妹転生?!ファンとしてお兄様を幸せにします!分割版 作:tom200
四日目、新人戦が始まる。
ほのかちゃんは最終レースということで、一緒にスピードシューティングに出場する雫ちゃんの試合を見ようと、エリカちゃん達と合流した。
友達の応援を友達とするっていいね。まさにこれぞ青春だ。
横でほのかちゃんがめっちゃ緊張してるのがわかるけど、こればっかりは成功体験を熟していかないとどうにもできないだろうから午後の試合頑張って。
雫ちゃんの試合は全く危なげなく進み、余裕で勝ち進んでいた。
一応お兄様の代わりに解説をしてみたけど、皆雫ちゃんの攻撃っぷりに驚いている。結構好戦的な戦い方だよね。
友達が褒められて嬉しいです。ほのかちゃんも同じなのかさっきまでと違って胸を張っている。
…張ってるんだよね?ただでかい自慢じゃないよね…?ワカッテルヨ。
「しっかし試合のために能動空中機雷だったか?新しく魔法を作るって…達也の頭の中はいったいどうなってんだか」
「この前試してたアレもデバイスの外側は作ってもらったって言ってたけど、中身は彼が考えてるんでしょ。もうそれ高校生レベルじゃないんじゃないの?」
お兄様が褒められると嬉しすぎてぴょんぴょんしますね!心が!今にも踊りだしたくなりますよ。
おかしな人になっちゃうからしないけどね。
えへへー。すごいでしょ。私のお兄様なの!
「なんでしょう、眼鏡を取っても見えないですけど、深雪さんが尻尾をぶんぶん振ってるような」
「私にも見えるわ。喜んでるわねとっても」
「おー。リード外したらご主人の元に走っていきそうだな―」
「ご、ご主人って」
「ミキはほんとこの手のネタだめねー」
「っだから、僕の名前は幹比古だ!」
お兄様がご主人様?わ、想像つくね。お兄様の足元にまとわりつく子犬の私が。わんわん。
「ちょっと深雪戻ってらっしゃい。免疫ある私たちはまだ大丈夫だけど、その顔やばいから」
「…注目されちゃってますから、落ち着いた方が」
おっと。喜びすぎて顔面崩壊してました?それはまずい!…って深雪ちゃんの顔で顔面崩壊させたの私?!ギルティでは⁇
「そんなに変な顔だった?」
「変な顔っていうか」
「可愛すぎて周囲が発狂するレベル?」
事が起きる前に注意してくれてありがとう。命拾いしました。
私が、ではなく発狂して暴動を起こしそうだった人たちがね。
だがその注目の視線も試合が始まれば無くなった。
雫ちゃんが見たこともないCADを引っ提げていたからだ。
気付く人は気づく異常な形状。
(ふふふ、お兄様のすばらしさに慄くがよい!)
気分は悪の幹部だ。…すぐやられそうなセリフだけど。
横で吉田くんが異常性を語っているけれどよく勉強してるね。
「あれは彼のハンドメイド。汎用型CADで標準補助システムを利用するために作ったの」
「…もう驚く気にもなれん」
あらま。驚かせすぎてしまいましたね。
お兄様の過剰摂取は思考を鈍らせる。私はまた一つ賢くなりました。
そして一高は新人戦女子スピードシューティングの競技にて、初の表彰台独占という快挙を成し遂げた。
雫ちゃんもすごいし他のチームメイトももちろんすごいけど、調整を担当したお兄様が勝利に貢献したのは間違いない。
きっと今頃お祭り騒ぎだろう。
ちょっとお兄様のハーレムの様子を想像してしまい、これは覗きに行くべきでは?と内なる声が囁きかける。
だがそこまで干渉するのはよくないと自制心を働かせ踏みとどまった。
今の試合の興奮をみんなで分かち合いながら、お昼としゃれこむのも悪くない。
興奮冷めやらぬまま移動して食事を楽しんだ。
ほかの競技を見に行くエリカちゃん達と別れて雫ちゃんと合流。ほのかちゃんはレース前なので行ってしまった、
雫ちゃんに改めて賛辞を送り、周囲の視線を集めながら目的地へ。
優勝者は目立つようで私に集中していた視線は雫ちゃんに分散された。
正直助かります。雫ちゃんは元々お家の関係で注目されることに慣れているようなので罪悪感もない。
大好き雫ちゃん。
「ん。私も好き」
ん?
