妹転生?!ファンとしてお兄様を幸せにします!分割版   作:tom200

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ツケと清算⑦

 

見覚えのないランチョンマットの上に並べられた食事は、煮込み料理とスープ。そして添えられるのは深雪が淹れたアイスジャスミンティーらしい。

これまた初見だ。こんな茶葉うちにあっただろうか?と訊ねれば紅茶を買った際試供品で付いてきたのだそう。

 

「「いただきます」」

 

まずレンゲで掬ったのは、鶏肉と煮溶けた野菜。

相当煮込んでいるのだろう。すぐに形が崩れる。口に運んで二、三回噛んだだけで飲み込めてしまうほど柔らかい。

俺の分だけご飯が添えられているのは、これでは食べた気がしないだろうと考えられてのことか。

その通りだったのでそのままご飯を掻き込む。

味は悪くない。同じ液体タイプのコンバットレーションと比べればはるかに美味い。…比べるものを間違えた。あれはエネルギー補給としては優れているが、味は二の次だからな。

学校の食堂で出てくる一般的な食事とは違い、手間がかかっているのだろうとわかるし、使われている調味料も俺の知らないものがいくつも使われているのだろうが、どちらが好みかと聞かれたらシンプルな学食の方が安心する味だ。

これだけ香辛料が含まれていれば何か混ぜ込まれても気づく自信が無い。とはいえ毒なら有害と判断された時点でオートで修復が作動するから自分であれば問題ないが。

 

「お口に合いませんか?」

「いや、そんなことはない。美味いと思うよ」

 

しまったな。元々表情に出ることはないが、深雪が俺の機微に気づかぬわけがなかった。

それを申し訳なく思う反面、嬉しく思ってしまうのは、兄として妹に甘えすぎているなと反省せねばならぬ点だというのに。

これも十分情けないことだと思うのだが、深雪は本当にこんな俺を見たいというのか。

だが、深雪の言葉――口に合わないか、との質問に思い当たることがあった。

 

「…美味いんだが、そうだな。深雪の味じゃないなと思うと、それだけで味の感じ方が変わるんだなと」

 

今更ながらその事実を実感した。

深雪も凝った食事を作ることもある。前日から仕込んで、と手間のかかる料理を深雪は楽しそうに作る。

もちろんそういった料理も美味しいが、食堂で出るような定番メニューを作ることもあり、そちらも美味しい。

手間がかかっている分前者と答えたいところだが、俺にとってはどちらも甲乙つかない美味しい料理だ。

プロの料理は当然美味いと感じるし、深雪の料理より美味い料理なんていくらでもあるだろうが、俺にとって美味しい料理とは、食べたいと思うのは深雪の作った料理になっていた。

 

(この三年で随分我侭になったものだ)

 

食えるものなら何でもよかった。栄養以外に求めるものなど無いとさえ思っていた。

食事が冷めていようが、火が通り過ぎてカチカチになっていようが、食って血肉になるのならなんだって構わなかったはずなのに。

贅沢な舌になったものだ。

深雪の食事なんて、あと何年も食べられるかわからないというのに――。 

 

「そのように煽てられては困ります」

 

深雪が手を止めて俯き加減で、囁くような小さな声をこぼすが聞き逃すわけがない。

頬が薄紅色に染まっているのは食事による発汗作用のせいなのか、それとも俺の言葉で色づいたのか。後者ならいいのに、とは望み過ぎか。

 

「煽てなんかじゃないさ。美味いと思いこそすれ、喜びはあまり感じられないと実感した。体にはいいのかもしれないが、俺にとって深雪の料理が一番いい」

 

思うままに口にすると、深雪は恐縮ですとばかりに縮こまってしまった。

この世に深雪の手料理を食べたい人間なんて星の数ほどいるのに、その唯一の権利を与えられている自分はどれほどの幸運を手にしているのだろう。

深雪はもっと己の価値を知らなければだめだな。

身内の言葉だから信じられないのだろうか。

それならば――。

 

(深雪がしてくれたように、染込むように毎日伝えたら信じてくれるだろうか?)

 

愚かだった俺は三年前、深雪の変化に付いていけず、彼女の言葉の裏にある言葉を探ろうとした。

彼女が俺を好きだという理由が分からない。

尊敬する意味が分からない。

急に俺という存在を受け入れられた真意がわからない。

それには理由が、――彼女の言葉の裏には何かしらの意図があるはずだ。

たとえ最も大切である深雪の言葉でも、正面から受け止められぬほど当時の俺は人間不信であった。

というより信じる信じない以前に、言葉とは表面の裏に何かを隠すためにあるものだと認識していた。

それは純粋な子供であってもそう。真っ直ぐな言葉には願望が付き物だった。それいいね、との言葉はそれが欲しい、と暗に伝えてくるように。

だが、深雪の言葉に――愛を伝える言葉には求められるものはなく、ただ純粋な好意のみを向けられた。

相手が深雪だったからこそ、他の誰より心が、思いが伝わり信じられた。

心と体に沁み込ませるよう伝えられる愛情を受け入れられるようになったのは、案外早かったように思う。

嬉しかった。自分を無条件で受け入れられることがこれほどに嬉しいものなのかと感動した。

そして同時に深雪の言葉を疑ってしまったことに深く反省したものだ。

だから、深雪も知るべきなのだ。彼女のもたらしてくれるものがいかに貴く、素晴らしいものなのか。己が与える影響と、その希少さを認識すべきだ。

美味しいという言葉で足りないならば、もっと、他の形で――。

 

