妹転生?!ファンとしてお兄様を幸せにします!分割版 作:tom200
ヘリの中は異様な空気が流れていた。
原因は先ほどの私たち兄妹だ。
お兄様がいない今、私しか説明する者はいない。
エリカちゃんのお陰で少しだけ浮上した心を強く持って、私から口を開いた。
「まずは五十里先輩、申し訳ありませんでした。あの時私は狙われていることが分かった上で、相手の攻撃を待ってしまいました。そんなことをせず敵を屠ればよかったのに――判断を誤りました。申し訳ありません」
「謝らないでよ!それを言うなら気付かず動いたのが悪かったんだ。むしろ、その…」
五十里先輩は撃たれたはずの腹部に触れる。
言い淀む五十里先輩に、代わりに花音先輩が吠えた。
「司波くんのあの魔法は何なの!?啓を助けてくれたことは感謝するけど、でもあんな魔法っ、啓は大丈夫なの!?もし治療魔法ならまた魔法をかけてもらわないと――」
先輩の動揺は当然だ。愛する者が目の前で倒れ、それが死へと直結する攻撃であったことを理解してしまった花音先輩にとって、その傷が消え、いつも通り動けているなんて現状を飲み込めるわけがない。
そんな奇跡が『魔法で起こせるはずがない』と知っているからこそ、恐慌状態に陥らぬわけがない。
命に係わるほどの傷を瞬時に完治させる魔法など、魔法を知る人間からしてもおとぎ話でしかなかった。
落ち着かせるため、できるだけ感情を込めないように口を開いた。
「あれは、あの魔法は治癒魔法ではありません。治癒魔法は何度も何度もかけることで偽りの情報で世界を騙し定着させることで治す魔法。ですが、兄さんの魔法は違います」
「どういうことだ?治癒魔法じゃない?では五十里はなぜ治った?」
「摩利、魔法の詮索はマナー違反よ!」
詰問のような渡辺先輩の問いに、七草先輩が叫ぶように止めに入る。常に冷静であろうとする二人の先輩も動揺が隠しきれていなかった。
確かにマナー違反だ。でも、今ここで隠したところで遺恨しか残らない。正体不明の未知の力とは、どんなものであろうと恐れられるもの。
だんまりをしたところで納得できるはずも無く、隠し事をしたままの人を信じることは難しい。
このままでは――お兄様の幸せには繋がらない。
(そんな力すら使わせずに終われたらよかったのに――己を過信しすぎた)
後悔は先に立たないというが、せっかく
これではあんな目立つことをしてまで何のために力を解放したのかわからない。
結局お兄様を心配させる事態になってしまったことに自責の念にかられる。
(この流れは変えられたはずの未来だったのに)
だが、戻ることなどできない。
「ありがとうございます。七草先輩。ですが、構いません。気になるのは当然だと思います。皆さんに打ち明けるだけなら、兄さんも許してくれるでしょう」
言外に他言無用で秘密を守れと含めば先輩方はすぐに返ってきた。
「他言はしない」
「誰にも言わないわ」
他のメンバーも全員が誓約の言葉を返してくれた。
さらに七草先輩の場合、
「今から聞くことの一切を秘密とします。それは名倉さんも同様です」
と締めくくった。
この口約束が守られることを、私はそこまで期待していない。あくまで七草先輩は護衛対象であって雇い主ではないのだ。
知られた時点で隠しても無駄だ。
だけど他のメンバーに関しては、この口約束が守られるのだろうなと思えるくらいには彼らを信頼していた。
そして語ったのはお兄様の世界で唯一だろう魔法、『再生』のこと。
エイドスの復元力すら凌駕する遡行定着能力。怪我をしたという現象を、怪我をしていないで過ぎた時間に定着させるとんでもない上書き能力。
聞いた者の誰もがぽかんとなってしまうとんでもない能力だ。もれなく彼ら全員口が開いていた。
その中で吉田くんがいち早く復帰し言葉を返せたのは、お兄様を少しでも理解しようとしてくれているからか。
「じゃあ達也は、どんな傷でも一度で治してしまう、ということですか?信じられません。いくら達也でもそんな…」
