妹転生?!ファンとしてお兄様を幸せにします!分割版   作:tom200

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ツケと清算⑥

 

達也視点

 

さっそく定番の映画を一人一本選んで観ようとなったが、さて、どんなものが深雪は観たいだろうか。

ずらっと並ぶ一覧に目を通すが何がいいかなどわからない。

困ったな、と思ったところで深雪が立ち上がる。映画を見る間の飲み物を用意するようだ。

基本映画は100分を超える作品が多いからな。

準備をしている間に、と家デートの定番映画を検索。ヒットしたのは大ヒット作と恋愛モノ、そしてホラーだそうだ。

大ヒット作、か。これが無難だろうが、魔法師にとってこれ系には当たりはずれがあると聞いたことがある。

知っている理論を当てはめて観てしまうため純粋に楽しめないことがあるそうだ。

大半の人間にとって魔法師はまだ未知の存在。魔法は現実に存在しているのに想像で描かれることの方が多い。

アクションやファンタジー作品はどこに集中できなくなる仕掛けがあるかわからない。なら残る二つか?

別にどれを見ても構わないと思っていたので、どちらかジャンルだけでも決めてもらおうと飲み物と軽食を用意し戻ってきた彼女に質問すれば、即答が返ってきた。

ホラーが苦手だったのか。

大抵の女子は苦手だというが、そういうものか。

正直魔法なんて超常現象はオカルトに分類されるから気にならないかと思っていたのだが。

深雪の表情がその言葉を口にするだけで曇る。…そんなに嫌なのか。これはちょっと興味があるがまたの機会だな。

今日優先させるのは休むこと。ホラーでは休めないだろうから。

しかし、兄妹で恋愛モノを見るはどうなんだろうか。デートだから気にすることはないのか?

気まずくなるようなシーンがあるものは困るので感動、純愛というものをセレクト。原作も人気の話題作らしく、評価も高い。

深雪も原作を知らないらしいが、感動の文字を見ると少し席を外して戻ってきた。手にしているのは涙をよく吸いそうなハンカチタオルだ。準備がいい。

俺の分も持ってきてくれたようだが断った。俺が使うことはないからな。

今やどこの家にもついている照明のモード変更で部屋の明かりを落として上映開始。

――幸せ絶頂だった彼らを様々な困難が立ちふさがり、すべてを失うところで奇跡の復活を果たし、新たな幸せを得る。

安定の王道ストーリーというヤツなのだろう。

深雪は感受性が高く、すぐ物語に入り込んで結構序盤から涙ぐんでいた。

暗かろうが、隣だろうが俺が深雪から目を離すわけもない。だが直に視線を向けられるのは深雪も困るだろうからなるべく気配を消して、ソファに深く座って斜め後ろから僅かな光に照らされる彼女の顔を観察する。

もう一つの眼は映像として視認することはできないが、情報を読み取り知覚することでどういった状況か理解できる。

特に深雪に関して情報は多く、脳内で補完して視ることも可能なわけで、目で見るのと大差なく把握することが可能となっていた。

あまり自分のことで泣かない子ではあったが、感受性が高く感動や共感して泣くことはあった。深雪の涙を流すところは何度見ても美しい。感情よりも先にその美に囚われる。

彼女が涙を流す時、零すという表現が似合う泣き方というのか、まず顔が歪むことがない。苦しそうに、辛そうに涙を流すのではなく。溢れた感情ごと零れ落ちるのだ。

今もそう。つぅ、と頬を伝う涙はどれほど悲しみを湛えているのか。すぐに当てられたハンカチによって拭われてしまうけれど、今俺が手を伸ばしてしまっては映画に集中していないことがばれてしまうし、何より没入している深雪の邪魔になる。

深雪の目を潤ませるシーンを見ても、ヒロインが荒れている彼氏に心を痛めている――覚えていないことに苦しいと感じている場面のようだが、深雪にはそれがとても悲しいことに思えているのか。

本当に優しい子だ。こんなにいろんなものに感情移入してしまうなんて。

微笑ましい、と思う。喜ぶ顔も、不安な顔も。感動して涙をこぼす顔も。全てが愛おしい。

彼女の表情だけで良い映画だっただろうことがわかる。…内容は、まあこんなモノだろう。特に思うことはない。めでたしめでたし、でよかったんじゃないか。

エンドロールも終わったことだし部屋を明るくしてみれば、深雪の頬に涙の痕はない。それが少し残念で未練がましく頬を撫でてしまう。

擽ったそうにはにかむ深雪に先ほどの悲しさなど見当たらない。

可愛らしい反応に嬉しいような、けれど涙を拭えなかったことが残念のような。

複雑だが深雪自身が悲しんでいるわけではないのだからいいかと心を落ち着かせて。

俺のために淹れられたジンジャエールを飲む。刺激ある辛口で揚げたポテトに合った。

 

