妹転生?!ファンとしてお兄様を幸せにします!分割版 作:tom200
家に入り一通りの部屋を確認してから各々自室の片づけに集中した。
久々の実家と言ってもほとんどの衣服や荷物は以前の家に運んでいたので、新しく引っ越したに等しいほど物がなかった。両親の荷物なんて、ほぼ帰ってこない父親の私物なんてない。
というか再婚したのを機にマンションに送り付けてやった。
母の分は三年前に私たちと一緒で持って行ってたのでここには残っていない。せいぜいベッドなどの家具くらいなものだ。
私の部屋も以前使っていた家具はそのままで中身がない状態。お兄様に言った通り高校生になるんだし、と思い切っていろいろ処分してきたのだけど、注文した荷物は無事に届いていたようで新品の服を一枚一枚開封していく。
原作での深雪ちゃんの服と言えば、健康的な肌の覗く清楚ながらちょっと攻めたお衣装が多かったと思う。
お兄様に意識してほしい乙女心がなせることだったのだろうけど、残念だが私が用意した服にそういったものはない。
私の目的は私に意識を向けるのではなく周囲と出会い、意識を向けられる友達や恋人に出会ってもらうこと。
つまりセクシーな深雪ちゃんなどお兄様に見せつける必要はないのだ。
だから品の良い大人しめのワイシャツワンピだったり、体の線を強調しない組み合わせ自由なセパレート各種で揃えてみた。
とはいえ開放的な夏服とは違い春物メインなので、夏は夏でまた選ばねばならないのだけど、基本的には清楚なお嬢様風一般庶民の服、をテーマに選んだのでお兄様の期待(?)に応えられる服ではない、はずだ。
しかし――私は元々オタク。可愛い子は着飾りたい。いろんな服を纏わせたい欲はあるのだ。
よって服は服でも見えない部分であれば、深雪ちゃんに飛び切り似合うモノを用意した。
これは私へのご褒美。
深雪ちゃんのパーフェクトボディで着せ替え人形だなんてただでさえご褒美なのに、更にこんなモノまで用意してしまった。
(うふふ~、きっと深雪ちゃんなら購入したあれやこれも着こなしちゃうはず!)
楽しみだ、と深雪ちゃんとしてはいただけない顔をして、手に持ったものを抱きしめてトリップしていたら結構時間が過ぎていたらしい。
少ない服をクローゼットに並べて片付けた。
ここが終わったらキッチンを見に行くのだ。
いつでもできるファッションショーは後回しにしてお兄様のリクエスト通り、開けたばかりの服を身に着けて部屋を後にする。
ネット注文では着心地が確認できないのが難点だが、説明文に記載されていたように、肌触りが抜群にいい。
それだけでも気分は上がる。
気付けば適当な鼻歌を響かせながらキッチンでの作業に取り掛かっていた。
作業と言ってもほとんど備え付けのように整頓されているのだが、自分で収納したわけではないのでどこに何があるのかわからない。
あちらで購入したコーヒーメーカーやカップはすぐに確認できたし、お皿もお気に入りの物を棚の中に発見した。
以前の家とほぼ変わらない配置のようでほっと安心したところでお兄様が現れる。
「お兄様、お疲れ様です」
「深雪も。それに随分ご機嫌だな。可愛い歌声に誘われてきてしまったよ」
「もう、お兄様ったら」
深雪ちゃんの十八番、『もうお兄様ったら』を発動。
乱用はできないけれど攻撃をかわすには重宝する魔法の言葉だ。
「一息つきましょう。今コーヒーをお淹れしますね」
「ありがとう。――ああ、深雪。よく似合っている。可愛すぎて外に出したくなくなるな」
「…もう、お兄様ったら」
ほら。二度も使うと敗北を認める言葉になるでしょ。
脳内でサレンダーをしつつ、コーヒー豆を挽いて精神統一を図る。
このゴリゴリが心を落ち着かせるのです。
「せっかく着てもらったところ悪いんだが、飲み終わったら脱いでくれるか」
「え…、ああ、さっそく調整をする、という意味ですよね?」
落ち着いたはずの心臓がびょん!と跳ね上がった。たぶん50センチは確実に飛んだと思う。
おかえり心臓。大丈夫、もう離さない。
お兄様はどうして、そんな言い回しをするようになってしまったのか。
しかも悪いのは顔色を一切変えずに言うことだ。
態と、というのがとても分かりづらい。
(そうよ。きっとこれはお兄様なりの修行だ。日常から私のポーカーフェイスを鍛えてくださっているのよ!)
