妹転生?!ファンとしてお兄様を幸せにします!分割版 作:tom200
夏休み編①
「ただいま、そしておかえりなさい、お兄様」
「ただいま、そしておかえり深雪」
玄関を開ける前に入念に不審なところがないかチェックしたお兄様とドアを開け、しっかり閉まったのを確認してからハグをする。
長い、本当に長い日々でした。
10日間、よく戦い抜いたと思います。
「帰ってきたって感じだな」
ほう、と息を吐くお兄様に、私もと同意するように頭を擦り付ける。
大勢の中にいることに慣れていない私たちは、この二人しかいない家がどれほど安心するか、身に染みて実感した10日間となった。
「「お疲れ様」です」
労いの言葉が重なり合った偶然に、どちらからともなく、くすくすと笑いが起こる。
「本当に、疲れたな」
「まずは荷物を片付けて、それからお茶を入れましょう」
もうとっくに30秒は過ぎている。
すっと体を離そうとするが、どういうわけかお兄様が腕を緩めない。
とんとん、と腕を叩いてようやく少しだけ離れたお兄様の顔はちょっぴりさみしそうで。
どうしたんだろう、と仰ぎ見ると頬をそっと撫でられた。
「これからはお前を独占できるはずなのに、離したらまた誰かの元に行ってしまうのでは?なんて、な」
(あああっ…どうしてお兄様は、こうっ!!)
頑張って表情を引き締めようとするけれど顔色が変わるのは抑えることなどできなかった。
身悶えそうになる体はなんとか堪えたけれど、全身がむずむずする。
でもね、私が離れるようなことをおっしゃいますけどそれは違うと正させてもらう。
「お兄様の方こそ、これから予定がおありでしょう?」
そうなのだ。
世の中、学生は夏休みでもお兄様に休みなどない。
どこかへ行ってしまうという点では、お兄様の方が外出予定が詰まっている。
去年もその前も、ほぼ学生の夏休みなど過ごせていなかった。せいぜい学生らしい時間と言えば夏休みの宿題と、私と母を構う時間を取ってくれたくらいである。
それ以外は研究とFLTと軍で予定が埋まっていた。
そしてそれは今年も変わらずそうなる予定だった。
いや、今年はそれ以上か。飛行デバイスの発売で、九校戦効果もあって会社はてんやわんや。去年よりお忙しくなることは確実だった。
その上軍の方はこのところ活発に動きのある大亜連合関連と、それに伴う訓練の実施。
さらにそこへ加えて雫ちゃんの家の別荘でバカンスまで予定に組み込むことになってしまった。
お忙しいのは重々承知なのだけど…正直ラブの特大フラグのあるバカンスなのでぜひ参加していただきたい。
このラブイベントに対しお兄様が乗り気でないことはわかっているが、それでも人の心の深い所に触れる重要な場面だ。逃すわけにはいかない。
そう、思ったのだけれど、これだけタイトなスケジュール…お兄様の為にはやっぱり断るべきだったのだろうか?
悩んでいるのが顔に出たのか、添えるだけの手が頬を撫でる。
「すまないな。お前を一人にさせてしまう」
「それは、いいのです。私はお兄様のお体だけが心配です」
落ち込んでいるのが一人になること、と勘違いされているようだったけどあえて訂正しなかった。
心配していることには変わりが無かったから。
いくら最強のお兄様とはいえ体の傷は治っても疲労は取れるものじゃない。
意識を切り替え、気にしないことはできても疲労は溜まるものなのだ。
「優しい妹をもって、俺は幸せ者だな」
「私こそ、こんな素敵なお兄様がいて幸せですとも」
お互い見つめ合い、また抱きしめ合って今度こそ体を離した。
恥ずかしいけれど、これが我が家の
「いつまでも玄関にいるものではないな。入ろうか」
「はい」
――
ようやく玄関から家の中へ入り、我が家に帰ってきたのだと実感したのだった。
片付けといってもほとんどすることはない。
洗濯などはホテルのサービスもあったし(私とお兄様の分は私がやった)、改めて洗い直す必要も無い。魔法便利すぎてしょうもないことに使ってしまうのはきっと前世の貧乏性のせい。
流石に家での洗濯物は魔法を使わずにやるけれど。
服をしまい、鞄も片付けてキッチンへ。
今日の茶菓子はお土産として雫ちゃん達と買ったクッキーに。これならばコーヒーよりも紅茶かな、と戸棚に手を伸ばすと背後に気配。
片付け終わっただろう、着替も済ませたお兄様が取ってくれました。
取りたいものがよくわかりましたね。いくつもある茶葉から狙っていたものをピンポイントとは。
以心伝心?おそらく視線で分かったのだろうけど、だとしてもすごい。
「ありがとうございます、お兄様」
「これくらい大したことじゃないよ」
それを自然にやってのけるお兄様は大したこと大ありです。
普通ここまでできる高校生男子はいません。いや、日本男性の中でも、かな。
見つめ合うことしばし。今日はお兄様が引っ付き虫ですか?いつもならリビングで座って待っててくれるのになぜか横に。
もちろん邪魔ではないけれど、どうしたんだろう?
