妹転生?!ファンとしてお兄様を幸せにします!分割版 作:tom200
葉山さんは感情を表に出さない完璧なポーカーフェイスで、音もたてずに案内する。
主に仕える忠実な執事を具現化したらこうなる、というお手本のようにに見えようとも、この人は正式な四葉の人間ではない。
優秀な人材を各方面から登用している四葉家ではあるが、この人だけは種類が違う。彼は派遣されてここで仕えているに過ぎない。
要は監視係だ。原作を知っているので情があることはわかっているが、それでも油断していい相手ではない。
四葉が勝手をしないよう、注視する。時には諫め、助言し、――もし範疇を超えるようなことがあれば、彼は四葉を処分する役割も担っている、のかもしれない相手なのだから。
油断はならない相手とわかっていても、老執事――実力は右に出るものはいない、暗躍だってお手の物の執事長、――なんてロマンでしかない。
そして表向き仕えているのは、アラフィフだとは思えない妖艶なラスボス女帝、真夜様だ。絵になる。最高。
命を握られているかもしれないのに何を暢気に、と思うかもしれないけど許してほしい。
こうでも思っていないと余計なことを考えてのまれてしまうから。
オタク思考は精神安定剤。いい薬です。…副作用もあるのが玉に瑕だけど。
「こちらです」
「ありがとうございます、葉山さん。貴方にこのようなお仕事をさせて申し訳ありません」
本当、申し訳ない。叔母様を案内するのと次期当主候補では重みも何も違う。こんな雑用をさせていい相手ではない。
だというのに葉山さんは嫌な顔を見せることなくそんなこと気にしなくていいと告げて、青木さんに一言声を掛けてから部屋を出ていった。
すぐにお兄様たちのいる応接間に戻るのだろう。
去り際の、くれぐれも深雪様に失礼のないように、との言葉に青木さんがたぶるしてます。…どんな教育されたんでしょうね。
「お久しぶりですね、青木さん。新プロジェクトについてとのことと窺ったのですが」
あまり時間もないだろうし、サクサク行きますよ。冷たいかもしれないけれど、ぷるぷる怯えているおじさんに興味はないのです。
いくら本物の執事ではなく、分担業務上の呼び名であってもその名を冠しているのだからそれなりに弁えればよかったのに。
余計なことを言ってしまうからそういうことになるのですよ。いい勉強になったでしょう。
「、こちらの資料をご参照くださいませ」
前置きはいらない、と言外に言ったのが伝わったようで端末を渡される。
だいぶ空気が読めるようになりましたね。いいことです。
新プロジェクトーーそれは千秋ちゃんの件で使った集音器や、以前作ってもらった時計型録画装置等、魔法に頼らないスパイ道具の作成や、特殊な金属を編み上げて作るハンカチやスカーフにしか見えないひみつ道具(暗器)の構想などを実現させるためのプロジェクトである。
一般販売をするかは不明。今のところ予定は無いが、需要は確実にある。
魔法のようで魔法ではない技術を魔法師が使ったらどうなるか――確実に相手の意表を突ける。
相手が奥の手とキャストジャミングを使おうとも魔法じゃないから動揺を誘える。
魔法師も非魔法師も警戒する未知の技術。
サイオンの反応が無くとも魔法と疑わずにいられない不思議アイテム。…なんて。構想の段階であって、本当に作れるかなんてわからないのだけど。
何でも以前捕えた『ちょっと悪さをした』魔法師さんの中に手先の器用な人がいたようで、洗の、ごほん。…説得をして手伝ってくれることになったらしい。
元々自作、改造した暗器を使ったりしていたそうな。…忍者かな?奇術師かな?なんともお誂え向きな人材ですね。それを好きに使っていいのですか?なんてタイミングが素敵ですこと。
資金はどれくらい出してもらえるか青木さんと折衝し、思ったよりも出してもらえるらしいことが判明。
あの、周相手に太刀打ちできたこともポイントが高かったらしい。
…この時点で周がどんな危険人物か注視している?原作無視もいい所ですね。どんどんやっちゃいましょう。
仕事の話になると青木さんも饒舌になる。仕事のできる男でした。
これなら確かに鼻高エリート思考になってもおかしくないのか。お兄様への冒涜は許さないけど。
「ありがとうございます、青木さん。これならすぐにでもプロジェクトが始動できそうです」
「…深雪お嬢様のお役に立てたのなら幸いです」
「これからも頼りにさせていただきますね」
そうにっこり笑ったら泣かれた。
好意のないおじさんの泣き顔…別に興味ないな。うん。そっとしておこう。
さて、そろそろお兄様の方の叔母様との圧迫面接は終わった頃かしら、と思っていたらノック音。――この音はお兄様!