(深雪にはこの辛口は苦手だろうな)

 

きっと自分の分には、はちみつを垂らしているのだろう。ストローを離す口元が緩んでいる。いつもより多めに入れているのかもしれないな。

 

 

 

そして二本目を見始めたのだが、これが可愛すぎた。

何がって、画面に映し出された猫――を愛でる深雪が、だ。

さっきの映画でも表情は豊かだったように思ったが、アレがどれほど控えめだったかがわかる。

今の深雪の表情は緩み切っていた。

雫や母を見る時以上の気の抜けた笑み。目はキラキラと輝き、手で押さえていても隠しきれていない、緩み切った口元。そこから小さく吐息が漏れて聞こえる。明るいので横目で見ても頬が色づいているのがよくわかった。

気を引き締めて、手を固く握りしめていないと深雪に手が伸びそうだった。

深雪も手を開いたり閉じたりしたりしていたから、恐らく撫でたいのだろうな。俺も同じ気持ちだ。対象が違うだけで。

100分を切る映像だが見ごたえは先ほどの映画の比ではない。

途中、子猫が川に落っこちたところなんて息をのんでハラハラとして落ち着きがなく、手を胸の前に組んで見守っていた姿に、抱きしめることを堪えるのがこれほど辛いことなのかと知った。

すぐに子猫は救われたのでそう長い時間ではなかったが、映画が終わると同時に深雪を抱きしめさせてもらう。とんでもない安心感と、幸福感に満たされる。

頭を撫で、その流れで髪を滑らせる。滑らかな感触と温かさ。

頬に触れ、顎の下にまで指を滑らせれば、

 

「ふふ、くすぐったいです」

 

身じろぎをする深雪に自身も心も擽られるような気分で、心音に合わせて背を叩けばくすくすと笑って身を寄せられると体だけでなく胸も温かくなる。

 

「子猫になった気分です」

 

深雪が子猫、か。先ほどの好奇心で川に落ちてしまう子猫を思い出し、確かに深雪に似ているかもしれないと思い至る。

好奇心が旺盛で、いろんなものに興味を持って手を出しては、周りから可愛がられて。

 

「そうだな。目が離せないという意味では、俺にとっては子猫みたいなものかもしれないな」

「まあ。私はあそこまで好奇心旺盛ではないですよ」

「そうかな?いろんなものに目移りするところなんてそっくりだ」

「ならお兄様は母猫ですか?」

 

俺が母猫?保護者か。確かに心情ならばあの母猫と同じかもしれないが、俺だったなら、映画のように可愛い子猫から一時たりとも目が離せるはずもない。

 

「俺が母猫なら常に首根っこを掴んで離さないだろうな」

 

常に傍に置かなくては不安できっと息もできない。――深雪の魔法、ステンノウィスパーを使っている時のような不安に苛まれるはずだ。

存在を感じられても視ることが許されないあの時間が、どれほどの地獄の時間か。普通の視点しか持っていない人間にはとうてい理解できないだろう。

目を離した隙に失われるかもしれない恐怖――。できることなら二度と味わいたくはない。

そうなるくらいならずっと、それこそ本当に掴んで離さないくらいのことはするかもしれない。

 

「それではいつまでたっても成長できないですよ」

「いつまでも俺の元に居ればいい」

 

(いつまでも傍に――。ずっと一緒に居られればいい)

 

無理なことはわかっている。

深雪はいずれ四葉の次期当主となり、家を守る為誰かと結婚をし、血統を残すために子を作らねばならない。

――それでもいい。彼女を傍で守れるのであれば、どの立場だって構わない。

 

深雪は俺の、唯一だから。

 

 

「もう、お兄様ったら」

 

