妹転生?!ファンとしてお兄様を幸せにします!分割版 作:tom200
達也視点
深雪は甘いものを好む。それは菓子の類だけでなく――
「ふふ、これを作るとお正月って感じがしますね」
家の中に甘い香りとアルコールの匂いが立ち込める。
…すでに始まっているのか、深雪はふわふわと笑って楽しそうだ。
可愛らしい、と思う。だがこれからのことを思うとそれだけではいられない。
――覚悟を、決めなければ。
「二杯分だけだぞ」
「そこまで念を押さなくても、ちゃあんとわかってますよ」
くすくすと笑う深雪の後ろ姿と声色に、もうそれの気配は漂っていた。
火を止めて、湯飲みに注いで、お盆に乗せて。
一つ一つ危なげない動きだ。けれどハラハラさせられるのはなぜか。
楽しそうに、幸せそうに微笑んでいるのに素直に喜んであげられないのはなぜか。
「はい、お兄様」
「ああ、ありがとう」
湯飲みを俺の前と自分の前に置き、お盆を机の端に置いてから俺の横に座るのだが――耳に髪を掛けゆっくりと腰を下ろす姿が、妙に艶めかしく映る。
ぴたりとくっついて座るわけでもないのに居心地の悪さを感じた。
服装は冬らしく長袖のシャツにニットベストにカーディガン。シャツは首元までしっかりとボタンが止められ、ロングスカートも厚めで体のラインが出ることのない、品のいい装いだ。
(それなのに――どうしてこうも色気を感じさせるのか)
深雪から目を離そうと湯飲みに口付ける。甘いが、俺用に抑えているのだろうな。しょうがも入っているからそこまでしつこい甘さではない。美味いと思う。
アルコールはほとんどとんでいて、普通であれば酔うことなど無いはずなのだが――
「ん、おいし」
ちら、と視線だけを向ければ一口一口を大事そうに飲んで、頬を赤らめて幸せそうに笑っている。
こくり、と動く白い喉から視線が外せない。
「体が温まりますね」
ほう、とため息を吐く仕草が、水気を含んでいるように艶めいていて、けっして15歳の醸す雰囲気ではない。
これがもし、幼児退行のような酔い方であればただただ困ったように苦笑しつつ、妹を愛でられただろう。
だが、彼女のアルコールを摂取した時の酔い方は残念ながら違う。
「お兄様はどうですか?おいしいですか?」
せっかく耳にかけた髪がさらりと流れ落ちる。
窺い見るように傾いた彼女の顔は、いつものあどけなさなど微塵もない、大人びた顔で――何よりも目が違った。
水気の多い瞳に気だるげに瞼が少し下りている。それだけでいつもの黒曜石の輝きを見せる瞳が、色を変えていた。
「…飲みやすいよ」
「それならよかったです」
別にしなだれかかられているわけでもない。それなのに、心臓が落ち着かない。
深雪はまた飲み始めた。こくり、またこくりと飲む姿を眺める。まるで砂時計を見るような気分だ。刻一刻と、その時が迫っているような高揚感と焦燥感。
そして、
「ふう…終わってしまいました」
飲み切った深雪は、惜しむようにそう言って湯飲みをゆっくりテーブルに置く。
寂しそうな声色に、思わず自分の分を差し出しそうになるが、これ以上飲ませるわけには――
「ざんねん」
湯飲みから視線を外さず唇を尖らせる仕草は子供そのもののはずなのに、火照った頬と潤んだ瞳が切なさに揺れ動いて妖艶さが混じるせいで幼さなど感じない。心をかき乱される。
気付けば、いけないとわかっていても自分の湯飲みを差し出していた。
「…少しだけだぞ」
「ほんとう?ありがとう」
いつもなら遠慮するだろうに、今の深雪は本当に欲しいものを手に入れられた喜びを見せる。口調も砕けていて舌ったらずなのも心を揺さぶられた。
これが見られるなら全財産を惜しむことなく捧げる男たちで溢れるだろうな、と思わせる威力だ。恐ろしい。
深雪ならば本当に傾国くらいやってのけるだろう。それほどの魅力があった。
躊躇いなく俺の湯飲みに口付けて、頬を綻ばせて甘酒を飲む姿に、背筋がぞくりと震えた。