(それこそ、愛情を伝えようと抱きしめてくれたように、美味しいと伝える方法を行動で示すなら――…)

 

…一旦思考をリセットした方がいいかもしれない。また意識レベルが低下してきたようだ。

変な考えが頭を巡るのを目を閉じて霧散させる。

薬膳とはなかなか厄介な食べ物らしい。体が熱く、汗も額だけでなく体中から滲んでいる。

どのスパイスがどう反応したのかわからないが、確かにコレは凄い。普通に運動する以上の汗が出ていた。

魔法で発散させることも考えたが、元々汗を掻かせるために食べているのだと思い出し、発動しかけた魔法を霧散させる。

そのタイミングで深雪は立ち上がり、キッチンから用意していたらしいタオルを手渡された。ひんやりしているのは深雪の魔法によるもの。ありがたい。

 

「食べるだけで結構汗を掻くものだな」

「体の芯から温まりますね」

 

これがどうストレス発散に繋がるのかわからないが、デトックス効果というヤツだろうか?体の中にある老廃物を出して体の内から綺麗にするのだったか。

尋常じゃない汗は顔だけではない。拭っても噴き出る汗は首からも流れ落ち、腕にもじんわり掻いてきた。

流石に深雪の前でシャツを脱ぐのは抵抗があったので袖を巻くり、首はタオルで軽く拭うが、拭う端からまた汗が流れてこれはもうさっさと食べ終わった方がいい、といつもなら深雪のペースに合わせて食べるのだが、今日は先に終わらせよう。そう口を動かすことに集中した。

ドリンクも飲まず進めて残りは三分の一。

しかし、体が熱い。深雪は大丈夫なのだろうか、と目を向けて――即閉じた、つもりだが。

一瞬しか見えていなかったはずなのに、網膜に焼き付いた画がいつまでも消えない。

――熱に浮かされたように潤んだ瞳、上気した頬、額に光る汗の玉が流れ落ちる様。ほぅ、とレンゲを口に運ぶ前に漏れる吐息と共に赤い舌がちらりと覗いて――。

 

(絶世の美貌を持つ妹の食事風景だ。それ以外に何を思うというのか)

 

せいぜい思うことを許されるのは、汗を掻きながらも食べきろうと頑張っていて偉い、くらいだ。

動揺することなど何もない。

鈍る思考を切り替えることで無理やりクリアにして、食事を再開する。視界には自分の糧となる食事のみ。

とにかく食事を終わらせなければ。

汗が噴き出す。顔には髪がへばりついて気持ち悪いが払う余裕もない。

あと少しだ、という時になって目の前からの視線に気づいた。

深雪から向けられている視線に気づくのが遅れるなんて失態だ。

何気なさを装って名を呼べば、彼女は少し動揺したようだか何でもない、との返答が。

明らかに何かある様子であったが、再開される食事に、さっと自分も視線を戻す。

汗を拭っていても白い肌に張り付いている黒髪が、彼女にも相当この薬膳の効果が出ているらしいと窺わせていた。

こんなに熱いのに深雪は上着を脱ぐどころか、袖もまくらず大丈夫なのだろうか?

魔法で涼しくしている?いや、そんな様子は見られない。

そんな中、深雪が飲み物を取ってくる、と席を立った。

やはり我慢していたのだろう。なみなみ注がれていたグラスはすでに空で、机の上からタオルが無くなっているのでこっそり拭いに行くのだろうと推測できた。

いくら俯いているとはいえ、俺の前でもできなかったのか。

そんな慎ましさも深雪の良さだが、我慢はあまりしてほしくない、というのは俺の我侭か。

そこではた、と気づく。

 

(深雪の言う、情けない姿を見せて欲しい、とはこういうことか)

 

