妹転生?!ファンとしてお兄様を幸せにします!分割版 作:tom200
「司波、何故だと思う?」
ある程度余裕が生まれてきたことで、思考を巡らせる時間もできた。
十文字先輩が障壁を展開しながらなぜこの場にパラサイトが居続けるのか、お兄様に問いかける。
お兄様も淡々と撃ち落としながら会話に参加する余裕があった。私はエリカちゃんと自分の周囲を警戒するだけでもいっぱいいっぱいなのだけどね。気を抜くとすぐ触手の感触が。もうやだ。
姿かたちが見えない状況でひとり痴漢に遭っている状態怖すぎる。
でもこれを完全遮断するということは相手の魔法の予兆を見逃すということ。そっちの方が命に関わる。
それに引き換え触手云々はただの感覚だから命にかかわることはない。でもメンタルがヤバいです。
(エロ漫画の触手あるあるって、抵抗できなくなるヒロインが堕ちていくって展開って定番だけど、その王道展開ぶっ壊す方法今すぐ誰か教えてほしい。塩掛ければ萎れるとか無いの?精神体相手だから物理効かない?塩は聖なるアイテムだから効いてよ。今持って無いけど!あああ、もう!気が散る!)
と、私が内心キレているタイミングでリーナちゃんもキレていた。
だけどごめんね、敵はパラサイトよ!と、とっておきみたいに情報出してくれたけど、相手がパラサイトであることはとっくの昔にわかってたんです。リーナちゃん絶句しちゃった。
お口パクパクさせてるリーナちゃん、可愛いね。そこにクッキー差し込んで食べさせてあげたい。鞄の中にあるから後でまた受け取ってくれないかな。
お兄様の言う通り、お兄様たちが例外なので安心してほしい。十師族も百家も古式魔法の名家も普通じゃないのですよ。
日本は古来からパラサイト以外にも非物質体と関わってきているしね。お兄様がいなくても気づいてたと思う。
…歴史の浅いと言われる彼らの国では精霊とかそこまで浸透してなかったのかもしれない。土着民ならまだしも、移民だと関わりなかっただろうから。
「パラサイトは人間に取り憑いて、人間を変質させる。取り憑く相手に適合性があるらしいんだけど、宿主を求めるのは自己保存本能に等しいパラサイトの行動原理らしいわ」
「つまり、俺たちの誰かに取り憑こうとしているのか」
「多分」
「どうやって」
「知らないわ。ワタシが教えてほしいくらいよ」
「…使えん」
「悪かったわね!」
この時点でお兄様って結構リーナちゃんに気を許してるよね。でないと彼女の気を昂らせるために態と呆れてみせるなんてしないもの。
リーナちゃんは気付かぬうちに鼓舞されて、激しい一撃を以て迎撃していた。
パラサイトの留まる理由は判明した。壊れた器の代わりが欲しいのだ。
今までも被害者が魔法師であったことはわかっている。適合性はその中でもさらに何か特別なモノでもあるのだろうか。
ここのメンバーにそれを持っている人間がいるのか、わからない。
けれどここは魔法師のための学校。器の候補はいくらでもいる。そのことに気付かれたら取り憑くのが難しい私たちより他へ向かってしまう恐れがあった。
被害を拡大させるわけにもいかない。身動きの取れない状態に全員がやきもきしているその時だった。
体にまとわりついているような感覚の触手に変化がみられた。
――魔法を使う時は体にまとわりつくような感覚だった。それが今度は、まさぐられるような動きに変わった。
「ぅんっ」
思わず体が硬直するが、同時に危機感が強まった。まるで狙いを定めているような動きだ。
(これはまさか宿主として狙いを定めたということ?!)
