妹転生?!ファンとしてお兄様を幸せにします!分割版 作:tom200
そしてその朝はきた。
お兄様の端末にエリカちゃんからの連絡がきたのだ。
(――お兄様が動揺している。私以外のことで)
それは知っていたことだとしても衝撃的なことだった。
お兄様だって成長しているのだから、と当たり前のことだと受け止めていたはずなのに、ここまでの動揺を見たのは初めてで。
今のお兄様は私に対する気遣いも忘れるほどに、衝撃を受けている。
胸が締め付けられる思いだった。
こんな時だけれど、喜ばしい。喜ばしいはずなのに、同時に胸が痛むほど――苦しい。
実に複雑怪奇な感情が胸の内で暴れまわっている感覚。
お兄様から、放課後に見舞いに行こうとの提案に頷いて返した。
その後の記憶は曖昧だった。お兄様といつものように学校へ行き、ほのかちゃんに西城くんの話をして一緒にお見舞いに行く話をしたのも覚えている。
けれど、どこか画面越しのような、身が入っていないような感じがした。
昼にお兄様から様子がおかしいと心配されるも、西城くん心配ですね、と返すとお兄様は完全には納得していないようだったけど引いてくれた。こんな時だというのに心配かけて申し訳ない。
そして放課後。
気が付けば中野の病院だった。お兄様の隣にはほのかちゃんがいて、私の後ろには美月ちゃんと吉田くんが並んでいた。まるでトランプの5のような配置だ。
お兄様が時折気にしたように私を振り返るのを、安心させるように微笑んで手を振ることで前を向いてもらう、を何回か繰り返して到着した病院にはエリカちゃんが待っていた。
中には西城くん以外にも人の気配があったので、出迎えだけでなくその配慮のためもあるのかな。
…というより、西城くんと思われる人物の気配は薄い。――まるで最期の母を思い起こすような儚さを感じる。
エリカちゃんがノックをして室内に入ると出迎えてくれたのはカヤさんという、西城くんのお姉さんで。
うん、美人さんだ。そして西城くんそっくり。髪の色は違うけれど、誰が見ても血縁関係だと疑わないそっくりさ。
でも似ているのは顔のつくりだけで、彼女は優しそうな柔らかい雰囲気のある女性だった。
花瓶を持って席を外してくれたお姉さんはしばらく戻らないだろう。
優しそうなお姉さんだと美月ちゃんが感想を述べると、西城くんはあまり嬉しそうではない顔で。…魔法師って大抵複雑な家庭環境抱えてるよね。
お兄様が話を変えるように容態を聞いた。
いつもと変わらぬ態度で西城くんは答えている。だから皆も一安心して話に加わっていた。
話はこんな状況に追い込んだであろう相対した人物のことで、ようやく話が確信に――パラサイトという存在についに辿り着く。
(初めから、知っていたのに)
吉田くんが許可を取ってから幽体を調べ、驚愕の声を上げたことで西城くんは一瞬だけ表情を固まらせた。
吉田くんに変な意図がないことはわかっているけれど、彼にとって異常な身体能力については指摘されたくない言葉で。
それなのにそんなことを微塵も感じさせまいと、明るく振舞う彼に心が押しつぶされそうになる。
滲む視界にまずい、と私はコントロールに失敗したことを悔やむよりこの場を離れることを選択した。
「、っ」
「深雪!?」
「目にゴミが入ったみたい。…ちょっと目を洗ってくる」
お兄様が動揺の声を上げ皆が振り向いた。
目に見えない敵に攻撃されたような緊張感を出させてしまって、お兄様には本当に申し訳ないけれど大丈夫です。
お兄様ガーディアン務まってます。たとえ本当に目にゴミが入っていたとしてもこればっかりはどんなチート能力を以てしても防ぎようはないのだから。
ちょっと化粧室で洗い流してくる、と言えばお兄様は心配そうについていきたそうな雰囲気を見せたけれど、これからパラサイトについて色々聞かなければならないのだからここにいてください。
