妹転生?!ファンとしてお兄様を幸せにします!分割版   作:tom200

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四葉継承編 達也ver.㉚

 

 

「研究の方は順調ですか」

 

適当に勉強道具を広げ、解く作業をして一時間。丁度いいタイミングで深雪からのお茶の誘いがあり、リビングへと向かった。

いい香りが漂っていてすでに準備は整っていた。

ソファに腰を下ろすが、自然と半人分の距離が空いていた。そこに深雪の兄妹の距離感を!というメッセージが込められているようでふ、と笑いを漏らしてしまったが、深雪は不自然に見えないように視線を逸らすだけで何も言わなかった。

 

「研究というより誤差の調整だな。まだ確認はできていないが問題なく調整できたはずだ」

 

深雪はどうだと訊ねると、彼女も有意義な時間を過ごせたらしい。

ずっと部屋に籠っていたようだからいつもの趣味を楽しんでいたのかもしれない。

口元が緩んでいるからリフレッシュできたのだろう。

この一週間、警戒からかずっと空気が張り詰めていたからな。

それがこのようにリラックスしている。

 

「それはよかった」

 

安堵して手を伸ばしかけたのだが、そこで手が止まる。

頭を撫でるのは兄妹として許容範囲のはず、だが…どう撫でるんだったか。

深雪が頭を撫でるくらい大丈夫だと少し屈んで差し出すが、撫でたら最後、どこまでも撫でまわしそうで意識を集中させて恐々と小さな頭を撫でる。

 

「ふふ、初めて撫でてもらった時を思い出しますね」

 

ぎこちない手つきに笑う深雪が可愛い。だが、そのまま頬に手を滑らせ顎を上げるような真似はせず、徐々に手から力を抜いてさらさらとした感触を楽しむように頭を撫でる。

 

「…あの時も、俺なんかがこんな綺麗な女の子の頭を撫でてもいいのだろうかと戸惑ったな」

 

懐かしい。そんなに昔のことでもないのに遠い過去のことのよう。

だが、その思いは今も無いわけではない。

深雪の美しさは年々更新されていく。妹というだけで撫でさせてもらえる特権を、俺はいつまで許されるだろうかと思っていた。

 

「お兄様だから。撫でて欲しかったのですよ。俺なんか、等と言わないでください」

 

わざとらしく不機嫌です、という表情を作る深雪にそうか、と苦笑をして手を離す。

深雪は本当に俺を舞い上がらせるのが上手い。

うっかりそのままキスをしたくなったのを誤魔化すため慌てて手放したなど気付かれていないはずだ。

 

「俺が触れることで深雪が傷つくことが怖かったんだ」

 

初めて撫でたあの日、俺はたくさんの人の命を奪っていた。

そんな手で、深雪に触れることが恐ろしくもあった。もちろん深雪を傷つけるつもりはない。だが、それでも右手を使わなかったのは、そのことが頭を過ったからで。

 

「私を簡単に傷つけられると思わないでください。これでも結構強くなったのですから」

 

だが、そんな不安もこうして深雪は吹き飛ばしてくれる。

 

「結構どころか、他を寄せ付けない強さを身に付けたがな。それでも心配なんだよ――俺はお前の兄貴なんだから」

 

深雪は確かに強くなった。

彼女が本気になれば戦う前に勝負は終わる。

見る者全てを凍り付かせる(停止させる)彼女の魔法は視点を彼女に向けた時点で何もできずに意識を刈り取られる。

遠隔で狙いを付けた場合、下手をすれば見つかることも無くそのまま一生置物と化す。

 

(それが、深雪の魔法――ステンノウィスパーだ)

 

まあ、深雪の魔法が発動したならその縁を辿れば見つけられるだろうが。

それでも、そんな強さを持っていても俺にとっては何よりも大事な存在で、可愛い妹なのだ。

 

(いくらこの世のものとも思えない美貌と最強の魔法を持っていて、誰もが手を出せない高みにいようとも、俺には守るべき大切な妹であることに変わりない)

 

「すまない。感覚を取り戻すのに手間取った」

 

ようやく、妹に向ける距離感を取り戻した。

もう大丈夫だ、と告げると深雪は何とも形容しがたい表情で曖昧に微笑んでいた。

…まあ、戸惑うか。

彼女にとってはいきなり安全圏だった兄が己を脅かすオオカミになり、そしてまた兄に戻るというのだから。

今も、このまま触れたいという気持ちが失われたわけではない。抱きしめてその髪に顔を埋めて堪能したいが、深雪の意思を尊重するくらいの余裕はできた。

 

「それはよろしゅうございました。これで水波ちゃんを驚かせるようなことにはならないですね」

「驚かすというか、怒られる、のような気がするが」

「怒る、ですか?水波ちゃんが?」

 

