妹転生?!ファンとしてお兄様を幸せにします!分割版 作:tom200
普通、これだけのことがあれば真っ直ぐ家に帰ることはできないと思うのだが、軍の配慮か、はたまた掃討戦で忙しくそこまで手が回らないのか、全員帰宅許可が下り、七草先輩のヘリで学校まで送り届けてもらい、各々帰宅した。
お兄様のいない帰路というのは初めてで、なんだかとても新鮮だった。
この広い家に私ひとり。
二人でさえ広すぎるのに、と思いながら服を着替えてリビングに下りる。
先ほどお兄様からの電話で今日は戻れないと連絡があった。
音声のみの通信だがこちらを思いやるような声に、より一層の寂しさが込みあげるのをひた隠して労いの言葉を返した。
音声のみだったから表情を取り繕うこともないのに、笑みを浮かべてしまったのは体に染みついてしまっていたのだろう。
でも困ることでもないな、パッシブスキルでよかったじゃないか。
珍しくココアを入れてひと心地着いたところでまたも電話が。
想像通りの相手に髪を整え服装もチェックしてから通話回線を繋いだ。
「ご無事のようでなによりね。安心したわ」
「ご心配おかけしました、叔母様」
すい、と頭を下げれば叔母様はいつものようにお姉さまよ、と訂正することもなく微笑んでいた。
「ごめんなさいね。貴女の予測通りだったのに、随分と後手に回ってしまって」
「叔母様が謝ることなどございません。むしろ全く動かないと思われていた軍や警察の動きが早く、助かった場面もあったかと。情報提供ありがとうございました」
「役に立てたのならよかったのだけど。それで、達也さんは今どちらに?」
「事後処理のため、まだ帰宅しておりません」
「まあ、深雪さんを一人にするなんて」
「御心配には及びませんわ。兄の力は常に私を守護しておりますので」
「そうねぇ。貴女が鎖を解き放ったところで達也さんから誓約を破棄することはできないものね」
あえてそう口にするということは、解き放ったことで問題が起こる、と叔母様も予測できているということ。
既に幕僚会議の決定を聞いているのだ。
「おっしゃる通りですわ叔母様。兄はどこへ行こうとも、自分の一存でガーディアンの務めを放棄することはありません」
お兄様が自分の意思で逃げ出すことはできない。私がいる限り、四葉から抜けることはない。
たとえお兄様の心が四葉になくとも、私が四葉である限り完全に離れることはない――私より優先すべき存在がない限り。
「それを聞いて安心しました。そうそう、今度の日曜日にでも二人そろって屋敷にいらっしゃいな。久しぶりに貴方達に直接会いたいわ」
「恐縮です。兄が戻りましたらそのように申し伝えます」
「楽しみにしているわ。じゃあ、おやすみなさい深雪さん」
「おやすみなさい、叔母様」
圧迫面接を直に、か。
こうやって画面越しでもきついのに、直接となればこの十倍は圧力がある。
『真夜姉さま』の時だって、いつ当主モードに切り替わるかとドキドキするのに。
特にこの間お話した時――お兄様の力の解放を臭わせた時だってまずいな、と思っていたのに。
このところちょっと調子に乗り過ぎたかな。
お兄様の前では絶対できないことだけど今は許されるはず、とソファの背もたれにだらしなくぐったりもたれかかった。
もう、何も考えたくなかった。
ずっと頭がシリアスモードで心の疲労がひどいのだ。何度皆の存在に助けられたことか。
戦場でラブを見つけてはテンションを保つなんて、そんなことを必死でしているのは私だけだ。
そんなことでもしないと心が持たない。
あれは心を保つための一種の防衛本能。オタクの現実逃避術、妄想だ。
これができているから、私は狂わずに済んでいるといっても過言ではない。
原作の深雪ちゃんにはプレッシャーから逃れる術も、ストレスを発散する術もほとんどなかった。
だから行き場のないそれらをお兄様にぶつけることもしばしばだった。
変にモーションを掛ける、お兄様の気を引こうとする行動にも原因はあったのだ。
だけど今日の出来事はいくら妄想力でやり過ごそうとしても追いつかない。
発散する端からどんどんのしかかってくるストレスに、心が悲鳴を上げていた。
(確かに深雪ちゃんの言うとおりだよ…。こんな夜にはお兄様に傍にいてほしかった)
甘えでしかないけれど、体も心もお兄様を求めていた。
戦争なのだと頭でわかっていても、人の命の重みがずしりとのしかかった。
殺さずに済むならば、と考えたせいで五十里先輩が撃たれ、結果再生する必要のなく終わる予定だったのにお兄様に魔法を行使させてしまった。
