妹転生?!ファンとしてお兄様を幸せにします!分割版 作:tom200
ちょっと離れたところにあるファッションビルは、カジュアルからラグジュアリーなものまで幅広く揃う複合施設だが、夏休みということもあって特に若い客層で賑わっていた。
当然のことだが私が顔も隠さず、認識阻害の魔法も使わず歩けば視線が集まる。
人は惚け、立ち止まり、人流の渋滞も起こる。
ただ芸能人と反応が違うのは声が上がらないことだろうか。
きゃあきゃあと興奮した声も、あれって誰それだよな、の声もない。
ただ皆、魂が抜けたように視線を私に向けて動きを止めるのだ。
そして通り過ぎたころ、ようやく息を吹き返したように動き出す。
…素養があるからって魅力を磨きすぎたかな、と思う今日この頃。
原作の深雪ちゃんってここまで反応されたっけ?と不安を覚える。
この間の温泉事件でも思ったけど、反応が大げさすぎやしないだろうか。
深雪ちゃんは何処からどう見ても美少女だ。将来を約束されしパーフェクト美少女である。
どこをどういじくったのか、操作された遺伝子が作り出した完全左右対称の、お兄様に愛されるよう作られた美少女だが、それはいわば原石。素質を持って生まれただけ。
その後の努力がなければ美は作りかけのままになってしまう。
だから記憶の限り美の追求に力を注ぎ、体内から整えていった結果――その素材がとんでもない成長を遂げ、恐ろしいまでの美を生み出してしまった、ということになるのか。
…我ながらとんでもないことをしたかもしれないが、まあ、これもお兄様の為になるのかな。
可愛い妹って一般的に兄にとっては自慢になるんじゃないかって思うのだけど、お兄様にとってはどうなのか。
もしかしたら面倒とか迷惑だとか思われてたり、なんて。
「どうした?」
「え?」
「浮かない顔をしているから。何か考えていたんじゃないか?」
いつもよりお兄様の表情が豊かに見えるのは、私といるからだけではなく周囲を意識してのことだ。
いつもの表情のままでも私にはわかるけど他人からしてみれば真顔に近いからね。下手をすれば不機嫌に見える。
出歩くときは虫よけもかねて恋人のように振舞うことにしている。兄妹仲良くの状態であったとしても話しかけてくる者はいないのではないかと思わなくもないが、兄妹だとナンパ除けには利きづらくなる。
迷惑な話だが、釣り合いが取れてないと突っ込んでくる勘違い男がいないわけではない。
くだらないことで時間を割かれるくらいなら初めから予防線を張った方がいい。
このラブラブカップルバリアーはそのためにあるのだ。
羞恥心なんてものは、面倒くささの前には大した障害にもならない。
心配してのぞき込むお兄様に、言葉を選んで返す。
「ふと思ったの。私は貴方にとってその、自慢の…になれてるかなって」
恋人の振りをしているのだから妹とは言えないとぼかして言えば、正しく意図を読み取ってくれたお兄様が虚を突かれたような顔をしてから、握っていた手に力を込めて――
「その不安を抱くのは俺の方だよ。お前はいつだって俺の一番だ」
口元へ持っていくと手の甲にキスを――する振りだけで実際はリップ音だけなんだけど、だけなんだけどね!?あの!色気が!駄々洩れで!!
じゅっと顔が熱くなる。ただでさえ夏の日差しが暑いのに更に熱が上がってしまった。
「もし疑っているのなら、いくらでもお前の好きなところを上げようか」
「まって!」
そんなことをされたら買い物ができずに終わってしまう!
これはまずい、とただでさえ距離が近かったのを更にゼロにするほど体を寄せた。こうすれば顔は見えない。エッフェル塔が見たくなければ塔に登ればいい理論!我ながらナイス作戦である。
「疑っているわけじゃないの。ただ、貴方が好きな私でいるかが不安になって」
お兄様を疑うなんてとんでもない、と否定すればお兄様は今度は手をほどいて肩を抱き寄せる。
「それこそ不安に思うことなんて何もない。――誰とも比べることなんてない。お前がお前だから好きなんだ」
優しさの中に甘さの含まれたいい声が耳に吹き込むように告げられてぼん、と音が鳴る。
確実に今自分の顔が真っ赤になったのが分かった。頬が熱をもって熱い。
お兄様が影を作ってくれているおかげで正面の人でも半分くらいの人から顔が隠れている状況だけど、半分には見られてしまっているわけで。
二人の距離が近すぎることもあって余計赤くなっている。
しかしお兄様の顔を直に見えなくなったことで弊害も生まれた。
顔を見て固まる人間がいなくなったところにこの会話を耳にするとどうなるか――女性の反応は二分した。
一方はドラマのようなセリフに興奮し嬉しそうに悲鳴を上げる者。
もう一方は隣の彼氏にバンバン叩いて当たる者。
多分恥ずかしさからくるものだと思うのだけど、彼氏さんの方を見ると痛がるどころか唖然茫然。そんなセリフを恥ずかし気も無く言ってのける男に驚愕している。
だよねー。わかるぅー。
っていうか街中でカップルがいちゃつくと、舌打ちやら迷惑がられたりすると聞くけれど、全くそんなのが向けられていないですね。ここはもしや治安の素晴らしく良い街ですか?