「一度で、ではありませんよ。吉田くん。――一瞬で、です。それに対象は生物だけではありません。人体だろうと機械だろうと、兄さんは一瞬にして復元が可能です」
今度こそ固まってしまった吉田くんに、微笑んで、次いで目を閉じて続けた。
「この魔法のせいで兄さんは他の魔法が自由に使えません。魔法領域を神のごとき魔法が占有してしまっているせいで、他の魔法を使う余裕がないのです」
「だから…達也くんはあんなにアンバランスなのね」
「ああ、それほど高度な魔法が待機していては他の魔法が阻害されても不思議じゃない…」
魔法師としてそれがどれほど異常なことかわかるだろう。
彼女たちは呆然としながらも納得してくれたようだった。
お兄様を受け入れる言葉に安堵しつつ、同時に罪悪感もわく。
「でもそれってすごいじゃない!24時間以内であればどんな傷でもなかったことになるのでしょう?」
「そうだね。災害現場でも野戦病院でもその需要は計り知れない。何千、何万もの人を救うことができる」
ああ…そうなのだ。誰もがお兄様の価値を理解する。夢の魔法だと期待する。
「そうよ!他の魔法が使えないなんて些細なことじゃない。そんなすごい魔法があるんですもの。なぜ秘密にするの?だって大勢の命を救うことができるのよ。命を奪うことで得た名声じゃなくて命を救うことで得た名声なんて、本物のヒーローじゃん!」
その言葉は、魔法師にとって夢の言葉。これから兵士として人の命を奪うことになるかもしれない自身には得られない、夢のような称号のように思えたことだろう。羨ましい、と思っても不思議じゃない。
そんな彼女を、希望に目を輝かせた彼女たちを私はこれから地獄に堕とすのか。
「そうですね…。ありとあらゆる負傷を無かったことにする。そんな魔法が、なんの代償もなく使えるとお思いですか?」
思うだろう。古式魔法でもない限り何かを犠牲に魔法を使うという禁忌の技術はほとんどない。
ごめんなさい。こんな空気にしてしまって。
ごめんなさい。知れば傷つくだろうことを私は伝えねばならない。
知らずに彼らが頼らないように。
(自分は頼ったくせに)
苦痛が伴うことを知ってもらわなきゃならない。
(知っていて、苦痛を味わわせたのは私)
どれほどの痛みを伴うか言葉でどれほど伝わるか、わからないし、体験したことのない私にだってわかっていない。
(後悔したところで痛みを代わってあげることもできなければ、分かち合うこともできない)
痛みを請け負うのはいつもお兄様だけ。
――なんて、ひどい代償だろう。私が受けられるなら喜んでこの身に受けるのに。私の油断が招いたことで痛みを受けるのはお兄様だなんて。
「――兄さんは他人の傷を治す度、そのような代償を支払っているのです」
私の説明でどれだけ伝わったかわからない。けれど皆表情を暗くしていた。緊張で、恐怖で引きつらせていた。
だから言わなかった。それでもまだ、他人を治せというのか、と口にしなかった。
言えた義理じゃないことは誰よりも自分が一番わかっていた。
――
「あっ?!」
重苦しい空気に包まれてしまったヘリの中、突然美月ちゃんが声を上げた。
「美月、どうしたの?」
なるべく柔らかく、優しく声を掛ける。
美月ちゃんも口を開きやすきなったのか、慌てたようにしゃべった。
「えっと、ベイヒルズタワーの辺りで、野獣のようなオーラが見えた気がして…」
その言葉に反応したのは吉田くん。すぐさま呪符を掲げて集中すると、「敵襲?!」と驚愕の声を上げた。
「確かなの?!」
「義勇軍が押し返してるんじゃなかった?」
「さっきと同じ状況です。奇襲作戦なんでしょう。恐ろしい呪力を感じます、協会が危ない!」
その言葉の通り、ヘリの緊急回線に通信が入る。
奇襲により、一気に形勢は逆転、このままでは長くはもたないという訴えだった。
七草先輩はこのまま協会に向かうと決め、回線を別のところに繋げた。十文字先輩だ。