それならば、かなり強引だけど納得がいく。…かなり強引なこじつけだけども。
(こんなことでいちいち顔を赤らめていたら変に誤解をされてしまうものね)
深雪ちゃんは可愛い。十人が十人どころか千人に千人は振り返る美少女だ。
そんなパーフェクト美少女深雪ちゃんの一挙手一投足が注目され、たった一つの誤解でも与えようものならその相手の人生を狂わせる。
存在が魔性そのもの。四葉の女性はその性質の者が当主筆頭に多い。
それが魔法の性質によるものなのか魔法力の高さによるものなのか、単純に本人の資質なのかは分からない。
だから気をつけねばならず、心配性のお兄様が――ってことでいいのよね?――それとなく自然に鍛えようとしてくれているのだ、きっと。
私はこれを流石ですお兄様!と褒めればいいのか、恐ろしくスパルタな教育方針だと慄くほうがいいのかわからない。
だって息つく暇もなく褒め殺しワードが飛来してくるのだ。避けるのもままならず被弾しては白旗を上げる日々。
耐性はいつ身に付くのだか。
そうこう考えている間にも手は止まることなく工程を済ませ、淹れ終わったコーヒーを並べてお兄様と向かい合ってコーヒーを飲む。
庶民舌だった頃にはわからなかったコーヒーの深みがわかるようになって、あっという間にコーヒーの魅力に取りつかれた私はしばらく味の研究にハマったことがある。一日中コーヒー三昧の日々がしばらく続いた。
その時はお兄様にも相当付き合ってもらったが、おかげでお兄様の好みもわかって今ではいい思い出だ。
紅茶も好き。だけどお兄様がいる時は同じコーヒーを、というのが自分のルールになっていた。
「おいしいよ、深雪」
「そう言っていただけて嬉しいですお兄様」
定型文と化したやり取りだが、ちゃんと心を込めて言ってくれていることがわかる。
お兄様は表情だけでなく目でも伝えることを覚えた。
おかげで目は雄弁に語る。
時折それで大いに誤解しそうになるのだけれど、言葉にされるよりまだマシなのは、目は反らすことができるからだ。
耳は瞬時に塞げないが目は閉じることで切り替えもできる。
だがこれも諸刃の剣。
目を離した隙に何か行動を起こされると対処が遅れる。
(…おかしいよね。積極的なのは深雪で、お兄様はどちらかというと翻弄される側なのに)
やっぱり深雪ちゃんとは異なる人生を歩んでしまったからだろうか。
だいぶ感情は豊かになったと思うのだけど、何分判断基準は私と母くらいだけ。ほかの人間と長く話しているところを見ていない。
四葉本邸に行けばお兄様はガーディアンモードに徹してしまうので、表情も感情も読めないし(でもそういう夜はひどくストレスを抱えるから必ず長いハグになるのだけれど)、中学校ではいつも楽しそうに過ごしていたように見えたけど、友達のことを聞いてもどうやら深い付き合いまではいかないようだった。
試しに恋バナを振ったこともあるけれど、あの時のお兄様は…うん。なんかまだ早いで押し切られた。
中学生での恋バナは早くはないと思いますよお兄様。
というより告白されたって風の噂では聞こえていたのですがね。学年二番目の女の子から。
ちなみに学年一番の女の子はしょっちゅう告白――がありそうなものなんだけど、実のところほとんどなかった。
なんでも釣り合いが取れる自信がない、と見守るだけで満足する草食男子が多かった模様。
いえ、いいんですけどね。正直お断りするしかなかったので、来ないのならば来ない方がありがたい。
そもそも私の結婚はラスボス様がお決めになるのだ。恋愛する暇があったら勉強の時間にあてたり、家族に使っていたかった。
(やっぱり高校生にならないと恋愛に発展するような大きな動きはない、ということよね)
その大きな動きとは結構な大事件でありどんな屈強なつり橋でも落下しそうなくらいのもので、恋愛に発展するにはスリリングすぎると思うけれど、そんな事件がいくつも起きる波乱に満ちた学生生活は一応最後まで続く。
どれか一つでもヒットして恋愛に発展することを祈りたいけれど、襲い来る事件が世界規模なのはどう考えてもおかしい。
そこは物語だからと割り切るところなのだろうけど、なんとも釈然としない。
