妹転生?!ファンとしてお兄様を幸せにします!分割版 作:tom200
そのまましばらく肩もみを実行していると玄関にチャイムが。
注文したものが届いたらしい。
「美月たちに提案してもらったので、夕食を注文してみました」
如何に料理が好きと言っても薬膳には手を出したことはなかった。
材料も揃えるのが大変だし、何より時間がかかる。それならプロの料理を注文した方がいい。
このまま食べられる容器に入っているけれど、見た目が味気ない状態でお兄様に食べさせるなんてできないので器を用意。移し替えて盛り付ける。
「癖のある香りだな」
開けた途端部屋に香りが広がった。嫌な臭いではないけれど、確かに癖のある香りだ。
薬膳スープと鍋。思ったよりボリュームがある。
食卓に並ぶ普段食べない料理があるとそれだけで家じゃないみたいだ。滅多に使わない柄のランチョンマットも出しちゃおう。あと飲み物はジャスミン茶。淹れたてを瞬間冷却。魔法は本当に便利です。多めに作っておいて残りは冷蔵庫へ。
「「いただきます」」
レンゲで掬い、スープを口に含むと香りの割に癖はなく、飲みやすい。
野菜もお肉の身もほろほろで、噛む必要がないほどだ。
美味しい。一口、また一口と運んでからお兄様はどうだろう、と見れば淡々と口に運んでいる。んだけど…?何かいつもと違う。
「お口に合いませんか?」
「いや、そんなことはない。美味いと思うよ」
美味しい、という割にあまり嬉しそうな顔ではない、気がする。
じっとお兄様を見てしまったからか、お兄様はちょっと眉を下げて。
「美味いんだが、そうだな。深雪の味じゃないなと思うと、それだけで味の感じ方が変わるんだなと」
今更ながら気づいた、と複雑なお顔を浮かべられていた。
……これはまさか、薬膳マスターになれと、そういうことです?
いえ、お兄様は決してそんなことを言っているわけじゃないことくらいわかるのだけど。ちょっと心がね、心臓がね。落ち着かなくて。
これって要は美味しいけれど、私の作ったものじゃないって理由で好みじゃないってこと、だよね?…それはなんて殺し文句なのだろうか。
「そのように煽てられては困ってしまいます」
「煽てなんかじゃないさ。美味いと思いこそすれ、喜びはあまり感じられないと実感した。体には良いのかもしれないが、俺にとって深雪の料理が一番だな」
…薬膳の勉強組み込もうじゃないの。お兄様の為だもの。
頭がふわふわしてきた。体も熱い。これが薬膳の効果。
席を立って用意していた濡れタオルをお兄様へ手渡す。
見ればお兄様も額にうっすら汗を掻いていた。
乾いたタオルだと水分を吸収するだけで、体温を下げないので、汗を掻いた時は濡れタオル。これは熱中症対策の常識だけど、この場合も有効のはず。
うん、冷たいタオルが気持ちいい。
「食べるだけで結構汗を掻くものだな」
「体の芯から温まりますね」
上着を脱ぎたくなるほど熱くなってきたけれど、カーディガンを脱いでしまうとキャミソールだけになってしまう。
お兄様の前でそのような姿にはなれない。…ここは我慢だ。
ふうふう言いながら食べ進めてようやく半分に到達。程よい辛味が口を刺激し、ジャスミン茶を流し込めばすっきりする。
これを繰り返していたのだけど、そろそろ体の火照りがピークに達しそうだ。拭っても汗が止まらない。
…メイクしてなくてよかった。
お兄様はどうだろうと、前を見れば、お兄様はいつの間にかシャツの袖を巻くっていた。
え、お兄様にしては珍しい!というより汗すごいですね。
やだ、汗かきながら眉間に皺寄せて食べる姿が悩まし気に映って色気マシマシでヤバい。
(ちょっと待って!お兄様の黒いインナー判りづらいけど湿ってない?ちょっとコレえっちくない⁇)
あまりの姿に脳内が大混乱で内心がうるさいほど叫んでいる。
ちょっとどころじゃない。顔の周りの髪の毛が汗で湿って張り付いて。
開いた首元なんて赤く色づいた肌に垂れる汗が幾筋も流れて…お兄様大変えっちぃです。アブないです。危険物です。
もしかしてこの薬膳ヤバいモノでも入っているの!?いや、そんなモノ販売できるわけがない。ここ有名店だし。
お祭り状態の脳内で冷静に突っ込む。
「深雪?」
「あっ、いえ何でもありません!」
速攻否定して俯いたけれど。
(あああ、もう何言ってるの!何かあったと自己申告してるようなものじゃない!)