美月ちゃんも付き添おうか、と言ってくれたけど大丈夫。皆優しい。
西城くんまで心配そうな視線をくれて、更に罪悪感が募るばかりだ。
部屋を出て、化粧室の案内に従って向かう途中、待合ソファに座っているお姉さんの姿があった。
目元を抑えた状態で出会ったのでこちらも動揺させてしまったけれど、目にゴミが入っただけなのでと説明してようやく誰もいない化粧室に着いた。
お姉さんも優しい。――それなのに、魔法師というだけで優しい姉弟たちがぎくしゃくしなきゃいけないなんて、なんて業が深いのだろうか。
ハンカチを出して手にいっぱい溜めた水を顔に何度も何度もかける。
薄化粧が落ちてもいい。涙の痕だけは残したくなかった。
気丈にふるまう西城くんの姿に打ちのめされた、なんて知られるわけにはいかない。
何度か繰り返し、目元を冷やすことに成功した。少し赤くなっているけれど、目にゴミが入ったならむしろこうなっておかしいことはないだろう。両目とも赤いのは水で洗い流したから。…うん。大丈夫。おかしくない。
急いで病室に戻ると話は終わるところだった。よかった、無駄にこの場に居据わらせてなくて。
お大事に、と言ってエリカちゃん以外退室し、安堵の顔で帰宅中、お兄様は吉田くんにパラサイトについてさらに詳しく聞いてから解散となった。
(…エリカちゃんにも悪いことをした。お兄さんが捜査中巻き込んだことも余計に彼女を苦しめたことだろう。彼女はああ見えて責任感が強いから)
帰り際に見せたエリカちゃんの表情はいつも以上に明るく見えた。それがわかるからじくり、と胸が痛む。
「深雪、目はもう大丈夫か?」
横並びで座るコミューターの中、お兄様が目元をなぞる様に触れる。
「ええ。痛みはありません」
心配を掛けてしまったお兄様にも罪悪感が――、と思っているとお兄様は視線を鋭くさせて、
「――本当に?」
と訊ねた。
どきり、と心臓が音を立てる。この、本当に?がどこにかかっているのかと不安になるような、そんな問いかけだった。
そしてその不安は大きくなる。
「レオのことが心配か?」
「…ええ。お兄様もそうでしょう?」
「そうだな。幹比古の見立てでは意識を失っていてもおかしくない状態と言っていたが、他の犠牲者は精気を吸い尽くされて衰弱死したということになる」
「西城くんはギリギリで助かったのですね」
吉田くん曰く、このまま休んでいれば精気は回復するそうなので安静にしていれば問題はないとのこと。
これから何度かお見舞いに行くことになりそうだ。次に行くときは情けない姿を見せないようにしなくては。
「メールを貰ってからずっと様子がおかしかったのはレオが心配だったからか」
「そう、ですね。横浜での戦いぶりを見ていたせいか、エリカや西城くんたちは何か事件に巻き込まれても乗り越えられると思っておりました」
「あの二人は特に、並の一般兵より強いからな」
「それが…、病室で見た西城くんは元気そうに見えるのに儚くて――お母様を思い出してしまいました」
母も、最期は気丈にふるまっていた。命の灯が消えるその瞬間まで。
西城くんが死ぬことはないけれど、それでもあの今にも消えそうな気配は心臓に悪かった。
そっとお兄様の手が私の手を握る。それはあの日、母の最期を看取った時のように優しく、それでいて心強くて。
コミューターを降りてからも繋がれた手は、冷えた心も温かくしてくれるようだった。
「母さんのことがフラッシュバックしたとなれば、深雪が不安定になるのも仕方ないか。しかもレオの場合は突然だったものな」
家に入るとお兄様が頬に手を添えてお兄様の方に向かされる。
「言っただろう?お前に泣かれると俺はどうしていいかわからなくなる。――お前に誤魔化されたと思ったら、身動きが取れなくなった」
…やっぱりバレてました。もしやお兄様の実力をもってすれば目に入りそうなごみも排除対象に?