疑問は残るがお兄様は穏やかに微笑んでいる。んー、疲労が溜まっているんだろうか。
疲労が溜まるとお兄様はこういったおかしな行動を取ることがある。
理屈や合理的に動くお兄様の、ちょっと変わった行動だ。
これはある意味お兄様の甘えのように思えて、お兄様の好きなようにしてもらっている。
お兄様が甘えてくれるのは妹としてとても嬉しいことなので。
だから何も言わない。
お兄様も何も言わない。
カップを温め、ポットに茶葉を入れ、用意していた熱湯を注ぐと茶葉が踊る。
これを見るのが好きだった。
いつまでも見られる茶葉のダンスを、きっちり時間通りまで見守ってからカップに注いで、あとはお盆で運ぶだけとなったところでようやくお兄様が動いた。
「ありがとうございます」
どんなことでもお礼を言うのはちょっとうるさく思われるかもしれないが、お兄様は私の言動をうるさがることも無く、少しだけ笑みを深めてお盆を運んでくれる。
エプロンを外して後に続いて向かい合って座ると、ようやく日常が戻ってきた。
齧ったクッキーは程よい甘さで紅茶の邪魔をしない。
お兄様には少し甘いかな、と思って見ればお兄様は気にならないのか、表情に変化は見られなかった。
「日程だが、ここの金曜から日曜の二泊三日なら取れそうだ」
「三日間も。よろしいのですか?」
「宿題を手伝ってあげるならそれくらい時間が必要だろう」
しまった。私が余計なことを言ったからお兄様が無理に日程を調整した疑惑!
「だがその前に、明後日の予定は何かあるかい?」
「え?ええ。その日でしたら一日空いております」
14日でしょ、と頭の中のスケジュール表を開くと、その日はお稽古事も無ければ四葉からの課題が届く日でもない。一日ぬいのお洋服を作るくらいしか予定は無かった。
「ならデートしよう」
んぐっ、と喉にクッキーが詰まるが私は深雪ちゃんだ、変な声など出していいはずがない。何とか堪えて飲み下す。
苦しさはあるので涙目になって表れてしまった。でもこれならセーフ、と前を向いたのだけど――瞬間下を向く羽目になった。
(な、なんて顔でこっち見てるのお兄様!!)
てっきり心配しているのかと思ったら、こちらの動揺を愉しむように微笑まれているお兄様で。でも残念ながら溢れるオーラから揶揄いではなく完全なるお色気モードだった。
直撃を食らって心臓が痛い。
激しい鼓動が脈打ってとてつもないスピードで血液を体中に送り込んでいる。
っていうかお兄様デートって、デートって言いました!?
(あ。まって。心臓さんスピードアップしないで!鼻の粘膜弱くないはずだけどこのままだと出ちゃう)
なにが、と言わない。
深雪ちゃんはそんなもの出さない。わかっているけどこれだけ興奮してしまうと、その可能性が過るわけで。
「…お兄様はすぐそうやって揶揄いになるのですから」
「揶揄ってなんていないさ」
苦し紛れに文句を言うが、この無敵のお色気モード状態では何も通用しない。
「アイスピラーズブレイク新人戦の優勝に加え、ミラージバットも優勝したんだ。ご褒美をあげなくてはね」
「…それでしたらモノリスコードを優勝したお兄様にも何かご褒美がなくては」
「だからこそのデートだよ。俺にとって深雪を連れて歩けるなんてこれほど名誉なことはない。最高のご褒美だ」
(だから待って。本当、どうやったらこのお兄様に勝てるというの!?)
