妹転生?!ファンとしてお兄様を幸せにします!分割版   作:tom200

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ツケと清算⑧

 

リビングから出ていく姿を見送る。

視界から深雪がいなくなり、風呂場に向かうのを眼で確認してから視界を遮断した。

知覚しているので居場所はわかる。眼を離したわけではなく、感覚的にチャンネルを切り替えたのだ。

汗を分解して、どっと体から力が抜けて、だらしなく背もたれに凭れ掛かった。

片付けると言ったのだから食器を運ぶくらいはしなければと思うのだが、すぐに立ち上がれるほどの気力はなかった。

ぐらぐらと揺さぶられる理性だけならまだ耐えられた。意識を切り替えれば、切り捨てれば自分の行動を阻害する本能などどうとでもなるのだから。

だが――ここ数日の自分の行動が鮮明になっていくにつれ、自分がとんでもないことをしていたという認識が強くなっていった。

特に食堂や深雪と二人きりの生徒会室のやり取り、コミューターの中など。

どうりで深雪が先輩たちの指示とはいえ、家デートに誘うなどと変わった行動を起こすわけだ。

そんなよくわからない作戦だろうと藁にも縋る思いで縋りたくもなる。

さぞや戸惑ったことだろう。うろたえないようにしていたが、今ならわかる。

正直この間のハロウィンで起こした行動よりもまずいのではないだろうか。

触れ合い自体は学校という人目の多い場所ということもあって、セーブがきちんと利いていたように思う。

せいぜい少し過度なスキンシップ程度で済んだ、という範疇におさまっていると思いたい。

だが、発言はどう聞いてもアウトだろう。だいぶ独占欲の強い台詞もあった。

 

(なんだ、妹相手に『愛を囁くのはお前だけ』、とは)

 

疲労していたからといって妹に言って良い言葉といけない言葉があるだろう。

この数日のやり取り――深雪とのやり取りだけは覚えていたはずなのに、なぜおかしいと気付かなかったのか。正常な判断力が低下していた。

ストレスの溜め過ぎに対して『再生』は機能しない。

思考がこれほど鈍っていても肉体に損傷が無ければ働かないとは。

この魔法には欠点があることも知っていたが、今回ほど欠陥だと感じたことはない。

この後、戻ってきた深雪にどうやって謝ろう?

ただ謝罪するだけで許されることではないように思うが、今の俺が何か考えてもいい案など浮かぶとは思えない。

深雪自身に決めてもらった方がいいだろう。

 

(しかし、疲労したからといって深雪に迷惑をかけてしまうなど…)

 

頭が痛い。

自己管理ができないなど、兄失格どころかガーディアン失格と言われてもおかしくない。

いや、兄失格というのなら自己管理の他にもあった。こちらは疲労云々で許されるような問題ではない。

健全な男子ならばアレを見てしまえば誰であろうと体が反応するのは正常なことだ。本人にその気が無かろうと、蠱惑的な魅力があった。

だが、それを身内に、しかも大事な妹が相手となると話は変わる。

妹相手に、俺は一体何を、と自分を殴れるなら殴りたい。

いくら深雪が類を見ない美少女であり、百人が百人、千人いれば千人が振り返り目を奪われても仕方のないほどの美貌であったとしても。

その深雪が、顔を紅潮させ、汗を滲ませて、悩ましい溜息を洩らしながらただ食事をするだけの光景であってたとしても何も感じずに見られる人はいないだろう。

それでも、『眼』を離すことはできないが、視ないことはできたはずだ。

感情を切り離せたくせに視界を切り替えなかったことに弁明の余地は限りなくない。

ここは家で、狙われている気配もない。――今この時のように、精度を抑えて感知するだけに留めることはできたはずだというのにそれができなかった。視ないという選択肢が無かった。

自己嫌悪が止まらない。このままではいけないと重い体を動かして、食器を片付け始める。せめてこれくらいはしなければ、深雪に申し開きができない。

いつもより丁寧に机も拭いて、エアコンも止めた。

後は――、と手持ち無沙汰にしていると風呂から上がった深雪が、先ほどとは違う服で現れた。

いつもの恰好だ。どうやらデートは終わったということらしい。

助かった――。これ以上何かまだあったとしたら、また自己嫌悪が悪化するところだった。

 

「お兄様もすぐに入ってきてくださいませ。お湯も張りなおしたのですぐ入れますよ」

「ありがとう――深雪」

「はい?」

 

湯上りだからか、深雪からはえもいわれぬ芳しい香りがした。

麻痺していた鼻の機能が戻ったらしい。持っていかれそうになる思考を逃がさぬように、感情を切り替える。

 