すぐさまどうぞと声を掛ければお兄様のお迎えでした。
ありがとう。むさくるしい泣き顔おじさんと一緒で困っていたところです。
お兄様は一瞬青木さんの顔を見て止まったが、すぐに視界から外していた。お兄様も見たくなかったのですね。
お兄様に案内されて先ほどとは別の応接室へと向かう。
まだお家に帰っていいとは言われていないのでここに残されているのはわかるけど、まだ何かあったかな。
葉山さんから、私を迎えに行ってからこの部屋に向かうよう指示があったそう。
ところでお兄様、全て修復できているからと安心しているでしょうが、私の鼻は誤魔化せませんからね?
…深雪ちゃんのこの、『情報は五感の触覚や嗅覚でわかっちゃう能力』は本当にすごい。
主にお兄様にしか発動してないのだけど。
それ以外もしょっちゅう反応してたら気がおかしくなるので、普段お兄様といる時は大抵シャットアウトすることにしています。
でもこの家のように警戒をしなければならないような場所では当然解除するよね。何があるかわからない。
おかげでいつも以上にビンビンセンサーが反応しています。お兄様が血を流したらしいという事実に。
部屋について、座るように促されるけれど、周囲の気配がないことを確認してから、お兄様の目の前に立つ。
「どうした?」
「…お兄様、おいたをしましたね?」
お兄様は無言。目も泳いでない。けれど私は誤魔化されません。まばたきの動きが一瞬不自然でしたよ。
「…その言い方はどうかと思うが、すまん」
叔母様とドンパチしましたね、の方がよかったと?どちらでもよかったですが。
お兄様も叔母様もどちらも戯れ程度の応酬で。
本気ではなかったけれど、お兄様にとっては意思表明のようなものをしてきたつもりなのだろう。三年前の自分ではない、と。
叔母様と対決なんて、しなくて済むのが一番なんですけどね。
お兄様が現段階、自力で自由を得られるのはまだ未確定だから、自分の立ち位置をはっきりさせたかったのかもしれないけれど、葉山さんを警戒させてしまうには十分だったはず。
叔母様は原作通り、四葉家次期当主の私を婚約者としてお兄様を縛り付けるのか、はたまた別の案があるのかわからないけれど。
(まだあと一年ある。この時間を有効に使って、お兄様にはぜひ幸せを掴み取ってもらいたい)
もし一年で達成が無理でも仮の婚約者として時間を稼いで、誰か別の愛を掴み取ってくれてもいい。
そうしてくれれば、後は私が全面バックアップをするから。お兄様の望むように、補佐するから。
だからどうか、――幸せに。
「今回は正面から仕掛けられたでしょうから、お兄様でも回避できなかったのでしょう?怒ってなんてないですよ。けれど痛かったでしょうから心配はします」
そう言って痛かったですね、と食らったであろう腕やわき腹、腿に触れていく。
お兄様は身じろぎもしないで、くすぐったいだろうに耐えていた。
「今は痛くなくとも、痛みは確かにあったのです。そのことを忘れてはいけませんよ」
ひどい扱いを受けているのだから忘れなくていいのだ。痛みを無かったことになんてしなくていい。
自分のために怒れないというのなら、代わりに私が怒るから。悲しむから。
「ごめんな、心配かけて」
私が悲しむことに、しょんぼりするお兄様。可愛いけど、頭を撫でてあげたくなるけど我慢だ。
ここはまだ四葉本拠地。抱きしめることも、撫でることも、ここでは許されない行為。
「ありがとう、深雪」
ーー微笑むお兄様を撫でさせても、抱きしめさせてもくれない四葉から早く離れたいですねぇ!
どうして撫でちゃいけないの?兄妹なんだからそれくらいいいでしょう?!