深雪は怒る水波にぴんときていないようだが、水波が昨日のことを知ったら確実に雷が落ちるだろうな、と予想できた。

あれは強引な手だったから余計に。

彼女にはわかっているのだ。深雪にその気がないことが。

そんな主に手を出したとなれば、まああれだけ忠誠心が高ければキレるのも当然と言える。

俺自身、水波に怯えるようなことは無いが、深雪と引き離されてはたまらない。

彼女の前では不用意な行動は避けるべきだろう。何かと理由を付けて引き離されそうだ。

その後も、とりとめのない会話をし、だんだんと縮まる距離に、深雪は気づいていないようだがそれだけ安心感を与えられているのだと思えば、伸ばしかける手も撫でるだけで済ませることができた。

手元のカップの中身が無くなるとこの会もお開きとなる。

 

「カップは俺が片しておこう」

 

深雪のカップもトレイに乗せて立ち上がると、深雪から今日はすべてをHARに任せるのでは、と疑問が投げかけられるが、そうもいっていられない事情がある。

 

「俺が送り狼になったら困るだろう」

「!!」

 

いくら兄妹の距離感を取り戻したからと言って、欲が無くならないわけではないのだ。

今の状態で一緒に部屋の前まで戻って何もしないでいられるかの自信はなかった。

これに関してはもう少し時間が必要のようだ。

深雪はびくり、と大きく体を震わせ、そういうことでしたら、とおやすみの挨拶をして別れた。

カップを洗い終え、定位置に戻す。

大した手間でもないのに大仕事を終えた如く大きくため息を吐いてしばし天を仰いだ後、自室に戻る。

出来るだけ足音を立てずに戻るが、部屋に戻ったことは知らせるべきだろうとドアを閉める際はわざとらしく音を立てた。

この薄壁の向こうに深雪がいる。

簡単に素手だけで破れるだろう壁だが、こんな物でもしっかりと防波堤の役割をしていた。

寝巻に着替える為脱いで、己の古傷に触れる。

そこに触れた白い手を思い出すだけで体の熱が上がるようだ。

一旦意識を断ち切って着替えを済ませベッドに横になる。

 

(――今朝までここに深雪が眠っていた)

 

その残り香や温もりなどないというのに、彼女が眠っていた場所に触れるのも躊躇われた。

もしかしたらあれは自分の妄想で現実ではないのでは、なんて自分らしくないことまで考える始末。

だが、絶対記憶を持つ自分でもこうなのだから、深雪も現実だったという認識が薄れていくのではないだろうか。

 

(それは、嫌だ)

 

もう無かったことにはできない。

深雪を抱いたという事実を過去のこととして終わらせたくはない。

かといって、いつまたチャンスが巡ってくるかわからない。一週間、一月、更にその先かもしれない。

いや、そもそもそのチャンスが本当に巡ってくるのか。

先が見えないというのは不安を助長させる。

 

(…せめてキスくらいは許してもらえないだろうか)

 

頬や額なら以前から許可をもらっていた。

挨拶としてならば、受け入れて…とまで考えて。

 

(果たして俺は、キスをして止まれるのだろうか?)

 

今日も散々触れるだけでも苦悩したというのに。

 

(…明日は挨拶に向かう前に走りに行くか)

 

欲求不満には体を動かし解消する方法があるとあった。

別に欲求不満なわけではなく、初めてのことに持て余している、というのが正しいと思うのだが、そんなものは些細な違いか。

どうにもまだ浮かれ気分が抜けきれていないようだった。

こんな時は無駄に悩まずさっさと寝るに限る。

意識を落して眠りに入った。

 

 

――

 

 

いつもの時間に起き、ダイニングに向かうと深雪がドリンクを用意しているところだった。

まだ運動に行くことを伝えていなかったはずだが、彼女もいつも通りに目を覚ましたのか。

それにしても勘が良いとでもいうのか、タイミングがいい。

有難くいただく――前に。

 

「あれから考えたんだが、過度な触れ合いについて控えるのは分からなくもないが、おはようとおやすみのキスくらいはいいのではないだろうか」

 

そう提案するときょとんとした後、今までのようなものではなく?と頬では無く唇にするのかと確認されたのに頷いて肯定すると、視線をさ迷わせ躊躇いながらも小さく頷いた。

拒絶とまではいかないまでももう少し悩ませてしまうのでは、と思っていたが、これは彼女もある程度覚悟を決めて来ていた、ということだろうか。

――俺を、婚約者として受け入れる覚悟を。

だとしたら嬉しいのだが、とりあえず今は許可を貰ったのだから気が変わらない内に動かなければ。

グラスを机の上に置いて距離を縮め抱きしめると、緊張で体を強張らせつつも目を瞑る深雪に、見えないことを良いことに口角を吊り上げて頬に手を添え、音を立てないよう触れるだけのつもりでその小さな唇に己のものを重ねる。

できることならこのまま家を出ずこの先に進みたいという葛藤を抑え込み、触れるだけに留めて離れる。

触れるだけで済んだことで、深雪は拍子抜けしたようにこっそり体から力を抜いてからすました顔をして、

 

「何事も修行ですよ、お兄様」

 

