妹転生?!ファンとしてお兄様を幸せにします!分割版 作:tom200
達也視点
昨夜遅くまで起きていたというのにいつもと同じ時間に深雪は起きてきた。
朝食の支度をし、二人揃って食べる。
今日は師匠のところには行かないのでゆっくりと和食の朝食だ。味噌汁が美味い。
「まだ寝ていてもよかったんだぞ」
「いつも通り目が覚めましたので。それに、一度リズムを崩してしまいますと戻すのは大変なんです」
そういうモノなのか。
不規則に慣れ過ぎているためその感覚は分からなかった。
深雪は昨日の夜更かしを恥じているのか、俯き加減だったが顔色自体は悪くなさそうだった。
「俺には言えないいつもの趣味か?」
ちょっと意地悪かな、という質問に深雪は肩と視線を揺らす。
この嘘のつけない反応がとても可愛らしい。今日も妹は花も恥じらう可愛さだった。
「…つい、はかどってしまって」
そしてはにかんで頬を染めるのもとても可愛いのだが、はかどる、とはいったいどんなことをしているのか。
深雪はこの趣味に関しては頑なに口を閉ざす。
恥ずかしくて言えないそうだ。
気にならないわけでもないが、この彼女の趣味は彼女にとって精神安定剤のようなものなのか、部屋から出てくる彼女は大抵ご機嫌だ。
余程楽しい趣味なのだろう。
いつか話してくれればいいが。
「今日はゆっくり過ごすつもりだから、いつでも眠くなったら寝てもいいからな」
「せっかくお兄様とずっといられるのに寝てしまったらもったいないですから」
それに、今は眠くありません、と可愛いことを言って笑う深雪に思わず笑みがこぼれる。
こんな日常がこの三年続いている。
――なんて、幸せな日々だろう。
「せっかくだからゲストルームの部屋を開放してコーヒーでも飲もうか」
「あそこなら雰囲気もあっていいですね」
そうと決まれば、と食べ終わった食器を片付けて準備に取り掛かる。
とはいえそんなに大掛かりでもない。すでに使われないベッドや家具はなく、ただの空き部屋に机とチェアを用意して、窓を全開にするくらいだ。
小さい庭に面しているのでちょっとしたオープンテラスのように見えなくもない。
使われていない部屋でもHARの掃除範囲なので塵一つない。
窓を開ければまだ暑い風が流れてくるが、これも夏ならではと言えよう。この時期にしか体感できない。
こういう四季を体験できるイベントごとを好む深雪にとっては不快に感じる風も楽しむポイントの一つだ。
こんなものか、とセッティングを終えリビングに戻れば焼き菓子の香ばしさとコーヒーの香ばしさに出迎えらえられる。
朝食は食べたばかりでも、これならいくらでも入るだろう。いい香りだ。
引き寄せられるようにキッチンへ向かう。
「お兄様ちょうどいい所に。ちょっとお手伝いしていただけますか?」
近づくと今作ったばかりの混じり気のない透明な氷とアイスピック。
深雪はたまにこうして小さな頼みごとをする。
一緒に何かを作るという作業が、とても大切なことなのだと教えるように。
そしてそれがどれほど価値のあるものかを俺はもう知っている。
「できたよ」
「ありがとうございます」
この笑顔がどれほどかけがえのないものか。
(手放したくないと思えるほどに)
深雪はさっそく氷を入れたグラスにコーヒーを注いで魔法を行使する。
それはこんな片手間でやるようなものではない高等技術なのだが――たかがコーヒーの香りを逃がさないためだけに空気の幕を張ることに使うなど、ありえないほど複雑なものなのだが――彼女には息を吸うくらい簡単なことのように自然と使いこなしていた。