(誰よ、お兄様を欠陥品だって、魔法師として偽物だって言ってるのは!!今ならコキュっと逝かせてあげるから)
不満をため息に変えて席に着く。
そろそろ何らかのアクションがあるだろう、と待つことしばし、ノックと共に一人の少女がやってきた。
初対面であっても私は彼女を知っている――水波ちゃんだ。
穂波さんの、遺伝子上姪に当たる。
穂波さんを幼くしたらこんな感じになるだろう、と言うほどそっくりな容姿にお兄様がわずかに反応したのがわかる。
私?知っていたもの。反応なんて――、と思っていたけれど、頭でわかっていても動揺はする。
目が彼女から離せなかった。
「如何なさいましたか?」
穂波さんとは違う声にほっとした。
彼女はクローンではない。
けれど、自然でもない――私と似て非なる、調整体。
「知っている方にそっくりだから驚いたの。お名前を窺ってもいいかしら?」
「わたくしは桜井水波と申します」
お兄様からやはり、という気配。そして私だから気づける程度のわずかな怒気。
それに気づかぬふりをして。
「そう、縁者の方なのね。知っているかもしれないけれど、母のガーディアンが桜井穂波さんだったの。とても素敵な、私にとっては姉のような存在で、憧れの女性だったわ」
その言葉に、水波ちゃんは茶菓子を置く手を一瞬止めた。
ガーディアンを主人が褒める、労うなんて思ってもなかったのかもしれない。
ましてやそれを憧れの女性だと評するなんて、彼女の常識ではありえない発言だろう。
「皆には内緒にしてね。きっと知られたらミストレスとして相応しくないと思われてしまうから。貴女だから話したの。胸の内にしまっておいてもらえるかしら」
「…はい。深雪様のおっしゃる通りに」
すい、と頭を下げる水波ちゃんとの距離はまだ遠い。
自身がガーディアン候補ということは知っているだろうけど、まだ決定していないのか、それとも試験中なのか。
叔母様の中では確定事項だからこの場に呼んだんだろうけど。
お茶を並べ終え、任務を終えた彼女は、中学生と思えない洗練された動きで部屋を出ていった。
「…驚きましたね」
「そうだな」
お兄様の声は固い。
…勝手な想像だけれど、お兄様の初恋は、自覚することはないけれど穂波さんなんじゃないかな、と前世で勝手に推測していた。
彼女だけが、お兄様を心配してくれていた。同情だったかもしれないけれど、そこには確かに情はあった。
他人なんてどうでもよかった、あの頃のお兄様の心に残り続けることのできた彼女は、きっとお兄様にとって特別な人だったはずだ。
それを利用されたと思えば、お兄様が腹を立てるのも無理からぬことだ。今のお兄様にはもうわずかとは言わせない、感情があるのだから。
――
葉山さんを連れていないで入室した叔母様は、お兄様にも座るよう促した。
プライベートということらしい。
「先ほど、母のガーディアンにそっくりな少女に会いました」
「ああ、水波ちゃんね」
あっさりと叔母様は水波ちゃんの素性を語ると、今後私のガーディアンにする予定だと説明した。
するっと七草の双子ちゃんと比べて遜色ないと語る辺り、七草の内情しっかり押さえてますよね。
ガーディアンを同性にしたい気持ちはわかりますよ。女同士でしか守れない場所がある。
ええ…もう温泉で独りぼっちなんてあんな悲しい思いはしたくないから。水波ちゃんなら一緒に入ってくれるって信じてるから。
って、そこじゃなかったね。
ここがプライベート空間なのだと叔母様が認識されているのなら、と私も遠慮せず動くことにする。
お兄様にずっと預かってもらっていたバッグから小包を取り出した。
「こちらは叔母様に」
「あら、なあに?」
「ちょっとしたプレゼントです」
いつも納品している包装紙なので、叔母様にはモノが何か伝わったはず。
だけどお兄様の前なのでその名称は言えない。それもわかって叔母様は笑みを深くした。
「そう、それは楽しみね。後で見させてもらうわ」
「時間のある時に、ぜひゆっくりとお楽しみいただければと思います」
にっこりと微笑む私と、悠然と微笑む叔母様。
なのにどうしてこんなに空気が冷え込んでいるように感じるのでしょうね?