タイミング的にはそう読むこともできる。己を叱咤して体を動かしCADを操作。
自分とエリカちゃんの前に氷の粒子群を配置してみると、サイオンの間を掻い潜るように何かが延ばされた動きが見えた。
プシオンの塊は見えても薄ぼんやりとしか把握できない私たちには、伸ばされる触手など見えはしない。けれどサイオンの不自然な動きは目で追えた。
十文字先輩が障壁を構築し、見えない何かを弾き、お兄様が何かに向けて銃撃を放つ。まさぐるような動きの波動が途切れた。
身動きが自由になった私が物理的にエリカちゃんの前に立ったのは、エリカちゃんがそれに抵抗する術を持ち合わせていなかったからだ。
「深雪、」
「エリカ、気をしっかり持って。気休めかもしれないけれど拒絶する心が何よりの防衛だと思うから」
本当にただの気休めだった。けれど古来より、姿の見えぬ敵に怯えを見せることは隙だということは語り継がれる物語の定説。オタク的に言えばフラグであり、前振り。
私には感覚的に狙われるタイミングがわかっている。――フラグなんて立つ前に叩き折ってしまえばいい。
「貴女がどう思おうと、私たちは貴女が大事で、守りたい人なの。それだけは知っていて」
お兄様は決してエリカちゃんが思うようなドライで何でも割り切れちゃう人じゃない。
優しくて思いやりがあって、だから時折うまく動くことができない、そんな器用なのにまだまだ不器用なところもあるお兄様だから――急には無理でも受け入れてあげて欲しい。
背後のエリカちゃんがどんな表情をしているのかわからないけれど、構わなかった。
またも体を嘗め回すように這う触手は先ほどより距離を詰めてきているからなのか、もしくはあちらも余裕なく切羽詰まっているからなのか、より刺激的に動く。
身悶えそうになるのを堪えて息を詰まらせながらサイオンの壁を作って弾きつつ、もう一度氷の粒を敷き詰める。
十文字先輩の防壁に阻まれ、お兄様とリーナちゃんが撃ち落としていくけれど、やはり形振り構わなくなっているのか立て続けに触手を伸ばしてきた。
気迫が違うのか、サイオンの壁も突き破られて体に巻き付かれる感覚が襲う。
サイオンの壁のない状態で強い意志のもと触れられるというのは、肌に直接触れられたように感じてしまうらしい。
今度は今まで感じたことのない温度まで感じるようになった。
ひんやりとしていて粘着質な質感まで感じ取れてしまう。
――怖気が走った。気持ちが悪い。とてつもない不快感だった。
自分が得体のしれない何かに支配されかかっている感覚が、何よりも許し難かった。
(私を唯一支配していいのはお兄様だけなのに。それを、こんな――!)
憤りが体の主導権を恐怖と不快感から奪い返し、コキュートスを放たんとしたその時、何もない空間――プシオンの塊が漂っていた辺りに業火の炎が上がった。
たちまち体を覆っていた不快なモノが消え失せる。
吉田くんがパラサイトを攻撃したのだ。その前に美月ちゃんの声が上がったはずだけど、頭に血が上っていたからか私には聞こえていなかった。
不快感が無くなると同時にお兄様の感情が揺れ動いた。驚愕した様子で空を見つめている。
――否、お兄様にはすでにパラサイトがどこにいるか把握できるようになっていた。
…危なかった。一歩間違えば、私はとんでもないことをこの場でしでかすところであった。
(いくら頭に血が上っていたからって、この場でコキュートスを放っていたら大変なことになることくらいわかっていたはずなのに…)
しかも、直前にはとんでもないことを思った気がする。
(私を支配していいのはお兄様だけって…原作の深雪ちゃんじゃあるまいし)
確かにお兄様には返しきれない恩がある。幸せにしたいと願って日々生きている。
けれど私をどうにかしてほしいだなんて一度も思ったことはない。
私をお兄様のモノにしてほしいだとか、誰かのモノになってほしくないだとか、ましてや今回のように支配されたいなんてそんな欲があると思わなかった。
(うーん、これってもしかしなくてもお兄様の為につくられた完全調整体だから、元よりそんな風に依存するよう出来ているとか?だとしたらとんでもないものを四葉も作ったものだね)
自身の無意識の欲求に対しドン引きである。
でも原作の深雪ちゃんのおかしな行動も、これで理解することができたとも思った。
随分自分を押し付けてるな、認識してもらいたがってるなと思ったけれど、なるほど。
植え付けられた理念のもとの欲求であれば、思考よりも本能で動いてしまうのか。
…ちょっと考えれば自分の行動が客観的に見ておかしいってわかりそうなものだったけれど、そうじゃなかった。彼女には元々――
(って、今はそんなこと考えている場合じゃない!!)