殺さず捕えたところで、たいして重要な人物でもなく、ただの捕虜にしかならないだろうに…また判断を誤った。あの、沖縄の時のように。
初めからお兄様は怒っていた。
元々コンペ会場で銃を向けられた時点で、彼らを処分することは決まっていたけれど、私を悲しませたことで更に火に油を注いだのも事実。
明日のマテリアルバーストにはかなりの私怨が含まれる。――その罪を私も背負おう。お兄様にだけは背負わせてはならない。
元々決まった流れであっても、原作だからしょうがないと切り捨てられないのは、この世界に馴染んだ証拠だろうか。
(以前までなら多少のことは原作だものね、と流せていたのに)
無責任だったな、と思うようになった。
七草先輩の、十文字先輩の覚悟を見たからだろうか。
(いつもだったら、どうしてあの二人くっつかないかなー、と考えられたのに)
ままならない。
瞼の裏には――暗闇しか映らなかった。
あのまま転寝してたら本気寝してしまったらしい。ソファに丸まって寝ていた。
寒かったのか、近くにあったクッションを抱きしめていた。
時刻は午前二時。丑三つ時だ。一番起きたくない時間。
(ああ、今日はもうハロウィンだ)
良い霊と悪い霊が妖精たちと混じって現世に来る日。
海外のお盆とされる日。
母は帰ってくるだろうか、なんて。ここは日本。帰ってくるとしてもお盆でいい。
会えるならどんな理由でも会いたいけれど、あのゾンビメイクで怖がっていた母のこと。怖いお化けと一緒に帰ってくるのは可哀想だ。
そういえば、お兄様が仮装に付き合ってくれると言っていた。
対馬に行くことを知っていたので疲れて帰ってくるお兄様に付き合わせるのは、と思っていたのだ。それがまさか付き合ってくれるとは。
あと数時間後には帰って来るんだよね。
一応用意はしてある。
どこにそんな時間が?と思われるかもしれないが、着る機会はなくとも用意してしまうのはオタクの性。ひねり出しましたとも。
というよりこれもストレス発散だったんだな、と今なら思う。
できたといっても今までのように凝ったものではない。
服は元々うちにあるものだし、作ったアクセサリはそれらしく見えるかな、というレベル。
それでも触り心地は妥協しない。そこだけは譲れなかった。
疲れて帰ってくるお兄様を無理に付き合わせるつもりはないけれど、作ったからには後日でいいので、身に着けてほしい気持ちもある。
(ま、だめならぬい用に作って着てもらうだけだけど)
料理も今回はカボチャ型のクッキーだけと至ってシンプル。かぼちゃとかぶを使った料理も今回はスルー。
徐々にこういったイベントごとも私と二人ではなく仲間内で、そしてゆくゆくは恋人やその先の家族と楽しんでもらえればと思う。
「ふわ…」
中途半端に寝たとはいえ、眠気はまだまだある。
部屋に戻って寝よう、とカップをHARに任せて部屋に戻り、服を着替えてベッドの中へ。
すぐに睡魔は私を夢の国へと誘ってくれた。
――
気が付いたら夕方になっていた。
オタクによくある現象である。
今日は朝からキッチンで作業をしていた。
藤林さんとのお茶会のためにフルーツカッティングを習得せねばと頼んだリンゴが届いたのだ。
早速やってみると飾り切りとはまた勝手が違うことが分かった。
目標はスワンだが、木の葉やお花といろいろ種類があるらしい。
失敗してもジャムでもドライフルーツでも加工はできる。
ドンドンいってみよー!とリンゴを手に取って図案とにらめっこし始めた――ら、こんな時間ですよ。
あれ?お昼またスムージー?リンゴも摘まんでたけど、同じ食感だと飽きるので魔法でちょちょっとドライチップスにしたり凍らせてすりおろしてみたりと、新しい食べ方も開拓したりしていたから食べてはいたけど、もうこんな時間になっていた。
恐ろしいかな、時間泥棒。
お兄様から帰ると連絡が来たのが三時間前だからそろそろ帰ってくる頃だろう、と片づけを始めたところで玄関の開いた音。お兄様だ。
ぱたぱたと走って出迎える。
「おかえりなさいお兄様。ご飯になさいます?それともお風呂?」
二番煎じというなかれ。このエプロン着ると言わなきゃいけない気になるんだ。
今日も新妻風エプロンです。白でフリルなんて時代遅れになってもいいのにね。エプロンに流行なんてないのかしら。
「ただいま深雪。その選択肢にもう一つ追加はできないのかい?」
そう言って両手を広げるお兄様。
…仕方ないですね。
「それともハグですか?」
「及第点だな」
それともわ・た・し(はぁと)なんて言いませんよ。選ばれては困るのが目に見えているので。というかお兄様はその定番をどこでお知りに?