お兄様はチートだから勝てるわけない?知ってるけど、わかってるけど!
褒美と言われてしまっては家でゆっくり休んでは?なんて提案できるわけもなく。
「私もお兄様と出かけられるだけで幸せです」
だから特別何か買ってもらう必要なんてないと抵抗を試みたのだけど。
「すまない、これも俺の我侭だな。お前を着飾りたいんだ」
……それ絶対に妹に言うセリフじゃないと思うんだ。いいんだけどね、お兄様がしたいというのならそれを叶えるのが妹の役目。
我侭を叶えさせてくれること自体が私にとってはご褒美になる。
「お兄様の我侭は私に都合が良すぎます」
「なら一石二鳥でなによりだな」
少しでも反撃したいのにお兄様には全く効かない。なんて堅い防護力。
いつまでも拗ねるのも子供っぽいので了承すると、お兄様の今日一の笑顔をいただきました。破壊力は抜群だ。
「うん。可愛い深雪を見ていると元気が湧いてくるな」
そうですか。私は何かが吸い取られていく気がします。
「…お兄様、本当にお疲れさまでした」
九校戦、こんなになるまで大変だったのか。…大変だったな。
直接何も言われていないけど無頭竜も潰してきただろうし。
思い起こせばお兄様が大変じゃなかったことなんて一つもなかった。
新しいデバイスも二つ作ったり、多人数のCAD調整、チューニングも手掛け、担当各人の作戦も立て、七草会長たちには揶揄われ、十文字先輩には十師族問題まで持ち掛けられて――これがたった10日の出来事だ。
普通ならこなせるわけもない。
あのカーディナルなジョージくんでもきっとそこまではしていない。
どう考えても過剰労働。
それを思えばこれくらいの恥ずかしさ、なんてことはない!
「お兄様こそ、私にしてほしいことはありますか?」
「ん?どうした?」
「ミラージバット決勝前、お兄様がおっしゃってくださいましたでしょう?あの時私は踊っていただきました。だから、その…もし私にできることであれば、と…」
最後の方は尻すぼみになってしまったのは、お兄様がだんだんと笑みを深くしていったからだ。…それもいかにも企んでます、と言わんばかりの笑みで。
せっかく勇気を出したけど、これは、出すタイミングを間違えたのでは?と気づいた時には遅かった。
「深雪にしてほしいこと、か。困ったな」
見たところ全然困った顔には見えませんね。
え?何させられるの私。
私も訊ねられた時は悩んだけど、お兄様のその悩みとは違う気がします。
困惑しているとくすっと笑われて長い足を組み替えながら安心するといい、と告げるように口を開く。
「なんて、そんなに身構えることはないよ。深雪に酷いことを俺ができるわけがないんだから」
それはそうなんでしょうけど、お兄様ならそのルールの目を掻い潜りそうなのよね…。九校戦の数々のルールの穴をついているのを見たからかな。余計にそんなことを勘ぐってしまう。
「それならデートの際に服を選ばせてくれないか?」
「それは、願ったりですが…それでよろしいのですか?」
「それが、いいんだ」
え、お兄様直々に服を選んでくれるの?むしろありがたいけど、いいんですか?これはお布施案件では??とオタクがひょっこり顔を出す。
お兄様は本当に欲がなさすぎる。
妹相手でこれなのだから、他の人になんて何も求められないのでは?と不安になるけれどお兄様がそれでいいと言うのなら私に異論はない。
お茶会はここまで。それからは各々の時間を過ごした。
――
そして夕食時、お兄様のリクエストの芋の煮っころがし(渋い)を摘まんだところで。
「海水浴に行くなら水着も必要だね。それも一緒に買いに行こうか」
ころん、と転がる芋。よかった器の中で。
お兄様の口から水着と聞くだけでもドキドキしてしまう。
服を選ぶのと水着とでは全く違うのにお兄様は何も思わないのだろうか。…思わないからこのように堂々と口にできるのか。だとしても破壊力がすごかった。
「そのことなのですが、実はほのか達と買いに行こうという話になってまして」
「達、ということはエリカ達もか?」
「ええ。学校の近くのショッピングモールに行くことになりました」
「日にちは?」
「え、と…お兄様、あの、あまりご無理は」
まさかお兄様来るおつもりで?