「七草、どうした?」
「このままヘリで私たちが協会へ向かうわ。十文字君は敵部隊の迎撃に専念して」
この時七草先輩に十文字先輩がどこにいて何をしているか、わかっていなかったはずだ。
けれど彼女は彼が戦場に立っていることを疑っていなかった。彼ならばそうしているという信頼感が見えた。
…ここもくっついてもおかしくないと思うんだけど、十師族の責任感が目を濁らせたのか、イレギュラーなお兄様が入ったことで七草先輩が揺らいじゃったのか…、と。罪作りなお兄様のことを考えている場合じゃなかった。
「頼む」
「任せて」
戦闘ヘリは輸送用に比べて機動力が高い。
現場に急行すると、状況はかなり不利な様子らしい。
統率の取れた少数精鋭の部隊がかける奇襲とはこれほどまで形成を逆転させるのか。
まあそうか。お兄様一人投入されたら終わるものね。それと一緒かと妙な納得をしてしまった。
人が宙を舞う。その先に美月ちゃんの言う野獣のオーラの正体の姿があった。
「呂剛虎!?」
七草先輩たちによって捕らえられていたはずの屈強な戦士が猛威を振るっていた。
エリカちゃんもその名を知っていたようで舌なめずりしそうな興奮状態。つられて西城くんもへえ、と好戦的。
あらあらまあまあ。本当に気が合うお二人さんだね。でもなんだろう、合いすぎて恋人夫婦というより血の繋がりよりも濃い戦友のような間柄になりそうな…?そういうカップルいてもいいと思うけど、その前に互いに意識しないと男女を超えた友情止まりになりそう。男女の友情をそのまま実現させそうな勢い。
(意識は、してそうなんだけどな。日常編に期待だ)
そんなことを考えつつCADを取り出して、ぱぱっと一撃必殺でもお見舞いして終わらそうとしたのだが七草先輩からストップが。
「深雪さんストーップ!協会員の魔法まで塗りつぶしちゃうつもり?!」
だってその方が早くない?誰も傷つけずに終われるよ。敵味方関係なく凍らせて、あとで味方を溶かせばいいじゃない。コキュートスじゃなければ解凍可能だし。
だけど悲しいかな。そんなことできるはずないというより、撃ち漏らしたら貴女の責任になっちゃう、という心配からくるストップであれば手を引かないわけにはいかなかった。
「深雪さんは支部のフロアを守って。責任を押し付けるようで嫌だけど、最後の砦を任せたいの」
七草先輩のこの苦し紛れの作戦(私が干渉力に物を言わせて味方まで混乱させないようにとの配慮による遠ざけ)が功を奏すのだから、世の中うまく回ってます。
そして戦力外の美月ちゃんと共に最奥へ押し込められる作戦みたい。普通に考えれば安全地帯のはずだからね、そこが。
桐原先輩たちは私たちの護衛に、と。桐原先輩は壬生先輩にこれ以上戦闘をさせたくないのか引き受けてくれた。
…結婚式呼んでくれるかな。ここに教会建てない分ぜひご祝儀たんまりお渡ししたい。
戦闘する気満々な人たちは全員呂剛虎狙いで計画を立て、今度はこちらからの奇襲作戦だ、と闘志を燃やしていた。
ヘリが着地し、皆と別れて協会へ。
普通こんなにすんなり入れるはずはないのだけど七草パワー、すごいです。
目を見張る美少女が肝心要の場所を守るから通してほしい、と連絡しただけで私たちは止められることなく進めています。
目を見張る美少女がまさか、かの威光を示す印籠扱いでノー審査で通るとは。
まあその言葉の前には九校戦で活躍した、がつくから魔法師なら私のことをチェックしていてもおかしくはないのだけど。
「美月、これを」
「これは、なんですか?」
「盗聴器よ」
「盗聴器!?」
私が渡したのは小型の盗聴器。どこぞのシール型、とはいかないけれど機械には見えない、可愛いどこにでもあるようなイヤリングに見える。つまりどこかに落ちていても不自然じゃないもの。
「もし怪しい気配があったらこれを二回、叩いてちょうだい」
「まさか!?ここに敵が来るんですか?!」
「な、ならそんなもの使わずに応戦した方が」
