスをしてもぎゅっと固く眼を閉じるだけで背けることをしないのは、嫌がってはいないからだろう?
魔法を使って抵抗もできるのに、それもしないのは、拒絶する意思が無いからで――
「お、兄様、コーヒーが冷めてしまいます…」
深雪なら一瞬で温め直せるのにおかしなことを言う。
揺れる瞳の中に、灯る熱があることを見逃さない。
この先に何が起こるか、知らないでこの反応はできないはずだ。
「コーヒーは冷めても飲めるが、深雪は熱に浮かされているうちでないと食べさせてもらえないだろう?」
本気を伝えるためにブラウスのボタンを外していけば、深雪はついに顔から火を噴くほど真っ赤に染まり慌てだす。
「お、お兄様、待って下さるはずじゃ…」
待ってやりたかった。待ってやれると思っていた。
だから申し訳なく思うが、現状そうもいっていられないのだ。
時間は有限だ。ある時に使わなければ機会を逃す。
「食べるというのは語弊があるな。あの日の確認作業がまだだっただろう」
語弊がある、と言っても言葉のチョイスが悪いだけであってやること自体は変わりない。
それは深雪にもわかっているのだろう、ここで初めて腕の中から抜け出そうとするが、藻掻くたびに大きく開いた胸元から魅惑的な谷間が形を変えて誘惑してくる。
今すぐにでも手を差し込みたい欲求に駆られるが、その前にこの混乱時に畳みかけなければと深雪の顔に視線を戻す。
「むしろ今しかチャンスはない。確認作業は必要なことは深雪にもわかっているだろう?」
もちろんそんな必要は何処にもない。
だが当然のように言い切られたことで深雪も言葉が返せない。
「確かにお前の気持ちを待ってやりたい気持ちもある」
その言葉に視線がぶつかる。
微かな期待に瞳が輝くが、すまない。それは叶わない夢だ。
「だがな、四葉での仕事が終わったら水波が帰ってくるだろう。そうなると、深雪。お前は水波と一つ屋根の下でそういった行為に及ぶことができるのか?」
「!!」
「深雪の気持ちはわかる。俺も水波と気まずくはなりたくないしな」
…すでに水波には察せられていて、警戒むき出しに忠告されたが深雪はそのことを知らない。
あの時点で彼女には事に及ぶつもりだとバレていたのだろうな。かといって引き下がるつもりはない。
我慢ができずに深雪の鎖骨に手を伸ばす。なぞるだけで身を震わせる深雪の反応に興奮するのを押さえつける為に深雪の体を抱き寄せた。
柔らかい感触と、甘い香りが一気に襲い掛かるが、まだだ。
堪えながら耳元で囁く。
「もう一度、一から検証しよう」
丹念に、余すところなく隅々まで調べあげよう。
深雪の瞳に映った自分の顔はひどく獰猛な獣に見えた。
憐れ、食べられることを確信した深雪は体を硬直させて身動きが取れなくなっていた。
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