深雪はグラスの乗ったお盆を、俺は焼き菓子の詰まったバスケットや皿をもって共にリビングを後にした。
何を話すわけでもなく、隣で並んで座りコーヒーを飲み、クッキーを摘まむ贅沢な時間。
時折クッキーを摘まむタイミングが一緒になって笑い合ったり、食べさせてあげようとして困らせては、恥じらいながらも口を開ける深雪を愛で、この空間を満喫する。
昨日までの忙しさは、すべてこの時間のためにあったのではないかとさえ思う幸福なひと時。
そういえば――言い忘れていたな。俺としたことが、やはり疲れが出たのだろうか。
「着てくれたんだな、よく似合ってる」
「…ありがとうございます」
顔を赤く染める深雪に思わず手が伸びた。
赤く染まっても肌は熱くはなっておらず、冷たくて、それでいて滑らかでいつまでも触っていたい。
白い腕が眩しい水玉模様のサマードレス。
この前ご褒美と称して贈ったものだ。
実によく似合っているが、その姿ではにかまれると無性に抱きしめたくなる。
「お、兄様、これではコーヒーが飲めません」
「代わりにもう一枚クッキーはどうだ?」
触れたままの手はそのままに、もう一方の手で一枚クッキーを差し出せば、
「さっきいただきましたでしょう?」
「こっちはチョコチップだろう。さっきのとは味が違うよ――ほら、口を開けて」
可愛らしい抵抗に、少しばかり強引に唇に押し当てれば、素直に口を開く。
小さな口に挟みこまれるクッキーは一度には食べきれないので齧っては離れていく。
これを数度繰り返してようやくクッキーが無くなると、今度こそ、と深雪が頬に触れたままの手を無言で叩いた。
離してやるとさっそくコーヒーのグラスに口付けて、勢いよく飲む。
その白いのどが動くたびに、胸にこみあげるものがあり、目が離せなくなる。
向けられる視線に敏感な深雪だが、俺の視線には警戒心が薄い。
今までの実績と兄としての安心感がそうさせるのだろうが、心配になる。…心配したところで、兄である俺が深雪に何かするわけでもないのだが。
そういえば、と水着売り場でのエリカたちと話していたことが甦る。
一条とは連絡先も交換しておらず、付き合いがないと言っていたか。
てっきりあれだけ深雪に見惚れていたのだ、連絡先くらいは渡していたのかと思っていたが、予想以上にプリンスは奥手らしい。
それともそこに頭が回らないほどダンスに浮かれていたのか。
(――珍しく深雪に見劣りしない男だった)
ダンスを自分から誘えない姿は情けないと感じなくもなかったが、堂々と深雪をリードする姿は様になっていた。
一条家の御曹司。次期当主。深雪と同じ立場の男。
婚約者となるにはハードルがあるものの、可能性はゼロではない。
深雪は興味がなさそうだったが、何があるかはわからないのが恋、というものらしい。ほのかから告白された時に言われた言葉だ。
以前からほのかから向けられた好意は気付いていた。
なぜそうなったかはさっぱりわからないが、俺に付き合ってほしいと正面から告白するのは勇気の要ったことなのだろう。震えながら言う姿に好感を持った。
だが、それだけだ。エリカや雫と変わらない想いしか向けられない。
そうはっきりと答えたのだが、そこで言われたのがさっきの言葉、
「何があるかはわからないのが恋ですから」
だった。
もしかしたら好きになるかもしれない。
他に好きな人ができなければ、その間好きでいられる私は有利になれるかもしれない、なんて恐らく本気ではないのだろう。諦めるにも時間が必要、と俺は解釈した。
だから好きにさせた。
