妹転生?!ファンとしてお兄様を幸せにします!分割版   作:tom200

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四葉継承編 達也ver.㉙

 

 

深雪にゆっくりしていなさい、と彼女の部屋のベッドまで抱いて運んで部屋を後にするとキッチンまで下りてHARを操作し朝食の準備を。材料を並べる以上することも無く、昨日から今日にかけてのニュースにざっと目を通し、ある程度把握ができた頃には調理の工程が終わっていた。

これが一般家庭にHARが普及したことで当たり前となった朝食の準備風景だ。人の手などほとんどかからない。

皿に盛り付け、並べるところで深雪が姿を現した。

用意をさせてしまったことに対する申し訳なさを浮かべ、しずしずと入ってくる。

俺がしたことなんて日常の深雪に比べれば大したことでもないのに大げさな、と思わなくもないが、深雪らしいと言えばらしい。

「お礼を言われるほどの手間でもないんだが」と返しつつ一緒に食卓に着いた。

それまでの動きにおかしなところは見当たらないが、依然彼女がキラキラして見えるのは変わらない。

困ったな。自覚するとこれがずっと続くのだろうか。だとしたら何か別の対策を考えなくてはならないだろう。

 

「これからの予定だが」

 

ただ、いつまでも惚けてはいられない。

今こうしている間にも、世界は目まぐるしく動いている。

朝食を終え、深雪が淹れたコーヒーを飲んだところでこれからのことを話す。

明日の夕方には水波が戻ってくる。その前に一度師匠に筋を通すべきだとはっきりと言わないまでも深雪は何かを察知したのだろう。神妙に頷いた。

師匠は中立の立場だ。はっきりとうちが四葉であるという態度を示していなかったから目を瞑っていてくれていたが、こうして表沙汰になったからにはもう今までのような付き合いはできないだろう。

まだまだ教わりたいことはあったが、いつまでも甘えていい相手でもない。

破門(と言っても門下生でもないが)を覚悟していると言えば、寂しそうな笑みを浮かべて寄り添ってくれる。

深雪の優しさに、自分もどうやら惜しい――寂しいと感じているらしいと慰められてから気付かされた。

厄介な人ではあったが、あのやり取りは息抜きにもなっていた。

師匠の寺までのコースも、その先の鍛錬もいいトレーニングになっていたのだが、今後は別の方法を考えねばならないだろう。

近いうち、この家を離れることは決定事項だった。

防犯上そうなることはわかっていたが、まだ引っ越し先については明かされなかった。

四葉が用意するのだからセキュリティは相当のものになるだろうが、退学や転校の予定は無いので学校に通える距離ではあるのだろう。

 

「それから、水波が帰ってきたら軍部にも挨拶に行かなければならないから、次の日を予定している」

 

軍に深雪を連れてはいけない。

水波が帰ってから挨拶に向かう予定だ。こちらも四葉と大々的に公表したことで支障があるかもしれない。

元々所属している部隊は軍部内での魔法師のあり方に不満を抱き十師族に対抗するために作られたようなセクションだ。

表立って名乗っていなかったことで目を瞑ってもらっていたとはいえ、こちらも黙って見過ごしてもらえるとは考えにくい。例え大黒竜也として所属していたとしても。

改めて自分の立場というのは不安定な立ち位置だったのだなと思い知らされる。

唯一大して関係がなさそうなのが第三ラボだ。

あそこにいる研究員に四葉だからと立場を変える理由はない、はずだ。

ただ、俺が四葉と公表されたことで微妙になるのは俺というより重役である父の立場だと思うのだが――まあ、そちらは知ったことではないな。

こちらも一人で挨拶に向かうと言えば、少しだけ眉が下がった。

 

「バイクはまた今度だな」

 

バイクに乗る機会はそう無いから期待していたのか。

だが言い当てられると思ってなかったようで深雪は恥ずかしかったのだろう、俯いてしまった。

あまりにも可愛すぎやしないだろうか。

「可愛い」と、自然と口からこぼれる言葉にさらに深雪が身を縮こませてしまうが、それさえも可愛くて仕方がない。

 

「恋とは恐ろしいな。歯止めがこんなにも利きづらいものだと思わなかった。人はよくこんなものを制御できているものだ」

 

俺にとって感情の制御というのは簡単な作業だった。

激情を抱くことがないのだから当たり前のことではあるのだが、これを思えば一条が深雪の前で固まるのはおかしな話でもなかったのか。

可愛い、恋しい、愛おしい。

それを抑え込むことがこれほど難しいことなのか。

 

(恋、か)

 

