妹転生?!ファンとしてお兄様を幸せにします!分割版   作:tom200

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来訪者編⑰

 

 

「お兄様だって成長なさっているのですから、私も置いていかれないように必死なのですよ」

 

事実、お兄様は今もなお成長が止まらない。師匠の下でも、軍の訓練でも、研究所でも、お兄様はまだまだ吸収して先に行ってしまう。

すでにお兄様との実力の差がとんでもなく開いているというのに、どうして学びを止められるというのか。

そう言うと、お兄様は私の頭を撫でる。

 

「それ以上頑張ろうとなんてしないでくれ。ただでさえ深雪は頑張り過ぎているんだから」

「ふふ、ならお兄様もご自愛くださいね」

「敵わないな、深雪には」

 

昨夜のような不穏な会話はない。ちょっと安心。

お兄様に頭を撫でられ、私の見えない尻尾は今日も扇風機並みにぶんぶん風を起こしています。

お兄様もにっこにこ(妹視点)。

そこにノックが。操作して扉を開けると入ってきたのはエリカちゃんと吉田くんだ。

 

「おはよう達也くん、深雪」

「あら、エリカ」

 

元気そうだけど、美容を極めし私の目は誤魔化せない。エリカちゃん無理してるね?

 

「貴女、少し疲れているわね?肌が荒れているわ。ちゃんと寝られてる?」

 

近寄って両頬を手で包み込めば、水分量も足りて無さそう。若いからって無茶しすぎだ。

目の下もうっすらクマさんがいる。

 

「ちょ、ちょっといきなり顔を掴まないでよ深雪」

「血行を促すマッサージだから大人しくしてちょうだい」

 

もう、もう!可愛いんだからちゃんと手入れしてあげて。

私たちが女子同士でわちゃわちゃしている間にお兄様も吉田くんとおしゃべり。

 

「待たせちゃったかな?」

「いや、こっちも来たばかりだ。悪いな、日曜に」

 

でもなんだろう、会話的にはデートの待ち合わせみたい。

吉田くんってお兄様にちょっと傾倒してる?って時あるよね。お兄様のこと全面的に信頼してるというか。

…私的にはそっちでも有りなんだけどね。お兄様が幸せならそういうことになってくれても。

この時代じゃそこまで理解はされないし、魔法師同士ではいろいろ柵的に難しかったりするだろうけど(ご実家とかね、吉田くんちは大変そうよね)、バックアップにフォローと頑張ってみせますよ。

お兄様が望めば、だけどね。

二人の間にそんな感情は、うん、無さそう。

吉田くんはただの天然さんだし、お兄様も皆との今の関係性が好きみたいだし。

 

「それで、今日はどうしたの?休みの日に達也くんがあたしたちを呼び出すなんて珍しいじゃない」

 

エリカちゃんのもちもちお肌から手を離すと、血行が良くなったのか温かくて赤みが差していた。よきよき。

その頬を擦りながら、エリカちゃんが訊ねる。

時々ね、高校生らしく一緒に遊んだりもしているので休日に会うのは珍しくはない。

だけどお兄様は常に誘われる側だったから、こうして呼び出すこと自体が珍しいことだった。

しかも場所が学校となれば、エリカちゃんも何か感づいているのだろう。

例えば、この後誰かが来る、とか。

でもそんな空気は感じさせない。エリカちゃんは初めての生徒会室が物珍しいのか、壁一面の情報機器が埋め込まれているのを眺めたりしていた。

 

「もう少し待ってくれ。話はメンバーが揃ってからにしたい」

「他に誰か来るのかい?」

 

吉田くんはエリカちゃんに何も言われてないのかな?

 

「ああ、そろそろ来るはずなんだが」

 

と、ちょうど噂をしていたタイミングで来るのだからお兄様、案外フィクションのお約束、現実にありましたね。

待ち構えていたようにドアがノックされる。

お兄様がドアを開けに行き、現れた姿にエリカちゃんは眉を顰め、吉田くんは納得した。

わざわざお兄様がお出迎えしに行く相手と言えば、先輩方くらいしかいないからね。

 

「お呼びだてしてすみません」

「吉田に、千葉?お前たちも司波に呼ばれたのか?」

 

先輩方もここに揃う面子を見てそれぞれ表情を変える。

こうしてお兄様の独断による会合は開かれたのだった。

 

 

――

 

 

「最初に説明してもらえる?どうしてあたしたちが七草先輩たちと一緒に呼ばれたのか」

「同感ね。私もまずそこから説明してほしいわ」

 