お兄様は左手を前に突き出していた。
その先には恐怖に身をすくませた美月ちゃんと、守ろうと奮闘する吉田くんの姿。
この場に居る誰もが何が起きているのか、何が起ころうとしているのかわからない。
ただプシオンの塊が移動しているのはなんとなくわかったのか、誰もが表情に焦りを滲ませている。
そしてお兄様から放たれる想子が奔流となって迸った。
押し流し、吹っ飛ばされていく何かに、お兄様の背中が自身の無力さに虚無を背負うけれど、私はその背に手を当てながら違うと言いたい口を堅く結ぶ。
お兄様は確かにこの瞬間、敵を逃がしてしまったけれど、同時に美月ちゃんを守ったのだ。体も心も。傷つく前に救ってくれた。
だがお兄様は今、そんな言葉は望んでいない。
十文字先輩から掛けられる言葉にもお兄様は何も返せない。だから、何も言わない。
できるのはただそっと背中に手を添えるだけ。押すでもなく、引くのでもなく、ただ添える。
この熱が、どうかお兄様に伝わるように。熱と同時に思いも伝わるように。
リーナちゃんが連絡を取り始めて通話の糸が通る。
エリカちゃんが剣を下ろして仕舞い、十文字先輩はデバイスで七草先輩とやり取りを。
周囲が動き出して、お兄様が拳を握るのを見計らってから私は手を下ろして、お兄様の背後から抜け出して駆けだした。
向かう先は――座り込んで吉田くんに支えられている美月ちゃんの元だ。
続いてエリカちゃんも追いかける。
「美月!」
美月ちゃんは顔面蒼白で今にも斃れそうな顔色で、震えていた。
抱きしめるとその体の震えはより顕著なものとなる。
「美月、怖かったわね。もう、もう大丈夫だから」
遠慮なく抱きしめると、美月ちゃんはしがみつくように抱きついて私の肩を濡らし始めた。
怖かったはずだ。いくら友達を守るためとはいえ、美月ちゃんは元々ごく普通の家で育ち、学校でも何かと戦う想定をした訓練などしたこともない、普通の子だ。
横浜でだって気丈に振る舞おうとしていたけれど、しばらく体調を崩していた。夢見も悪かっただろう、寝不足なのを化粧で隠していた。
「頑張ったわね。美月のお陰で助かったわ」
背を撫でて、言葉を掛けて。少しでも安心させたくて熱を分け与える。
私には感じることしかできなかったけれど、美月はあの触手の群れが襲い来るのを目の当たりにしたのだ。それはどれほど恐怖だったことだろう。
美月から嗚咽が漏れた。良かった。声に出した方がすっきりするから。
いっぱい泣いて、体から恐怖を流しちゃおうね。ストレスも気持ち悪さも全部、全部出しちゃおう。
「美月、ありがとう」
貴女が頑張ってくれたから、私は凶行に及ばずに済んだ。
「吉田くんも、ありがとうございました」
吉田くんがいてくれたから、お兄様は美月ちゃんを助けられた。今はまだ、無力感に苛まれているだろうけれど、これも次の糧になるから。
お兄様は必ずただでなんて転ばない。
「いいえ、大したことは…」
「ミーキ、お礼なんだから素直に受け取んなさいよ。返されちゃ深雪も困っちゃうでしょ」
「う…」
ここの関係もいいよね。しっかり者の勝気な姉御と真面目で真直ぐなちょっと頭の固い弟分、みたいな。
美月ちゃんが私の腕の中で小さく笑う。
よかった。思っていたより心の負担は重くないみたい。
「ねえ、授業はもう始まっちゃっているし、次の時間まで生徒会室でお茶をしない?パウンドケーキの余りがあるの」
「それってこの前みたいに深雪の手作り?」
「ええ。添えるクリームは無いけれど、それなりに美味しくできてると思うわ」
「あのクッキー、市販のものかと思うほど美味しかったです。きっとケーキもそれなりどころじゃないでしょうね」
リーナちゃんの姿はすでに無く、十文字先輩はお兄様と軽く話してどこかへ行ってしまった。
「兄さん、生徒会室に行こうと思うのだけど」
「そうだね。俺もちょっと休みたい気分だ」