なんてことを言う。

何事も無かったかのように、自然に。

離れていくのではなく、傍にいてくれる深雪に心が温まるのを感じつつ、深雪の言葉を反芻する。

自制することはもっともポピュラーな修行だ。

 

(だが、深雪を前に自制、か。なんて厳しい修行だろうか)

 

空腹を前に極上の料理を並べられるより過酷なのではないだろうか。

 

「最も厳しい修行になりそうだ」

 

苦笑をしてみせたものの、内心冗談でもなかった。

今だとて抑え込むのが大変だというのに。

触れた柔らかい唇に、今すぐ齧りつきたい欲求を堪えているなんて、笑っている深雪は知らない。

 

「耐えるのは慣れていると思ったんだがな」

「ふふ、忍耐強いお兄様でさえ厳しいのですか」

 

肩を落として見せると慰めるように少し腕の力を強めて抱きしめた後離れていく深雪は何処か楽しそうで、それだけですべて許したくなる可愛さがあった。

頑張ってくださいませね、と応援されれば期待に応えねばならないだろう。

ドリンクを一気に呷って走りに行く。

無心になるには運動が一番だ。できるだけ負荷がかかるように坂の多い道を選んで走った。

 

 

 

 

残念なことに汗だくになろうともなかなか煩悩とは消えないもので、何度も柔らかかった感触を思い出しては速度を上げることを繰り返していたら全力疾走になっていた。

明らかにペースが乱れている。情けないが予定を早めに切り上げた方が良さそうだ。

それから周辺を視回すが、大した変化はない様だった。

いくつか確認した中には四葉の仕掛けたものと思われるモノや通行人を装った魔法師とすれ違ったが、何か仕掛ける様子は見えなかった。

古式魔法のように遠視するようなものはなく、まだ様子見にも慎重な姿勢が見られた。

ある程度のチェックを済ませて家に帰ると、エプロンを身に着けた深雪が出迎えてくれた。

ハグをする流れてキスをしそうになったのを無理やり頬にずらす。

これは以前からしていることだからダメか?と訴えるように視線を向ければ、その必死さがおかしかったのか深雪が噴出した。そして了承を得たので額にもキスさせてもらった。

こうして少しずつ許してもらえる範囲を増やして行けたなら、彼女の警戒も解けていくかもしれない…なんて邪な考えはすぐに打ち消す。

疼く手を留め、ゆっくりと離れると、シャワーを勧められた。

今朝は白米を用意した、という深雪に期待していると笑いかけてその場を離れる。

 

(流石に昨日の今日で深雪の目に期待が見えるというのは気のせいだろう)

 

期待しすぎだ、と自分を戒めて初めから冷水を浴びる。

冬の冷水は体に堪えるが、これくらいでなければ修行にはならない。

「ウチではそんな修行を教えた覚えはないよ」と言う師匠の声が聞こえたのは流石に幻聴だろう。

とりあえず無心になるよう心掛けながら身を清めることに専念した。

 

 

 

午後になり、挨拶に向かうための服に着替えて玄関で深雪を待っていたのだが、着飾って現れた深雪に目を奪われてしまった。

振り袖姿は艶やかで、いつもより色の強めの口紅が目を引いた。

帯の締まった細腰を抱き寄せたい。その赤く染まった唇を奪いたい。

煩悩なんていくら滅却しようとも湧いて出てきた。

 

「…お兄様、素敵です…」

「美しいな。出かけないでこのまま共に過ごしたいほどに」

 

出来ないとわかっていてもそう願わずにはいられない。

しばらくお互いに見惚れていたが、いくらしっかり着込んでいても今は寒さ厳しい時期。

いつまでもこうして呆けている場合ではない、と視線を断ち切ったタイミングが深雪と重なり、同時に噴き出す。

 

「私たちは似た者兄妹ですね」

「世の中には似たもの夫婦という言葉もあるらしいぞ」

「それは…まだ夫婦ではございませんので」

「そうだったな。そもそも婚約者というだけであって、今は深雪に恋をしてもらうためにアプローチの許可をもらったばかりだった」

 

年末の告白に対してまだ深雪からの返事はもらっていない。

それでも焦れることが無いのは、彼女と繋がりを持てたことと、奥底に眠っている彼女の想いに触れたから。

だから待っていられる。

もちろんただ待つだけではなく攻めることも忘れない。

そう伝えると、深雪は頬を染めつつそっと目を伏せ、

 

「もうしばらくお待ちください。私も心の準備をしております」

 

と返してくれた。

これは実質肯定の返事と捉えられるのだが追求はしない。

 

「待つと言って手を出したのは俺だ。今度は絶対に待つから」

 

深雪に恋を自覚してもらうまで、今度こそ待つ。

それはきっとそう遠くないと確信しているからこその約束。

 

「さ、もう行こう。――手を」

 

差し出すと、そっと重ねられる手はひんやりと冷えていた。

いつもの深雪の体温より少し冷えているのは長い間ここで立っていたからか。

車に移動したらまずはこの手を温めよう。

握る口実を考えてからエスコートした。

 

 

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