「申し訳ありません。ですが、あの場を誤魔化さねば、と」
「うん。その対応は間違ってなかったよ。だが、」
お兄様は壊れそうな繊細なものを扱うようにそっと抱きしめて。
「一人でお前が泣いているのかと思うと苦しかった」
「申し訳ありませんでした…」
お兄様の優しさに胸が苦しくなる。
全てを明かせないことがこんなに苦しいなんて。お兄様の幸せのために頑張ると、ここまで突っ走ってきたけれど、原作軸に到達してからというもの、隠し事が増えて勝手に気まずさを覚えるようになってきた。
暗躍は順調に進み、四葉の方の柵もそれなりにどうにかなりそうな道筋が見え始めてきたというのに。こんなことで躓いている場合ではないのに――こうしてお兄様に甘えてしまうだなんて。
ぎゅっと抱き返す腕は、まるで縋りついているよう。
「お前が怖がることはない。俺が絶対に守るから」
宥めるように背中を撫でられ、身を委ねるように力を抜く。
「大丈夫だよ」
「はい…」
今だけは、甘えさせてもらおう。この先に控えている未知の戦いに備えるためにも。
リーナちゃんは次の日には学校に戻っていた。
普通に挨拶をし、周囲とおしゃべりをして。家の事情にはたいして踏み込ませないよう自分から話題を振ってコントロールする様子は、諜報が苦手とは思えないほど自然に見えた。
これは総隊長の資質なのかな。周囲を心配させないようにって。
授業も変わりなく、実習ではちょっと熱くなる場面もあったけど、それも普段とそこまで変わりはなかった。
ただ、少し戦法は変わっていたので、彼女も引き出しが多いな、と感心した。
お昼に集まった時、リーナちゃんは別のグループと食べに行っていた。
私たちは西城くん、雫ちゃんを除いたいつも通りのメンバーが揃っていたがエリカちゃんと吉田くんが、その…ぐったりしていた。
「エリカ、大丈夫?吉田くんも体調が悪そうだけど」
「あーうん、気にしないで。眠いだけだから」
「心配してくれてありがとうございます…」
吉田くん敬語が完全に戻ってる…。少し前までもうちょっと崩してくれてたのに。疲れてるからかな。
エリカちゃんもだけど、相当お疲れだね。これは、明日は皆で食べられないかも。
こんな状態でもこの場に来てくれたことは嬉しいね。癖で来ちゃっただけかもだけど。
…心配だな。明日日持ちする焼き菓子でも用意しよう。私にできることはないけれど、甘いモノは心を落ち着けるにはもってこいだから。
――
「お勤めご苦労様ですお兄様」
「甘いいい匂いがするね」
次の日の朝、先生の下から帰ってきたお兄様をお出迎えしたら、お兄様が顔を近づけて匂いを嗅いできた。
…あまり顔を近づけてそんなことしないでほしい。朝から心臓に悪い。
私に近づかなくても部屋全体に漂ってますよ。
「クッキーを焼いておりました。今なら出来立てもございますよ」
「それは魅力的だね。いただこう」
いつもならすぐにシャワーを浴びて着替えに行くけれど、出来立ての言葉に誘われて味見をしてくれるらしい。
お兄様を先導するようにキッチンに入って焼き立てを一枚。ほんの数分前に焼きあがったクッキーはまだ温かい。
小皿に乗せて――
「深雪」
振り返るとうっすら口を開けているお兄様。そこへ入れろと?手ずから入れろとおっしゃる⁇
でもお兄様の期待の目を裏切ることは…できない。
帰ってきたばかりで手も洗ってないしね、そのまま手に取って食べられないのだ、と言い聞かせて。
「もう、お兄様ったら」
手が震えないようにお兄様の口元にクッキーを運ぶ。
「ん、美味いな。いつもよりバターが多めか?」
「ちょっと日持ちをさせたくて」
食べさせ終わったらすぐに包装紙に手を伸ばして包み始める。…次が食べたければご自分でお願いしますね。
「エリカたちはきっと昨日も大変だったでしょうから、少しでも元気になってくれればと」
昨日のお昼の様子から、すでに夜中駆けずり回って西城くんの仇を探しているのだろうとお兄様と話していた。
お兄様は、声は掛けられていないのでいつも通り過ごしていた。でもちょっと気もそぞろになっている時があったのできっと気になっているのだろう。
お兄様にとっては高校入って初めての友人だ。しかも、気の許せるようになってきた大事な友人。
(心の揺らぎに戸惑っているのかな。色々考えているんだろうけど。他の人をこんなに長い時間心配するなんてお兄様にとって初めてだろうから)
「それに、私も何もしていないと不安で」
その言葉にお兄様はちょっと目を見開いた。
そしてそうか、と零すように呟いた。…なにか思い当たることでもあったかのように。
私も少しずつ事態が動き出したことで冷静さを取り戻してきた。
これからの道筋が絞り込めてきたことによって方針が定まったので落ち着いたのだと思う。
西城くんには悪いけれど、やはりこの流れは必要不可欠な流れだ。だけど、ここから先は変えられる。変えていこう、と思う。続く未来をより良くするために。
