妹転生?!ファンとしてお兄様を幸せにします!分割版 作:tom200
…お兄様休めたかな?
ホテルで少しでも横になれればよかったのだけど、これはこれで気楽に過ごせた?控室で見せたような疲労感は見当たらなかった。
このまま一般観客席で吉田くんたちと合流し、三高の試合を観戦することになった。
二人は疲れが取れたのか、すっきりした表情。特に気負っている風もない。
――なかったのだが、試合が始まると一条くんの攻撃スタイルに度肝を抜かれていた。
一人、身を晒しながら進軍する姿は堂々としていて、集中砲火を喰らってもものともしない。
動じることなくすべてをさばき、いなし、領域干渉によって封じ、歩みを止めない。
相手も負けじと策を講じるが、無駄な努力と言わんばかりに進んでいく。
恐怖でしかないだろう。魔法が通じず、隙ができるはずだと粘っても、彼の魔法が途切れるタイミングはやってこない。
圧倒的力の差を見せつけられる。
お兄様は逐一彼の動きを解説し、対策を考えているようだが、途中漏れ聞こえた「殺傷性ランクを下げるためにあえてどっちつかずの術式を使っているのか。…力があり過ぎるというのもこういう場合は一苦労だな」には思わずお兄様もねー、な視線を向けてしまった。
お兄様にはお口チャック、と頭を一撫でされるが、注意されなくても言わないよ。
「参ったね、これは」
最後まで試合を見たお兄様の感想がこちらです。
ええ、わかりましたよ。最後の方はほぼお兄様への挑発行為でした。
相手の選手がかわいそう。だけどこれも決勝に向けての作戦、布石だからね。なんでも利用しようとする姿勢は悪くない。むしろその作戦は好感が持てる。
吉田くんたちはお兄様の真意を、防御が固いことに頭を悩ませていると勘違いしているようだが、お兄様も訂正しようとしなかった。
そのまま対戦相手の役割や行動予測、使用してくるであろう魔法の解説、カーディナルジョージの基本コードの説明など、お兄様の口は止まらない。思考しているついでに情報共有しているのだろう。
だから基本コードで何気なく言った言葉に、うっかり西城くんが真実に気付いてしまいそうになるアクシデントがあったが、そこは流れをぶった切らせていただきます。
「皆、そろそろ移動の時間じゃない?」
そう。お兄様たちはまだ準決勝前。三高との決勝を前に九高との重要な一戦が待っていた。
…のだけどあっさり完勝でした。
吉田くんの特技が生かされるステージだったことで、すぐに終わってしまったのだ。
ステージって結構大事。
そう思うと一回戦目は相当やりづらかったのだろう。
あのお兄様があそこまで疲労するわけだ。
よって力を温存した状態で、彼らは決勝に駒を進めたのだった。
決勝までは二時間の休憩時間が用意されている。
またも西城くんたちはそそくさとどこかに行ってしまい、私とお兄様は目配せをして一緒に会場を――出るふりをした。
会場ゲートでお兄様が八雲先生に頼んで持ってきてもらったものを、弟子仲間のカウンセラー講師から受け取りに来たのだ。
私は一緒にいる必要も無いので、少し離れたところで待機。お話は一切聞こえないし見えません。
話はすぐ終わったのかお兄様が戻ってきた。
ふわっと香ったのは香水、ではないはずだけど…公安が匂いバレするようなものはつけないだろうから。ああでも女を武器にするなら必要なのかな。女スパイも夢いっぱい。
「待たせたな」
「無事間に合ってよかったですね」
「デバイスチェックもルール的にも問題ないとは思うが」
「ないでしょうね。大会側は驚くでしょうが」
くすくすと笑いを漏らすと、お兄様もリラックスした表情になる。
「こうして深雪と話せるのが久しぶりな気がするよ」
「そうですね」
話はしていても他に人がいたり、演技をしていたりと、素で話せるのはホテルの部屋だけなのだが、そこで二人きりになっても、話すことは用件がメインになってしまっていた。
「こういうイベントごとは楽しいですが、早く家でゆっくりお兄様と過ごしたい気持ちが日に日に増していきます」
「何気ない日常が大事だと、気づかされるよ」
お兄様も同じ気持ちらしい。
家がお兄様にとって安心できる、心落ち着ける場所になったのは喜ばしいことだ。
「そうだ、お兄様。七草会長にも提案されたのですが、表彰式が終わったらネタバレをしてはどうか、と」
「ネタバレ?…もしかしなくても兄妹に戻れ、と?」