…私が含みを持たせたからですね、はい。
流石淑女検定特級をお持ちの叔母様です。敏感に察知しますか。ただのぬいの洋服でないと見抜かれた。
まあ、箱のサイズが違いますからね。勘付かれてもおかしくはない。
お兄様は警戒しなくて大丈夫ですよ。ここで先ほどの二の舞、全面戦争なんて起きませんからね。
その後、特に変わった会話もなく、お茶と他愛ない会話を楽しんで、(寒くなってきたから温かい服をちゃんと着るのよ、は冬用の服の催促ですね。わかってますとも。コートとマフラーもお付けします)ようやく面接は終了。
四葉邸からの脱出に成功した。
キャビネットに乗って五分、ようやく体から力が抜ける。
「お疲れ様、深雪」
「お兄様もお疲れ様です」
互いに労い合い、苦笑する。
息苦しかった。あそこは風間少佐の言うように死の臭いが充満している。
慣れていても、意識せずにいられるようになっていても、あの空間を脱した直後に感じる違和感が思い起こさせる。
――あそこは尋常でない場所なのだと。
「思ったより早く終わったな。帰りはどこかに寄るかい?」
「それもいいですが、今日は真直ぐお家へ帰りませんか?」
寄り道の提案に乗りたい気持ちもある。お兄様のお洋服選びたいっていう目標もできたしね。近いうちにお願いしたい。
だけど今日は、それよりも真直ぐ家に帰りたい。
「お兄様とゆっくり過ごしたいです」
「…そうか。そうだな。二人きりでゆっくりしようか」
手を繋いで、寄りかかるように寄り添って。
「三年前とはいろいろと変わりましたね」
あの頃はこれほどの距離で座るなど、まだできなかった。
「この半年でも随分変わった気がするよ」
「お兄様もそう思いました?」
「ああ。集団生活によっていろいろと気づかされた」
繋がった手が強く握られる。痛くはないけど力強さは感じる。
ちらりと視線を向ければ、お兄様と目が合った。
「深雪の可愛さは周囲と比べるものではないが、尋常ではなかったことを改めて認識したりもしたな」
「…それは身贔屓というものですよ、お兄様」
「そんなわけがない」
否定が早い。光の速さ。
「お前の兄でいるということがどれほど恵まれていることか」
そして眩しいものを見るような笑みを浮かべていた。
「私も同じです。お兄様が傍にいてくれるから、私は――」
続きはお兄様に頬を撫でられ紡ぐことができなかった。
甘い眼差しに射抜かれて、心臓が痛い。
お兄様の瞳には、私はどんな顔を映しているのか心配になる。おかしな顔をしていないだろうか。
「まだ兄離れなんてしないでくれよ。お前が傍にいないと落ち着かなくなってしまう」
あら、まあ。お兄様こそ私を置いていろんなところを飛び回っているというのに。
思ってもみないお兄様の発言に、先ほどまで煩いくらいだった心の中がすっと落ち着いた。
「それはまた、見当違いな心配事ですね。お兄様が私を置いていかれるのでしょう?」
九校戦での数日間、寂しくなかったと言えば嘘になる。
お兄様はいつも人に頼られ、囲まれていた。誇らしいと同時に寂しさも込みあげた。
コンペティションもそう。私が手助けできることではないので遠くから見つめることばかりで。
いずれお兄様も誰かと恋をして、私から離れていくのだろうと思っていても、今はまだその時じゃないから、離れてくれるなとの言葉にお兄様を理由にして自分を甘やかして傍に侍ってしまう。
だけれどもいつかは、じゃない。近いうちにお兄様には自由になってもらう。
そして四葉――私の許を離れていってもらうまでが私の計画。
私はそれに耐えられるだろうか?
お兄様の為だけにつくられ、存在する私に。
(――耐えねばならない。お兄様の自由を維持するために)
それくらいできなくて何がお兄様の妹ですか、と心に喝を入れる。
「お兄様が妹離れしない限り、無いと思われますけどね」
「だと良いがな。だがその場合、一生になってしまうかもしれないぞ」
それは無いでしょう。お兄様の周りにどれだけチャンスがごろごろ転がっているとお思いで?
ちゃんとチャンスをモノにしてくださいね。妹はいつだってお兄様の幸せを祈ってます。
「だとしたら、二人仲良く生きていきましょうね」
そんな未来はきっと来ないけれど、今この時だけは甘い夢を見るのは許されるだろうから。
幕間 END