エリカちゃん、めっちゃ喧嘩腰。誰にでも強気で行けるその態度、感心もしちゃうけど、目上の人にはあまり感心できない態度です。めっ!と視線を向ければそっぽを向かれました。もー。

対する七草先輩もちょっとトゲトゲ。エリカちゃんに触発されちゃったらしい。まあ先輩もまだ高校生だからね。そんなこともある。

…っていうかこの構図、お兄様を挟んで行われているから取り合ってるようにも見えるね。いや、実際心境的にもそうなのか。

エリカちゃんは西城くんのこともあって手伝ってもらえると思ってるみたいだし、七草先輩は手伝ってくれる約束をしているのにエリカちゃん達にも手を貸そうとしているんじゃないかって気が気じゃない感じ。

お兄様、とんだ浮気男の扱い。

組織とか派閥とか、面倒だね。どっちも一緒に捜査しちゃえばいいのに。

面子ばかりを気にして一番大切なことを見失っている。まあ、両組織とも自分のとこが一番って思ってるから、お手手繋いでってのが難しいのかもしれないけれど、学生たちくらいは気にしないでいいと思うんだけどね。

 

「我々が追いかけている吸血鬼の捕獲について、お知らせしたいことがありましたので」

 

女子たちをちらりと見たお兄様は、唯一聞いてくれそうな十文字先輩に視線を移して話した。

吉田くんはエリカちゃんを心配してたので集中できてなかったからね。消去法です。

 

「聞かせてもらおう」

 

そして先輩いいお声ね。お兄様との会話をしばらく大人しく聞きたくなる。…二人共おしゃべりなタイプじゃないからなかなかそんな場面来ないんだけどね。

 

「昨晩、三時間おきに特定パターンの電波を発信する合成分子機械の発信器を吸血鬼に打ち込みました」

 

あっさり言うけれど、ツッコミどころしかない発言。お兄様わかってたよね?

昨日の出来事なんてほとんど説明できることなんてない。

リーナちゃんとの約束もあるし、軍の機密事項満載のアイテムのことなんて、たとえ軍属のことがバレている相手にも言えない。

初めから聞かれても教える気はないってことだね。

 

「発信器の寿命は最長で三日間。電波の出力は微弱ですが、街路カメラに併設した違法電波取り締まり用の傍受アンテナなら受信可能です」

「ちょっと待って、達也くん。昨晩?何処で?」

「どうやって見つけたのよ?」

 

ほらほら、皆驚いて食いつきが凄い。美少女に迫られて微動だにしないお兄様の図。モテモテだね。あんまり羨ましいと思えない表情だけどね二人とも。

 

「合成分子機械って、何処からそんなものを…」

 

吉田くんは茫然と呟いていた。まあ、ただの高校生じゃそんなもの手に入らない。というよりよく吉田くんが知ってたよね。

お兄様、もう少しでいいから吉田くんに優しくしてあげて欲しい。この間のコートは役に立ったようだから、吉田くんが追いはぎのようにコートを奪われ一人置き去りという、踏んだり蹴ったりなことにはならなかったようだけども、不憫だよね。有能なのに。

 

「これが電波の周波数とパターンです」

 

そういってお兄様は四人の前に一枚ずつ、カードを滑らせる。

 

(やだカッコいい。ポーカーのディーラーみたい!)

 

次のぬいの衣装それにしようかな?そうしたら深雪ぬいにはお揃いもいいけど、やっぱりそこはバニーガール?エナメルの光沢あるエッチなのも好きだけどここは王道でいきたい。…網タイツは難しそうなので素足にヒール?それもえっちね。嫌いじゃない。むしろ好きでしかない。…というよりそれはぬいじゃなくて等身大に着てもらいたい服だね。

買うのは抵抗あるし、作ろうかな。そんなに布地も必要ないし。ほら、ぬいの資料のために本体も着てみないとどんな感じかわからないじゃない?うさ耳は作るの大変そうだね。

どこかのテーマパークので代用しようか。尻尾選びは任せて。ハロウィンの時に良いお店があったからきっといい毛並みがすぐに見つかるはず。

……絶対お兄様には見つからないようにしなければ。

 

「先輩のチームもエリカのチームも傍受アンテナを利用できるはずですね?」

 

おっと、邪なことを考えていたら話が進んでます。意識が持って行かれてましたね。顔には出てないはずだし、空気も漏れてないはず。うん。皆お兄様を見ている。問題はない。

 

「これで居場所を突き止めろ、ってこと?」

「…なぜ、これを私たちに?」

 