断っては、せっかく友達ができたと喜ぶ深雪に悲しい思いをさせるかもしれない。それはさせたくなかった。
――「達也さんって深雪のことが好きなんだと思ってました。妹としてではなく女の子として」――
再生されるのはあの夜告げられたほのかの言葉。
告白を断った際に呟くように漏らした。
だが、そんなわけがない。
深雪が妹であることは、誰よりも俺が知っているのだから。
何より彼女の兄であるからこそ俺は傍に居ることができるのだ。
「――さま、お兄様?お疲れですか?」
「いいや、あまりに幸せな時間過ぎて浸っていた」
「ふふ、そうですね」
「深雪も幸せかい?」
「もちろんです」
ぼうっとし過ぎたらしい。
横に深雪がいるのになんという失態だろう。
心配までさせてしまうだなんて、と思う反面彼女が俺を思ってくれているだけで幸せに思う。
「さて、もう銀行も開いた頃だし、そろそろ行こうか」
空になったグラスとバスケットを持ち、深雪は皿を持ってリビングへと戻る。
片付けはあっという間に終わり、外出用に日差し除けの上着を羽織る深雪を待って家を出た。
――
残暑厳しい暑さだが、深雪は気にした風もなく俺の右腕に腕を絡めて歩く。
外ではこうでもしないと面倒ごとが起きやすいことは学習済みだ。
視線の吸引力は落ちつくことなく年々増してさえいるが、こうしてくっついて深雪が楽しそうにしていれば、誰も何も言えない。
邪魔をしてはいけないとさえ思って道を譲られることもある。
そういう気遣いができる人間ばかりであれば深雪もいらぬ苦労をせずにいられるのに、と思わなくもないがこればかりはどうしようもできない。
銀行に入ると機械音のみが聞こえる時間が3秒。店員はよく動いた方だと思う。
用件を聞かれてIDの更新だと伝えればスムーズに案内された。
銀行は今や金銭を引き下ろす場所ではなくなっており、ここにいる人間の大半は俺と同じ理由か、特別な取引かくらいしか用途が浮かばない。ほとんどの要件がオンラインで済むからだ。
ソファに腰かけると、横からかすかに呼吸の乱れ音、あくびだ。珍しい。やはり昨日の夜更かしがたたったのだろう。
「眠いなら少し眠ってもいいぞ。恐らく待ち時間はそれなりにかかるからな」
更新自体そう時間はかからないが、人を待つのには時間がかかるものだ。
いつも通りであれば恐らく15分は待ち時間がかかるだろう。なら一時的睡眠にはちょうどいい時間だ。
「でも」
「ひざは貸してやれないが、肩くらいなら問題ないよ」
流石に周囲の目のある場所で膝枕はしてやれないが、肩に凭れて寝るくらいならそんなに見咎められることもないだろう。
遠慮することはない、と伝えれば、深雪はためらったものの、眠気には勝てないのか「では少しだけ」と肩、というより腕に凭れた。
瞳を閉じたことで眩い美貌も落ち着き、周囲の人間もようやく視線を楽に外せるようになった。
綺麗な顔立ちなのは隠しようもないが、目が閉じられ、感情が見えなくなると精巧に作られた人形のよう。
周囲からは美術品でも眺めるようなため息が漏れた。
それまでは落ち着いてなど見られなかったのだろうな。
空調が効きすぎているわけではないが、外から入れば涼しく感じる室内は風が満遍なく届いているので眠る深雪には少し肌寒く感じるかもしれない、と肩を抱き寄せて密着させると口元が緩んだのが見えた。
正解のようだ、とこちらも口元を緩ませたところで、妙な気配が近づくのを察知した。
信じられないことに、絶滅するだろうと思われていた銀行強盗が現れたのだ。
…なぜ成功率が限りなくゼロの犯罪なんかに手を出すんだ?
