妹転生?!ファンとしてお兄様を幸せにします!分割版 作:tom200
「違う!わたしは!!」
ようやくしゃべれるようになった彼女は咳込んだ際に出た、生理的な涙を浮かべながら拒絶する。
「私はただアイツが憎くて!姉さんは関係なくて!」
「でも貴女に優しかったお姉さんが、貴女が傷ついていることに悲しまないとでも思ったの?賢いお姉さんが貴女を追い詰めた一端が自分にあることに気付かないと思ったの?
――貴女が起こした行動に傷つかないとでも思った?」
「思ってないわよ!だから嫌われる覚悟ならあった!!だけど、だけど何?私のせいで姉さんが…はんざいを…?そんなはず、ない!姉さんは、誰よりも優しいあの姉さんが、」
「歯を、食いしばりなさい」
振り上げた手を見て彼女は身を固くした。
避けようとはせずぎゅっと目を瞑って。
人間、一度学ぶと短い命令でも反応できる。
ぱあん、とまた音が響いた。
また魔法で包まれた私の手は、痛くもなんともない。
けれど今度は叩かれた彼女も目を開閉させて驚くばかり。
「目は覚めたかしら?」
「な、に…したの?」
「目覚ましビンタよ」
「え」
「目覚ましビンタ」
この世界のゲームにはないのよね、目覚ましビンタ。
驚きのあまり頭が真っ白になっているなら都合がいい。ここで一気に畳みかけましょう。
種明かしを兼ねて。
「まず初めに、お姉さんが捕まることはないわ。兄さんは通報なんてしないもの。
貴女のお姉さんがやったのは、貴女が悪い組織とつながっていたログをハッキングして、拾ったデータを兄さんに託したの。貴方を助ける力になろうと、ね。でも一人ではできないから兄さんを巻き込む形で。
貴女のお姉さんは賢いわ。そしてとても強かだった」
思い出すだけでも心が温まる先輩の優しさに笑みがこぼれる。
それを唖然と見つめる彼女は今、必死に頭を回転させているのだろう。時折目が揺れる。
「落ちこぼれとされる二科生の星だと勝手に期待して憧れて、それなのに自分の大切なモノを傷つけられた――それが貴女にとって裏切りに感じられたみたいだけど、私は答辞で言ったでしょう?一科生も二科生も関係ないって。実力ある人は二科生にもいるって。誰も聞いてくれなかったけど。
新歓の事件でも言ったから、噂でも広がってたし、それなら貴女だって聞いたでしょうに」
「…そんな言葉、信じられなかったわよ」
「でも、実際目にして本当だと知った。二科生でも優秀な人がいるって。
かっこよかったでしょ、九校戦の兄さん。憧れるのもわかる。普通あんな逆転劇できないもの」
「…姉さんが、帰ってきてから、エンジニアとしてもすごかったって言ってて。…だけどそれから、ずっと悩んでて」
「お姉さんは真面目な人ね。誠実で、きちんと周囲を見る目を持ってる」
「…わかってた。姉さんが彼を認めたんだって。だけど私は認められなかった。ずるいって。だって、姉さんの三年間の努力を同い年の、しかも同じ二科生の子が奪ったんだって思ったら――」
「理不尽に思えるわね。ぽっと出の男の子が、大事な姉さんの晴れ舞台を奪ったと感じるのも無理ないわ」
「でも、姉さん自身が決めたことだってこともわかってた」
「それでも、お姉さんの悔しさが痛いくらいわかったのも、貴女だった」
大きな目から雫が落ちる。
ずっと溜まったままで流せなかったのだろう、ぼろぼろと、とめどなく落ちていく。
「悔しくないわけ、ないじゃない!ずっと、ずっと前から頑張って、6月の選考会だって夜遅くまで頑張ってたのに、」
「その選考にさえ参加してない一年生が選ばれるなんて贔屓にしか思えないものね」
「…貴女、さっきから誰の味方なの?」
「私は誰の味方でもないわ。ただ貴女に文句を言いに来ただけ。あと、そうね。目を覚ましてあげたかったの」