うーん。女子たちはぎすぎす空気が止まらないね。吉田くんたじたじ。

だけど十文字先輩は動じない。こんな七草先輩珍しいと思うのだけど、親しい間柄だから宥めるとかしてくれそうなのに何もない。

フォローは上手そうだったけれど、ここで余計な口出しをしては火に油を注ぐことになるから口出ししないってことなのかもしれないね。

それにしてもお兄様の我関せず感がすごい。…気にしてないわけじゃないのにね。

 

「我々が追いかけている吸血鬼の正体ですが、USNA軍から脱走した魔法師のようです」

 

お兄様からのこの発言はそんな彼らの空気を一変させる効果があった。

彼女たちをイライラさせていた原因にもなっている正体不明の敵が判明したのだから、そうなるのも不思議じゃないのだけど。

そうなるともう一つの正体不明の勢力もおのずと判明するわけで。

彼女たちも探索妨害をしていた未知の勢力の動きが、到底非合法組織にできるものではないと睨んでいたのか「そういうこと…」と納得いくところがあったようだ。

 

「それも単独ではありませんね。脱走者は少なくとも二人以上、もしかしたら十人前後になるかもしれません」

「スターズから十人も脱走者が出たの?」

 

スターズに所属していない魔法師も当然存在するとの説明は十文字先輩が買って出ていた。

先輩の声には鎮静の効果でもあるのかな。二人が静かになっていく。

お兄様も同じ低音ヴォイスの持ち主なんだけどね。何が違うんだろう?貫禄?圧⁇先輩の声も重厚感があってとっても素敵です。

 

「――たとえ相手がスターズのメンバーでなくても、戦闘訓練を受け、その上に吸血鬼としての異能を身に付けた相手です。甘い相手じゃないでしょうね」

 

こちらは淡々と、落ち着いた声は機械的に聞こえるかもしれないけれど、注意を促す言葉にはちゃんと思いやる気持ちも込められている。

 

「そうだな。魔物の力を度外視しても、油断ならぬ相手だ」

 

低く響く良い声も、気を引き締めていこうと、冷静に対処しようと言い聞かせる。

…うーん、二人とも上司にしたい人ランキング上位だよ。この声と言葉なら信頼できる。この人についていこうって気にさせてくれる。

こんな人たちと一緒に仕事ができたら幸せだろうね。…これが本当に高校生?信じられないよ。

 

「しかし、スターズ所属の魔法師でなくても、USNA軍の所属であることに違いありませんよね…。軍属の魔法師はどこの国でも厳重に管理されているものだと思っていましたが、USNAの軍紀が緩んでいるのでしょうか」

 

吉田くんの視点って時折マニアック、というかずれるよね。いや、大事なところではあるんだけども。

今回に限って言えば外れているようで実際核心ついてるし。

 

「いや、それはむしろ逆だろう」

「逆?」

「魔法師に対する軍の締め付けを上回るほど、パラサイトの影響力が強かった、ということじゃないか。パラサイトは人間を変質させるのだろう?その変化が肉体だけでなく精神にも及ぶのであれば、寄生されたことで価値観が変わっても不思議はない」

「それは…そうだね。じゃあ、パラサイトは何のために脱走したんだろう?」

「軍に居続けることが無意味に思えたのか、それとも軍に所属していては成し遂げられない目的があるのか。それはパラサイトを捕まえて聞いてみなければわからない」

「目的か…。パラサイトに限らず魔物の目的は、飢えを満たすか仲間を増やすかが相場なんだけど、今は気にしても仕方ないか。あれこれ考えても推測でしかない。それより、軍紀が緩んでいるんじゃなかったら、そっちの方が事態は深刻だね」

「ああ。軍紀が保たれている中を脱走してきたということだからな」

 

それは、手引きをした人間がいたということなのだけれど、ここでそれを話すことはできない。訊き返されたら困るからね。それにその情報はまだ確証を得られてない段階だから。

 

「それで結局、どうしろって言うのよ」

 

エリカちゃんは本筋から外れた会話に辟易してしまったようだ。

ここしばらくのストレスが蓄積されてヤバそうだね。

お兄様もストレス溜めるとヤバいタイプだったけど、エリカちゃんも周囲に迷惑を掛けちゃう系かな。…ってお兄様と一緒にしたらキレられそう。

 

「どうしろこうしろというつもりはないが」

 

喧嘩腰な態度にもお兄様は動じない。

 

「友人が痛い目に遭わされたんだから、放っておくつもりはない。しかし同時に、自分の手で思い知らせてやることにこだわるつもりもないな。公安や警察庁で対処するなら余計な手出しをするつもりはないし、師族会議が責任をもって処分するというならそれに文句はない。もちろん、千葉家が単独で討伐しても一向に構わない」