せっかく冷静さを取り戻してもお兄様を見てしまえばすぐに沸騰してしまい、テンパった答えを返してしまった。
誤魔化そうと下を向いてスープを飲み切る。
あとは鍋だけだけど、この鍋が一番の曲者だった。
一口食べるごとに汗が流れる。ジャスミン茶を、と思ったらもうグラスにない。
おかわりは作っているけれど冷蔵庫の中だ。すぐ飲むのだから机の上に出しておけばよかった。
後悔しながら「飲み物取ってきますね」と立ち上がる。同時に汗が背中を伝って気持ち悪いけど、お兄様の手前拭うわけにもいかない。
でも濡れタオルを持ちながらキッチンに向かって、見えないように顔と首と鎖骨辺りまで拭う。
カーディガン脱ぎたい。もしくは袖を巻くりたいけどお兄様の前でその、肌を見せるのはね、よくないかな、と思うわけで。
やっぱりここは我慢だな、と冷蔵庫の風を浴びながらゆっくりお茶入りボトルを取り出す。風が気持ちいい。
あ、空調機。送風にすればいいのでは?今更ながらに気付き、スイッチを入れる。
…涼しい。なんで思いつかなかったんだろう。
「俺もおかわり貰っていいかい?」
「もちろん」
お兄様もグラスが空だ。さっきまで3分の1はあったのに。我慢してたのかもしれない。申し訳ない。
グラスに注いで、自分の分も入れて、一口。落ち着いた。
では続きを、と耳に髪を掛けてもう一度鍋の攻略に取り掛かる。
だいぶ冷めて食べやすいはずなのに、体が熱くなる。薬膳、恐るべしだ。美味しいんだけどね。
汗が目に入り、拭うけれどすでに入ってしまったから痛い。目が潤んでしまった。
あと少し、と手を止めず食べ進めば鍋の底がようやく見えてきた。ゴールは近い。
改めてレンゲから手を離し、汗を拭ってラストスパート、と整えていると視界に入るお兄様の器はすでに空。食べ終えていた。
もう少し視点を上げればタオルで顔を覆っている。汗すごかったもんね。運動した後みたいになってる。
見えてないなら、ちょっとはしたないけれど、とキャミソールのレースの部分を摘まんでぱたぱた風を送る。
効果はさほどないけどね。気分です。
最後だ、とレンゲを口に運ぶこと3回。完食です。
思わず息が漏れました。きっと熱い吐息だったことだろう。
「ごちそうさまでした…」
達成感が凄い。
「ごちそうさま。――深雪」
「はい」
「先にお風呂に入ってきなさい。そのままでは体を冷やしてしまう」
これは問答無用の命令口調。お兄様は、と聞く隙も与えてもらえなかった。
大人しく従います。
「湯船にしっかりつかるように」
シャワーでざっと済まそうとしたのがばれました。
でもそうするとお兄様の体が冷え切ってしまうような、と思うけど雰囲気的に意見は聞いてもらえなさそう。
無駄に問答せずお風呂に直行します。その方が早くお兄様が入れるだろうから。
「ではお先にお湯いただきます」
汗を拭いながらお兄様に一礼して足早にお風呂に向かった。
――
達也視点
良薬も取り過ぎれば毒となる。
過ぎるは何事にも良くないというが、本当だったと実感する一日だった。
――
深雪からの『お家デート』の誘いは青天の霹靂だった。
生徒会も何を考えているのだか。
俺に休暇を、と生徒会の仕事を休ませてまで深雪にお目付け役を押し付けたようだが、深雪の分の仕事はちゃんと片付けてもらえているんだろうか。
もしこんなことで次の日深雪の仕事が増えるようなことがあれば、抗議しに行かねばなるまい。
いや、こんなことを中条先輩が指示するとは思えない。これは前任者も絡んでいるはずだ。
辞めてからも深雪に迷惑を掛けるとは。
昨日も変に絡んできていたが、話の途中で真っ赤になってどこかに行ってしまった。
怒らせたから深雪を巻き込んだのだとしたらそれは俺にも責任があるのかもしれないが、一体何を話していたんだったか。そんなに変わった会話だった覚えも無いのだが。
…しかし深雪の口からデートの誘いが飛び出すとは思わなかった。
その内容も、
(『お家デート』とはなんだ?)