そう言ってポケットからハンカチを取り出して程よく冷やしてから彼女の頬に押し当てた。
「貴女が無事でよかった」
「…え…?」
「あのままだったら貴女、すべての罪を着せられたただのピエロになってしまうところだったから」
落ち着いた彼女なら、もう大丈夫だろう。
そして私は話せる範囲で、彼女に事情を説明することにした。
本当は話すつもりなんてなかったのだけど、この子なら大丈夫だと思えた。
この子も本当は、お姉さんが大好きな優しい子だったから。
「さっきの男、覚えてる?」
「さっきの…?あ、周さん…?あれ、わたし…」
うんうん、混乱しているね。
いろんな記憶が混在して整理が追い付かないのだろう。
そんな彼女にハンカチを外してからもう一度ぺちっと頬を叩く。見せかけだけの魔法も何も掛けていない、ただの手の平を押し当てて。
「貴女は気付かないうちにコントロールされていたの。今もね、彼のことを思い出せないように暗示を掛けられたところだった。本当なら思い出すことはなかったはずよ。一度漂白されてしまえば本来二度と戻らない」
恐らくそういった類の魔法だったと思う。お兄様がいれば何か視えたかもしれないけれど、私にはそんなことはできない。
だから――精神が漂白される指示を出す脳の指令自体を揺さぶった。
振動系初歩魔法を手に宿して。猫だましを挟むことで意識を真っ白にして。
ただ干渉力は強かったみたいで一時的に意識を改変され、彼女はハッキングツールについてしか思い出せることが無くなっていた。
その前の、彼女にとって優しく手を差し伸べてくれた男のことなど、きれいさっぱり忘れていたのだ。
だけど2発目。これが揺り返しを起こさせて、途切れたはずの記憶の枝が繋がった。
正直賭けだったんだけどね。思い出さなければそれまで、と思っていた。まさか本当に物理的な衝撃で戻るなんて。
ここに来た一番の理由は、私に鬼門遁甲の術が破れるかを見たかった、それだけだ。
そのついでに、その場で脳を刺激したら暗示を破ることは可能か、という実験をしたに過ぎない。
仮説が正しいか実験をしてみただけ。とはいってもこんなことが偶然できましたってだけで可能性があるってことしか示せない実験だけどね。一例しかないから比較もできないから。
ああでも彼女を単純にひっぱたきたかったのも目的の一つかな。同じ妹として許せなかったので。これはお兄様がいない今しかチャンスはないとも思ってた。
…視られている可能性はあるけれど、何をしているかまではわからない、はず。たとえ私の動きが視えていたとしてもそこはそれ。気づかないふりをする。
「本当はそこまで兄さんを憎んでもなかった。お姉さんのことも残念だけど、お姉さんが納得してるのを貴女はちゃんとわかってた。面白くはなかっただろうけど、だからってそれで兄さんを傷つけようなんて思えなかったはずよ。――あなた一人なら」
ただこの子は、操りやすそうな駒として目を付けられ、感情を増幅させられ、利用されたに過ぎない。
「今、兄さんのこと、そこまで考えてないでしょう?」
もう憎いとは思っていないはずだ。人生をめちゃくちゃにしたいなど考えてもいない。
呆然としながらも頷く彼女に、私はそっと抱きしめた。
びくり、と体を震わせたけど、抵抗はなかった。
「知らずに操られているってとっても怖いことね。しかも貴女の意識ははっきりと自分のモノだって認識していたから、余計に」
彼女はすべて自分の意志でやったと、壬生先輩にも啖呵を切っていた。すべては私が理解した上でやったことであり責任は自分が持つのだと。
でもそれは思い込まされていただけ。自分に酔った状態を維持させて鼓舞していたのだ。
だから彼女は、いつもならできないような勇気をもって行動を起こせた。
一歩間違えば死ぬような危険な行動も、ビビっても押さえつけられた。