「声、出てた」
あらま。うっかり。
「心の中では雫ちゃんで呼んでる?」
「う…時折」
うそ。本当はいつもちゃん付けです。だって可愛いんだもの。
「どっちでもいいよ」
「…でも子供っぽく聞こえちゃうのもあれだから雫って呼ばせて」
「ん」
えへへ。雫ちゃんに好きって言われちゃった。今日は記念日だね。
「深雪、顔」
は。また崩壊させた?直します。
「私ひとりじゃ守るのにも限界がある」
これは注意されてますね。無表情に見えてもわかります。
「気を付けます」
よろしい、と言わんばかりに頷かれた。
「…お前たち、来るまでに何をしたんだ?」
お手手繋いで歩いてただけなんですけど、周囲が微笑ましく見守りながら付いてきたのを、お兄様が呆れた目で見てきた。
さあ?特別なことといったら雫ちゃんと相思相愛なことを確かめ合ったことですかね。
「…とりあえずこっちに来なさい」
珍しく敬語のお兄様です。
呼ばれるままに傍に行き、お兄様にも賛辞を贈る。
お兄様は頑張ったのは選手だと言うけれど、お兄様の腕があってこそだというのは選手たちの総意だろう。
まあ誉め言葉って受け取るのにコツがいりますからね。これからジャンジャン受けて覚えてください。
お兄様が睨んでもさほど視線を散らせ無くなったのは、どうもお兄様が『腕のいい例のエンジニア』だとばれたかららしい。
尊敬の眼差しに嫉妬の眼差し。視線にもいろんな種類がありますね。
どうにも居心地が悪いので、早々にほのかちゃんのいるバトルボードのコースに向かった。
一度仕掛けられた場所だが二度はないのか、仕掛けが無いか入念にチェックしたが見当たらなかったそうだ。
CADの仕掛けについてはお兄様が担当したモノに関しては眼を光らせているので、問題があればすぐにわかるだろう。
中条先輩の小動物感に癒されながら待つにしても、あまりにも暇すぎる、ということでお兄様が手伝いを申し出ると、ほのかちゃんは自分を担当してくれている中条先輩の前だというのに、お兄様に調整をお願いしてしまった。
熱いねぇ。いい具合にほのかちゃんはお兄様にホの字のようである。いつの間に育んだんだろうね。
原作では入学前にはすでに、とかなんとか。大事な接触イベントをすっ飛ばしちゃったから心配だったんだけど、無事本筋は外れなかったようで安心です。
それを考えると七草会長とかどうなんだろ?バスに乗る前にちょっかいは掛けてたけど…今回の功績でお兄様すごいってなってのめり込んでいかないかな。
他の人はまだ積極的に見えないし…ああでもさっき女子たちに囲まれてたっぽいからバレンタインは期待できそう。半年先だけど。
他校からも絶賛募集中ですよー。
それからも特におかしなことなど起こらず。ほのかちゃんは奇策で勝ち抜き、予選を無事突破した。
ミーティングルームに入ると一部がお通夜のように暗くなっていた。
男子の成績が芳しくないのだ。
森崎くんは準優勝できたのに喜べないようだ。
仲間たちの成績が良くないと喜べないよね。
彼らも渡辺先輩の分までと奮闘したようだが、どうやら気合が入り過ぎてペースが崩れてしまったのだ。
今回もこちらは何かしかけられたわけではないらしい。
よかったんだけどよくない。そんな彼らに余計な言葉を掛けるのは逆効果かもしれないので、今回は何も言わなかった。
先輩たちも頭を悩ませているようだがこういう時経験のない一年生は何もできない。
静かに退散した。
自室に戻らず雫ちゃん達の部屋にお邪魔して、聞かされたのはお兄様が自身の名のインデックス登録を辞退したという話題。
まあ、そうなりますよね。目立つにしても、はっきり名を記される目立ち方は記録に残るのでアウトだ。
原作では悔しがるポイントだったけど、…お兄様自身が悔しがってなさそうなんだよね。いや、悔しがる心云々の話もあるんだけど、その名誉今はない方が楽、みたいな。
今の立場じゃもらったらどんなお仕置き待ってるかわからないから。下手したらガーディアン解除案件まで発展かな?叔母様はそんなことしないけど煩い奴らは煩い。あ、そういえば青木さん元気かな?お兄様から葉山さんへチクられてたけどその後生きてる⁇