自身に抱かれている恋心に後ろめたさが多少なりともあった彼女は、常にこんな激情を抱いていたのだろうか。

一年の夏休み、「同じだけの想いを返すことはできない」と、告白を受けた際にはっきりと断ったつもりだった。

早々に諦めてもらうための告白だったが、伝え方が悪かったのかなぜか彼女は振り向いてもらうために頑張る方向へと振り切れてしまった。

深雪の初めてできた親友でもあったので無碍にもできず、変わらずの対応をしていたのだが、こんなことなら徹底的に振り切った方が彼女の為だったのではないか。

もっとはっきり拒んで引導を渡すべきだったのではないかと情けなく零せば、深雪が自分の友人だから切り捨てることもできなかっただろうから責任は自分にあると言う。

確かに彼女が深雪の友でなかったなら面倒事だと切り捨てるように関わりを絶っていただろう。付きまとわれないように早々に縁を断ち切ったはずだ。

そうしたならば彼女の苦しみをすぐに終わらせてあげられただろうに。

叶わない恋というのは苦く、辛いものだ。

まだ、婚約者と言われる前のわずかな時間だけでも味わったあの苦しみは、絶望の淵に立った心地だった。

それを彼女は一年以上抱いていたことになる。それはどれほどの苦しみであっただろうか。

深雪に責任はない、と否定をするため口を開きかけるとその先を止められた。

 

「それに、彼女は覚悟をしていたはず。お兄様が靡いていなかった時点でその可能性が過らないわけがない。そのことに目を背け続けたのは彼女自身であり、わずかな可能性に縋ったのも彼女。お兄様が突き放さないことを計算に入れつつ距離を置かなかったのも彼女自身なのです。そのことが罪だとは思いませんが、責任は彼女にもあります」

 

容赦のない言葉だが、その通りだとも思った。

ほのかはそれだけの覚悟をもって行動を起こしていた。

彼女はただの恋に夢見る少女というだけではなかった。

隙を見つけては切り込んでいく――その様は戦士のそれと重なるものがあった。

同情はできる。今なら尊敬する気持ちすらある。でもその先は抱けない。抱けるだけの感情が無い。向けられる想いが、無い。

後ろめたい、可哀想に。そういう感想は抱けても、だからといって恋に転じることも無ければ情けで付き合うような真似ができるわけもない。

結局のところ、初めに宣言した通り彼女に返せるものなど何も持っていないのだ。望むものを与えてあげられない。

そんなことを考えていたら、俯いた深雪がぽつりと呟く。

 

「…お兄様に責任などあってはならないのです」

 

その言葉にはつまらない、といったニュアンスが含まれていたように思えた。

 

「深雪……?」

「知りませんでした。…私、自分で思っていたより狭量だったみたい…」

 

後半の言葉は独り言のようだったが、胸が苦しくなった。

辛いのではない、歓喜で苦しいのだ。

それは初めて彼女が己に見せた嫉妬――なのだと思う。

断言できないのは、己の願望がそう見せている可能性が捨てきれないからだ。

そうであってほしい、と望んでしまう。

深雪に俺のものになってほしいと同時に俺のすべてが深雪のものだと伝えたい。

 

「学校ではお兄様もお辛い立場になるでしょうが、」

 

そういえば話していたのはこれから先のことだったと、軌道を修正されて思い出す。

だが、俺の立場など矢面に立つ気でいる深雪に比べればわずかなもののはずだ。

孤高の女王なんて、しなくともいいのに。

今からでも作戦を変更しないかと言ったところで深雪の意思は固い。というより彼女の計画上必要なことなのだろう。

すでに覚悟を決めてどっしりと構えている。

 

(深雪は優しすぎる)

 

その計画で自身が傷つくことをわかっていながら目的を達成させようとする。

入学したばかりの頃を思い出す。

あの時はただ、一科生と二科生のいざこざを治めるべくうった芝居だった。

彼女の計画上、居心地が悪くなることは分かっていたはずだがそれでも計画を遂行し日に日に疲弊し、落ち込んでいた。

――あの時舞台上で流した涙はただの演技ではなかった。

強いストレスによって流れたものでもあった。

だからこそあれだけ胸が締め付けられたのだ。

結果として、一高生は自身たちのあり方を見直し、蟠りは解消する流れとなった。

深雪の行動は確かに、平穏な学校生活を送る上で最上の結果をもたらしたのだろう。

そして、今回も自ら孤立して見せることで周囲を傷つけないように立ち回り、何かしらの結果を出すつもりらしい。

四葉の名は恐怖の代名詞とも言える。容易に触れられるものでは無い。

避けて通れないことは深雪もわかっていたはずだ。

友人たちとも、決別する恐れがあることも。

だからこそすべてを織り込んだ上でこの計画を立てた。

 