外でのデートならショッピングやらやることもあるが、家で何をするというのか。よくわからないが深雪には考えがあるらしい。
やる気に満ちた深雪の邪魔はしてはいけないと、言う通りにしようと決めたはいいが、コミューターの中での会話には困った。
情けない姿を見せて欲しい、なんて。無理な話だ。
深雪の前ではいつでもしっかりした兄貴でいたいのに。
求められること自体は嬉しいが、その願いを叶えることは難しい。
叶えてやれないと言っても許してくれる深雪に俺はいつも甘えっぱなしだなと思う。
本当に俺は深雪の言う、格好良い兄でいられているだろうか?
夏休みのデートの際、深雪に良い妹でいられているか心配だと言われたが、それこそ俺のセリフだ。
深雪ほどできた妹などいないだろう。
気立てがよく、自分のことは二の次に、いつでも俺や母のことを思って気を配り。
自分に厳しく成績は優秀。習い事も熟し、自分磨きにも余念がないので美しさは天井知らずだ。
もっと自分を甘やかしたとて彼女の素晴らしさは損なわれないと思うのに、一切の妥協をしない。
俺がもっとちゃんとしていれば、深雪は甘えてくれたのではないか――。なんて、考えても仕方のないIFが過る。
例えば俺が、四葉特有の魔法を有していれば。
四葉の直系として相応しいだけの魔法力があれば、――一条将輝のような正統派の次期当主であったなら、深雪は今と違っていたのだろうか。
(くだらない)
このIFになんの未来など無いというのに。九校戦でアイツと対峙してから妙にこびりついて離れない思考。
俺でなければもっと、幸せに暮らせたのでは、なんて。
俺が兄でなければ、深雪が苦労することなんて何もなかったのではなんてIFは考えるだけ無駄だというのに。
だが、いらぬ苦労をさせているのに、深雪はいつでも俺を受け入れてくれる。
妹として兄を慕ってくれている。
つい先日なんてひどく情けない姿を見せたというのに、一切気にしていなかった。というより気づいていなかったみたいだが。
情けない告白したというのに彼女はそんな俺を――嫉妬し、不安だという俺を、尊敬していると言ってくれる。
正直、その後続けられた言葉はイマイチ消化しきれていないのだが、美しいと、可愛いと言ってくれた。
(…深雪の感覚はちょっと人とは異なるのかもしれないな。感性が変わっている、というか)
身内になると特に甘くなる、ということか。
他の誰かに言われれば馬鹿にしているのか、と思うのに、深雪に言われると不思議と悪い気はしない。
それは俺の唯一残った感情が彼女をそう思わせているのか、深雪だからそう思うのか――。
(どちらでもいい。俺が、深雪ならいいのだと、思っているのだから)
そのあと俺が言った余計な一言で深雪が顔を覆ってしまう出来事があったが、すまない。俺も混乱していた。
深雪が喜ぶのなら脱ぐか、なんて発想どう考えてもおかしいだろう。
とりあえず家デートはこのまま続行らしい。
顔を赤くしている深雪は大変可愛らしいが、この状態ではハグはしない方がいいのだろう。
少し寂しいが今抱きしめると離し難くなりそうな気もしたので後に回すことにした。
家デートと言われても何をすればいいのかわからないので、着替えてリビング集合かと問えば肯定が返ってきた。
着替えを早く終わらせて家デートとは何か調べてみるか、と部屋に戻っていつも通り適当に服を着替えてリビングに向かう。
当然深雪はまだいない。今のうちに、と端末で開いてみると――
(映画鑑賞、ゲームをする、本を読む…。読書なら偶にしているな。二人で料理、も時々手伝わせてもらうからクリアか?模様替え…引っ越したばかりだが、ふむ。気分を変えるにはいい、と)
なかなか興味深い、と読んでいるが、下の方へ行くと兄妹でもできないことが増えてくる。
(二人だけのファッションショーか。深雪は何を着ても似合うからな。もっといろんな服を贈るか?…今からでは間に合わんな。次は――ソファやベッドでイチャ…これはない。次、一緒にお風呂、も無しだ。マッサージをし合う?――ああ、そもそも恋人同士のプランのデートだった)