だが今の彼女は違う。目を覚ました今の彼女は小さく震え、涙をこぼす。
自分のしたことに気付き、何をさせられたのか理解し、何を傷つけたのか認識した。
「…わかってて騙されたつもりだった。だってあんな綺麗な人が、私のために時間を作って話を聞いてくれるはずないって…」
「それはわからないわ。世の中広いのよ。美しくて見返りも求めない優しい人だっているかもしれない。それに、貴女可愛いんだから
「嫌味なの?貴女みたいに完璧な美少女に可愛いなんて言われて信じると思う?」
「客観的に見て、純真で素直そうな可愛い子と、見る者全てを見蕩れさせる完璧な美少女だったら手が届きそうな可愛い子に手を差し出すのはおかしなことじゃないわ」
「……あんたっていい性格してるのね。知らなかったわ。あんたたち兄妹揃って詐欺師じゃない」
「勝手に周囲が勘違いなさるみたいね」
特に私はこんな見た目でシリアスブレイカー。…この本性は見せられないけれど。結構愉快犯ではある。
「貴女は惚れっぽいのね。兄さんに惚れたと思ったら、次はさっきの男性、周さんでしたっけ?」
「ちょ、違うわよ!!アイツのことなんてっ」
「いいのいいの。気になって気を引きたくてちょっかいかけちゃっただけだものね」
「だからそんなんじゃないってば!いい加減離して!」
「よしよし。好きな人にいたずらして気を引こうなんて可愛い子ね~」
「やーめーてー!」
ごめんね?愉快犯なものでして。
全力で揶揄ったらぐったり疲れて動かなくなってしまった。
情緒ジェットコースターの後にいじり倒したらまあこうなるよね。楽しかったです。
それから漂わせていたサイオンを解除して警備員に連絡。
見知らぬ男性が入室していたと報告すると信じられない様子だった。当然彼本人はカメラにも映っていない。
けれどカメラに映る私たちの動きが第三者を感じさせるものであることと、平河千秋本人からの証言もあり、信ぴょう性が出たことで彼女は本格的にマインドコントロール治療を受けることになった。
ただし、男の正体は『見たこともない』という体で話したので忘却が失敗したことを知る人間は限らせてもらった。
でないとまた狙われるからね。
安住先生も駆けつけ面倒を見てもらえることになり、本人も安心した表情を浮かべていた。知っている人がいると安心するから。
「じゃあね、千秋。お大事に」
「…、今度来るときは見舞いの品くらい持ってきなさいよ、み、深雪」
素直じゃないお友達ができました。
――
学校に戻ってまいりました。
事情聴取やら手続きやらがあったので予定がずれて夕方になってしまった。
生徒会室に着いたらほのかちゃんからお手紙が。
いつからほのかちゃんは郵便屋さんになったんです?お手紙食べてない⁇
開けばお兄様からで、放課後七草先輩と渡辺先輩と一緒に八王子の鑑別所に行くことになったそうです。
最後の一文に強めの筆圧で大人しく待っているように、ですって。
「…あぶったら首を洗っておきなさいとか浮き出ないかしら?」
「なんか物騒な言葉が聞こえたけど、何て書いてあったの!?」
あら、ほのかちゃんお手紙に興味津々です?お兄様の直筆だものね。
でも大丈夫、大したこと書いてないから。
ぺらっと見せる。
「生徒会長、勝手をして申し訳ありませんでした」
「そんな!頭を上げてください!私への相談がなかったことは残念ですが、結果として平河さんに被害が及ばなかったことは貴女のお陰なんですから」
そう、教員には相談していたけれど、中条会長には全く知らせていなかった。知らせたらたぶんお兄様に連絡いっちゃう気がしたので。
「そう言っていただけると気が楽になります。どうしても私ひとりで行きたかったので」
「その、どうして達也さんに知られたくなかったの?」
「だって、お見舞いと称して引っ叩きに行きたかっただけだもの」
