妹転生?!ファンとしてお兄様を幸せにします!分割版 作:tom200
「それで男は何者だ?」
夕食も済んでいつものコーヒータイム。
ソファに腰を下ろしたお兄様がさっそく切り出した。
続いて私もその横に腰かけて、コーヒーを一口飲んでから答える。
「千秋は大した情報を持ってませんでした。ただ姉が悩んでいる姿が辛くて夜の街へ逃げた際、声を掛けられたのだと。暗い想いを肯定され心が救われた、その相手が周と名乗った男だったそうです」
千秋と彼女を呼んだことにお兄様はピクリと眉を動かしたが、口にしたのは男の名だった。
「周、か」
「随分見目の良い方でした。目立つ容姿でありながら誰の目にも止まらない術のある、油断ならない相手です」
「――そんな相手を深雪はどう見破った?」
「見破ってなどおりません。私はただ、四葉から機器をお借りして彼女の部屋を盗聴し、タイミングを見計らって突入したにすぎません。そして感情制御ができないふりをして、干渉力に物を言わせてその場を掌握し、サイオンの変化に注視していただけです」
「四葉といつ接触を…、この間のラボか」
「はい、その時に。彼女を狙うことは予期してましたので」
こう言うと出来る人みたいだけど、ずるしてるだけなのでちょっと申し訳なくなる。
けれどこのスタイルで貫くしかない。
「そしてこれが、その時受け取った情報です」
と端末を取り出して開いて見せる。
本当、四葉の情報収集能力ってすげー、って思うよ。
流石に周の情報は載ってないけど、呂剛虎もその上司の陳祥山も、日本に潜伏していることに気付いているんだから。
その呂も捕まったけど、その他大勢の大亜連合の特殊部隊が次々と集結しつつあることまで掴んでいる。
――ただ事で済むはずがないと、この時点で十分に察せる戦力だ。
「まさか論文コンペに合わせて奇襲をかけてくるとはな。相当な被害が出るぞ、これは」
「七草家と十文字家はどこまで追えたでしょうか?」
「今日の様子を見る限り、この情報を得ているとは思い辛いが」
知っていればもっと緊張感があったはずだとお兄様は分析する。
だがこの情報を見る限りこれだけの人数だ。警戒しているなら何かありそうなことくらいは――
「軍の中でも意見が分かれているのかもな。情報源もはっきり四葉とは言えないだろうし」
「……こんな時くらい派閥争いしている場合ではないと思うのですが、これも仕方のないことなのでしょうか」
つまり、軍内部でも話が出ているものの、まだ噂レベル。誰も本気で取り合わない、と。
ほんっと、くだらない。派閥が絡んで幼稚なことで揉めてるから下に皺寄せが来るんだよね。困った大人たちだ。
「だが、この情報はすぐにでも共有すべきだ。藤林さんに渡しても?」
「もちろんです。早いことに越したことはないでしょう」
まだレリックの件で家の回線を自由に使えない。
直接風間さんとは連絡が取れないので、藤林さん経由で伝えられた情報に、独立魔装大隊は大忙しになってしまった。
申し訳ない。でも頼れる人たちがあまりにもいないもので。
敵に悟られてはいけないので大っぴらに動き回ることもできず、準備には余計時間がかかるが、これは戦争の足掛かりとなる奇襲作戦だ。慎重に慎重を重ねねばならない。
「論文コンペどころではなくなってきたな」
「ですが中止などにしたら怪しまれます」
カモフラージュとして論文コンペは、本命を隠すいい隠れ蓑なのだろう。
「せめて警戒度を上げ、もしもの際の避難経路を各校へ通達する…のも危険ですね。どこのルートかわかってしまいます」
既に一高生徒が事件に巻き込まれ、大亜連合の特殊工作員に襲撃されたことは通達が行っている。
それでどれほど警戒しているかはわからないが、それなりに対策くらいはされていると思いたい。
「ある程度情報としてあってもいいんじゃないか?会場はわかっているんだ、ルートなんて襲撃する側なら当然把握しているだろう。ただ当日にならないとどの道を使うかはわからないだろうからな。工作をしている可能性も無くはないが、あそこは魔法師協会のお膝元だ。大掛かりな工作はできないだろうし、会場もチェックが入る。実際出たとこ勝負になるだろう」
ならこれは一高からの注意喚起として、生徒会を通じて主催者側に用意してもらおう。
これだけ狙われた一高だもの。聞き入れてもらえるだろう。
「せめて不審船が見つかったり、不法入国者が見つかった時点で動いてくれていればな」
それを言っちゃあお終いです、お兄様。