「まあ大会が終われば作戦の意味はないですし、何より一高選手たちに無駄な心労を与えたくないとかで」
長期にわたり作戦とはいえ周囲を騙すというのは精神衛生上よろしくない、と言うのが会長の主張だ。
「…深雪に虫が付くことを避けるためなんだがな」
「最終日くらいついたところでまた来年ですから」
「その一瞬でも嫌なんだが」
渋るお兄様だが、先輩たちの協力がなければできないことも解っている。
ついでに真の目的たる護衛も、閉幕するころには通常に戻っていいはずだ。
しょうがないか、とため息とともに了承の言葉を漏らした。
男子が好意を寄せてきたところで私が想いを返せることもないし、何より今は友達といることが楽しいですからね。
私のことよりも、お兄様にはモノリスコードで優勝していろんな女性が近寄ってくるでしょう。私が恋人のままだと遠慮するかもだけど、妹なら遠慮はいらないからね。
むしろそっちを期待します。
テントに戻るとさっそく鞄から中身を取り出しスタッフ一同を驚かせるお兄様。
特に五十里先輩は刻印魔法と酷似した魔法と聞いて、目の色を変えてマントとローブをチェックしていた。
研究者とオタクは紙一重だなと失礼なことが頭をよぎる。
…探求心があるというのはいいことです。
お兄様が一人テントを出ていくのを目の端で捉え、私は飲み物とタオルを用意してしばらく間隔をあけてから後を追った。
一人黙々と体をほぐすストレッチに余念のないお兄様からは覗く首筋から汗が光って見えた。
タイミングを見計らい、冷やしておいたタオルを差し出した。
お兄様は驚くことなくタオルを受け取り体を拭う。
流石にその姿を見ているわけにはいかず視線は空へ。
妹であっても見ていいものといけないものはあるのです。
「ありがとう」
「こっちも飲んで」
タオルを返却してもらい、代わりにドリンクを渡した。
いくら日差しのピークが過ぎてもまだまだ暑い。
私自身が冷房にでもなろうかしらとも思うが、そこまでしてはやり過ぎだろう。
お兄様の心の負担になることはしません。加減はしないとね。
視線を上げればお兄様とばっちり目が合う。
反らすことなく絡め合う視線に若干気まずさを感じ、だが反らすのもおかしな気がして代わりに、と口を開いた。
「いよいよ決勝戦ね。しかも相手はあの因縁の相手」
「因縁、か。一方的に絡まれた、だがな」
「さっきの試合も随分意識されてたみたいだし、人気者ね」
「どっちかと言うと嫌われ者な気がするが」
ちょっと迷惑そうな顔に、思わず吹き出してしまう。
「迷惑?」
「勝手に燃え上がられてもね」
「ふふ、本当に巻き込まれていくのね」
お兄様はどんどん巻き込まれ、渦中の人になってしまった。
お兄様にとっては不本意だろうけど、私はお兄様がこんなにすごいのよ、と自慢できるようで嬉しさがこみ上げる。
でも本人がそれを望んでないことは知っているから心に仕舞わねばならないのだけど。
「ひどいな、人の不幸を笑うのか?」
「不幸?きっとこれは不幸じゃないわ。苦労よ」
「…どう違うんだ?」
「苦労は楽になるために必要なステップだもの。これを乗り越えたらきっといいことがある」
人生楽があれば苦もある。苦労と幸せは人生の中で半分ずつあるとかなんとか。
なら前半苦労しまくったお兄様はこれから苦労があっても、その分幸せなことしか待っていないはずだ。
今までの苦労はちゃんと彼の身の助けになるはずだから。
「例えば深雪が、俺を甘やかしてくれるとか?」
「それでいいの?」
いいこと、なんだからそんな日常のことじゃなくても、と思ったけどお兄様は首を振る。
「それがいいんだ」
この言葉がくすぐったくて、頬が緩んでしまう。
立ち上がったお兄様は一瞬だけ、と耳元で囁くと抱きしめてすぐに離した。
触れてすぐ離れる熱に涼しさを感じ、熱が奪われた錯覚に陥る。
「おそらく勝つのは難しいだろう」
「そうね」
一条くんだけでも大変なのに、その補佐の吉祥寺君は、お兄様を抜きにして高校生ではトップの頭脳を持っている。
いろいろと制限されているお兄様一人ではまず勝てない。
防具を与えた西城くんたちがいてようやくイチかバチかのワンチャンスを期待できるラインに立てるのだ。
「こんなに余裕のない達也さんを見るのは初めて」
「俺自身こんな窮地に追い込まれたことはないと思うよ」
その割にお兄様は口元が笑っている。人から見たらわからないだろうけど、これは案外――
「ワクワクしてる?」
「なんとなく、お前が雫に対峙していた時の気持ちがわかったよ」