「さ、お兄様。そろそろ準備しませんと遅刻してしまいますよ。お味見していただきありがとうございました」
「美味しかったよ。俺の分もあるのかい?」
「もちろんです」
ならよかった、とお兄様は着替えに行った。
E組の分を4つ用意して、もう3つは別の袋に分けて入れ準備を終える頃、お兄様は戻ってきた。
手早く朝食を終えて私も制服に着替えて玄関へ。荷物はすでにお兄様の手の中にあった。
「そちらの包みはお兄様から渡していただけますか?」
「構わないよ」
登校途中で会えたのはほのかちゃんだけだった。美月ちゃんとも会えないのはいつもはエリカちゃんが私たちを見つけて追いかけてくれていたからか。
ほのかちゃんとお兄様を挟む形で歩く。私はできれば一歩下がって歩きたいのだけれど、お兄様が振り返ってしまうので横になった。
ほのかちゃんごめんね?と見ればほのかちゃんは気にして無さそう。
…というよりお兄様しか目に入ってませんね。私の気にしすぎでした。
うむうむ。恋する乙女の前では暴力的な私の容姿も形無しです。
…これがあえて無視してるとかでないことを願うけど、恋する乙女の思考回路は複雑怪奇だから。友情にひびが入らない程度ならいいのだけど。
せめてここに雫ちゃんがいてくれたなら雫ちゃんと二人でお話しながら通えたんだけどね。
そんなことを考えていたらお兄様の口から雫ちゃんの名前が。昼、都合が合えば電話を繋いでほしいという相談だった。当然ほのかちゃんは即OK。
さっそく雫ちゃんにメールをしたためようとしてお兄様に教室に着いてからでいいと注意が飛んだ。歩きながらだと何かと危ないからね。ほのかちゃんはちょっぴり顔を赤らめて忠告に従った。
ううん、順調にお兄様に依存してきてる?雫ちゃんがいないからストッパーがいないっていうのもあるのか。かといって私にその役割はできない。
なぜなら彼女にとって私は友人であると同時に、お兄様との恋の障害であるから。邪魔をする気はないけれど、お兄様はどうあっても私を優先させてしまうから。
今だってそう。できるなら二人きりにさせてあげたいのだけど、そうするたびに「深雪」と声がかかる。
私という存在が悪いのか、それとも振った女の子と二人きりが気まずいのか。
お兄様にとってほのかちゃんはどういった存在なのだろう?誰かと付き合うという選択肢自体まだ解放されてないコマンドなのかもしれない。
こうして西城くんに降りかかった災難に思うところができたお兄様だから、その選択肢ももう少ししたら出てくる可能性も見える。諦めずに進もう。
教室に着いて皆と挨拶を交わしリーナちゃんとも交わすのだけど、うーん。ちょっとお疲れ、だよね。
わかりづらいけどお兄様が疲労を隠す時に似ている。お兄様も隠すの上手だけどね。見分けるのは三年で得意になりました。母もわかりづらい人でしたからいい訓練をさせてもらいましたとも。
でもそんなこと正面切って言えないから。
「ほのか、コレ。美月たちにも兄さんから渡してもらってるんだけど、クッキー作ったの。良かったら貰ってくれる?リーナも甘いモノ苦手じゃないなら貰ってくれると嬉しいわ。味見は兄さんがしてくれて、大丈夫だって言ってくれたからまずくはないはずよ」
そう言って袋を広げる。そこには三つ入っていて選び取ってもらおうというのが伝わったのかほのかちゃんが一つ取ってくれた。
リーナちゃんもいいの?とあっさり取ってくれた。残った分をあえて中身が見えるよう広げてみせる。
「定番のアイスボックスクッキーにラングドシャ。それからバタークッキーね」
「もしかして今朝作ったの?!」
「アイスボックスは冷凍保存のだけど。実は昨日ちょっと夢見が悪くて早く起きちゃって。甘いもの作ってると気分も上がるだろうって思って作ったのはいいんだけど、私と兄さんだけじゃ食べきれないくらい作っちゃったの」
そう言って一枚手に取って食べてみた。
サクサクのラングドシャはほのかな甘みで軽い触感のため何枚も食べられそうだ。
「よかった。思ったよりよくできてる」
「タツヤが味見したんじゃなかったの?」
「…兄さんの場合多少焦げていても美味しいって言いそうで」
「ああ…目に浮かぶね」
念のため、と言うと二人は納得、と頷いた。
とりあえず目の前で食べることで安全なものだよーとだけアピールして。後は好きにしてくれていい。手作りが食べられないなら捨ててくれてもいいし、用心に用心を重ねて警戒して食べないのもそれは個人の選択だ。
できれば見えるところに捨てられないことを願うばかりです。
そしてクッキーをしまったほのかちゃんは、雫ちゃんにメールを送っていた。忘れてなくてよかったね。
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