「わかってくれたか?」
「…ええ」
わからされましたので、それ以上顔を近づけないで。それ以上はもう触れ合っちゃうから!
私の念が伝わったのか、お兄様はゆっくり戻っていった。
前を見ずに誰ともぶつからないってすごいよね。全く見てなかったよ。
でも気配を読む技の無駄遣いだと思います!
――
息も絶え絶えにたどり着いたのは上層階のハイクラスの店だった。入り口を見てもわかったけれどお高いお店ですね。
ディスプレイも品の良い、時期物のサマードレスなどが飾られている。
奇しくもそれは七草会長のサマードレスを彷彿とさせた。
お嬢様の会長の場合既製品ではないかもしれないけれどね。だけどこのお店の品は生地といい同等か、それより少し下あたりか。
とにかくお高めのお店ですね。
…高校生なら躊躇するお店ですよ?なぜそんな堂々と入れるのです?前世大人の私でも躊躇…いえ、絶対に入れないお店です。外から眺めるので精いっぱい。
だけど深雪ちゃんなら似合うよ。間違いない。お兄様の審美眼に狂いはないのです。狂っているのは金銭感覚。
叔母様も狂ってるけどお兄様も…腐っても十師族だからしょうがないのか?一軒家に対してのお兄様の評価もちょっとおかしかった。
それにお兄様自身稼ぎはえぐいですもんね。正確な数字は知らないけど、会社の売り上げは存じ上げております。近々臨時ボーナスが出てもおかしくない。
またお兄様の貯蓄が増えていくね。納税番付とかあったら上位に食い込んでいそう。
「では見て回ろうか。気になったのがあったらもちろん言うんだよ」
遠慮なんかせずにね、とくぎを刺されたので腹を括る。
そうだ。邪念を払ってここはひとつ深雪ちゃんに似合う服を選ぶのだ。
…邪念(金額)を払って邪念(欲望)のままに服を選ぶって、どうなんだろう?
自然と私のペースに合わせて一緒に歩きながら見て回ると、普段着ないノースリーブや丈の短いものに目移りする。
夏は人を開放的にするというが、うん、私くらいの年齢ならこれくらいの冒険もありだろうけど…ちらりと横のお兄様を見る。果たしてお兄様はこんな肌の多く見える服をなんと思うだろうか。
原作ではこれくらいの肌を見せる服を家の中で好んで着ていたと思う。
それはお兄様に見てもらいたくて、気を引きたくてやっていたことであり、今の私にはあまり必要としないデザインだった。
だってお兄様でさえ目のやり場に困る服を家で着るのは、お兄様が休まらないだろうと思うわけで。…なんて理由をつけてみるけれど、ああいう服はその、着るのにも勇気がいるのだ。
深雪ちゃんはすごい。着こなせるだけの素材があっても、アレを着る勇気があるかは別問題だ。
私には、その勇気は…
(着飾った深雪ちゃんは絶対に可愛いし、下着を買った時よりはよっぽど健全だと思うのに何でこんなに二の足を踏みたくなるんだろう?)