美月ちゃんと壬生先輩が驚いているけれど、桐原先輩は壬生先輩を止めて難しい顔つきで黙って続きを促した。
「平河千秋さんが病室で襲われた時、誰もその侵入に気付きませんでした。それと同じことがここで起きないなんて理由がない。――この考えはおかしいでしょうか?」
「…そういうこと、か」
ここは最深部。敵に最も落されたくない場所だ。
表で暴れている呂は囮役、その可能性に先輩も気付いたのだろう。桐原先輩はドアを睨みつけながら苦虫を潰したように言う。
極限状態が続いて先輩も疲れているだろうに、頭の回転速いですね。
「ドアはひとつ。――彼らはすでに何度も侵入を成功させていますから、そこ以外から入ってくることはないでしょう。よっぽど自分たちの秘術に自信がおありのようでしたから。ですが、方向がわかれば姿が見えなくとも私なら」
「凍らせることができる、ってか。だが一人で来るか?護衛くらいつけそうだが」
「その時は美月、叩く回数を二人なら三回、三人なら四回と叩いてちょうだい。凍らせる範囲を広げるから」
あえて範囲と言ったのは、相手を目視して照準を合わせなくても凍らせられると伝えるためだ。
「範囲ってことは、俺らは少し離れた方がいいんだな?」
よくお分かりで。話が早くて助かります。
ということで三人には離れた場所で待機してもらって、私は一人気配を消して待つ。
八雲先生、気配の消し方…というより私の場合自然に溶け込む方法の方が正しいのだけど、教えて下さってありがとうございます。今度菓子折り持ってきます。
コンコン。
耳に装着していた受信機に二回。変動はなく一人ということ。
姿はやはり見えない。ドアが開く。
警報が鳴り響くが人の集まる気配もない。
警報音を止める様子もない。何かしているのか、はたまた駆けつけられる余裕がないのか――どちらにせよ、私には関係ないのだけれど。
CADも使わず私を中心とした白い靄が立ち込め不自然に揺らぐ箇所が一つ。
――捉えた。
狙いを定め、CADに指を滑らせ動きを封じ拘束すれば今度こそ男の姿がはっきりと現れた。――陳だ。
「はじめまして、でよろしかったかしら?」
「司波深雪っ…」
「私をご存じとは、ここ最近兄の周辺に付きまとっていたのは、あなた方ということですね」
「なぜここにいる…?私の術が効かなかったのか?」
方位を操る魔法、人々の認識を誘導する秘術。方位に特化した精神干渉魔法、それが『鬼』門遁甲。
「方位に気をつけなさいと、警告をいただいてましたので」
だったら来る方向を絞り、干渉力で絡み取れば問題ない。念のため360度範囲を広げてはおいたけどね。もう絶対に油断なんてしない。
来るタイミングさえわかればより一層簡単なことだった。
そもそも精神干渉魔法は、魔法力が相手より弱かった場合効きが悪くなる。
減速系魔法をカバーに発動しているので、コキュートスほど一瞬で凍らせられないが、徐々に足元から凍り付いていた。
完全に力を解放している私の魔法力は、まだ成長途中でありながら世界でもトップクラスだ。たかが工作部隊の一隊長より下なわけがない。
「ところで一つ、お伺いしたかったのですが」
ただの減速系だけならばもしかしたら対抗策があったかもしれないが、先ほども言ったが油断するつもりはないのだ。逃しはしない。
抜け出せないことに憔悴したおじさんを前に、私はにっこり微笑みかけて、どうしても気になっていたことを訊ねた。
「私たちを監視していた際、コーヒーを欲したことありました?」
虚を突かれたおじさんは、魔法抵抗力に隙でもできたのか、てっぺんまで凍り付いて動かなくなっていた。
残念だ。あんな通常より甘々な場面を見させられた人は、一体コーヒー何倍飲めば中和されるのか聞きたかったのに。
かくして私が戦闘に関わるのはここまで。すべてが終了した。
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