非難するような口ぶりに反して俯く深雪の髪から覗く耳は桜貝のように色づいていて、恥ずかしがっているようだった。

いつまでも兄の庇護の下では恥ずかしいということだろうか。

そっと体を押して突き放される。

深雪ももう思春期ということか。無理に拘束しては嫌われてしまうかもしれないと思うと、腕の力はすっと抜けた。

ほっとした様子の深雪に少し寂しさを覚えながら、しかし深雪も成長したんだなと思うと感慨深い。…かなり寂しいが。

自身のジンジャエールに口付けてひと心地付こうとしたのだろうが、深雪の表情に少しの翳り。

よく見ればストローの先には澱みが見える。はちみつが下に溜まってしまっていたのだろう、予想外の甘さにびっくりしたというところか。

可愛らしい。俺の子猫の失敗した姿に頬が緩むのを感じた。

あれでは掻き混ぜたところで比率が甘すぎるのかもしれない、と俺の分を差し出すと、深雪は素直に受け取って自分のストローを差して飲む。

が、甘いモノの後のせいかより一層辛味が際立ったのだろう、さっきよりも我慢する顔になった。

 

「俺には丁度いいんだがな」

 

深雪の口にはまだ早かったか、とつい子供扱いしそうになるが、単に好みの味ではないのだろう。

いい加減子ども扱いにも気を付けないと、いつかエリカが言ったみたいにウザがられる時が来そうだ。気をつけねば。

 

「少しはリラックスできましたか?」

「ああ。よく深雪が可愛いものは癒しと言うが、本当だな」

 

可愛かった。深雪の可愛さに上限はないのか。天元突破だ。

まだ俺の知らない魅力があったとは、深雪のポテンシャルの高さに驚かされる。

本当に興味が尽きない。いくらでも見ていられる俺の唯一。

波打っていた心も穏やかになる、疲れ切って何も感じなくなっていた心が喜ぶ、――これが癒しの力か。

 

「また今度一緒に見ようか」

 

今回だけの一度きりになどさせない、と何度でもあの深雪を愛でていたいという欲を押し隠して訊ねれば、深雪の答えは是。

確約できたことにほっとする。

卑怯でずるい兄貴ですまない、と心の中で詫びるが、もう片方では俺のエレメンタルサイトはこのためにあったのかも知れない、なんて考えているから始末に負えない。

深雪にバレないように、深雪を觀察するためにこの眼を使うなど、その価値を知る人間からすれば無駄遣いかもしれないが、これほど有用で、平和的で、幸福な使い方を俺は知らない。

 

「次は好きな音楽を聴く、というリラックス法みたいですが、お兄様は好きな音楽とかございますか?」

「音楽はほとんど聞かないからな」

 

事実、音楽を掛けて作業などしたこともなければ、巷で流行っているという音楽も情報として聞くこともあるが興味もなかった。

深雪がお稽古事で奏でる音楽ならば――と考えて一つだけ思い当たることがあった。

深雪の鼻歌だ。時折無意識に歌っているようで、それを聞くのが楽しみだった。

何の曲なのかも知らない。歌詞もないただのハミング。時にアップテンポの、時にスローテンポの音楽は俺の心を弾ませた。

淑女教育に厳しかった母も注意ができないでいたな、と記憶も甦る。

しかし深雪には鼻歌は音楽として微妙らしい。アレも立派な音楽だと思うのだが。

許されるなら音源として残したいくらいだ。

 

「メロディがあるのだから音楽だろう。まあメロディが無くとも、お前の声はどんな名器にも劣らない楽器と言っても過言ではないからな」

 

半ば本気で伝えれば、深雪は目を泳がせて俯いてしまう。さらりと流れた黒髪から覗く耳がピンクに染まっていることから照れているのが見て取れる。

俺と違って優秀な深雪はどこでも褒められるのだから慣れているだろうに、俺の一言でこのように照れる姿がまた愛らしい。

抱きしめたくなる衝動を抑えるもの大変だな、と他人事に思いながらリクエストに応えてもらえるか訊ねるのだが。

 

「…鼻歌は歌おうと思って歌ったものではないですから」

 

残念だがやんわりと断られた。

確かに、集中している時や気分が高揚している時に出ているのだから、突然頼まれても難しいのかもしれない。

 

「無理に聞き出すものではないからね。いいよ。無理に歌うことはない」

 

ただ、今度そういう機会に恵まれたら止めないでそのまま聞かせてほしい。

そう願って深雪を見つめれば、深雪はぎゅっと固く目を閉じてから立ち上がった。

何か始まるらしい、と考える姿勢のままだった体を起こして待っていると、背後に立たれた。

そして、なんとも不思議な注文を受ける。

 

「か、肩を揉んでたら自然に出た、体でお願いします…」

 