(わかっている。深雪が先を読み、状況を利用して最善の結果に運ぼうとしていることは)

 

だが、――何故婚約者として堂々と横に並び立てるはずだというのに、兄妹の時よりも距離を空けられて学校生活を送らねばならないのか。

孤高の、というからには深雪は恐らく近寄りがたい空気を漂わせるだろうから不用意に近づく男子生徒はいないだろう。

それでも彼女の隣に立ち俺の大事な人だと牽制できないのは、なんとも辛い所だ。

兄の時とは違う、婚約者としての牽制は意味合いが全然異なる。

いくら恐れられる四葉とはいえ、抑えることのできない、人を惹きつけて止まない美貌とカリスマ性。

むしろ四葉だからと寄ってくる不遜な輩も現れるかもしれない。

 

(深雪は自身を狭量と言ったが、俺の方がよっぽど狭量だな)

 

自嘲しながらも考えることは深雪に近寄ろうとする輩をどう対処するかというものだった。

どうやら自分は深雪がどう思うか以前に、近寄ろうとすることにさえ警戒してしまうらしい。

恋心とは思った以上に厄介なものなのかもしれない、と思ったところで深雪の、

 

「もし私が辛そうでしたら、お兄様が慰めてくださいませ」

 

との言葉に、違うとわかっていても『慰める』という言葉の意味を都合の良いように受け取りかけた。

…もちろん、深雪にそんな意図はない。

で、なければこのように恥じらいながらも頼りにしています、といった笑みは向けられないだろう。

いつか、そういった意味でも言われたいものだとの欲に蓋をして。

 

「そうだな。俺はお前のサポートに徹しよう」

 

しかし、慰めとして甘やかすくらいは許されるだろう。

お礼を言う深雪は、若干躊躇うように言葉を詰らせたようにも聞こえたが、了承は得た。存分に甘やかすことにしよう。

明日からの予定がある程度決まったところで、個々に分かれて時間を過ごすことを提案した。

本当であれば、昨夜ようやく形だけでも結ばれたのだ。一秒たりとも離れず深雪を愛でていたい。

恐らく情緒が落ち着かない理由もそこにある。

だが、これからのことを考えれば早いうちに感情の制御を覚えた方が良い。

それに、まだ深雪に恋の自覚はないのだ。あまり押しすぎて避けられるようになっては元も子もない。

深雪はあからさまではないがほっと安心したようにも見えた。

自分の判断は間違っていないようだと思う反面、残念に思う自分もいた。

心とはこれほどまでに思い通りにいかないものなのだな、と詮無いことを思いつつ昼は私が、と名乗りを上げるのを、自身が作るのではなくHARを使うように釘を刺してから許可した。

深雪にとって大した手間ではなくとも、料理は基本立ちっぱなしの作業。無理をさせた今の体ではさせてあげられない。

深雪も今日は休もう、と伝えたこともあってすんなりと納得し引いてくれた。

そこには自身の体の不調など考えてもいないようであったが、下手に考えてしまうと緊張しっぱなしになってしまうだろうからこれでいい。

カップを二人で流しへと持っていき後のことをHARに任せるところまで確認してそれぞれの作業に向かった。

地下に下りながら、深雪が自室に落ち着いたことを確認して視界を切り替える。

やることはいくらでもある。

視界だけでなく思考も切り替えて作業に没頭するとしよう。

 

(そう、思っていたんだがな)

 

まず着手しようとしたのは慶春会で披露させられた魔法式を含めたCADの調整、だったのだが、

 

(そういえば忘れていたな。深雪の願いがあったからあんな大勢の前で道化を引き受けたんだったか)

 

達也さん、と恥じらいながらもおねだりする深雪は大変可愛らしかった。

目の前のモニターに映る自分の顔が酷くにやけて見えて、誰にも見られていないというのに口元を手で覆う。

あの時のおねだりの報酬をもらっていないな、と後できっちり催促をする算段を付けながら手は自動に動いていた。

深雪を待っている間にある程度修正箇所を思い描いていたからこそだろうが、こういう時、分割して同時並行で物事を考えられる思考の便利さを実感する。

こういうところは器用にできるのに、他はてんで駄目だな、とまたも深雪を中心に物事を考える。

今日は何を考えても深雪からは離れられないらしい。

現在弄っている魔法、攻撃手段を考えるのもそもそも深雪の為であり、深雪をすべての脅威から守る為。

なのに今一番の、彼女にとっての脅威が自分になってしまっていることに情けなくも笑いがこみ上げる。

 