健全なカップルならまあ最終目的はソレになるのは当然か。
前に七草先輩たちもそんな話を深雪に聞かせていた。
あの時は深雪の前でなんて話をするんだと抗議したが、そのあとに続く深雪の冷ややかな発言には若干戸惑ったものだ。
深雪は箱入りのはずなのになぜそういった知識が入る余地があった?複数で、だなんて。
本人も後で「はしたない発言でした」と申し訳なさそうに謝られたが、俺としてはその発想はどこから来たのかを知りたかった。…聞けるわけがないが。
この家デートも、深雪はどこまで知っているのだろうか。
そんなことを考えていたら、足音が近づいてくる。
検索していた記録ごと消して、別のページを開く。意味もない行動だが、調べていたと思われることが情けないことだとでもいうのだろうか、妙に心が焦った。
「お待たせしました」と現れた深雪にいつも通り返そうとして顔を上げて――言葉を失った。
いつもの深雪は家でもほとんど肌を見せない、品のある、隙のない服を着ていた。
夏場でさえ、首元までしっかり覆うような服が多かった。
けれど今目の前にいるのは、開放的な胸元にレースをあしらったキャミソール、その上に緩めのカーディガン。ギャザーのスカートはいつもより長めだが、裾が揃っていないため動くたびにちらつく白い足に目が引き寄せられる。
どれも見たことのある服であるのにこの組み合わせになると見違えるほど雰囲気が変わる。所謂ラフな恰好、気負っていない風に見えた。
力を抜いた、という風にも捉えられる。
(そういえば、家デートにはコレ!とファッションについての記事もあったな。確かカジュアルなものがいいと)
確かに、カジュアルだ。品そのものは無くなっていないが、距離を近く感じるというのだろうか。いつもの楚々としている服とは違う魅力がある。
それに、淡い色のリップが本来の素材の良さを引き立たせる。
自然体。相手を緊張させないための恰好なのか。…が、先ほど読んだ記事のせいかこういうのが隙というのか、と余計なことまで考えて頭を振って変な思考を振り払う。
失敗した。デートと言うからにはもう少し己の恰好にも意識を向けるべきだったか。そう思ったのに深雪はそのままで十分だと言う。
リラックスするのが目的なのだから今のまま、いつものままでいいのだと。
しかしそれではせっかく雰囲気を作ってくれた深雪に報いていないような気になるのだが。
そんなことを考えて深雪に見蕩れていたからだろうか、自分の恰好が気になったのか己の恰好を見直していたが、彼女が不安に感じることはない。不安になる箇所なんて一つもない可愛さだ。
だがその晒された首元はいくら家の中でも寒いのではと訊ねれば、ブランケットがあると答えが。
(まあ家だしな。…いいのか。こんなに可愛い妹を独占していいなんて、外でのデートとは別の喜びがあるな)
人の目に晒されることもなく、警戒する必要も無く好きなだけ妹を愛でられるのか。なんとも贅沢な時間だ。
そう気づいたら、彼女の体を抱き上げてソファに座らせ顔をしっかりと眺めていた。
化粧をしても美しいが、素のままの彼女も十二分に美しい。うっすら色づく頬や唇、キラキラと輝く瞳から目が離せない。
(ああ、可愛い)
褒めると予想もしていなかったと言わんばかり驚く表情の後、照れて目を泳がせる瞬間がとても愛らしく、好ましい。
深雪が褒められるなんて当たり前のはずなのに、新鮮な反応を見せてくれる。
すぐに隠されてしまうが、彼女の素が見られる瞬間でもある。
俺相手に取り繕われているわけでは無いのだろうが、深雪は恥ずかしがり屋だから照れる姿を見せることも恥ずかしいのだろう。
だからつい意地悪をしてしまうのだが。
これは悪い癖だな。頻度は気を付けないと。
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