ぎゅっと抱きしめられて、一日ぶりのお兄様だな、と体を委ねるように力を抜けば、背中から腰にかけて腕を回し安定させてハグを続行。
お兄様の頭が肩に乗り、首筋がくすぐったい。
「お疲れ様でしたお兄様」
「深雪こそ、昨日はごめんな。傍にいてやれなくて」
ドキッとした。お兄様は気付いていたのか。
「肌がいつもより冷たい気がする。寝不足なんじゃないか?」
頬を撫でるお兄様の手は温かい。けど、いつもと違うだろうか?
「お兄様の体がいつもより熱い可能性は」
「俺が深雪の体調を見誤るわけがないよ」
ないかー。でも視られてるようには思えなかったのだけど、まさか本当に肌感で?ハグと頬に触れただけでわかるものなの⁇
「実はちょっと」
気まずげに正直に告白すると、お兄様は私を抱えて家の中へ。いつの間に靴を脱いだんだろう?そんな振動感じなかったのだけど、お兄様器用だからな。じゃなくて。何で抱えられて移動⁇
「お兄様だってお疲れでしょう」
対馬からどうやって帰ってきたのか知らないけれど、任務を遂行した上強行で帰ってきているのだ。
昨日の今日だし、疲れていないわけがないのに。ご飯やお風呂と言ったけれど、それより少しでも休んでもらいたい。というかまずは下ろしましょう?
でもお兄様は放してくれない。
「そうだな。だから一緒に休もう」
んん?
「甘いにおいがするな。これは…りんごか?」
「え、ああはい。さっきまで切ったりジャムを作ったり」
「…藤林さんか」
よく覚えてますねお兄様。
そしてなぜかちょっぴりご不満そうなお声と眉の寄せられたお顔。
「今日は俺と二人でハロウィンだろう?」
「…ですが、」
お兄様、もしやそのために早く帰ってきてくれたのだろうか。
だとしたら嬉しい、嬉しいのだけれど…どうしよう?私に構うよりも休んだ方がいいと思うのに。
「疲れならこれから取れる」
すたすたとたどり着いたのはソファで。
一度下ろされて抱きかかえなおされ――お姫様抱っこされたままお兄様が座られて…その上に、オン。
え?
「硬くて眠れないかな?」
私にお兄様をベッドにして寝ろと?
っていうか硬くて寝れないんじゃなくて、姿勢でもなくて、お兄様に抱き込まれたまま眠れる妹なんています⁇
せめてソファで二人寄り添って、とかならまだわかる。
膝枕だって、恥ずかしいけどお兄様が望むなら耐える覚悟があるのに。
「下ろしましょうよ、お兄様」
「俺のことは気にするな」
「……お疲れなんですよ、お兄様」
だめだ。お兄様疲れすぎて壊れてる。
「横になるのはお兄様の方ですよ。私は隣にいますから」
「それではお前が休めない」
お兄様の腕の中で休めるかな。気を失うだけな気がする。なお疲れは取れない模様。
「なら一時間互いの部屋で休みましょう。それが一番休めます」
「隣に深雪は?」
「隣の部屋におりますから」
私も頭が回ってない疑いがある。休もう。二人して自室で一時間。
「ベッドまで運んで頂戴お兄様」
それまで抱き上げられてるの、我慢するから。
「それが深雪の願いなら」
部屋の前まで運んでもらって。本当にベッドまで運ぶと言ってきかないお兄様を宥めすかし、自室へと促して。
ばたん、と扉の閉まる音を聞いてからベッドに倒れこんだ。エプロンは気合で外し、目を閉じる。
すぐに意識は途切れた。
――
きっかり一時間で目を覚ませたのは、単純にタイマー機能が作動したから。
部屋を出て、お兄様の部屋をノックする。
「お兄様、約束の一時間ですよ。起きてくださいませ」
本当は寝られるだけ寝かせてあげたいが、ここで声を掛けなければお兄様は落ち込む?拗ねる?だろうから。
ベッドまで運ばせなかったのも、あとで思い出すとお兄様が頭を抱えそうだったので。
そしてお兄様はのろのろとした動きで出てきた。仮装してないけどゾンビです?