雫ちゃんはいいのかな?と思ってるけど、お兄様がいいって言ってるからいいんじゃない?ってことで言いくるめて部屋を後にした。
お兄様はきっと今頃軍の皆さんと擦り合わせ中。
明日はお兄様との秘策を使う、楽しみにしていた試合だ。大人しく自室に戻り眠った。
――
予選当日になりました。たっぷり寝たので気合十分です。
お兄様の部屋にお迎えに行くと、少し心配そうな顔。
一人で来ることがそんなに不安ですか?いつ襲われるかわからないこんな状態じゃしょうがないのかな。
むしろさっさと襲いに来てくれた方が早く事が済みそうでいいと思うのだけど、そこまでの愚は犯さないのか。
「おはようございます、お兄様」
「おはよう。よく眠れたみたいだね」
「ええ。万全ですとも」
「気合が入り過ぎて空回りしないようにな。まあ、お前にはいらぬ心配だろうけど」
「そんなことありません。ご忠告痛み入ります」
ぽんぽんと交わされる会話が小気味よくにこにこしていると頭を撫でられる。
お兄様も嬉しそうで何より。
「あれから会場を隈なく捜索したようだが、仕掛けは見つからなかったらしい。いや、正しくは会場内のみで、付近にはいくつかあったようだ。藤林さんも悔しがってたよ。仕掛けた罠より先に仕掛けられてたみたいで気づけなかったと。逃走用に仕掛けられたもののようだから、大会に害はなさそうだ」
「コース上に仕掛けはない…つまり残るは」
「CADだな」
「軍はすでに動いているのですね」
「間に合うかは正直ギリギリだそうだ。一応一高をメインに対戦校もチェックが入る予定らしいが、そもそもサンプルが少ない。仕掛けるのは簡単でも異物を見つけるのは難しいからな」
お兄様の眼があれば見つけられても、それが他人にわからなければ狂言にされてしまう。
だから検査できる方法を見つける必要がある。
「さ、この話はここまでだ。今日はお前の晴れ舞台。しっかりこの目に焼き付けないとな」
「お兄様のご期待に沿えるよう頑張ります」
だからちょっと力を分けてね、とハグをお願いすれば、もちろん、と腕を背に回された。
少し早めについたけれど、すでにエイミィちゃんがスタンバってました。早いね。そしてその恰好かっこかわいい!乗馬スタイル!いいね!似合う。
ピラーズブレイクの楽しみはこれよね!早く雫ちゃんのも見たい!!三人揃って写真撮ろうね。
エイミィちゃんが早かったのは緊張と興奮で寝られなかったからのようだ。
いつもハイテンションだったからね…温泉とか。でも寝不足で負けたってなったら皆のオモチャにされちゃうって顔を赤らめて変なところ抑えながら言うのはよくない!よろしくないですよ!!
(あああ、横から怪しむ気配!知りません。私は何も知りませんから!)
女子だけって結構大胆になるよねって話は雫ちゃん達とは起こりませんから!大丈夫だから。
…落ち着け、びーくーる。
とりあえず睡眠不足のエイミィちゃんのためにカプセルを借りられるよう手配しに逃げました。
とまあそんな事件はありつつもエイミィちゃんは第一試合を突破し、安眠中。
そして第五試合――我らが雫ちゃんの出番です!
試合前には引っ込む予定だけど挨拶くらいはいいよね。ってことで向かったのだけど。
「雫素敵。かわいい。似合ってる」
語彙力喪失しました。
横のお兄様は雫ちゃんの恰好に唖然としてたけど、私の様子がおかしいことも気になっているのか、ちらりと視線が向けられている。
でもごめんなさいお兄様。私は今網膜に雫ちゃんの艶姿を焼き付けるのに忙しい。
「ありがと」
雫ちゃんはそんな私を気持ち悪がることもなく受け止めてくれる。
雫ちゃん好き。
「ん、私も」
「…深雪?」
あらやだ。口元が緩んでしまった。
お兄様から不審なものを見るような目…ではないですね、そんな目でお兄様は私を見ない。けどなんだろう疑い?戸惑い⁇あまり見たことのない目で判断が付きにくい。
「どうかした?」
「いや…」
お兄様は口元を手で覆い、何か思案顔。
はて?なにか思うところでも?
「雫、私は見ないけど応援してるわ」
「ん、絶対勝ち抜くから」
見た目は可愛い人形さんみたいなのに、口を開けばハードボイルド系雫ちゃん。かっこいい!