別の目的があるのかとさえ疑いたくなるが、気配を見る限りどう見ても素人だ。複雑な工程ができるとは思えない。
しかも眼を向ければ誰もCADを持っていない。非魔法師で、素人同然の動きからも大した犯罪者には見えない。
武器は銃器とナイフだが、その銃は改造銃。…流れ弾や暴発に注意だな。
まだ犯罪者と思われる集団は肉眼では捉えられない位置にいる。
今のうちに深雪を見られないように顔を胸の方に引き寄せておく。
少し体勢が苦しくはなるだろうが、片方の耳は胸に当て、もう片方の耳を手で塞ぐ振りをして、魔法をかけて遮音状態にした。
こんなくだらない騒音で目を覚ますことがないように。
肩に寄せるだけでも注目されていたのに、胸に抱き込むようにすれば更なる周囲からの注目が集まったが、それもすぐになくなる。
今時ドラマでもありえないニットの目出し帽に薄汚れたジャンパーと、クラシカル…レトロな格好で現れた男たちに周囲の反応は恐怖よりも唖然の方が勝っていた。
四人の男たちが周囲に威嚇するよう銃を構えたり、窓口係員に対して喚き散らす必死な姿に、現実を認識し始めた客たちがようやく怯え始めていたが、声を出さなかったため犯人たちを必要に刺激しなかったのはよかった。
怒号にも似た声というのは人の恐怖を煽るものだが、今の俺にとっては深雪の眠りを妨げようと騒いでいるようにしか見えない。
寝息に乱れはないので聞こえてはいないだろうが、気配で気づく恐れもある。
彼女の心音に合わせて背を叩く。少しむずがるように体を捩るが、すぐに体勢を整えると、おさまりがよくなったのか、また体の力を抜いた。
こんな状態でも俺の腕の中だからと眠る妹の姿に愛おしくなるが、流石の俺もこの状況で笑うわけにもいかない。
あまり演技は得意ではないし、怯えるなんてこと自体ないので、周囲の顔をまねてそれらしい表情を作っておく。
しかしあまりこういった施設の防犯装置を見る機会はないのでなかなかに興味深い。
透明なシールドが天井から降りてきて窓口を覆う。
ボストンバックが押しつぶされて変形したことに気付いた犯人が慌ててシールドに発砲するが、着弾しても跳ね返りもしない。
粘性の強い素材でできているらしい。跳弾にも配慮しているとはなかなか興味深い。流石銀行。安全性を考慮した防護対策だ。
あれならナイフも刃を通さないだろう。つまり犯人たちは攻撃手段を奪われ、窓口から金銭を要求する任務を失敗したということになるのだが、最後の手段とばかりに職員ではなくこちらを見た。
人質を取れば交渉ができるとでも踏んだのだろう。
しかし、他にも客はいるはずなのに、犯人たちの視線はこちらに集中する。もちろん視線の先には深雪だ。
顔は見えていなくても、見事なまでに美しく流れる黒髪だけで人の視線を引き付ける。
どんなに隠そうとしても深雪の存在を無視するのは無理なのだ。
目出し帽から唯一覗く目が歪むのが見えた。その目の色は好色を孕んだモノだ。
ターゲットとして深雪に狙いを定めたのか。こんな危機的状況でも男たちに深雪が魅力的に映ったのだろうが、気に食わんな。
(――人目がなければ俺がヤるんだが)
深雪に薄汚い視線を向けられただけでも腹立たしい。
だが天井裏での動きもわかっている。もう犯人たちに逃げ場はない。
深雪を狙っただけでこいつらの息の根を止めたくなるんだが、こんな奴らにかまけて深雪との時間を減らすこと自体がもったいない。天秤は思ったよりも大きく傾いた。
彼らが配置についてからスピード解決と言っていいだろう。上から降ってきた警備員によって男たちは押しつぶされ御用となった。
自ら鉄槌を下すことはできなかったが深雪の眠りが妨げられなくてよかったということにしよう。
耳から手を離し、顔を覗けばもうじき覚醒するのか瞼が震えた。
「ん…」
「おはよう、Sleeping beauty。よく眠れたかな」
「…なにかありましたか?」
寝ぼけ眼で目を擦りながらゆっくり上体を起こしながら、何か異変を感じ取ったのだろう。
けれど深雪に聞かせるほどでもない。
顔にかかっている髪を耳にかけてやりながら。
「ちょっとした出し物がな。まあ気にすることじゃない」
そう言って頭を撫でれば腑には落ちてないようだが、誤魔化されてくれるらしい。
その後支配人が直々に来て、この一年の手数料を無料にしてくれるというサービスを受けて手続きをする。
浮いたお金で(といっても微々たるものだが)ケーキを買って帰り、またティータイムをまったり過ごした。
明日からはまた騒がしい学校生活が始まる。
夏休み編 END