 

お兄様だって、この件は無視できない案件だと思ったからここまで動いている。

だけどそれがエリカちゃんや七草先輩たちには伝わらない。それはお兄様のこの態度がそう思わせてしまっているのだろうけれど、それがとてももどかしく思う。

 

(お兄様が、冷めているように見えてしまうのは、感情が衝動まで届かず、且つ感情をコントロールできてしまうから仕方のないことかもしれないけれど)

 

お兄様の発言が突き放しているように感じたのか、はたまたやる気を感じなかったのか。十文字先輩以外複雑そうなお顔ですね。

…なんというか、皆甘えん坊さんかな?そんな、ご不満です、という顔を見せるだけで何も言わないってことは相手に気づいて、構ってってことなのだけど誰もそのことには気づいてない。

だけどお兄様は素知らぬ顔で席を立つ。

 

「ご足労頂いて申し訳ありませんでした。物がモノですので、直接お渡しした方がいいと思いまして」

「いや、構わない。ご苦労だったな」

 

何か言いたげに口を開きかけた七草先輩を抑える形で十文字先輩が労いの言葉を掛ける。

先輩によく似合うお言葉。端的だけどそこがいい。

 

「せっかくこうして顔を合わせたのだから、我々は少し話をしてから帰ることにしよう」

 

十文字先輩はこの機会を利用してきちんと目的を果たそうとしている。こういうところも信頼できるよね。

先輩、後はよろしくお願いします。お兄様に続いて立ち上がり、後ろに回る。

 

「そうですか。それでは、戸締りをお任せしてもいいですか?」

「任された」

 

吉田くんからの縋りつくような視線を、お兄様は見なかった振りをしてその場を後にした。

強く生きて、吉田くん。

 

 

――

 

 

電車での帰宅中。お兄様は悩まし気に窓の外を眺めていた。なんとも絵になるお兄様だ。

 

「甘いな、俺は…」

 

ぽつりと零された言葉はため息交じりで、とても落ち込んでいるのがわかる。

すぐにでもそんなことないと否定したくなるのをぐっと抑えて続きを待った。

 

「自分には無関係だと思っていた結果が、このざまだ。何もかもが後手後手で、手掛かりはいくらでもあるのに、肝心なことがわかっていない」

 

悔しさも滲ませて、反省して。

 

(――ああ、なんて愛おしいのだろう)

 

胸が苦しくなる。お兄様が落ち込み、藻掻き苦しむ姿に見ているこちらも辛くなるけれど、同時に込み上げてくるのは、――改めて好きだな、という感情。

前世から司波達也というキャラクターが好きだった。

初めから人が持っているものをことごとく奪われ、欠陥を抱えながら兵器として育てられ、本人もいつしか自分がそういうものだと割り切って、唯一残された妹への愛を原動力に生きてきた。

その妹も懸命に兄に尽くそうとして、時に盛大に空回りをしてしまうけれど、それでも絶対的に受け入れてくれる存在というのは彼にとってどれだけ支えだっただろう。

そしてその軸がぶれなかったからこそ彼は、妹を中心として交友を深め、共に戦うことで信頼も生まれ、友情を育んでいった。

今のお兄様も原作の彼同様、自身も知らぬ間に人間らしく悩み、後悔している。

それは感情のない兵器にはけしてできないこと。

この成長を目の当たりにできたことを、どうして無感動でいられようか――愛さずにいられようか。

原作の深雪ちゃんは、心も視られたい、と思っていたようだけれどとんでもない。

こんな前世からも持ち越してしまった重い愛を視られては、きっと如何なお兄様だとて逃げ出してしまう。

親しい人ほど見せられない想いというものもあるのだ。

厳重に想いを隠して、寄り添うようにそっと声を掛ける。

 

「それは、リーナのことでしょうか?」

 

既に叔母様からスターズが動いていると忠告されたお兄様にとって、USNAからの留学生という時点で怪しむべき対象だった。

すぐにその正体もわかっていた。だが、目的がイマイチ理解できずに手をこまねいていた。

…本当は目的なんてお兄様に対しての探りしかなくて、吸血鬼の話は後から来た緊急任務だったんだけどね。ご都合主義ぃ。

 

「参ったな…深雪には本当に、隠し事ができない」

 

そうは言うけれどお兄様、隠すつもりもなかったでしょう、と思うわけで。

お兄様のことを見て、考えていればわかること。

小学生の考えるなぞなぞの方が難しいくらいだ。

苦笑するお兄様は少しだけ肩から力を抜いた。

 