「その、すまなかった。迷惑をかけた」

 

頭を下げると深雪は少し目を見張って、優しく微笑みかけた。

 

「お兄様はお疲れだったのです。私の方こそ、お兄様の変調に気付かなくてごめんなさい」

 

――罪悪感が重くのしかかる。

 

「深雪のせいじゃない。自己管理がなっていなかったんだ。あの程度で疲労するなんて」

 

本当に情けない。あれしきのことを熟せなかったなど深雪のガーディアンとして不甲斐ない。

だが、深雪はそれをゆるゆると首を振って否定する。

 

「あの程度、だなんておっしゃらないで。お兄様はとても頑張られていたではないですか。労いこそすれ、力不足なんてありえないのですから」

 

深雪は聖母か何かだっただろうか。後光も射して見えるから菩薩かもしれない。

手を合わせて拝みたくなるほどの清らかさ。俺の汚れを浄化するように輝いて見える。

 

「ほら、お兄様もすぐに湯船につかって体を癒してきてください。いくら魔法で汗は飛ばせても、体はしっかり疲れているのですから」

 

汗を掻くという行為はそれだけでも体力を奪うものですよ、と後ろに回って背中を押され、一歩二歩と前に出る。

大した力は無くとも人体を動かす術を知っている深雪だからこそ、体重差があっても簡単にできること。

 

「分かったよ。――深雪」

 

振り返り、深雪を見下ろす。

 

「何か詫びをしたいから、考えておいてくれ」

「詫び、ですか?失礼ですが、その…私が詫びられる理由に心当たりがないのですが」

「迷惑をかけただろう?俺の気が収まらないんだ」

 

本当の理由はそれだけではないが深雪に言えるわけがない。ただ俺が勝手に贖罪を求めているだけなのだから。

深雪は思いがけないことに目を白黒させているが、俺は考えておいてくれ、と言い残してこの場を去った。

言い逃げとも言う。

なんと格好悪い兄貴だろうか。深雪に呆れられていないか心配になるほどだ。

また思考が悪い方へ流れ出す。これだけ色々としてもらったというのに、新たにストレスを溜めるなどあっていいはずもない。

さっさと風呂に浸かって気分を転換させようと洗面所で服を脱ぐ――のだが、鏡に映る姿で記憶が蘇る。

夏の思い出と、今日のコミューターの一言が連鎖した。

 

「……いくら疲れていたからといって、あれはない…」

 

次から次へと反省点が出てくるが、中でもこれは酷い。

深雪が喜ぶならあの場で制服を脱ごうだなんて…発言だけで十分にアウトだが、あの時もし深雪が頷いていたら躊躇うことなく脱いでいた。

そんなこと、貞淑な彼女に限って万が一にもありえないのだが。

思わず項垂れて洗面台に手をついた。

あの時の深雪は真っ赤になって即拒否を示していた。同時に酷く慌てふためいて――可哀そうなことをした。

…だめだ。今日はどんなことでも負に繋がってしまう。

何も考えずに風呂に入ろう。

そして扉を開けて――すぐに後悔した。

いつもなら間隔を空けて入るので換気されて無くなっているはずの残り香が、ふわりと鼻を掠めて俺の体の自由が奪われる。

髪の毛一本残っていない、きれいに掃除された風呂場にいつも感じない甘い香り――恐らく深雪の使っているシャンプー類だ――が微かに残っていた。

本日何度目かの意識遮断に危機感を抱きつつ、心を無に機械的に体を動かすことに専念した。

 

 

――

 

 

風呂を上がると、深雪はソファの上で思案顔のまま、俺が戻ってきたことに気付いていない様子だった。

気配も消さず、音も聞こえているはずだが気付かないなんて珍しい。

余程何か真剣に、とまで考えて風呂に入る前のことを思い出す。

 

「深雪」

「!お兄様。もう出られて――、ってあら、もうこんな時間でした?」

 

時間の経過を確認して慌てる深雪に、これまでずっと考え事をしていたのだとわかる。そしてその考え事とはもちろん、

 

「もしかしてずっと考えていたのか」

「…以前にも申しましたが、お兄様にお願いしたいことを考えるのは大変難しいのです」

 