確りと見納めてからお兄様に一礼してその場を後にした。
お兄様が何か言いたげにその背を見つめていたことに私は気づかず、頭の中で雫ちゃんの可愛さを反芻していた。
「心配しなくても何もないから」
「…別に何も言っていないが」
そんなやり取りがあったことも当然知らない。
――
適当に時間を潰してやってきました私の番です。
雫ちゃん?当然勝ち抜いたに決まっている。
後は私が勝ち上がるだけ。
荒ぶる気持ちを静めるため、シャワーではあるが水で体を清め、衣装を身に纏うとすっと背筋が伸びた。
(形から入るオタクはなりきる大事さを知っています)
今の私は巫女さんです。
でもどちらかと言うと神の声を聴く、神託を受ける審神者の気分。この世界の神を知ってますしね。
ああでもその神を裏切ってお兄様を信仰しているから邪信教の巫女になるのかな。…それはそれで心をくすぐるモノがある。
「深雪、綺麗だよ」
「ありがとうございます」
控室に入ると中にはお兄様だけでなく七草会長と花音五十里先輩ペア。そして渡辺先輩の姿まである。
お兄様に皆のいる前で敬語を使うのは初めてだが、今の私は巫女さんなのだ。頭を下げる動作も併せて違和感がない。
「先輩、大丈夫なのですか?」
「お前まで心配するか。大丈夫だ。ここで飛んだり跳ねたりしない」
面白くなさそうな答えに、ここにいる全員に聞かれたんだなと理解した。
「しかし、それにしても――」
「ええ、似合いすぎ、てるわね」
「そう言っていただけると光栄です」
深雪ちゃんは何着ても似合うけど、こういう清純な、はっきり言えば禁欲的な衣装は更に魅力を上げる。
(シスターでもよかったかもしれないけど、それだとそれっぽい理由が浮かばないのよね)
和装じゃなくても絶対似合うけど、和装の雫ちゃんに対するならばやはりこちらが正解だろう。
「時間だな」
「はい、行ってまいります」
すい、と頭を下げて櫓に向かう。
私は巫女。――信仰している神に仕える者。
右手首には外向きにコンソールのある汎用型CADを。そして左手首には――ブレスレットのようにしか見えない細いシンプルなデザインのCADが嵌められていた。
しかしそれをぱっと見でCADと見抜くのは難しい。なぜならどこにもコンソールが見当たらないからだ。
お兄様曰く、時間があればもう少し凝ったデザインにしたかったと牛山さんが嘆いていたそうだけど、間に合っただけでも十分だ。
二人に感謝を込めて左手首をそっと撫で、櫓がせり上がるのを待った。
徐々に上がり、視界が明るくなってきた。
360度の観客に見つめられるが、今の私の目には映らないし、聞こえない。
今の私は、神の目であり耳であり、我が身は神に捧げるもの――。
溢れそうになる魔力を抑え、心を静める。
四方のランプが赤くなり、始まりを予告する。
(――さあ、まずは度肝を抜こうか)
頭の中に聞こえた私の神の声はCV中村何某だった。
――
達也視点
ぱぁん、と音が会場に鳴り響いた。
まるで徒競走の開始を告げるピストルのような音に、誰しもが動かなかった。――動けなくなった。
あまりにも神秘的な光景過ぎて動くことができなかったのだ。
櫓には女性の神職の正装巫女装束を纏った深雪の姿。
深雪の美貌も相まって、その神々しさは姿を見せただけで会場を沈黙させるだけの威力があった。
しかも彼女の周りには白い霧が立ち込めていて、更に厳かで神秘度が上がって見えたことだろう。
相手の選手など姿を見ただけで委縮してしまっているが、今の深雪を前にしたらそうなっても仕方のないことか。
先輩たちが隣で何か言っているがどうでもいい。
この深雪を前にして解説とはいえ余計な口を開くなど許されるはずもない。
次に右手CADのコンソールに指を滑らせながら左足を上げ、――垂直に振り下ろす。
するとあの細足からは考えられないほど大きな音が立った。まるで能の舞台を踏み鳴らしたような音。
だがその音がもたらすのはただ鼓膜を震わせるだけの振動に留まらない。
とんでもなく重く、頑丈であるはずの氷柱が、地面から突き上げられたかのように揺らいでいたのだ。
慌てて自陣の氷柱を強化しようとCADを操っているが、もう遅い。
深雪がもう一度手を叩く。
それは姿のせいで
ぱぁん、とこれまた力強く響く。
すると氷柱の振れ幅が大きくなった。はじめの時より出力を上げたから、より振動が伝わったのだろう。