なんでもかんでも子供たちだけで解決させすぎだ。
頑張れ警察、何とかしろ政府。大人たちでいがみ合ってないで、将来の子供たちのためにも尽力してくれ。
この悩みは世界が変わっても変わらないんだな、と小さなため息が出る。
「心配事かい?」
「…少し、これからのことを考えておりました」
吐息と思うほどの微かなため息に気付いたお兄様が心配して声を掛けてくれた。本当、お兄様はよく見ていてくれる。
だがそうだ、世の中の悩みよりも目前の心配事を片付けなければ。
――入学前にいろいろと設定を決めておく必要がある。
「一高ではどう過ごすべきか、と」
「…ああ。俺も補欠とはいえ通うことになったからな。登下校は当然一緒にするだろう。問題は、」
「学内差別がはびこっている、ということですよね」
「質の良い魔法師を一定数用意するためには合理的ではあるんだがな」
「二科生制度はそうかもしれませんが、予備だと見下す文化など、すぐにでも廃止になればよいのです」
「どこに行ってもそういう選民意識というのはなくならない、ということかな」
「試験内容が模擬戦であれば、お兄様が学年どころか学校一ですのに」
「いや、流石にそこまでひけらかすのもな」
「わかっております。お兄様が目立つのはあまりお好きじゃないことも」
私だって原作通りお兄様が悪目立ちすることを良しとするつもりはないのだ。
実力を示すなら学校の意識改革がある程度進んでからでないと、お兄様はやり玉に挙げられてしまう。
それは人目を引くことになり、悪意を集めることにもなる。
目立つにしても、どうせ集めるなら皆の窮地を救うヒーローのように――
「総代の私がお兄様の近くに寄れば、四葉のように非難は免れないのでしょう。一科生と二科生にはそれほどの差別があるのですよね」
「具体例があるから対処もしやすい、と思えばいいんじゃないか」
「それはなんともポジティブ思考な。でも…」
四葉でのお兄様との関係はミストレスとガーディアンで、お兄様に対しては空気と思って視線を向けることも無ければ、声もかけないという徹底したもの。周囲がお兄様に嫌味をぶつけても反論はしない。
お兄様もただただ受け流すだけ、それしか認められていない。
まあそれも最近では、私の目の前でお兄様にちょっかいを掛ける者は少なくなったのだけど、それはまた別の話だ。
「お兄様、私たちは一般家庭の出身。中学校で見て思いましたがその…。私たちのように四六時中一緒に行動したり、兄が妹を撫でたり手を繋いだりはせず、『普通』の兄妹は用事でもない限り、兄妹だけで話すという場面すら見なかったように思うのです」
というより中学生にもなって兄妹べったりは、はっきり言って変わり者だ。目立つことこの上ない。
おかげで中学時代はとっても目立っていたように思う。
いえ、一応周囲の目にも気を付けてたんだよ?外で触れ合うようなことはしなかった。
だけど当時私もまだ意識が上手く馴染んでいなくて原作深雪ちゃんと自分の性格の落としどころを模索していた。決まっていない間は原作を踏襲しお兄様呼びで尚且つ敬語を使ってしまっていたのだ。
普通一般家庭の出の兄妹はそんなことをしない。
私の敬語口調は、将来十師族や大企業の御曹司との結婚を考えて今のうちから癖をつけるため、なんて噂があったとか。
魔法力が強い人間は美しい人が多いという知識を知った女の子たちの妄想から広まった噂らしいが、悪意ある噂じゃなく、どちらかというとシンデレラストーリーを期待してのものだったようだけど。
もし今後、高校でこれまで通りに過ごして、そんな噂を十師族当人の通う一高で流されたらと思うとぞっとする。
たかが噂、されど噂だ。
あえて茨の道を進むことはない。
「仲が良くても、常に一緒というのは見かけませんでした。それが自然、なのでしょう」
「俺たちの関係では不自然、か」
「っ、はい」
自分が言うにはいいけれどお兄様の口から不自然と言われるとダメージが大きい。
わかってますよ。私たち兄妹が普通でないことは。
お兄様もわかってるはずですよね?それとも気にもしたことなかった、とか?