やはり、俺の発言のせいらしい。

前回ねだられたのは九校戦でのダンスだった。

不得意なものだったのでつい難色を示してしまったが、深雪の望みを叶えることに躊躇した自分を恥じたものだ。

練習をしてこなかったのは機会がないと思っていたからだが、今思えば怠慢でしかない。

深雪の傍にいるのならば何事も完璧に熟せるべきだ。

あの場に一条がいたことが救いだった。十文字先輩でもよかったが、体格的にも参考になるのはあちらの方だった。

それからほのか達に付き合う形でステップを練習させてもらい、その間も一条の動きをトレースできるよう観察させてもらった。

その甲斐あってなんとか形になり、深雪にも喜んでもらえた。叶えてやれてよかった。色々あった九校戦の良い思い出だ。

だから今回も、深雪が望むならどんな難題でも、時間を貰ってでも取り組もうと思っていたのだが。

 

「そんなに難しいことかい?」

「だって、お兄様はいつでも私を大事にしてくださるから、お願いする前に私の願いは叶ってしまうんです」

 

少しだけ尖らせた唇に目を奪われないよう視線を合わせつつ、可愛い妹の発言に頬が緩むのを止められなかった。

 

「そう言って貰えると兄冥利に尽きるな」

「…もう、そんなお兄様だから困っていますのに」

 

頬を染めてそっぽを向く妹の、なんと可愛いらしいことか。

すぐにでも横に座って頭を撫でてやりたいが、目的を忘れてはいけない。これはただお願い事を聞くだけではない、詫びなのだ。己が行動を反省せねばならない。

 

「…私の前で気を抜いてくださいとお願いすれば、お兄様のだらけた姿を見ることは可能ですか?」

「………、例えばどんな姿が見たいんだ?」

 

今日の深雪はどうしてもそのことが気になるようだ。

人がだらけた姿など見苦しいだけだろうに。

深雪の前で気を抜く…か、それはなんて苦行だろうか。

前に、飛行魔法を完成させた時、深雪からの労いに身を委ねてしまったことがある。

あれほどの幸福を味わうことがあるだろうか、というほど幸せなひと時ではだったが、あの後ひどく羞恥に見舞われたものだ。

頭を抱えられ、胸に抱かれ、撫でられる。

気持ちよかった、心地よかった。心も体も温まるような、幸せがそこにはあった。

だが、あのように身を委ね甘えた姿を深雪に見せてしまうなど…。穴があったら入りたいとはこういう状況を指すのだと知った。

しかし、これが罰だというのなら、甘んじて受けるべきなのか…?

とりあえずどのようなものか聞いてみるか。

 

「えっと、そうですね。あくびするところも見てみたいですが、ソファに凭れ掛かって休まれるところも見てみたいですし、横になっているところも――ってこれは全然だらけた姿でもないですね」

 

頬を上気させて指遊びをしながらいろいろ案を上げていくが、彼女にとって上がった候補はどれも普通であれば日常見られる光景のものであって、だらけた姿とは言い難いらしいが…深雪の前で、それらをやれと言うのか?

というより俺に望むものがそんなものでいいのか?

いや、要求自体俺にとってかなりの難題ではあるのだが。

 

「転寝ですとか…いっそのこと服装だけでもだらけさせてみる、とか…?」

「服をだらけさせる?どんなだ?」

 

ようやく自分でもできそうなものが出てきた。

着るだけでいいのなら自分が何かするわけでもないはずだ。

あまりだらしのない恰好というのは見せたくはないのだが、他のモノに比べれば何かさせられないだけまだマシに思えた。

深雪も思い付きで話している段階なので、思案顔でぽつぽつと呟きをこぼすように話を続ける。

 

「だらけたファッションで言えば、ルーズファッションがありますが、お兄様にはちょっと…そもそもそういった洋服はウチにはありませんし…」

 

そもそも持っている服にそこまでバリエーションはない。

礼服やTPOに合わせた服なら一通り揃っているが、私服で言えば深雪が見繕ってくれた服を含めても、似たようなものが多い。

レオ辺りなら崩れたファッションも着こなしていそうだが、やはり俺には似合う気もしない。

 

「あ…」

 

深雪はどうも思い当たることがあったらしいが、何故口元を抑えて視線をさまよわせているんだ?

 

「何か思い当たったのかい?」

 

びくん、と大げさに肩を震わせる深雪に、心の奥が疼くがシャットアウトだ。今は話の続きに専念する。

深雪はちらり、とこちらを見て逸らし、頬を染めた。

…早まったかもしれない。俺は一体何をさせられるというのか。

 

「いえ…そもそもお風呂を出て着替えたばかりなのですから、これからまた着替えていただくわけには」

「それくらい、大した労力でもないよ」

 

まだ悩んでいる深雪に、俺は覚悟を決めた。

深雪の頬に触れ、視線を合わせる。

薄く開かれた唇が吐息を漏らすより早く。

 

「さあ、望みを言ってごらん」

 

余計なことを考える前に――新たな罪を重ねないよう、贖罪をさせてくれ。

 

 

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