唐突にイケナイモノを見ているような気分にさせられる。
さっと顔ごと逸らすと、深雪も不審に思ったのか、湯飲みを置いてこちらに向くのだが、酔っているせいでゆっくりと体をくねらせてソファに手をつき身を寄せる姿は、そんなはずが無いとわかっていても誘惑させられるような錯覚を覚えた。
誘惑、なんて深雪にそんな意図はないのに。わかっていても体が動きそうになるが、思考を切り替えることで抑えつけられた。
カウンセリング教諭や藤林さんの誘惑に耐性があるのは確実に深雪の影響だ。この深雪を知っているからこそ、他の女性の仕掛ける誘惑が見抜けるし、惑うことが無い。
かといって反応しないわけではないのだが、それは体が健康で正常だという証拠だろう。
などと、考えていたせいだろうか、深雪の行動に気付くのが遅れた。
ごそごそと動いている深雪に顔を戻せば、深雪はカーディガンのボタンを外しているところだった。しかも指が思った通りに動かないのか、もどかしそうに指をもたつかせていた。
「…深雪?」
もしやアルコールで熱くなって脱ごうとしているのか?だったら室内温度を変更して――
「お兄様、うまく外れないの…てつだって?」
………覚悟していたじゃないか。この深雪に動じないよう努めようと、そう思っていたのに。
「今室内温度を――」
「とれないの。うまく指が動かなくて。おねがい」
脱がなくていい様に室温を調整しようと提言しようとしたのだが、いつもはこちらの言葉を遮らないようにする深雪が舌ったらずな口調で揺さぶりを掛けてくる。
そもそも深雪にお願いされたら俺に断る権利などないのだ。
言われた通りカーディガンのボタンを外してやると、深雪はありがとう、と微笑んでするりと肩から滑らして脱ぎ始める。
目を逸らしたいけれど、それをしてもしまだ下の服のボタンを外そうとするなら今度こそ止めねばならない。
だが、幸いにもその心配は杞憂に終わった。深雪はカーディガンだけを脱ぐと、それを硬直して動けない俺の肩に羽織らせた。
「…深雪、これは」
「お兄様、寒かったのでしょう?」
…どうやら俺が深雪の姿にぞくりと体を震わせたのを見て寒がっていると勘違いしたらしい。
こんな時までこちらを気遣って優しさを見せる深雪に、罪悪感ばかりが募っていく。
「…ありがとう」
寒くないから、というよりむしろ深雪の体温と香りを感じて自身の熱と心拍が上昇したのだが、ここで返せば深雪の表情を曇らせることは予想できたのでありがたく受け取った。
「どーいたしまして」
くふくふ笑う深雪は可愛らしいはずなのに、なぜ欲を刺激するような色香があるのか。
また甘酒を口にしようとする深雪を今度こそ止めなければ、と制止の声を掛けるのだが――
「…もうちょっとだけ、だめ?」
「……もう一口だけだぞ」
妹のおねだりには勝てなかった。
「わぁい。ありがとうおにいさまー」
せめて子供らしくいてくれたなら、俺はただ甘やかせてあげられたのに。
とろとろに蕩けた笑みは、どう見ても子供の浮かべるものではなくて。
(一口飲んだら止める。これは任務だと思え)
任務を遂行するために、俺は体を緊張させその瞬間を待った。
結果、無事遂行はできたが、酔いの冷めない深雪からの責め苦に耐えねばならなかった。
――
深雪視点
楽しいお正月も終わり、四葉での新年の挨拶も例年通り済ませた後、それは予定通りやってきた。
「雫~」
「ほのか、泣かないで」
雫ちゃんとのお別れの日である。
空港までお見送りに来た私たちは、笑顔で別れようね、と明るく楽しく空港まで付き合ってきたのだけど――、やっぱりここに来ると実感せずにはいられなくなったんだろうね。
ほのかちゃんは特に昔からずっと一緒だったわけだから、三か月も別れるなんて友達になって初めてのことだろうし。
抱き合う二人に隣の美月ちゃんと一緒に涙ぐんでしまった。お兄様からはハンカチが差し出され、ありがたくお借りする。