失礼します、と肩に触れる手はほんのり温かく、親指を支点に力を込めて揉み始めた。

あの、白く繊細な動きをする指に触れられているのだと思うと、こんなことをしなくていいと止めたくなるが、それをしてしまえば深雪が悲しむ。

深雪がしたいのであればさせてあげるのが一番だ、と言い聞かせなければ、体から力を抜くことさえできない。なんて不甲斐無い体だ。

 

「痛くないですか?」

「ん、もう少し強くてもいいくらいだ」

 

深雪の指に負担など掛けさせたくないが、深雪は注文に応える方が喜ぶ。

どちらを優先させるか悩みどころではあるが、今回は後者を選んだ。

ぐっ、と先ほどより強めの力で肩を刺激される。

 

「気持ちいいよ」

 

実際いい塩梅だ。

深雪に身を委ねていると、頭上から天上の歌が聞こえ始めた。

リラクゼーションとしてこれほど素晴らしいものはないだろう。

だが珍しい。このメロディは知っている――、先ほどの猫の映画だ。

余程気に入ったらしい。しばらくこのメロディが家に響くのかと思うと、今日のことを幾度となく思い出すことになるだろうな、と今から楽しみにさえ思えた。

 

「さっきの映画、相当気に入ったんだな」

「ええ。とても可愛らしかったです。お兄様はいかがでした?」

「俺も気に入ったよ。だが外では見られないな」

 

あれほど可愛らしい深雪を、誰かが見るかもしれない可能性があるところでなんて、危険すぎる。

たとえ映画館の中が暗かろうが席がここより離れていようが、周囲から見えづらくなっていようが関係ない。

特殊な目を持った奴がいないとも限らない。それに――いや、これは俺の我侭だな。

 

(他人にあんな可愛らしい深雪を見せたくない、なんて)

 

「誰かに見られる危険はない方がいい」

 

もっともらしいことを言っても本心は兄の我侭だなんて、深雪は思いもしないだろう。

だが、もし本当にこの映画を外で見たならば、映画が終わった後も深雪はきっとしばらく笑みが戻らず、あのふわふわとした幸せ空気を漂わせるだろうから、大変な事態になることは避けられないことは想像に難くない。

失神者だけで済めばいいが、最悪悪質なストーカーが生まれてもおかしくはない。

それほどの魅力があった。

だから先ほどの言葉に嘘はないのだ、と誰に聞かせるでもなく弁解していると訪問を知らせるチャイムが鳴った。

心当たりが無かったので深雪を振り返れば、深雪は手を合わせて。

 

「美月たちに提案してもらったので、夕食を注文してみました」

 

そう言えば、昼にそのような話をしていたな。ぼんやりと思い出す。

はっきりとしない、という時点で自分が疲れていたのだろうなと、今なら理解できた。

ここ数日、深雪以外のことではっきり覚えていることはない。どうでもいいカテゴリに分類されたのだろう。

思い返しても特に特筆する出来事もなかった。

…が、記憶がはっきりしてきた中で、七草先輩やほのかに余計なことを言ったらしい、とは思い出せた。

ほのかはともかく、先輩は聞きなれたお世辞だろうになぜ、ああも動揺していたのか。顔を赤らめてみせてまで。

とりあえず怒らせたかもしれないというのは杞憂のようだった。

ほのかに至っては失神寸前だったな。ふらふらになっていたから送ろうとしたが拒否された。

まあ、謝罪や訂正が必要なほどでもないだろう。…ほじくり返しても面倒そうだ、というのが実際のところだが。

どうにも自分には、疲れていると適当なことを言ってその場をしのごうとする癖があるらしい。

ここまで疲れ切るということ自体初めてに近かったので、他人との距離感を掴め損ねていた。

 

(疲れ切っている状態で、同年代の他人に絡まれることなんて無かったからな)

 

反省せねば、と考えていると嗅ぎなれない匂いが掠めた。

 

「癖のある香りだな」

 

届いたものをそのまま出さず、器に盛りつけている深雪の方から漂ってくる独特の香りは、食欲を刺激する、というより鼻自体を刺激する香りだ。

美味しそう、とはまだ思えないが、これがどうリラックスに繋がるのか。

また未知の経験ができるのかもしれない。

そんな期待に胸を膨らませつつ、深雪の行動を見つめていた。

 

 

 

これがまさか、苦行のはじまりになるとはこの時の俺は気付いていなかった。

 

 

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