答えは簡単。隣にお兄様がいるからだ。
そのことに気付いたのはとりあえずこの三着を試着しようか、とお兄様に試着室へと放り込まれ、服を身に着けた時だった。
一応誤解しないと思うけど、別にお兄様に乱暴に扱われたわけじゃない。ただ心情的にね?放り込まれた気分になったっていう。エスコートは素晴らしかったです。目にもとまらぬ、流れるように自然な動作でした。
(これ、確かに気になっていた三着だけど、口に出してなかったのに)
お兄様心までお読みになるの?それはかなり困るけど洞察力が鋭い。わかってる。わかっているけどここまでピンポイントだとすごい通り越して怖い。
無難な大人しめのもの、可愛いけど冒険心を出したもの、その中間だけどその実一番えr、体のラインの一部が強調されるもの。
全て気になったものですね。
…これ、自分が着て確認してハイ終了、では済まされないよね。はい、わかってますとも。
女は度胸だ。店員さんに声を掛け、お兄様を呼んでもら――おうとしたのだけど、すぐ近くにいたらしい。
上から下まで吟味するように眺めるお兄様の視線は、調整してもらう時くらい真剣な眼差しだった。
思わず背筋が伸びてしまう。
「…いかがでしょう?」
思わず敬語になってしまったのは、別にその目が怖かったわけではない。
緊張が高まったのだ。
窺い見ればお兄様はひとつ頷いて「上品で似合っているが、もう少し華やかでもいい」という上級者なコメント。
否定が一切ない。すごい。こんな高校生いない。こわい。
テンパりすぎて思考が上手くまとまらない。
急いで二着目を試着する。
袖がないし、丈も頼りない短さだ。こんなので防御力が上がるのか!?と不安になる装備。
…私の混乱はすでに境地に達していた。
「お待たせいたしました。こちらはどうです?」
「うん、いいね。目が離せなくなりそうだよ」
サヨウデゴザイマスカ。
お兄様の視線と笑みの何と甘いことか。
防御力なんてなかった。何にも防げないよこの装備。それともお兄様の攻撃力が高いの?もしかして即死魔法使ってませんか?あれに防御なんて関係ないからね。
「もう一着あったね。そちらも着ておいで」
思考回路がうまく回らない私はお兄様の言うことを忠実に聞くマシンになっていた。
次の服を着て、ディスプレイで見た時との違和感に気付く。
(これ、予想以上にエロいわ)
あれです。魅了を付与された防具ですね。見た敵を行動不能にするものです。基本深雪ちゃんが標準装備している効果ですが、それをよりアップさせてくれるっていうね。
知ってます?それって危険物って言うんですよ?
「困ったな。俺でも理性を無くしてしまいそうだ」
私が沖縄で攻撃されて怒り狂った時でさえ理性を飛ばさなかったお兄様が何かをおっしゃっている。
お兄様はもしかしてこちらの攻撃を跳ね返す魔法でも使われてます?しかもそれが何倍にもなって返ってきてる感。
急いでカーテンを閉めた。
ヒットポイントが1でギリギリ残った。早く回復しなくては。そう思って着てきた服に戻ろうとしたところで店員さんから声がかかる。
恐る恐る開けば、次の試着を用意したとのこと。
…お兄様が?え、何着試着させる気です!?
いつの間にか瀕死の状態を維持したままひたすら攻撃を受けても息絶えることのない、ゾンビに転職?転生?させられたらしい。
キュート、エレガント、セクシー、フェミニン、ロリータetc。
凄いね深雪ちゃんほんとに何でもお似合いですよ。お兄様の語彙力がここぞとばかりに火を噴いております。
使いどころ間違ってますよ、と言いたいけれどオタクとしては賛同しかない。っていうか語彙力溶ける私の代弁をしてくださっている。実に的確。
しかし極稀に「家から出せなくなるな」とか「閉じ込めたい」とか「見る者全ての目を潰さねばならなくなりそうだ」など物騒なワードを出すのはどうかと思いましたまる。
あとポーズを求められたときはどうしていいかわからなかったです。必死に思い出したのは前世のアイドルや推しのポーズ。…途中からおかしなことになっていたと思う。指ハートってこの時代伝わるのかしら?
でもやった時歓声みたいなものが上がっていたような…?観客動員してましたっけ?
ここはどこ?わたしはだれ?
「二番目と十七番目のドレスを。それから――キープしているワンピースを。このワンピースは着て帰るので着てきた服と商品を一緒に届けてもらえますか」
お兄様が大人買いの呪文を唱えると店員はテキパキ動き出した!