(ああ、ダメだ)

 

何を考えても全てが深雪に帰結してしまう。

頭がお花畑というのはこういうことを指すのだろうと考えても、花畑の中心に深雪が座っている絵が浮かび、自身の状況が相当狂っていることを改めて認識した。

こんな時、人はどうやって正常に戻るのだろうか。

とりあえず今まで通り意識を切り替えてはみるものの、先ほど同様他のことを考えても深雪に帰結してしまう。

横に置いても中心に戻ってきてしまい、ほとほと困っていても手は調整の作業を終わらせていた。

恐らく問題はないはずだが、いつもより不安に思うのは集中しきれていなかったことに対してだろう。

今まで通りであったなら、師匠のところで試し打ちをさせてもらうのだが、それももう難しいか。

朝話した時の深雪の影を濃くした顔を思い出す。

あの子は師匠のことを慕っていたから、別れの可能性を感じ取り寂しい思いをさせてしまった。

これから、こういう別れがいくつかあるのだろう。

そう思うと苦しくもなるが、その分どうしたらその寂しさを埋めてあげられるだろうか、と考える。

バイクでかっ飛ばせば気分も晴れるかもしれないが、今後二人でツーリングをするのは難しい。

たとえ攻撃をされても守り切る自信はあるが、攻撃をされるということ自体が彼女の負担になる。

外で、が難しいとなると家の中だが、水波がいるところでは深雪も素直に甘えられないだろう。

なら二人きりになれる場所をと思うが、そもそも今の深雪が二人きりで緊張しないで済むだろうか。

緊張して、びくびくと怯える深雪を想像してみる。

可愛い。…そんな彼女と二人きりで手を出さずにいられる自信がまるで見当たらない。

自分はここまで危険な思考を持った人間だっただろうか。

以前なら怯える深雪を可愛いと思いながらも可哀そうに、と落ち着かせることに専念できていたはずなのに、今ではその可愛い深雪をいかにこの腕に収めるかと考えている。

俺は婚約者であると同時に兄であるはずなのに、どうにも兄の立場を押しのけて欲望ばかりが前面に出てきてしまう。

 

(どうにかして兄の感覚を取り戻さなければ)

 

浮かれすぎている自分に喝を入れなくては、と思うもその方法が浮かばない。いっそ水波の前にこのまま出て叱られるべきなのではないだろうか。

間に人が入ればいくら浮かれていても冷静になれるだろう、と考えるも、それはあまりに他力本願だ。

この問題は自分で解決しなければ、この先が思いやられる。

それ以前に水波が返ってくる前に師匠に会わねばならないのだ。

こんな腑抜け状態ではどんな隙を突かれるか分かったものでは無い。

――そうだ、隙など見せられるわけがない。

周囲は敵だらけと言っても過言ではないのだ。いつまでもこのように浮かれていてはガーディアンとしても支障が出る。

気合を入れ直す必要がある、とようやく正常な判断力が戻ってきたところで、深雪がこちらに向かう気配が。

昼の時間だ。

ダイニングに下りた時間を考えるともう準備が整ったのだろう。

今まで通り普通に深雪を出迎えて、そのまま昼に向かえばいい。――その、つもりではあったのだが。

気が付けばノックすら待てずにドアを開け深雪を腕の中に囲っていた。

腕の中で深雪が目を白黒させていることにも気づいたが、止まれなかった。

 

「来るのがわかってからじっと待つのがな」

 

おかしい。まだ3時間しか離れていない筈なのにこんなにも耐えられないものだろうか。

抱きしめて彼女の首に顔を埋めて息を吸う。甘く、良い香りに美味そうだ、とその首に舌を這わせた。

ああ、美味い、と考えたところでぐいぐいと深雪が腕を必死に押していることに気付いてはっとなった。

 

(…嘘だろう?抱きしめてからの行動が無意識だった)

 

流石に己の行動にショックを受ける。これは、すぐにどうにかしなければならない案件だ。

 

「…すまん」

 

とりあえず謝罪の言葉を口にするが、茫然自失、というのだろうか。頭が痛い。

まさか感情が高ぶらなくても衝動というのは起きるのか。

 

「…恐らく人がいれば大丈夫だと思うんだが」

 

気が緩む、というより人気が無いからというのが大きな要因なのかもしれない。先ほども水波がいれば、と考えたのもそういうところがあったからだろう。

だが、さっきも思ったが、それでは他力本願過ぎる。何の解決にもなっていない。

 