少人数をコツコツ送り込まれれば気づきにくくもある。中華街で匿われたら治外法権もどきだ。何か事件でもない限り乗り込むなど不可能。どうしようもない。
「小さな事件で大きな作戦を隠すなど、なかなか考えられる作戦ではないですものね」
敵を褒めるわけではないが、単純でも効果がある作戦だ。
横浜も横須賀も当然だが、いくら魔法協会支部があると言っても魔法師以外も暮らしている。というより住民のほとんどは非魔法師だ。その彼らが巻き込まれたら、また魔法師との対立構造の溝が深まってしまう。
警察はほとんど市民を避難させることで手一杯。軍が敵対するにも人数が足らない。
大規模で攻め入られたからといって、全国から優秀な魔法師を一極集中なんてさせたりしたら他の守りも手薄になってしまう。
関東は関東で何とかしなくてはならないのだ。
…お兄様、きっと過剰労働よね。情報や準備は原作よりできると言っても、元から動かせる人数が限られているし。
「全く。高校に入ってから事件ばかりだな」
ホントにね。お兄様は主人公だから避けて通れない。
「お疲れ様です、お兄様」
私にはそれしか言えない。神からの愛の試練です。サポートしますからぜひ幸せになってください。
ラノベでバッドエンドはありえないのですから、どんな困難が待っていても、お兄様なら乗り越えられますとも。
「ところでお仕置きがまだだったね」
「え…?」
お兄様の口から不穏な発言。
「勝手に学校を抜け出して――深雪は悪い子だ」
「ああああの!それには深い事情がありまして!」
頬を撫でる手つきがいつもよりなぞる様に触れられて、ですね…顔も近づいてきて…、内心どころか表面に出るほどパニックです。
抑えて!お兄様その怖いオーラを抑えてください!!
「悪い子には罰を与えないと」
耳元で重低音。いいお声なんですけどね!?震えあがるほどですけどこれが歓喜なのか恐怖なのかそれすらわからない。
「二度とこんなことを起こす気にならないくらいじっくり教えてあげよう」
――どれだけ深雪が悪いことをしたか、ね。
その言葉の後の記憶はない。――ないったら、ない。
――
論文コンペ二日前、夕食も入浴も終えてリラックスしていたところで、お兄様の端末が鳴る。
最近、お兄様は忙しすぎて食べたら部屋に籠っていたが、ようやく落ち着いてきたということで今夜はリビングでくつろいでいたのだが。
お兄様にまだ休息は取らせないということか。横目で視線を交わしてからすっとキッチンへ移動する。
ディスプレイには藤林さんの名が一瞬見えた。
ハッキングも止まったので、何かあったのだろうと話していたのが昨日だった。つまりスパイたちを一網打尽にできたのだろう。
聞こえる内容もそれを伝えるものだった。だが残念なことに指示役の陳は取り逃がしたそうだ。
これも周が動いていたというのだろうか。それとも自身の鬼門遁甲か。
どちらにしても注意を促していた上で逃げられているのだから、本気で逃走されてしまえば彼らでも発見は難しいのだろう。
そしてレリックが狙われることになった理由は軍からの情報が漏れたそう。というか経理の数字を敵が把握し、異常を見つけるって…そんな細かいところまでチェックされているとはね。
でもそこからは人海戦術で手あたり次第片っ端から調べまくったっていうのが流石大国。
「目的がもし本当に魔法協会関東支部ならば、相当な武装をしてくるはず。でもそんな大物まで入ってきてるとはまだ情報が来てないの。一応海はチェックしているのだけど、今のところヒットはなしね。明らかに外国人――それも東洋系がかなり増えていることは確認できていても、まだ奇襲に疑念を持っている人間がいて警戒レベルを上げるのも限界があるから」
まあそうね。そもそもコンペの日に動くと判断できるような情報はないし、ただ外国人が増えた頃にあるイベントごとがたまたまそれだった、というだけ。狙われたとしてもいち高校生の論文大会だ。企業のそれとはレベルが違う。
だが呂が動いていた。大亜連合特殊工作部隊の隊長が来ている時点で何かがあるとは疑っているようだが、その警戒すべき呂は捕まった。
そのことでもし大規模な作戦があったとしても中断するのではないかと考えるのも無理からぬことだ。
そのような消極的な判断に藤林さんは苛立っているようだったが、気を取り直して論文コンペに応援に行くから、とお兄様を応援して電話が終わった。
端末を少し乱暴に放り投げて、ソファに深く座りなおすお兄様。