その後ろではエリカちゃんや西城くんたちもいるのだけど、彼らはこの状況に苦笑気味だ。
吉田くん?美月ちゃんにハンカチを出すべきか迷っている間に美月ちゃんが自分で出してる姿に落ち込んでるね。これで無自覚?信じられないのだけど。ってそこじゃない。
…わかってはいるの。三か月だけの短期留学だしね。反応が大げさだってことは。だけど、だけどね。
「さみしい…」
「深雪…」
お兄様が肩を抱いてくれるけど、心は雫ちゃんのことでいっぱいで。
「ほら、お前がそんなに寂しそうにしていると雫も旅立ち辛くなってしまうだろう?笑顔で見送るのではなかったのか?」
分かってはいるのですけどねお兄様。
「深雪」
雫ちゃんに声を掛けられ、雫ちゃんを見れば手を広げていた。飛び込んでいっていいの?お兄様の腕からすり抜けるように雫ちゃんに駆け寄って縋りつく。
回される腕はお兄様のような力強いものではなく、包み込むような繊細な柔らかさで。
「気を付けてね。雫はしっかりしているようで、時折大きな隙があるから」
「それは深雪もでしょ。達也さんがいるからって気を抜きすぎちゃダメだから」
「そうね、気を付けるわ」
「…ほんとにわかってる?」
「え?ええ」
雫ちゃんに疑われている。なんで?お兄様と一緒にいても気を抜くなってことでしょ?もちろん。お兄様を守れるくらい気張りますとも。
「…深雪だもんね」
どういう意味かな雫ちゃん。
でもその疑問が解決する前にお兄様がお別れの挨拶に来た。
「雫、あっちでも元気でな」
「…ん、深雪に連絡をマメにするから安心して」
見つめ合う二人、飛び散る火花。…そこに串焼きの具材挟んだら焼けるかな?
一見して険悪そうだけど、実はこのやり取り楽しんでるよね二人とも。
なんか、良きライバル、みたいな?お母様とお兄様の時と似てるけどちょっと違うライバル関係。
その後もう一度ほのかちゃんと抱き合って雫ちゃんは旅立って行ってしまった。
いってらっしゃい。
家に帰ってお兄様の引っ付き虫になったけれど、お兄様は寂しい私を慮ってかずっと傍にいてくれた。
お兄様もお忙しいのにごめんなさい。ありがとうございます。
「いいんだよ、これも兄の特権だから」
妹に甘えられるのはお兄様にとっては嬉しいことだ、と膝の上に乗せられ抱きかかえられて慰められていたけれど…ここまで甘やかす兄というのは珍しいと思う。
「お兄様、なにもここまで…」
珍しい、というか恥ずかしいので下ろしてほしいとお願いするも、お兄様はなかなか下ろしてくれなかった。
――
そんなこんながあって数日後、短い冬休みは終わり、新学期。
――彼女はやってきた。
(え、顔ちっちゃ!!神社で見た時も思ったけども。え、近くで見るとすごいね。ヤバいね。可愛いね!)
いや、綺麗なのよ。綺麗な女の子。だけどあちらの国の人ってこの年齢になると大人っぽい綺麗さがあるじゃない?
なのに彼女の場合日本の血が混じっているせいか私たちとそこまで変わりなく見える。
上級生に交じっても違和感がないくらいではあるのだけど、まだ大人に成りきれていない幼さが残っているのだ。つまり、可愛い。
…大丈夫。口元を手で押さえているから漏れてない。今年はその失態はしないのだ。
でも、
「綺麗な子ね」
「…私、深雪と並ぶ美少女なんていないと思ってた」
ほのかちゃんは夢心地のように彼女に釘付けだ。
というか、ほのかちゃん神社で会ってること気づいてなさそう。しょうがないか。あの時ほのかちゃんの頭の中は和装のお兄様のことでいっぱいいっぱいだったものね。
…わかりますよ。あのお兄様は本当に格好良すぎたから。
話は戻して、クラスメイトの皆もそんな感じ。私ももちろん一緒に魅入ってるんだけど、うん。目が合いました。
にっこり微笑んで挨拶するとお手振りが付いて返ってきましたよ!ファンサービスが凄い!!流石エンタメ業界最高峰の国の人!
