妹転生?!ファンとしてお兄様を幸せにします!分割版 作:tom200
「お待たせ」
実戦用の軍服を身に纏った藤林さんが、七草先輩に笑顔を向けて入室する。
その後ろには同じく軍服の風間さん――風間少佐が続く。
少し遅れて十文字先輩たちも合流、控室の密集度は一気に高くなった。
誰もが困惑する中、風間少佐はお兄様の前で手を後ろ手に組んで立つ。
「特尉、情報統制は一時的に解除されています」
藤林さんこと藤林少尉がその隣に立って声を掛けると、お兄様は周囲に合わせていた困惑の表情を消して姿勢を正し、目の前の男に敬礼で応じる。
その姿は堂に入ったもので、この場に合わせ付け焼刃で真似ているだけではないことがわかる。
皆が動揺する気配が広がるが、彼らは構わなかった。
「国防陸軍少佐、風間玄信です。訳あって所属についてはご勘弁願いたい」
渋いいい声を響かせて告げられた言葉に対応できたのは、同じく低くいい声をお持ちの十文字先輩だ。
「貴官があの風間少佐でいらっしゃいましたか。師族会議十文字家代表代理、十文字克人です」
「藤林、現在の状況をご説明して差し上げろ」
軍はすでに保土谷駐留部隊が侵攻軍と交戦中、鶴見と藤沢には各一個大隊が急行中とのこと。
そして肝心の魔法協会関東支部は独自に義勇軍を編成し自衛行動に入っているそうだ。
既に攻撃がいっているという時点で後手に回り過ぎている気がするが、原作よりも情報があった分しっかり守っていてもらいたい。…それでも強制力が働いて侵入は防げないかもしれないが。
「さて、特尉」
風間少佐がお兄様に向き直る。
先にお兄様が予測した通りに、出動命令が下された。
お兄様は平然と、けれど周囲の皆には緊張が走る。同じ学生、友人が戦場へ行かされると聞いて、平静でいられるわけがない。
いくら強いといっても、戦いに慣れていそうな姿を見ても、それでも納得ができるかというと別問題。特にほのかちゃんは信じられない、と口元を手で覆っている。
渡辺先輩と七草先輩が口を開きかけるが先手を取ったのは風間少佐だ。
「国防軍は皆さんに対し、特尉の地位について守秘義務を要求する。本件は国家機密保護法に基づく措置であるとご理解されたい」
目力が強い。女子高生はひとたまりもないね。私も正面だったらビビっていたかもしれない。
こう言われては私たちではどうしようもない。追求など許されないし、これ以上情報が開示されることなどない。
緊張する空気が流れている中だというのにお兄様は、真田大尉からムーバルスーツの話をされてちょっとそわっとしたの、見逃してませんからね。
なんでしょうね、真田大尉とお兄様の関係って悪友みたいでいいよね。
「すまない、聞いての通りだ。皆は先輩たちと一緒に避難してくれ」
「特尉、皆さんには私と私の隊がお供します」
この状況下で人員を割いてまで送ってくれるなんて待遇がよすぎる。お兄様に便宜を図ってくれてるのだ。これから尽力してもらうお兄様の憂いを晴らすため、――つまり私だね。
こういう場面に直面すると、やっぱり自分はお荷物だな、と思ってしまう。表には出さないけど。
「少尉、よろしくお願いします」
「特尉も頑張ってくださいね」
藤林少尉に一礼して、風間少佐について出ていこうとするお兄様に誰も何も言えない中、私は一歩前に出る。
「兄さん、少し待って」
本当なら必要はない。
マテリアルバーストを使用するための余力は残らないかもしれないが、戦力としては十分にお兄様の力は足りている。
ならどうして引き留めたのか。――なぜ、解放するか。
(こんな時でしか、できないことだから)
お兄様の枷を全て外せるタイミングなんて、滅多に来ないチャンスだ。
こんな時だけでも自由に、存分に力を発揮して好きに動いてほしかった。
なにより、お兄様を封印していることで不安定になっている私の魔力制御を解放しなければ、お兄様の心配は尽きないだろう。そんな足手まといになるのはごめんだった。
過信なんてしない。
こんな状況、不安定な力だけで自衛できるなどと楽観視していなかった。
それにこの転換期を、原作の大きな流れを変えないと決めた時点で、私は開き直っていた。
大亜連合をどうせやるなら徹底的に潰すべきだ。報復する気も起きなくするくらいに。
(といってもあれだけの大国、大敗させたところで落ち着いたらすぐ次の刺客が送られてくるだけだけどね)
数の多い国の困ったところは一度の失敗くらいで引っ込まないところだ。
それでも、大きな力は抑止力になる。
あちらの武器をいくつも潰せば体制を立て直すための準備期間は必要になるのだ。――三年前のように。
お兄様は私の覚悟を見抜いたのだろう、風間少佐に軽く頭を下げ、少佐の先行を見てから私の元へ。
二人の間に二歩も距離はなく、頬に手を伸ばせばお兄様は一歩足を引いて跪いた。
屈むだけでも十分なのに、とは思わない。
これは一種の儀式だ。
契約の下、行われる儀式。
頬に触れたまま降りた手を支えに身を屈める。
至近距離で視線が絡み合う。
(…ここって目を閉じてなかった?)