無理をして、合わせて笑ってくれているのがわかる。空気を悪くしないために、と。
本当、お兄様は優しすぎます。
エリカちゃんは何やら不満もありそうだけど、美月ちゃんの手前、自分を抑えているみたい。
吉田くんはそれもわかっているけれど、自分ではどうしようもないと、美月ちゃんをいつでも支えられるよう半歩後ろで控えるように歩き、私は美月ちゃんとくっつきながら生徒会室へと向かった。
――
美月ちゃんの柔らかボディを役得のように抱きしめたり、寄り添うように触れ合ったりして…ふへへ。幸せです。
女の子同士っていいよね。こういうことしてもおかしくないから。
美月ちゃんはいつも恥ずかしがってなかなかこういうことさせてくれないのだけど、今日ばかりは人肌も恋しくなるというもの。
…私も助かってます。あれ、気持ち悪かったものね。特に最後のアレは嫌で仕方なかった。できることなら今すぐシャワー浴びたいくらい。
体には何の変調も無いはずなのにね。感触だけ伝わるっていうのも考え物だ。こびりついた感覚を洗い落とすことができない。
生徒会室に授業中誰も訪れるはずもなく、…いや、ちょっと前まで七草先輩がいたのかな。でも十文字先輩との話があるのかすでに姿は無かった。
「適当なところに座っていて。すぐにお茶を用意するから」
そう言って皆の後ろを通り抜けるところでエリカちゃんの耳に囁きを一つ。
「(美味しいケーキを食べたいなら、もやもやは解消した方がおいしく食べられるわよ)」
要約すればお兄様に対する蟠りはさっさと片しちゃいなさいな、との助言である。
何も次の日までこんな思いを引きずることなんてない。エリカちゃんは今、リーナちゃんのこと納得してないだろうからね。
パラサイトの話をしている時、お兄様とリーナちゃんのやり取りが仲良く見えたし。
肩をぽん、と叩くとエリカちゃんはわかったわよ、と小さく呟き返してくれた。うーん、素直ないい子。
よく反抗する印象あるエリカちゃんだけど、ちゃんと聞き分ける時は聞き分けられるいい子なんです。
本当はこのケーキ、生徒会の皆で食べようと思っていたけれど、鞄に入っているクッキーと交換かな。一人二枚くらいは行き渡るはず。
紅茶はティーバッグです。らくちん。手間をかけるのもいいけどこうして楽することも嫌いじゃない。企業努力は素晴らしいのです。
ケーキを切り分けお皿に乗せて。フォークはお皿に乗っけちゃおう。その分ささっと渡せるからね。
先に紅茶から運ぼうか、と思ったら美月ちゃんが手伝いに来てくれました。
…というより空気に耐えられなかったかな?ちらりと見たらにやりと笑うエリカちゃんとすまし顔のお兄様、胃が痛いのかな、屈む吉田くん。
うん。お手伝い助かります美月ちゃん。
「あの…もしかしてですけど、深雪さんも何か辛かったんじゃないですか?」
「え…?」
「時々、動きがおかしかったように見えたので…」
あら、まあ。気づかれちゃってましたか。どうりで。
いくら気まずい空間でも美月ちゃんが席を立つなんて珍しいと思ったけれど、本命はこちらだったみたい。優しいね。心が救われる思いだ。
「私も怖かったの。ずっと、嫌なモノを感じてて…気持ち悪くて」
気遣わし気に美月ちゃんが見つめてくれる。心配してくれているのがよく伝わった、優しい瞳。
「心配してくれてありがとう。こうして皆がお茶に付き合ってくれたから、私も今は気が楽になったの」
「わ、私もです。誘ってくれて嬉しくて。…正直、あのまま教室に戻っても落ち着かなかっただろうから、助かりました」
二人してはにかむように笑ってから、お茶とケーキを運んだ。
皆美味しい、と喜んでくれて私もとってもハッピーです。ありがとう。皆の笑顔がいい薬です。
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