「…すまない深雪。どうかしていた」
「改めておかえりなさい、お兄様」
おかえり正常な判断。
あまりの疲労っぷりに旅行に行っちゃってたのかな。大変だったもんね。
予想だにしない依頼がいろんな方面から同時期にやってきて、小さなものから大きなものまでトラブルが押し寄せ、最終的に戦争おっぱじめそうだからちょっとそこまでぶっ潰しに行って。
これがほぼ休み無しの状態で約二月の間に起きるわけですよ。濃密ですね。これは疲れる。
高跳びだってしたくなるだろう。何はともあれ帰ってきてくれて嬉しいよ。
「ご飯は食べられそうですか?」
「ああ…」
…まだ受け入れられないのですね。
背中が丸いです。本落ち込み。初めて見る姿です。
…こういう姿って母性本能くすぐられるよね。お兄様が可愛い。
許されるならぎゅっと抱きしめて撫でまわしたい可愛さ。しないけどね。深雪ちゃんはお兄様にそんなことしません。
ご飯でも食べて気力を回復してください。
ということで。
「これは、俺のために?」
テーブルに並べられた食事を見てお兄様は少し目を見開いた。
食事はハロウィン仕様ではなく、お兄様が特に好きだといってくれる和食。
ほっこり温まる具沢山の味噌汁に、肉じゃが、小松菜と油揚げのお浸し、だし巻き卵には胃に優しい大根おろしもついて、ご飯は疲労回復に良い鮭としめじの炊き込みご飯。
秋の味覚もしっかり感じてください。
「食後のコーヒーにハロウィン用のクッキーを添えますので」
少しだけお付き合いください、とお願いすればようやくお兄様の顔に笑顔が浮かぶ。
「いただきます」
いつもより礼儀正しく挨拶して食べ始めると、さっきまでの落ち込んだお兄様はきれいさっぱりいなくなっていた。
綺麗な所作で食べるけどペースが速い。綺麗なのにモリモリ食べてる。
「ご飯と肉じゃがはおかわりがありますよ」
その一言でペースが上がった。
いっぱいお食べ、と心の中の母ちゃんな私が言う。
こんなに食べてもらえると嬉しいよね。
気持ちのいい食べっぷりに私もつられてご飯が進んだ。…秋だからね、運動増やすから大丈夫。
お釜もお鍋も綺麗になくなり、お兄様もお腹も私の心も大満足。
「美味かった」
「お粗末様でした」
こういうところやっぱりお兄様は素敵よね。ちゃんと美味しかったと感想をくれる。作り甲斐があるというものだ。
いつ婿に行っても喜ばれますよ、お兄様。
食器を率先して片してくれるところも高評価です。
その間に私はコーヒー豆を挽く。がりがり、がりがり。
さて、この後どうしようとシンキングタイム。
一応ハロウィン用の仮装、というのも烏滸がましいアクセサリ――アイテムは用意しすぐ取り出せるようそばにある。
流石に着替えてもらうのは諦めた。せっかくここまでリラックスしたお兄様に面倒を掛けるのもどうかと思ったので。
単品でもいけるけど、そうすると仮装というよりコスプレ感が――
「それで深雪、仮装はいいのかい?」
お腹がいっぱいになってノリもよくなりましたかお兄様。
ありがとうございます。
そうですよね、こういうのはノリですよね。
「こちらに」
「…これは」
袋から取り出したのは、灰色と茶色のふさふさ――耳としっぽのセット。
そう、私が用意したのはオオカミと犬のアニマル変身セットだ。
コンセプトもちゃんとあった。お兄様には礼服を着てもらい首元にフリルをつけてオオカミ公爵に。
私はドレスを着てイヌ令嬢になる予定だった。
なぜ公爵と令嬢なのかとか、なぜオオカミで揃えなかったとかは、その時のインスピレーションだ。
ただの狼男もいいんだけどね。狼男だと半身裸か毛むくじゃらかで悩んじゃうから。どっちも好き。でも無理。お兄様の上半身裸に耐えられる気はしないし、毛むくじゃらは用意できなくはないが見た目が暑苦しくお兄様に悪い気がした。なら服を着せちゃえ、となり、うちにある服で似合うのは、と考えた結果がそれだった。
「尻尾のベルトは腰のあたりに。耳はカチューシャですので装着した後、髪で隠していただければ完璧です」
目の前で実演してみせる。
茶色と白の柴犬耳にくるんと上向きのふわふわ尻尾。手触りは抜群です。その場でくるっと回って見せた。
反応は…おおう、お兄様固まってますね。イロモノ過ぎましたか。
「わん」
反応がないので一鳴きしてみる。
ぱちり、とお兄様が瞬き一つ。
「わんわん」
ぱちぱち。
…ちょっとお兄様?もしやふざけてます?