「「ええっ!?」」
あら、シンクロ。驚いた顔もそっくりですよ。可愛い。
あー、生徒会室に帰ってきたなぁ、と安心する。
「ちなみに引っ叩いたらお友達になりました」
「「ええー!?」」
うんうん、可愛い反応に癒されます。
「…どういうことなのかさっぱり。光井さんわかる?」
「わたしもさっぱり。…もしかして平河さん深雪に叩かれて目覚めちゃった、とか」
「ええ!?そ、そんな///」
「人のお友達の性癖を勝手に歪めないでくださいませ」
ほのかちゃんステイ。
すぐそっち方向に行くの良くないですよ。教育的指導。デコピンだけど。
「いたい…」
「もう、ふざけたこと言ってないでお仕事しましょ。会長もですよ」
「はぁい」
よいお返事。
いい子には頭なでなでしてあげましょう。
「私、年上なんだけど」
おっと、失礼しました。
とまあお仕事頑張ってたんですけどね。またも着信を知らせる音に不吉なものを感じて、中条会長はびくぅっと体を震わせた。
このところ良い連絡ないですものね。
でも相手は七草先輩。出ないわけにもいかない。
電話口の会長はひたすら驚きの声しか挙げていなかった。「ええ?!」と、「はい…」しか聞いていない。
会話それで成立するんだね。
そして電話が終わると、中条会長は涙目になりながら語った。
前に千秋ちゃんを襲った男が関本先輩の元に現れ、お兄様たちが交戦、見事取り押さえたらしい。
皆さん大活躍ですね。その人、大亜連合でも名の通った兵士なのに高校生がたった三人がかりで捕まえるって…異常ですからね?
これお兄様も事情聴取や何やらがあってここに帰ってこれるのかな?と思っていたけど、そこは七草のお力ですぐに帰れるらしい。
やっぱり権力ってすごいな。ぱわー。
ってことで帰ってきました。無傷のご様子。何よりです。
「おかえり兄さん。お疲れ様」
「深雪も。大変だったみたいだね?」
生徒会室でお出迎えしたら、笑顔で不穏な空気を背負ったお兄様。逃げられるなら今すぐ逃げたい。
中条会長は花音先輩と共に渡辺先輩たちに詳しい事情を、とそそくさと離れていった。危機察知能力高いですね。
ほのかちゃんはおろおろとお兄様と私の顔を交互に見ていたけど、雫ちゃんに回収されていってしまった。危険だから離れた方がいいって聞こえたけど、私も回収してほしかった…。
「一人で乗り込むなんて危ないじゃないか。俺じゃ頼りなかったかい?」
「兄さんは今忙しいでしょう?ただの安全確認だもの、一人でも問題ないと思ったの」
「男だったそうだね?何もおかしなことはなかった?」
「気配を全く感知できなかったわ。目で見ただけだったら、きっと最後まで認識できなかった」
お兄様の目が細くなる。
お兄様眼力があるから鋭さが増すと威圧感が増しますね。
もしかしなくても同時に体調チェックされてます。ご心配かけて申し訳ない。
「ごめんね」
「無事でよかった」
抱きしめられて、とりあえずこの場はこれで収まった。けど学校であまりこういった行動はとったことがなかったので、遠くから見守っていたほのかちゃんからは羨ましいオーラが。
あと中条会長、指の隙間から可愛いお目目が覗いてますよ。
呂が傷を負って逮捕されたこともあって、事件は解決といった空気が流れるけれど、皆さん、何も解決はしてないですよー。
それはただの実行犯で指示役は別に居るんですから。でも目の前の脅威が去ったらもうお終いって気分になるよね。わかる。
おかげで最近のピリピリしていたムードから一安心の空気に変わった生徒会室は、今日はこの辺で、と早めの解散になった。
もちろん論文コンペまでは警戒は怠らない、と花音先輩は帰り道五十里先輩にぴったりくっついて帰っていった。
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