…ありえそう。
一応一般常識を知ろうと流行っていたホームドラマを一緒に見てもらったけど、首を傾げたりしてたっけ。
一時帰宅していた母も一緒になって不思議そうな顔をしていた。
世の一般常識って私たちには非常識だったんだなと学ぶ一日だった。
さっきも言ったが、本来であれば中学の時に直しておくべきだったんだけど、あの時はまだ深雪ちゃんとはこういうモノ!という考えが抜け切れていなかった。
あれが司波深雪にとっての自然な接し方だったのだ。
そしてお兄様は妹のすることにいちいち疑問を抱かない。妹のしたいように、妹が望むならと修正など思いもつかない。
おかしいな。原作のお兄様はもうちょっと注意を、意見を言っていなかっただろうか?
だけどそう、この機会に!高校生活をきっかけに――私たちはごく自然な兄妹の距離感を取り戻そうと思う。
「一科生と二科生の仲が悪かろうとも、私たち兄妹まで仲が悪くなる必要はありません。私はお兄様のすごい所をたくさん知っていますし尊敬もしています。そこは変わりなくていいんだと思います。
でもだからこそ、傍に寄ったらお兄様に悪影響が出るとわかっているからこそ、近寄ること自体避けると思うんです」
「仲がいいからこそ気を利かせて、ということか。…難儀だな」
軽くため息を漏らすお兄様は、先に控える入学式を見据え宙を睨む。
「でも、ずっと話しかけないというのは無理なのでちょっとした挨拶程度の会話だったりはしたい、です」
「それはもちろん。歓迎だ」
はい。お兄様の今日一の微笑みいただきました。
良かった。あまり不審を抱かれてはいないようで少し安堵する。
「ありがとうございます。それで、その…呼び方も、変えた方がいいかと思いまして」
「…まあ、不自然、か」
「お兄様、なんて兄を呼ぶのを私以外で見たことがありませんので…」
「確かに。文弥も亜夜子のことを姉さんと呼んでいたな」
「はい。しかも敬語も使っていません、よね」
「それはまた…新鮮な深雪が見られそうだね」
口角がつい、と上がるお兄様。
ああ、お兄様の揶揄いスイッチが入ってしまった…。
そういえばお兄様は原作でも結構なSっ気が見られたっけ。できればそれは妹には発揮しないでいただきたい。
…いや、これは修行だと言い聞かせたじゃないか私。訓練だと思えば――っ!
「んんっ、――兄さん、あんまり揶揄わないで、よ」
ううう…敬語外すとなんだかすっごく照れ臭い。まるで鎧を剥がされたような気分。
ごく稀に敬語を使わないで甘えてしまう時もあるんだけど、それとこれとは全くの別物の羞恥が襲う。
対するお兄様は引き続きご機嫌なご様子。
敬語ない方が嬉しいですか?私は恥ずかしいです…。
顔を覆いたくなるのを何とか堪えて顔を反らしてやり過ごそうとしたんだけど、
「深雪、そんなに隙だらけだと狙われてしまうよ」
お兄様、ご機嫌だったはずなのになんだかちょっぴり声が固いような。
顔をUターンさせてお兄様を見れば鋭い視線が向けられてる…?いや、これはまさかジト目かな。
というかいったい何に狙われるというのか。
「狙われ…隙を突かれる…ああ、これじゃ総代としての威厳はないですものね」
「そうではないんだが、そうだな。まずは慣れないと。おかしな部分があれば不審がられるだろうから」
え、これからずっと敬語なしで話せと!?
確かにさっきまで普通の兄妹の距離感を!と意気込んでいたのだけど思ったより恥ずかしくてですね…。
そもそも深雪ちゃんの敬語はお兄様を尊敬しているからであり、むしろ敬語の方が適切な距離感保てるんじゃないかな、と思うわけでして。
ほら、深雪ちゃんがむやみやたらとお兄様に近づいたりとか触れ合ったりとかしなければ――あれ?