そしてまただぁん、と腹の底に響き渡るほどの足踏みに、今度こそ氷柱は耐えきれず真ん中より少し上の部分から割れて崩れ落ちたり、倒れたりと――ああ、残り一本は罅が全体に入ってしまったか。
外部を強化したことにより内部からの圧に耐えられなかったようだ。
深雪の陣地の氷柱は倒れることもなく完勝した。
静寂の中一礼した深雪に一拍の静寂ののち大歓声が巻き起こった。
深雪が振り返る。
表情はまだ静謐な巫女のようだが、俺と目が合った途端、目元だけが緩んだ。
――還ってきた。
自分を認識してくれた妹の姿に安堵して、櫓が降りてくるのを待った。
このままどこかに消えてしまうのではないかと心配になるほど、彼女はいつもと様子が違っていた。
四葉に行く時も、学校でいる時も、彼女は役になりきるのがうまい。
だがここまで別人のように、深雪ではないように感じるのは初めてだ。
だから早く戻ってほしい、と焦りがあった。
彼女が自分から離れていることが、不安だった。
(俺はいつからこんな風になってしまったのだろう)
己を律するなんてわけなかった。心が動かなければ当然のこと。
深雪のことは唯一残された感情ということもあって、激情を抑えることはしなかったが、それでも理性は働いていた。
不安になるのは彼女が無理をする時や、自分の行動で彼女が嫌がらないだろうか、と考える時くらいだろうか。
そうだったはずなのに。
「!――、達也さん」
いつもの兄に向ける全幅の信頼の笑みに添えられたのは敬称ではない、己の名。
自分が禁じたのだから、彼女がそう呼ぶしかないのはこの間の事件の時に呼ばれてわかっていたことなのに。
心臓が跳ねる、という表現はこういう時に使うのか。
どくん、と大きな音を立てて脈を乱した。
「おかえり、深雪」
おめでとう、とかお疲れ様、とか言うべき言葉はあったはずなのに出てきた言葉はなぜかそれで。
不審に思われるかと思ったが、深雪は何ともなしにただいま、と返した。
いつもなら頭を撫でて労えるのに、どうしてか深雪に触れていいか迷う。
そうこうしているうちに深雪は先輩たちに囲まれ労われていた。
…違うな、これは質問攻めだ。
試合中解説をしなかった弊害がこんなところで出るとは。
あれくらいで疲れる深雪じゃないとわかっていても、こんなところで疲れることをする必要はない。
割り込んで簡単に解説をする。
(あんたたちは先輩なんだから後輩を労ってやってくれ)
「つまり冒頭のアレは
「猫だましですね」
「初手でまさか振動系を発動していたとは。だがコンソールに触れてはなかったぞ」
「左手首のCADは音声認証、――正確には音認証ですが――と振動によって発動する仕組みになってますので」
「音声認証とはまた…振動もってことは
「あとは他人の音にも反応したらまずいですからね。流石にパターン認識まではできませんでしたので」
「足を踏み鳴らしたのは四月の達也くんのやった――」
「アレの干渉力の強いバージョン、ですね。ですが、威力が違います。あの時に今日のを喰らったら誰もが立っていられなかったでしょうね」
「そこに畳みかけるように横から波状攻撃のように振動を与えたのが二回目の猫だまし?」
「縦からの振動と横からの振動、しかも方向性も操作していましたから――」
「ええ!?ベクトルも操作していたの?…だから強化して揺れを戻そうとしたらそれが過剰になって倒れた!?」
「全部に向けられてではないですが、動揺は誘えますよね」
「あの神秘的に見せていた白い霧は――」
「あれは元々干渉力が強い深雪ならではです。あの振動は奥ほど揺れますが、手前も全く揺れないわけではありません。強化したんですよ。自陣の氷柱を」
もういいだろうと目にはありったけの非難を込めて解説すれば、彼女たちはそそくさと退散した。
「お兄様」
ここには自分たちしかいない。深雪は飛び切りの笑顔で俺を呼ぶ。
「改めておめでとう、深雪」
「皆を驚かせて楽しかったです」
「ああ。皆度肝を抜かれていたな」
そう笑いかけると深雪は一瞬目を見開いてから、更に笑みを深くした。
「作戦大成功!ですね」
楽しかったと笑う深雪に俺はようやく祝いの言葉をかけ、頭を撫でた。
今度は迷うことなどなかった。
可愛い妹が俺の元に戻ってきた。それだけで十分だ。
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