そこに飲みやすい温度に冷ましたノンカフェインの紅茶と、可愛らしい金平糖を乗せてテーブルに並べて、隣に腰を下ろした。
何を言うわけでもなく寄り添うよう腰かけて、自分も紅茶を飲みながら、金平糖を一つ摘まむ。ライトにかざすと緑色が淡く輝いた。
星のような輝きに満足して口に放り込めば、その甘さに頬が緩むのがわかる。
我ながら夢見る乙女のようなことを、と思うけど星を食べたような気分がして、前世からのお気に入りの食べ方だった。
一つ、また一つと口に運んでいると、横からもぞりと動く気配。
けれど、タイミングがちょうどライトにかざしたところだったので反応が遅れた。
水色の、綺麗な金平糖を摘まんだ手首を掴まれて、金平糖が落ちないように強く摘まむことに気を取られ、手首に近づく黒い影に気付かなかった。
ぱくり。…指を食べられた。
「お、にいさま!」
厳密には指に挟まれた金平糖を食べたら、指も一緒に食まれて舐めとられた、のだけど。
「ん、甘い」
「砂糖菓子ですもの。…人のモノを取るなんて、悪い人」
どっきどきですよ。指に、感触が!くちびる、柔らか、っていうか舐め――だめだ。頭がまとまらない。
それでも何とか言葉を平然と返せているのはブラボーとしか言えない。
偉いよ私、すごいよ私。淑女教育は今日も生かされている。
(お母様本当にありがとう)
「悪い兄貴は嫌いかい?」
「…意地悪なお兄様も素敵よ」
嫌いなんて冗談でも言えない私に、なんて質問をするんでしょうね。
そしてそのお色気モード引っ込めてくれませんか?特に今お兄様はお風呂上りなんだから、そんなに身を寄せないで。気恥ずかしい。
さっきまで自分から身を寄せていたのにね。
「束の間の休息さえ許されないのかと思ったよ」
電話のことですね。
お疲れ様です。その束の間の休息に、傍に居させてもらえるなんて嬉しい限りです。
これでお色気モードでなければ、肩に寄りかかって頭を撫でてもらえるのに不用意に近づけない。これ以上距離を縮めるのは危険だ。
「このところのお兄様は働きすぎていましたからね」
困ったな。頭を撫でてあげたくなるけれどそれも難しい。
ニコニコ微笑みながらどうしようかなと思案していたら、お兄様が唐突にこちらに向けて口をぱかっと開けた。
んん?綺麗なお口ですね。…もしや。
「もうひと粒ですか?」
ぱちりと瞬き。
…放り投げてもいいかな?お兄様なら上手にキャッチできると思うの。
だめだよなぁ、と思いながら白い金平糖を一つ。
「これで最後ですからね」
そう言って口に運んでふにっと唇が触れては離れた。
まるで指先に口づけられたかのようで指先から熱くなる。
けれどそんな素振りは見せない。
「ありがとう。元気が出た」
「それはようございました」
私は逆に何かが吸い取られた心地です。
こんなことでお兄様が元気になったのならいいのだけどね。
「あと二日、ですね」
「深雪は、…安全なところでは待っていてくれないんだろう?」
「お兄様のそば以外で安全なところなどありませんよ。それに、身を守るのは得意になりました」
あれから三年。私も成長した。
人を守れるくらいには強くなったつもりだ。共闘だって、できるくらい腕は磨いてきたつもりだけれど、良くも悪くもそんな経験は今までなかった。
「もう、あの時のようなことはありません」
だけどお兄様にとってあの時のことはトラウマで。
眉間に皺をよせたお兄様に抱きしめられた。
「お前が願えばお前だけを守れる」
「ならお願いよ、お兄様」
抱き込まれたまま、私は願う。
どこよりも安全な腕の中で。
「私の大切なものを守るのに力を貸して」
「お前の、大切なもの」
「幸せな日常を」
皆で笑って過ごせる幸せな日々を。
私だけじゃない、お兄様だけでもない。皆で笑える幸せな日々を守ってと願う。
「…ひどいお願いをする私は嫌い?」
私ひとりを守りたいというお兄様に、皆守ってとお願いするなんて、お兄様にとっては酷い願いだ。
そして拒絶されないとわかっていて尋ねる私も、ひどい妹。
お兄様が抱きしめる腕の力を弱めて二人顔を合わせる。
お兄様は少し悲しそうに、口元に笑みを浮かべながら答えた。
「そんなお前だから愛さずにはいられないんだ」
「わがままでごめんね、お兄様」
「お前のわがままを叶えることが俺の喜びだから」
だから謝らないでいい、ともう一度抱きしめられる。
早く終わればいい。
幸せな日常を取り戻すのだ。
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