はてな、と思ったけれどこれまで原作と違う道も通っている。こんなこともあるか、と額に唇を寄せた。
…言っておくが心臓は今にも爆発しそうである。
お兄様から顔を近づけられることはあるが、私から寄せることはそんなに多くない。
しかもこんな衆人環視の前でやるなんて、たとえ目的があることだとしても羞恥が身を焦がすよう。
ここにくる前の、交戦中の入場口で敵を黙らせるために魔法を使う際、お兄様の手に指を絡めた時だって恥ずかしかったのに。
顔には出さなかったけどね!本当淑女教育万歳。
煩悩ってどんな時でも無くならないんだなー。その分余計な緊張感(変に力むとか集中力が途切れるとか)はないからいいのだけど。
これは口付けのようで似て非なるもの。ただスタンプのように押し当てるだけでいい。それだけの作業。
詭弁で誤魔化しでしかない。
どう見ても傅く騎士に口付けを送る姫の図だ。演劇部部長がいたならば狂喜乱舞だっただろう。
アニメを見た時私も興奮した。十回は見た。最高のシーンだ――ミスは許されない。
いや…この状況でどうミスるというのだろうね。鼻の頭にしちゃうとか?
ちょっと気が抜けたおかげで力も抜けた。
お兄様の瞳が閉じられ、それを合図に額に口付ける。
お兄様が更に首を垂れ、目を見開いた時、その変化は起こった。
凄まじいほどの光の粒子による洪水とでもいうのだろうか。嵐のようにサイオンが吹き荒れた。
その源流にはゆっくり立ち上がったお兄様。
解放され、体から光が迸り本人が発光していて神々しさすらある。
だが圧倒的な光というのは威圧にも感じられ、なるほど光の覇王とはよく言ったものだと感心した。
周囲があまりの光の奔流によろめくように一歩二歩後退した。
物理的な風などは何も起こっていない。だが魔法師にとってこれほどの光景は慄くな、という方が無理だ。
徐々に発光は収まっても膨大なサイオンはお兄様の周りに渦巻いている。
お兄様はいったい何を思っているだろうか。
久しぶりに解放された力は、持て余すことなく馴染んでいるだろうか。
お兄様は何も言わない。
時間はない。
今この時、余分なことを話す時間などないのだ。
スカートを抓んで持ち、淑女の礼をもってお兄様を見送る。
「ご存分に」
お兄様のお好きなように、自由に動き回れることを願って。
「征ってくる」
そうしてお兄様は出陣していった。
――
皆言いたいことはそれぞれあっただろう。我慢したのはこの場が自分たち学生だけでなく、藤林少尉がいたからだ。
守秘義務がどこまでかなんて誰にも分らず、何をどう質問していいことかなどわからなかっただろうから。
おかげで私は質問攻めに遭わなくて済んだのだけど、視線はちらちら感じるよね。
ありがとう藤林さん。こういう事態も考慮して一緒に移動を申し出てくれたのか。
もし本当にティータイムが実現したら最高級の紅茶でもてなします。
「真由美さん、残念ですけど全員は乗れません」
オフロード車両二台に藤林含め八人の分隊であったが、流石少数精鋭の風間少佐の部隊だ。面構えが違う――じゃなくて、手練れである雰囲気を纏っていた。
元々私たちは徒歩で移動するつもりだったので、と断る七草先輩と藤林少佐が今後の動向を話し合う。
現状を確認し、どこに避難するかを情報と照らし合わせて、元々予定していた駅のシェルターに移動することに決まった。
だがそこに待ったをかける重厚な声が。十文字先輩だ。
十師族として、代表代理として魔法士協会の義勇軍に加わるという。
高校生でありながらこの責任感と胆力はすごい。
その覚悟を藤林少尉は学生と侮ることなく、きちんと受け取って車一台と部下をつけて送り出した。
――十師族の覚悟。ここにいる七草先輩も、もちろん立場を理解して先導してくれている。