「リーナが何か企んでいたのは、最初から分かっていることだったんだ。それを尋問する機会だってあった。無理やり機会を作ることもできた。それなのに俺は、自分の生活に波風を立てたくなかったがために見逃して、結果的に対処が遅れた」

 

残念だけど、初めの頃に問いただしたところで彼女の日本に来た目的に吸血鬼は含まれていないので、お兄様の実力を量ろうと逆襲されるくらいしかないと思う。

スターズと正面衝突は望ましくないのだから、見逃したり泳がせたりするのが正解です。

だけどね、お兄様のその考えが重要なの。

今の生活に波風を立てたくない、というその気持ちが、何よりも大切なものなのだ。

 

「いや…わかってはいるんだ。俺がすぐに手を打ったからと言って、被害を防げたとは限らない。事態はもっと悪化したかもしれない。でもなぁ…友人が犠牲になった、という事実を目の前にすると、無駄だと知りつつ考えずにはいられないんだよ」

 

後悔する姿の、なんと――美しいことだろう。

人の心の葛藤を表現することは芸術作品に多く残される題材の一つ。そのわけは、人が葛藤し、苦悩する姿がとても魅力的だから。だからこそ形に残したくなる。

お兄様のこの姿は正に心を揺さぶるものだった。

耐え切れず、ほう、と息が漏れた。

願わくばその溜息が安心して出たものだと勘違いしていて欲しい。

 

「お兄様はお優しいから、だから後悔なさっているのですね」

「…なんだ、いきなり」

 

お兄様は顔を上げてこちらを見て、一瞬目を見開いたけれどそのことには触れずに聞き返した。

 

「もしやお兄様自身お気づきになられていないのですか?…お兄様ほどの方でも、ご自身のこととなるとわからないものなのですね」

 

頬を緩ませて言う私を、お兄様は怪訝な表情で見つめる。何が言いたいのかわかっていないようだ。

 

「すまない、深雪が何を言いたいのかよくわからない」

 

素直に訊いてくれるお兄様のお陰で、私たちの間にエリカちゃんとの間にあるもやもや感が生じることが無い。

訊けばすぐにでも分かり合えるのに、この年齢の少年少女は複雑で、素直になれないお年頃だからしょうがないのだけど。

 

「俺が一体、何に気付いていないと言うんだ?」

 

いつか、お兄様も心がさらに成長して、素直になれない瞬間が来るのだろうか。

反抗期のような反発する心が芽生えるだろうか。それは、見てみたいような、見なくて済むなら見たくないような。

複雑な親心、じゃなかった。妹心です。

母もそうだけれど、お兄様の感情を育てたのは私だという自負があるから、つい親のような目線になってしまうけれど、もうお兄様は私の手を離れて、自ら成長しているのだと思うと感慨深い。

嬉しい、愛しいという気持ちが笑みとなって溢れてしまう。

 

「お兄様は、ご友人である西城くんを傷つけられたのが許せないのです。そして仮初めとはいえ友人となったリーナに手荒な真似をしたくないとお考えなのです。

お兄様が私以外の者にも情けをかけて下さっている。お兄様はご自分でお考えになっているよりずっと、人間らしい感情をお持ちなのです」

 

あえてここは私の言葉ではなく、深雪ちゃんの言葉で伝えた。

だって、私にとってお兄様はずっと優しくて、人のことを想える人だと思っていたから。

ここまでそのことを伝えられてこなかったことは心苦しいけれど、順序を守らねば何かが狂ってしまう気がしてこの日まで温めてきた。

それが、ようやく伝えられた。

 

「お兄様はお優しいです。お優しいから躊躇って動けないでいた。私はそれを愛おしいと思いこそすれ、情けないなどと思いません。恥ずべきことではないのです。――お兄様の心が、感情が芽生え、育ってきたのです。どうか、このまま大事に慈しんで育ててくださいませ」

 

お兄様の健やかな成長こそが、私の喜びなのだから。

気持ちを込めて微笑めば、お兄様は正面を向き直って深く座って目を閉じた。

初めて見る、年頃の男の子のような反応。

きゅん、と確かに音がした。

 

(え?本当に?…この照れ隠しを無料で見ていいのですか?課金は?ぜひとも課金をさせてほしい)

 

横から盗み見をするしかないこの状況がもどかしい。

このスチルを残せないなら、と心のシャッターを切ったけれど、念じれば用紙に写す魔法ないかな。

ほのかちゃん辺りできない?光を映すだけ?残念。

 

 

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