「…必ず制御するからもう少し時間をくれ」

 

情けない申し出に、深雪は困ったように眉を下げながらも微笑んで一息入れようと手を伸ばしてくれた。

白い手は俺が触れたら穢れてしまうのではと躊躇いそうになるが、この手の柔らかさと心地よさを知っていて手を取らないという選択肢も浮かばずいつものように手を伸ばすのだが、

 

「指を絡ませずにそのままで。まずは距離感を取り戻しましょう」

 

…手を取るだけのつもりだったのだが。深雪の指摘が無ければそうなっていただろう。

深雪の目が、遠くを見ていることに呆れられたのかもしれないと背筋が凍る思いがして、改めて気を引き締めなければと深雪の後に続いた。

深雪に嫌われる、頼られなくなると考えるだけで身が竦む。

おかげで何を食べても味がせず、午後も作業に没頭した。

あっという間に時間が過ぎて夕食の時刻。

朝昼は交互に準備したので夜は一緒に、と一緒にメニューを考えてHARに工程を任せて座って待つ。

こんなことは一緒に暮らし始めた頃以来だ。

あの時はすべて深雪を優先してメニューを決めていたら注意をされたんだったか。

俺にとっては食事のメニューなど、食べることは作業と同じだったためなんだっていいモノだったので、深雪が好きなものを選んだ方が良いと思っていただけだったのだが、深雪は一緒に選びたいのだと頬を膨らませていた。

それがとても可愛らしくて、自主的に頭を撫でたのもあの時が初めてだったか、と思い出す。

それまでは深雪に望まれるままに恐る恐る撫でていたのだが、徐々に慣れていくと自らの意思で深雪を撫でるようになった。

あの時は純粋な兄妹愛であったはずだ。

全てのはじまりはそこだった。

それがいつから恋い焦がれるようになっていたのだろう。

いつから、妹以上の感情が芽生えたのかわからない。そもそも愛おしいという気持ちにそんな境界線があるのだろうか。

自覚をしなければ今でも妹への愛だと言い張っていた。

…体を求めても、それでもただの生理現象からくる欲求だと言い張る自分が想像できた。

叶わない恋に気付くことを拒絶していたのかもしれない。

なんだかこうして待つのも懐かしいですね、との深雪の言葉に彼女も昔の感傷に浸っていたらしい。

そうだな、と言葉少なに会話を交わすもそれが気まずくもない。

意識する前のいつもの空気が流れていた。

懐かしむ、という方法も心を落ち着けるものなのかもしれない。

夕食も和やかに進み、水波が来る前の頃の生活を再現するように交互に風呂に入ってから新学期に向けての予習復習をしようとなったのだが、風呂場に入ってすぐ心頭滅却と水を浴びる羽目になる。

まだ、昨日のことなのだ。

生々しい感触が残り、この場での出来事を思い出さずにいられるわけが無かった。

せっかく以前の空気を取り戻したというのに、と思う反面仕方のないことだと割り切る。

自分がどこにでもいる普通の男なのだと思うと恥ずかしくもくすぐったい気持ちになった。

普通の人間が抱くだろう葛藤を味わっている。

深雪だけが、俺をただの一人の男にしてくれる。

 

(ああ…たまらない)

 

こんな理屈も何も通じない面倒な思考を持て余し、悩ましいと葛藤している人間臭い自分がおかしくて仕方が無かった。

もう、手放せない。

手放したら最後、俺は人ではなくなるだろう。

正しく彼女は俺の唯一の制御装置だ。

そして彼女を愛し世界から守り切る、もしくは守ることができなければ世界は破滅するという叔母上の願いはどちらに転んでも叶ってしまうらしい。

それが面白くないと不満を抱かずにはいられなかったが、その彼女の狂った妄執がこの縁を結んだというのも事実。

いずれは敵対する可能性があったがその線は大分薄くなった。…かといって完全に無いと言い切れないのは彼女が深雪を気に入った様子を見せていたからだ。

とはいえ直接事を構えるようなものでは無い。面影が似ているせいか、母のように妨害をしてくるかもしれない、というそんな可能性だ。その時は当主だろうと容赦なく対抗させてもらう。

もう、深雪のことで遠慮などしない。

彼女が俺の為に作られたというのならその事実を盾にしてそのように対応するまで。

もちろん、深雪をそんな風に扱うつもりなど一切ない。彼女の意思が一番であり、尊重するのは今まで通り変わらない。

変わらないが、そこに自身の意思も伝えさせてもらう。

方針が決まると気持ちに整理が付いた。

 

 

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