自己紹介タイムが終わればすぐに授業の時間へ。始業式初日からフルタイムのカリキュラムってなかなかハード。でも社会人になれば当たり前のことなのよね…。
休み時間になると教室の外は動物園状態。珍しい動物を一目見ようと押しかける。
「なんというか、珍獣になった気分だわ」
「シールズさんが綺麗だと噂が回ってしまったのでしょうね」
あまりの視線の多さに驚いている、というか若干呆れてる?彼女に声を掛ければ、彼女は私を見上げて…全身を一往復見られてから、視線を顔へ。
「すっごく美人。アナタみたいな人のことをヤマトナデシコって言うのかしら?」
「大和撫子には奥ゆかしさの中に強さのある、などの意味もあるけれど、シールズさんは日本語がお上手なのね。お世辞まで使えるなんて」
「お世辞のつもりじゃないのだけど。それにお世辞で言ったらアナタだって私のこと綺麗だって言ってくれたわ」
「それこそお世辞じゃないわ。とっても綺麗で、目を奪われてしまいましたもの」
「ねえ司波さん、ミユキって呼んでもいい?」
「嬉しいわ。私も…なんて呼べばいいのかしら?アンジェリーナさん?愛称だと確か、アンジーとかアンジェかしら?」
「私はリーナと呼ばれることが多いからリーナと呼んでくれると嬉しいわ。あと、アンジェだとアンジェリカとかの愛称に多いわね」
あら、勉強になります。
アンジェっていうのもいいと思いますけどね。天使のような見た目にぴったり。
「改めてよろしくね、リーナ」
「こちらこそよろしく、ミユキ」
握手を交わす。――彼女の手はエリカちゃんと少し似た努力を知る手だった。
それからほのかちゃんとも挨拶を交わし、お互い名前で呼べるようになったりと、リーナちゃんは社交的にクラスメイトと仲良くなっていった。
ちょっと羨ましい。私の時は初め皆が遠慮してたから、なかなかうまく近づけなかったのだけど、リーナちゃんには親しみやすさがあるのか、皆初めからフレンドリー。
まあ初々しい入学したての頃の皆と比べても意味はないのかもしれないけれど、リーナちゃん自身の魅力も関係していることはわかるわけで。
「リーナは凄いわね」
お昼を食べるため食堂への移動中。集中する視線の先にはリーナちゃんだ。
「何が?」
生徒会役員ということでリーナちゃんの校舎の案内も任されているので、役得とばかりに彼女の横を歩くのだけど(ほのかちゃんは遠慮して一歩後ろに。遠慮しなくてもいいのに)、注目度がいつもより多い。
それはそうよね。こんな美人さん見ないわけにいかないから。
「クラスメイトともあっという間に仲良くなったり、今もアイドルさながら手を振って返していたり、余裕が見えるわ」
「確かに、深雪もだけどリーナも堂々としてるよね」
おやほのかちゃん、私もです?
「深雪も入学当初から堂々としてたじゃない。本当に同じ一年生なのかって驚いたくらい」
それは…すまない。恐らくだけどそれは、内側からにじみ出るものがね。心はおばさんだから、初々しさが…。
深雪ちゃん歴は同い年でも前世の分が加算されてると思うと、叔母様と年が近いな…。
「な、なんか深雪落ち込んでる?!」
「いいの。前に兄さんも七草先輩に10歳くらい年上に見えるって言われてたから、似た者兄妹かなって思えば」
お揃いかな、と思い込もうとしたけど、どう考えても種類が違う。落ち込み待ったなし。
「兄さんって、ミユキにはお兄さんがいるの?」
あれ?ここでこの話していいの?私は構わないけれど。
「ええ。同学年に兄がいるわ。双子じゃないからややこしいのだけど、E組にいるの。いつもお昼は兄さんのクラスの友人たちと一緒に食べているのだけど、リーナはどうしたい?今日はリーナと三人で食べるのもゆっくりできていいと思うけど」
「私のことは気にしなくていいわ。早く学校に慣れるためにも仲間に入れてくれると嬉しい」
「そう。兄さんたちはたぶん歓迎してくれると思うから、大丈夫よ」
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