私はまだ未払いの有名税。今回の件で、お兄様が私の分まで肩代わりして払ってもらっているような気分になった。
そんなことを考えながら到着した駅は見るも無残になっていた。
広場は陥没し、我が物顔で大きな金属の塊が闊歩している。
「直立戦車…いったい何処から?」
こんな大物を隠して運ぶには無理があるから、驚くのも無理はない。
しかし実物大きいね。でもデザインがダサい。ずんぐりむっくりで可愛くない。
好きな人は好きかもしれないが私には趣味ではなかった。よって――
「真由美さんも深雪さんも流石ね。手を出す暇もなかったわ」
おっと七草先輩も気に入りませんでした?可愛くないですもんね。
直立戦車は穴ぼこだらけの氷漬けになっていた。
だけどこうして狙われていることからここのシェルターも救援が来るまで安全とは言い難い。
吉田くんが確認したところ生き埋めになっている人はいないということだが、崩落しそうなところで待機も難しい。
中に避難しようとしていた人たちも、ちらほら出てきてしまっている。
ならば、と七草先輩は自分の家の輸送ヘリを呼ぶので、ここで敵を迎撃しながら待機すると言い出した。
十師族の責任だそう。でもそれを言い出すと、自分は百家だからとか後輩が残るならと、結局全員が残ることになった。
一部は好戦的で戦う気満々だし、戦う力を持つというのも考え物だね。
――高校生だ。たかが十年とちょっとしか生きていないのに人を守り、戦い、名に恥じず行動を起こそうとする。
頼もしいと取るか、不憫に思うか。
藤林少尉は前者だった。部下を残そうと話していたら、タイミングを合わせたように助っ人が。
エリカちゃんのお兄ちゃん登場である。
うん。いいね。真面目で不真面目、だらしなく見えても芯はしっかりしてるタイプの長男。恐ろしく設定もりもり。
しかもシスコンな上、女性に?美人に?藤林さんに弱い。それ以上もう要素は乗らないんじゃないのってくらいのてんこ盛り。
別の雑誌だったら主役張ってもおかしくなかった。
普段ちゃらんぽらんだけど、決める時は決める男は好きですか?嫌う理由が見当たりませんね大好きです(一息)。
「軍の仕事は外敵を排除することであり、市民の保護は警察の仕事です」
だから貴女は本隊と合流してくれという、THEお兄ちゃんな千葉警部。
そうだ。うちのお兄様に足りないのはこのお兄ちゃん力かもしれない。足りない、というと語弊があるけれど。
親しみある、妹に煙たがられるけど、ちょっかいかけずにいられない、離れたところから見守る系の、表向きやる気が見られない、ちょっと困ったお兄ちゃん。
…うん?うちのお兄様もちょっと困るな。煙たがったりはしないけど。
(…ああでも肝心要の困る種類が違う、か)
変なことで頭を悩ませている間に話はまとまっていて、ほのかちゃんの魔法で侵攻軍の俯瞰映像が投影、可視化されたことで、作戦が立てやすくなった。
ほのかちゃん凄い!光の魔法って利便性がいいね。
何よりも繊細な技術が必要な魔法を、今この必要な時に使えるっていうのがどれほどすごいことか。恐縮しているほのかちゃんに伝えたい。ほのかちゃんは凄いよ、もっと自信を持って。
とりあえず戦車の撤去作業と、避難していた市民への説明。操縦者の尋問と、周囲を警戒するチームに分かれることに。
「これだけ分散されているということは、敵の目的の一つに人質誘拐を目論んでいるかもしれませんね。こちらには狙われてもおかしくない人も幾人かいますし」
とは市原先輩の名推理。流石です。
ちらりと見たのは七草先輩と雫ちゃん。五十里先輩や花音先輩の家も有名か。
警戒心持っていきましょうね。
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