「………可愛すぎやしないか?」
アッ、違う。本気で戸惑ってただけですね。失礼しました。
まあ深雪ちゃんがイヌ耳つけて白いフリルのエプロンでいたらまあ愛でますよね。
「ですのでお兄様のはオオカミ仕様です」
お兄様を可愛いわんこにするのもやぶさかではないが、高校生男子が可愛いに手を出すのは辛いと思ったので。
もしノリがよければ交換も可能だからつけてもらえるならつけてほしい。見たい。可愛いお兄様もぜひ見たい。
とりあえずどうぞ、とお兄様に変身セットを渡す。
「素材から違うのか」
灰色狼ですからね。そちらはふわふわではなくふさふさです。毛の太さが違うのでちょっと固め。でも滑らかな毛並み。尻尾はストレート。
――うむ。私はいい仕事をした。お兄様オオカミ耳似合うね。ちょっとワイルドに見えなくも、ない。困った顔のせいで可愛さが増しているが。
「ありがとうございます」
こんなことに付き合ってくれるお兄様は世界一優しいお兄様です。感謝しかない。
「コーヒーはどっちに運ぶ?」
ああ、いつものソファでは尻尾が潰れちゃいますからね。ご配慮ありがとうございます。
ということでテーブル席に。
向かい合ってコーヒーをお供にかぼちゃのクッキーを齧る。
話題は去年までとは違う、高校生活について。
「始業式からここまで濃密でしたね」
「というより九校戦辺りからずっと落ち着かなかった気がするな」
言われてみれば。入学式の騒動の後は結構余裕があったけど、九校戦付近からずっと忙しかった。
夏休みもお兄様に休みなんてなかったし。
「でもしばらく行事はもうないですし、学校は穏やかな生活が送れそうですね」
落ち着いた、は無理だろうけど、にぎやかで楽しく充実した学校生活は送れるのではないかな。束の間の休息的な…あ、そうだ大事なことを忘れてた。
「昨夜叔母様から連絡をいただきまして、来週日曜二人揃って屋敷に来るようにと」
いけない、学校だけじゃなくこっちもあったのでした。
するとお兄様は難しい顔に。でもオオカミ耳付いてるからちょっと台無し感。ごめんなさい。
「昨夜、か。今日のことを知っていた、と思った方がいいな」
今日のこと、つまり対馬で大亜連合の軍事施設を出港予定だった大艦隊ごと駆逐してきたことですね。
ニュースでも流れていたが、何が起きたのかまだ調査中とのことだ。
「お兄様」
「大丈夫だ深雪。何があっても問題ない」
俺が守るから、と。
この時おそらくお兄様の頭の中では四葉と対立してでも、との思いがあったのかもしれない。
でもね、私はその対立もさせたくない。そんなことしなくても穏便に四葉から出られるようにしてみせるから。
だからもう少しだけ待ってほしい。
「今度お会いする際、アレを持っていこうかと思うのですが」
「アレ?」
「お盆もハロウィンも迎えましたので、お母様からの贈り物をお渡ししてもいいかと思いまして」
さっぱりわからないというお兄様にヒントを出せば、アレに思い当たったものの微妙な顔だ。
お兄様にはそもそも理解が及ばない代物だし、逆に火に油を注ぐものに見えなくもないだろうから。
「贈り物…果たし状の間違いじゃないのか?」
「言いえて妙ですね」
くすくすと笑う私に不可解だと言わんばかりの表情を浮かべられるお兄様。
私も結果がどうなるかわからない。実際その内容を知らないのだ。
母が、最期に残した叔母様宛の贈り物。
喜ぶか怒り狂うか出たとこ勝負ではあるけれど、勝算は高いと踏んでいる。
「いいんじゃないか?お前が託されたものだ。深雪の好きにするといい」
「ありがとうございます」
来週までにすることがまた一つ増えた。
まだまだゆっくり休むことはできないらしい。
けれど今日だけは、今この時はお兄様との時間をゆっくり過ごしたい。
「お兄様、ハッピーハロウィン」
「ハッピーハロウィン、深雪」
この後クッキーにりんごジャムを添えると、お兄様が無表情になる珍事があったが、味は良かったとのこと。
今度は紅茶と合わせたいですね。しばらくその機会は来ない?この大亜連合の後片付けで忙しい?
ティータイムはしばらくお預けの模様。
また大亜連合に対する恨み言が増えた夜だった。
横浜騒乱編 END