(そういえば初めの頃こそ愛情表現だと気合を入れて、ハグしたり手を繋いでもらってたりしてたけど、今じゃお兄様からしてもらってるよね)
もしかして妹の意図を汲んで率先してやってくれてるのかな。
だとしたらどうやってフェードアウトすればいいのか――問題増えた?難易度上がった⁇
「深雪?考え事は終わったかい」
「ええっと、」
山積みです。そろそろ許容量を超えそうです。
まずは手前から片付けていかないと。
「家では今まで通りでいいのではないでしょうか」
「それだといざ学校でミスをしかねないんじゃないか?」
「…そもそもクラスも違いますし、そんなに頻度は高くはないかと」
「だからこそ、その少ない数で失敗はできないね」
「……お兄様楽しんでいませんか?」
「可愛いお前を見ているだけで俺はたの、幸せだよ」
「楽しんでおられるのですね!」
「そうとも言うかな」
「~~~もう、開き直って!」
お兄様はこうしてよく『幸せ』を口にする。
それは私が求めていることを知っているからか、喜ばせるためのリップサービスかわからない。
けれどどちらにしても私は喜んでしまうわけで。
(悔しいけどお兄様の言っていることは間違ってない。このままじゃ学校で無意識にミスしそうと思われてもしょうがない)
深雪ちゃんのポテンシャルによる演技力はなかなかのものだと自負しております。
暗躍には必須スキルだしね。
でもお兄様と対面だと事情は変わる。
要はプライベート空間に演技は持ち込みづらいのだ。
「わかったわ。今日一日敬語を使わずに、兄さんと会話してみる」
「三日」
「、一日で十分でしょ」
「一週間」
「どうして伸びるの?!」
くすくすと笑うお兄様。
本当、我が家には笑いが絶えなくなった。
たった二人の兄妹、こうして向かい合ってテーブルを囲んで笑い合えるのは、たとえ揶揄われていても嬉しい。
理想の、司波兄妹の姿。
理想の幸せそうなお兄様。
「可愛いなあ、深雪は」
「なんと言われても一日!それ以上はダメなんだから」
何がダメって私が耐えられない。
やっぱり敬語バリアは私を守る盾でありアイデンティティだ。これ以上お兄様への対抗策がなくなっては困る。
どんな甘言をもってしても譲れない。
というか…一日もあるの…?私、もつ⁇
(『深雪ちゃん』を守り切らねば!)
気合を入れて最後の一口を飲み干すと、今度はまた違った笑みを浮かべているお兄様。
「飲み切ったね。じゃあ行こうか」
「あ………ハイ」
「深雪、敬語」
「う、うん」
忘れてました。この後は調整が待っているんでした。
ん?調整…?
立ち上がりながら何か重大な見落としがあるような、直感が何かを訴えているような不安が過る。
カップを食洗器に入れて、ドアの前で待ってくれているお兄様の後について地下へと向かう道すがら。
不安はどんどん膨らんでいく。
キッチンに向かうまではあんなに上機嫌だったのに、どうしてこんな――あ。
「深雪?」
(なんっっっっっっっっってこと!!!!!!)
地下に続く階段の前で立ちすくむように止まる私に気付いたお兄様が不思議そうに見上げてくるけど今はそれどころではない。
(そうだよ。なんでこんな重要なことを忘れていたの私!)
ところどころその予兆はあった。
頭の片隅で気づいていたのだ、私の鍛え抜かれた脳は。
このままではまずいことになると。
それを、その真実を覆い隠していたのは私の前世の置き土産、魂に深く刻まれた欲の塊――オタク魂。
なんてことだ…。原作でも忘れることのできない衝撃にして重要なシーンだったではないか。
しかもこれから行われること自体初めてでも何でもない、週に一度の習慣だというのになぜ忘れていたのか――すべてはオタクのスケベ心のせい!
(あああ、しかもよりによって、今日!先に気付いていればもう少し大人しめなものを――だめだ!どれを選んでもそこまでの大差はない。どれも趣味全開のモノを選んだ!)
あの時は全力で自分を褒めたけど、今は全力で張り倒したい。
でも弁明もさせてほしい。
深雪はとてつもない美少女だ。隠そうとしても眩しくて隠し切れない正統派純和風美少女だ。
そのイメージ損なうことなどできようもない。
たとえ襤褸を纏ったところで品位を失うことのない深雪ちゃんだが、似合う服を着せない理由がない。
というわけでいつも厳選に厳選を重ね慎重に選んではイメージを壊さない、清純派な服を選んでいるのだが、ふと悪魔が囁いたのだ。
(清純派路線を外れなければ、エロ可愛い深雪ちゃんはセウトなのでは…?)