お兄様の闘争心に火が付いたようだ。
それも私の言葉で強制的に、ではない。自発的にお兄様が自身の感情によって立ち向かおうとしている。
「勝っても負けてもどちらでもいいの。楽しんできて」
「勝ってこなくてもいいのか?」
「どちらかといえば、くらいかしら。それよりも一生懸命な貴方を見られることが私は何より嬉しい」
その言葉にお兄様はそうか、と目を瞑り、開いた時には挑戦的な色が宿っていた。
「お前の期待は裏切らない」
まるで誓いを立てるように額に額をくっつけて、すぐに頭を起こしたお兄様はテントに戻ろうと踵を返した。
(…お兄様のパーソナルスペースもだいぶ狭いわよね)
人のこと言えないよねと思いながらお兄様の後に続く。
――
テントでは先ほど三位決定戦が終わり、決勝のステージが発表されたところだった。
遮蔽物のない草原ステージに一同暗くなる。
――どこでだって不利な状況はかわらない。
お兄様も、西城くんたちも落ち着いていた。
慌てたところで、もう賽は投げられているのだと、本人たちが一番わかっているのだろう。
最後の打ち合わせをして戦場に向かうお兄様にご武運を、と思いを込めて小さく一礼する。
お兄様は振り返ることなく己が拳を握って見せた。
「深雪ぃ~」
心配そうなほのかちゃんに、私は微笑んで精一杯応援しましょ、とその背を軽く叩いてあげた。
後は見守るだけだ。
お兄様が必死に戦うだろう姿を。
(…なんて余裕でいた私よ、考えが甘いぞ)
戦況が悪いなんて初めからわかっていたじゃないか。むしろ私はこの結果さえ知っているのにハラハラとドキドキが止まらない。
何度もお兄様!と叫びそうになる。
ほのかちゃんに言った手前、冷静に観戦しようと思ってたけどこれは無理!!
胸の前で握りしめる手は冷たく、口元は叫ばないように固く結んでいる。
何度も訪れるピンチってこんなに恐ろしいものなのね。
息つく瞬間、新たなピンチがやってくる。
大ヒットした映画くらいやってくる。
だんだん一条くんが敵役に思えてきた。
追い詰められるお兄様、じわりじわりと距離を縮める一条くん。
この映画のジャンルはホラー映画だ。
(逃げてー、お兄様超にげてー)
内心はもう語彙力なんてとっくに溶けてる。
応援もままならない。
でもそんな戦況も一気にクライマックスへ。
吉祥寺くんが西城くんから攻撃を喰らいそうになるのを、気づいた一条くんがすぐさまサポートに入った。
だがそれはつまりお兄様から目を離すということであり、その隙を突いてお兄様が一気に距離を詰める。
追い詰めていた人間から逆に詰められた時、命の危機だと恐怖が生まれ――
それでもとっさに反応した一条くんの動きは流石としか言いようがない。
けれどこれが試合であることを忘れ、反射的に戦場のように動いてしまったことに本人が気付いたのは、殺傷能力の高い魔法を放った後だった。
彼の表情が凍り付いた。
とんでもないことをしてしまったことに気付き、動けなくなってしまったのだ。
対してそんな状況だというのに術式解散を使わず、術式解体を使ったお兄様はすでに自分の身を捨てる選択をしていた。
斃れるお兄様を眺め、私は改めて怖い、と思った。
お兄様は自身の死を撥ね退ける魔法がある。
つまり大抵の致死の攻撃は身に受けたところで修復されるため問題視しない。死への恐怖より任務遂行を選ぶ。
痛みがないわけではない。それでも、ただの一工程として捕え、その性質を最大限利用する。
お兄様にとってそれは当然のこと。
息を吸うくらい自然なことなのだ。
(だから怖がるのは、私の弱さ)
お兄様は割り切っている。そこに感情の入り込む余地はない。
躊躇わずに済んでいるから、お兄様はこうして生きていられる。
――わかっているのだ。この過酷な運命で生き残るため、狂わずにいるためには必要なことなのだと。
でも悲しまずにはいられない。
苦しまずにはいられない。
お兄様の心が上げられない悲鳴を私は強く受け取ってしまう。
(この光景に安心することなど一生出来ない)
お兄様は立ち上がる。
この好機を逃すまいと奥の手を使って、一条くんを倒した。
それに呼応するように奮起した吉田くんが吉祥寺くんを倒し、最後の一人を西城くんが倒したことで一高の優勝が決まった。
応援席はこの逆転劇に大興奮で、感情が爆発したかのように喜んだ。
私も、よかったとほのかちゃんや雫ちゃんと抱き合う。