深雪の行動は決して恥ずべきものでは無いが、自分の前ではどんな姿でも見せて欲しい、ということなのかと納得した。

…だが、何度でも思うがやはり情けない姿は見せられない。見せたくない。

嫉妬しているだなんて子供っぽいと言ったが、あれは母親相手ならそれで通用するだろうが、他人に対する嫉妬ではまるで意味が違う。

深雪には守るべき保護者がいないのだから、兄である自分が守らなければならない。

更にいえば自分は守護者だ。いかなる外敵からも守ることが任務。そして深雪はいずれ誰かと結婚する身だ。

世の風潮が自由恋愛推奨であろうが、四葉には関係がない。叔母の、当主の決定こそ全て。

だから深雪に一定の距離以上近づきそうな相手をけん制するのは仕事の内に入るのだが、そこに己の感情など絡む必要などないのに――どうにも感情が先行する。

エリカもそういう気持ちなのだろうか。彼女も、兄の彼女に嫉妬して――。

だが、俺にはあそこまで敵意むき出しに立ち向かうことなどできない。

もし、深雪が望んで交際している相手がいたとして(想像するだけで気分が落ち着かなくなるが)、自分にはあそこまで食って掛かることなどできるはずもない。

なぜなら深雪の幸せを壊すことなど、俺にできるはずがないのだから。

千葉修次は渡辺先輩と親密な様子だった。それを邪魔するエリカを疎ましく思っているようではなかったが、困惑はしているように見えた。

もし深雪なら、自分の兄が交際相手の男を非難などしたら、困るどころか傷つくかもしれない。

 

(あの子は優しい子だから)

 

深雪を傷つけることなど、俺にはできない――。

想像しただけでも胸が重くなる。

その時だ、締め切っていたはずの部屋に涼しい風が通り過ぎた。

深雪がエアコンを作動させたらしい。つい、魔法に頼ることばかり考えていたが、もっと簡単な方法があったか。

やはり頭が回っていなかったようだ。こんなことに気付かなかったとは。

残っていたジャスミン茶を一気に飲み干す。

体の中に溜まっていた悪いものが汗と共に流れていくように噴出した。

 

「俺もおかわり貰っていいかい?」

「もちろん」

 

空になったグラスを差し出せば、自分の分よりも先に注がれる琥珀色の液体。

せっかく注いでもらったが、深雪より先に口付けるのも気が引けて、彼女が飲むのを確認してからのどを潤す。

冷えた液体がのどを通り抜けていく感覚に、自身の熱も下がった気がした。

残る二口を食べて完食し、長く思えた戦いを終えた気がして気が抜けたのか。またしても正面を向いて――今度はタオルで目元を覆う。

髪を耳に掛けて背中に流しているので、首筋から鎖骨までがむき出しになっていた。

白い肌は汗でしっとりと濡れていて、頬は薄紅に染まり、目元は先ほどよりも潤んで今にも雫をこぼしそうな上、赤みを帯びている。汗が目に入ったのだろうか。

――わかっている。これはただの食事風景だ。何度も確認せずともわかっているのに余計な思考が過り胸をざわつかせた。

目元をタオルで覆ったところで俺の眼は防がれることはない。今この時も俯瞰して情報を視て、数ある情報をもとに構築した深雪を視ている。

器を覗き、残り僅かなことを確認。いくら体が熱くて涼しい風が気持ちよくても、このまま風を浴び続ければ体を冷やしてしまうだろうから、食べ終えたら深雪には片づけよりも先に風呂に行ってもらおう。

遠慮するかもしれないが、これは決定事項だ。異論は認められない。

風呂、と考え連想するように浮かんだのは家デートの記事だが、すぐにその考えは消去した。

いくら仲のいい兄妹でもこの年にもなれば一緒に風呂に入るなどありえない。そもそも一緒に入ったことなどないのに何を考えているのか。

ありえない、妙なことを考えた罰なのか、地獄への誘惑なのか。

深雪は俺が見えていないと思って胸元のレースの部分を摘まんで広げると、あろうことか前後させて扇ぎだした。

ちらりと覗く、より一層白い肌と丸みを帯びた形が、――情報を元に作り出した虚像だというのに――見え隠れする。

――…反省は後だ。

鼻が薬膳で麻痺していてよかった、などと嘆かわしいことまで考えた己の思考に更に頭が重くなり、項垂れるが何とか俯く程度で踏みとどまる。

完食した深雪はふう、と長めの溜息を漏らし、表情は晴れやかで、達成感に満ちていた。

タオルを外し、肉眼で深雪を見れば、先ほどまでの気だるげな雰囲気など欠片も残っていない、純真な笑みを浮かべていることに安堵して、深雪に続いて手を合わせた。

 

「ごちそうさま。――深雪」

「はい」

「先にお風呂に入ってきなさい。そのままでは体を冷やしてしまう」

 

そう伝えれば深雪に意図は伝わったようで、想像した通り自分を優先させてしまったことに少し申し訳なさげな表情をしつつも頷いた。

この様子では追加で伝えねばならないようだ。

 

「湯船にしっかりつかるように」

 

釘を刺せば、やはりシャワーでさっと済ませるつもりだったらしい。

少し肩を竦ませてから、食器に手をつけ片付けてから風呂に向かおうとするので、片付けもこちらでするからと強めに言えば、彼女は今度こそ頭を下げて、

 

「ではお先にお湯いただきます」

 

素直に言うことを聞く深雪は、本当にいい子だと思う反面、兄として注意をすべきかしばらく頭を悩ませた。

 

 

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