セーフとアウトのアウト寄りの判定をしている時点でグレーゾーンは黒寄りだとわかっていたはずだが、それでも私は踏み切ったのだ。
…疲れていたのです。毎日毎日勉強勉強修行に訓練叔母様、真夜姉さまとの秘密の特訓(圧迫面接)、親族集まりゃ(お兄様への)暴言乱舞耐久レース。
ご褒美が、欲しかったのです。
(パーフェクト美少女深雪ちゃんに、ぜひ最高に似合う、けれどちょっぴり危険な匂いも漂う大人可愛い恰好を!でもそんな恰好を人には見せられないだろうからせめて下着を!!)
と、犯人は供述しており――うん。有罪ですね。
これは妹でなければ、お兄様直々に極刑に処されたことでしょう。
うんうん、妹でよかった。ほっ、と安心――胸をなでおろすなんてできるはずもなく、気分は処刑台に向かう囚人だ。お兄様からではなくてもこれは罪、裁かれなくてはならない。
…少しくらい抵抗してもいいかしら?
「あの、一度部屋に忘れ物を取りに行きたいのですが」
「敬語」
「へ、部屋に取りに行きたいな?」
「ガウンならこっちで用意しているし、CADなら俺が預かったままだから何もいらないよ」
はい。無駄な抵抗でした。むなしい。
逆にお兄様のなんて無駄のない説明。
用意してました?ってくらいよどみなくスムーズなお言葉でしたね。
まるで一分の隙も与えない――はっ!お兄様から揺さぶり攻撃を受けているのってもしやこれを身に付けるために!?このレベルになれと、そういうことなの?…目標が高すぎる。
――逃亡は不可能。仕方なくお兄様の後に続き、死地へと向かうのだった。
NEXT→
以下おまけ
「というわけで今回も作者不在で始めさせていただきます」
「実家に戻ってきた時だな」
「はい。誰も住んではいませんでしたが常にクリーニングが行き届いていたのですぐに人が住めるようになっていましたね」
「あとは地下を改造――改築、か?した際に整えられたのだろうな」
「ああ…昔はありませんでしたものね。お兄様がそちら側の研究に興味を持たれるとは思いませんでした(原作では知ってましたけどね)」
「そうだな。自分の想像したものを構築していく過程は今思えば面白かったのだろうな」
「ふふ、かなり熱中されてましたものね」
「深雪にも手伝ってもらったな」
「お兄様に頼られてとても嬉しかったのを覚えてます」
「だが、あの時はそれが最善だと思っていたからとはいえ調整で妹を下着姿にするのは自分でもどうかと思う」
「…そ、それは…(そこは果たして突っ込んでいいの!?)ですが、調整には必要なことだったのでしょう?精度を高めるためにはできるだけ正確な方が良い、と」
「確かにそうだが、俺の眼があれば数値など視て直接手入力すればよかったんだ。――しかし、それは深雪直視するものだから、当時の俺にはそちらの方が問題に思えたのかもしれない」
「!!…究極の二択、ですね(直に裸に近い姿を見られる、お兄様の眼で全てを見透かされる…くらいなら下着姿で機械の横になっていた方がマシ、なのか)」
「深雪も相当勇気がいったことだろう」
「それはもう。(でも、これがあることは原作知識で知っていましたからねー)裸ではないとはいえ、お兄様に下着姿を見られると考えただけでも…。もちろんお兄様は計測の為だと割り切られていたのでしょうが、思春期にはなかなかのハードルの高さでした」
「…一応言っておくが、俺に葛藤が無かったわけではなかったんだぞ」
「え?」
「いくら中学生とはいえ、深雪の体が徐々に女性に近づいていくのを週に一度直に目の当たりにしているわけだからな。できるだけ意識しないようにはしていたが――こういう時に絶対記憶を持っていると厄介だな」
「…お兄様、まさか」
「他の事なら別だが深雪のことですぐに思い出せないことなど何一つない」
「お兄様…キリッとカッコつけられたところ悪いのですが、今すぐ都合の悪い記憶を消し去る魔法式の開発をお願いしてもよろしいでしょうか?大至急お願いします」
「精神干渉が得意であってもその技術は不可能だ」
「…何故やる前からお分かりになるのです?」