でも私の様子があまり嬉しそうに見えなかったようで心配されたけど、あんまりハラハラしすぎて疲れちゃった、と言うと二人は分かる!と納得してくれた。
涙はこぼさない。
それぐらいコントロールできなければと、己を叱咤し戒めた。
――
立役者たちがメディカルチェックから戻り、盛大に迎えようとしていた一同だったがお兄様の耳の治療跡を見て喜びから一転、心配の嵐になる。
鼓膜が破れたのだと聞くと、激しい戦いぶりを見ていた彼らはまるで勲章を見るかのように、それに憧れの視線を向けていた。
男の子ってそういうところあるよね。
本当なら休ませたいところだろうけど、お兄様が私のCADを調整しないなど彼にとってありえない話で、さらに言えばお兄様のあの包帯の下はすでに治っている。問題などないのだ。
全員分の作業を終え、この日は解散となった。
本当はこの後お兄様のところに話をしに行きたいところだったが、お兄様は試合を終えたばかり。
遠慮して明朝少し早めに向かうことを伝えて就寝した。
そして本番当日。
予告通りお兄様の部屋に向かえば、お兄様はいつものルーティーンを終えているのか、寝起きの様子など見えなかった。
元々寝起きのお兄様など見たことはないのだけど。
挨拶もそこそこに話を切り出す。
「おそらく今日、CADに仕込まれるでしょう。全員に点を取らせない――それしか彼らに活路はないでしょうから。さらに言えば、もしそれでも得点を取るようなことがあれば最悪――」
「大会中止になってもおかしくない暴挙に出る、か」
お兄様の目は鋭く、何より怒りを湛えていた。
私に言われるまでもなくわかっていただろうが、あえて私から口にした。
お願いを聞いてもらうために。
それはお兄様にとって最悪のお願い事だろうけど、聞いてもらわねばならない。
「お兄様、軍の方にお伝え願います」
おそらく彼らは彼らなりに策を用意しているはずだ。だがそれでも見つけられない可能性があることはモノリスコードで分かった。
あの時だって仕掛けられる可能性を理解した上で、一高を重点的に四高も見張っていたはずだ。それでもチェックに引っかからなかった。
だったら――絶対に見抜ける眼を置く。
「お兄様なら自分の調整したCADに仕掛けられれば、その瞬間がわかりますでしょう?合図を受けたら現行犯で捕えてください、と」
「……俺は動くなと?」
「お兄様には他にやることがございます」
「抑えろと、そう言うのか?」
「お兄様には酷なことを言いますが、そうです」
お兄様が拳を強く握りしめる。
お兄様にとって私は地雷だ。私を傷つけるとわかっていて動くな、ということがどれほど酷いことか。
あまりに力が入ったために腕全体が強張っているが、我慢してもらわねばならない。
「私が勝つまでは傍にいてもらいます」
だけどずっと留め置くことはできないのは分かっているから時間制限を提案する。
提案と言ってもほぼ命令になってしまうのだが。
「――わかった。深雪が勝つのを傍で見守ろう」
「ありがとうございますお兄様」
ごめんなさいと謝ることもできない。
私のために怒り狂うお兄様に動くな、なんてひどい命令だ。
強い衝動を抑え込めなんて、唯一彼に許された感情に目を瞑れなんて。
――神は、私を許すだろうか。
これで九島閣下とお兄様の邂逅は無くなる。
お兄様が恐れられることも怯えられることも無い。
すでに改変しまくっているのにこの先の流れを変えることに、時折躊躇しそうになる。
だけど決めたのだ。運命に抗うと。
母に誓った。お兄様を幸せにすると。
「ちょっと待っていてくれるか?」
そう断ってお兄様は連絡しに行った。
おそらくいろいろ配置換えなどが生じるのだろう。
計画も恐らく変わることになる。
だが一番確実な方法で捕えるのが彼らの使命だ。反対はないだろう。
これで準備は整った。
戻ってきたお兄様は少し落ち込んだ顔をしていた。
何を言われたのかはわからないが、この作戦は通ったと了承の言をもらったそうだ。
「ではお兄様、参りましょう」
「ああ、行こうか」
手を握る。
握り返された手は温かく、包み込むように優しい力加減。
大切にされている。
だから私はその思いに報いるためにもお兄様を守りたい。
「頑張ってくるわ」
「応援してるよ」
到着すると先輩たちが勢ぞろいしていた。
「貴女の出番が決まったわ」
希望通り――私は第一試合に出場する。
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