…私の混乱は試着室を出てもしばらく続いて戻らなかった。
――
「それにしても三着も…」
混乱状態がなんとか抜け、周囲の視線も感じられるようになってようやく再起動した私は、なんとか現実を受け入れた。
「どれも似合っていたからな。これでも絞った方なんだが」
一体何着買うつもりだったのか。お兄様は少し残念そう。
その気持ち(推しに似合う服を!)はよくわかりますが、金額が金額だけに素直に喜び辛い。
お兄様の好意だとわかっていても、稼ぎがあって彼にとって微々たるものだというのもわかっていても、だ。
前世の給料が飛ぶ。…課金は家賃までではないのか…?家がでかいからセーフ?家賃計算したことなかったけど、あの家でいったら確かに家賃までになるだろうけども!…だめだ。正常な判断が旅に行って帰ってこない。
「迷惑だったか?」
「そんなこと!…嬉しいの。この服も、とても気に入っていて。何も言ってないのにこれを買うと言ってくれたことが、とっても嬉しかった」
それは本当。
これ、と言ってスカートをちょん、と摘まむ。
気付いたら購入してもらっていたけれど、確かにこの服は着る前から気に入っていて、着た感触もよかったので購入をお願いしようと思っていたのだ。
しかし、残る二着は――
「ちょっと冒険したドレスだったけれど、ああいうのが好みなの?」
お兄様の好みなら把握しておくべきだと心のメモ帳を開きながら訊ねると、お兄様は少し考えて。
「ほら、この前九校戦の遠征に向かった時、会長がああいったドレスを着ていただろう」
おや?これはつまり?
(七草会長が着ていたのが可愛らしくて印象に残った、ということ?!)
思いがけない恋の予感に胸をときめかせたのだが。
「子供の時は見たけれど、大きくなってからああいった服を見なくなったと思ってね。懐かしくなったんだ」
懐かしくなったの言葉に、お兄様が何を指しているのかを察した。
…言われてみれば、私が最後にああいった服を着ていたのって中学一年の沖縄が最後だったような気がする。
あの時から徐々に落ち着いた服を選ぶようになっていったから。
嫌いじゃないんだけどね。深雪ちゃんにはよく似合うと思うのだけど、あの頃はまだ感情が割り切れてなかった部分もある。今ほどいろいろと吹っ切れていなかった。…今ははっちゃけすぎてる時もあるけどね。深雪ちゃん何でも似合うから。お人形遊び嫌いじゃないです。…させられる、じゃなければ、と今日知りましたが。服の着せ替えだけじゃなく感想攻撃がね…。
「だがあの頃とはだいぶ違う印象になってしまったね。それを纏ったらもう子ども扱いはできそうにない」
「……手加減してね」
お手柔らかにお願いします。
お兄様、知ってます?お兄様の殺し文句って本当に死人が出るレベルの致死量ですからね?
みねうちより一撃必殺が得意のお兄様。手加減覚えてください。
妹を甚振って楽しいですか?…お兄様は微笑んでいる。本当、恐ろしいお兄様である。
それからもぶらぶらとウインドウショッピングを楽しみ、時折立ち止まっては店に入って購入しようとするお兄様を宥めては、また次の店を見て~、を繰り返していたらお昼になるところだった。
ファッションビルということもあり、女性に人気のある店ばかりが並び、チェーン店がちょこっとある程度で、男性客だけであれば入りがたいだろう店ばかり。だが私たちも見た目で言えば恋人に見えるだろうし、お兄様は私といるならどこでも気にしない、というので問題はない。
さて、今日はどういったところに入るのだろう、とワクワクしてお兄様を見た。
こういう店選びはお兄様が率先して選んでくれる。私が選ぶと、お兄様が食べたそうな店をセレクトしてしまうからだ。
あと防犯上ね。面倒に巻き込まれないような作りの店という基準で選ぶから、私よりもお兄様が選ぶ方がいいのだ。
そしてお兄様が選んだお店は、珍しく仕切りのほとんどないパスタハウスだった。
中を見れば女性客がほとんどで、これなら面倒な客に絡まれることもないだろうということだろう。経験上女性に絡まれることは滅多にないのだから。
けど――
(この展開、絡まれないわけがないのよね)
フラグだった。
そういえばと、ここでようやく思い至りましたよ。
これは番外編の話だ。ようやく原作だと気付きましたよ。
なぜドレスの下りで思い出さなかったのか、と思うだろうがあまりにラブラブっぷりが凄い巻だったので恥ずかしくて何度も読めていなかったのだ。雫ちゃんの別荘の話だって数回しか読んでいなかった。私には甘すぎたのだ。いや甘酸っぱくて好きなんですけどね。
お兄様とのお買い物デートのお話は本当、あのお兄様が甘い言葉を連発!?と読んでるだけで恥ずかしくなってしまって。
あんな口説き文句ラノベでは早々見ない。純愛のドラマだって一話の中であのようなセリフの内二回出ればいい方じゃないだろうか。
とにかくお兄様の熱烈なお言葉に耐え切れずちらっとしか読めなかった。
だけれども思い出した今ならわかる。この後絡まれますね。
しかもちょっとバックに悪いお友達を持った男に。
(そんな小者、お兄様の手を煩わせるまでもない)
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