「まずは自分に掛けるべきだと考えたからな」
「!(お兄様にとっても調整でのあれこれは苦肉の策、だったのですね)」
「(まあ、今思えばそんなもの無くてよかったと思っていることは口にしないでおこう)さて、話が止まっていたな」
「そうでした」
「学校での過ごし方を提案されたのはこの時だったか」
「ええ。(私としてはこれを機に兄妹の仲を改められればとも思っていたけど、そもそも普段敬語を外すこと自体が土台無理な話だったのよね)お兄様と呼ぶのは下手な注目を浴びると思いましたので」
「敬語も外してくれたが、深雪にはとても辛いことのようだったな」
「お兄様を敬愛しているからこそ難しいのです…」
「俺としては普段からそうしてくれてもいいんだが」
「そこはお許しくださいませ」
「ふっ、そうだな。深雪が悪いことをしたら罰としてやってもらうのもいいか」
「!わ、悪いこととは…(罰って、何をしたらそんなことをさせられるの!?)」
「その時になってみないとわからないが、この時のお前の恰好はひどく衝撃を受けたことを覚えている」
「!!(うっ…つい自分のお楽しみ用下着を付けてしまったばっかりに)あれは、申し訳ありませんでした。考えてみれば新しい機材がちゃんと機能するかチェックするのは当前のことで、調整の流れも言われる前に気付くべきでした…」
「あまりに扇情的な恰好だったからしばらく目に焼き付いて大変だった」
「も、申し訳ございません!そ、その、はしたない恰好をお見せしてしまい――」
「はしたなくなんてないさ。深雪が品無く見えることなどありえない。それに、――今なら大歓迎だ」
「お、お兄様?!(待って待って。急にモードを切り替えないで)」
「せっかくだから贈るのもいい。だが、どういうデザインが合うかなど直接見てみないことにはわからないだろうからな。行くか」
「ど、どちらへ!?」
「今日は時間があまりないから近場にしよう」
「これから買いに行くのですか!?」
「思い立ったが吉日と言うだろう。さ、準備をしておいで。それとも手伝いが必要かい?」
「じゅ、準備してまいります!」
――深雪が退室しました
「(――焦ったさ。つい数日前まで可愛い妹が急に大人びて見えたのだから)あの時ほど目のやり場に困った時はなかったぞ、とは情けなくて言えないな」
――達也が退室しました
――
原作とは違い、中学時代は東京から離れておりました。
それでも九重寺に通えたり、FLTや軍にも通える場所…それでいて四葉の縄張りとは一体どこでしょうね?
家族で暮らすのに父親が出てきてしまうとお邪魔だったので、四葉関連で遠ざけられたことにしてもらいました。四葉の事情となれば彼は出張ってこれませんので。でもこれ幸いと恋人とイチャイチャできたことでしょう。…元からか。
心機一転、高校デビュー()をする予定の深雪成主ですが、まさかの入学前から出ばなをくじかれるという…。本人としては深雪なら着こなせる!と下着を選び、欲望のままに身に着け満足していただけなのに…
そもそも魔法科高校制服セクシーすぎますよね。体のラインがはっきりと浮き彫りに。思春期真っただ中の青少年には危険なもののように思いますが、そこは創作物ですからね!
メリハリあるボディも良い。だがすっとんも捨てがたい…。これぞ多様性!(違う)
高校上がる前にはお兄様はある程度仕上がってましたね。
すでに可愛い妹を閉じ込めておきたい臭が漂っていました。
立場逆転を意識していたので、お兄様が原作深雪の立場になると、ちょっとしたお茶目で攻撃するなんてできないので迫って困らせる一択だったようです。
深雪成主は原作お兄様のように躱すことは不得意でしたが、フラグだけは無意識に察知して避けられました。
おかげでハッピーエンドを迎えられるのですが、これ一歩間違えばすぐに監禁軟禁エンドでしたからね。いつでも危険と隣り合わせの生活でした。
原作深雪ちゃんはそこまでではなかったと思うんですけれど、お兄様になるとそこは違ったようです。男女の差ですかね。それとも作者の趣味嗜好か…。
お粗末様でした。