ただでさえ予定がぎちぎちなのに、更に一日空けられるおつもりなのですか?
それに5人の女の子に一人の男子は周囲からの視線がいたたまれないことになるのでは…?
特にエリカちゃんがいるのだから揶揄われないことなんてないはずなのに、と思うがお兄様はそれも覚悟してなのか若干表情が硬い。
お兄様でも女子ばかりの状態で揶揄われるのは苦手の模様。普通だったら尻尾を巻いて逃げ出す状況だけどね。
もう一回言うけどあまりご無理はしない方がよいのではないでしょうかね?
そう滲ませて問えば、
「女子だけなんて危ないだろう。ただでさえ可愛いのだから、いくらエリカが威嚇しようとも怯むとは思えない」
あ~、確かに?でもそのせいでお兄様の貴重な時間が割かれるのも申し訳ないのだけど。
だけどお兄様は譲らない姿勢だ。
「あの、せめて西城くんたちにも声を掛けてはいかがでしょう?」
そうすれば多少はお兄様達の心労が分散されるのでは、と姑息なことを提案する。
達――そう、須らく水着売り場の男子はやっかみの対象だ。一人だ三人だは関係ないはず。
お兄様ばかり矢面に立たせるのは、との思いもあっての提案だが、お兄様は渋い顔だ。
「…深雪の水着姿を見せるのか?」
「あの、海水浴に行くのですから、それが早まるだけだと思うのですが」
もしもしお兄様?それは天秤に乗せるほど悩むことじゃないですよ。
「そもそも予定が空いているかもわかりませんし、とりあえずお声だけでもかけてみてはいかがでしょう?」
考えてみたら男子も水着必要だし、お兄様もこれを機に新調してもいいと思う。
あ、それを考えたらぜひお兄様にも参加してほしくなってきた。
「…そうだな。声を掛けておこうか」
お兄様の脳内でどのような計算がはじき出されたのかわからないが、とりあえず連絡することにしたらしい。
…うん、サトイモ美味しい。ほくほくにできたなぁ。
これ以上深く考えないようひたすらに口を動かした。
――
そして来るデートの日、お兄様は朝からフルスロットル――ご機嫌だった。
「いつも可愛いが、俺のために用意したのかと思うと、より一層可愛く思うな。このまま家から出たくなくなってしまいそうだ」
揶揄いモードであってほしかった。まだそちらなら文句も愚痴もぶつけられるというのに、残念ながらお色気モード全開だった。
(私の心臓は果たして持つのでしょうか?――お母様、どうか無事を祈っていてくださいませ)
思わず祈りを捧げるくらいには心配になる出だしであった。
「お兄様とのデートのために用意したのですから、出かけないと意味が無くなってしまいます」
顔が赤い。
お兄様の目がまともに見れない。
ちらりと見ても、目が合うと反らしてしまう。
(気合を入れすぎたかな…)
…とてつもなく居たたまれなくなるほど恥ずかしい。
「――やっぱり出るのをやめようか」
「え!?そんな」
「…冗談だよ。ただこんな可愛い深雪と外出して、はたして俺の心臓が持つかが不安になっただけだ」
それ私のセリフ!奪われた!!
お兄様はいつもと変わりない様子なのに何を言っているのか。
あ、いえもちろんいつもと違って夏らしい、それでいてすっきりとした印象の格好をしているので好青年度がいつもより高めです。
私の!お兄様が!!とってもかっこいい!!!
「もう、お兄様だって格好良くて、並び立つのは私だって緊張するのですから」
「――さて、残高はどれくらいあったか」
「!?お兄様?!何不吉な発言を?」
恰好を褒めただけでなぜお金の話に!?
それとも私の知らないザンダカの話ですかね?
「目についたものすべて買うくらいならできるから安心するといい」
「どこに安心できる要素があるのです?!もう、冗談もほどほどにしてくださいませ」
「…では行くか」
「お兄様、いらないですからね?手に持てる以上の買い物はしませんからね?」
どうも言質が取れない。
…不安なデートはこうして始まった。
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