妹転生?!ファンとしてお兄様を幸せにします!分割版 作:tom200
心臓がうるさいほど音を立てている。階段を駆け上がったからでもあるけれど、その前からすでに鼓動は跳ねていた。
ずるずると閉めたドアに寄りかかって床に座り込む。
(きゃー!推しの、推しの頬にキッスしちゃった!!勢いって怖い!!!)
しばらく動くことができずにペタンと座り込んでいるのできっと制服のスカートは皴くちゃ。コートも着たまま上がってきてしまった。
きっと玄関には靴が飛び散っているだろう。…もしかしなくてもお兄様に直させてしまったのでは?と思うけれど見に行く勇気はない。
そろそろ夕食の支度をしなくてはならないというのに。
(今日は色々あり過ぎて、頭がパンクしそう!)
昨日だって雫ちゃんの姿にテンパったりといろいろあって、一昨日なんてリーナちゃんとの対決まであった。
この三日間が、濃厚過ぎるっ。
(――嫌なことなんて吹っ飛ばしてしまえるお兄様は本当に魔法使いだ。いつだって私を救ってくれる)
お兄様は、こんな時まで私に心を砕いて、大丈夫なのだろうか。
お兄様だってひどく落ち込んでいたはずなのに。
(もしかして、隠すためにあんなことを…?)
お兄様も参っていた。だから揶揄うことで誤魔化していたのだとすればーー。
そう考えたらいてもたってもいられなくなり、動けなかったのが嘘のように俊敏に着替えだして、これまた淑女にあるまじき早足で階段を駆け下りて、夕食の準備に取り掛かる。
途中見かけた玄関では、やはり靴が仕舞われていた。申し訳ありませんお兄様。
今日は圧力鍋先生の力に頼った手早い煮物セットに、いんげんの胡麻和え、焼き魚とお味噌汁。ご飯もすぐに炊きあがる。ありがとう文明の利器!いつも助かってます。
そしてご飯が出来上がったのだけれど、肝心のお兄様が姿を見せない。珍しい。
いつもは呼びに行くより早く現れて配膳を何も言われないうちからかって出て下さるのに。
でも、なんだか呼びに行くというのも新鮮で不謹慎かもしれないけれどちょっとワクワクする。
お兄様の部屋の前に向かうのはいいけれど、お兄様お部屋にいるかしら?と不安になったけれど、よかった。部屋の明かりがついている。
ノックをしてから声を掛けた。
「お兄様、お夕飯の準備が整いましたけれど、すぐに食べられます、か」
言い切る直前に、お兄様が部屋のドアを開けたのだけど、あれ?ちょっと様子がいつもと違う…?
服装が乱れているわけでもないし、髪型もいつも通り…、んん?
「お兄様、ちょっと失礼しますね?」
言ってお兄様の額に手を伸ばす。前髪をそっと横にずらすと、あら、ちょっと赤みが。
そういえば、階段を降りる頃、ごとん、と重いモノがぶつかる物音を聞いたような気が。
おでこを赤くしたのを見つかったお兄様は少し視線を横に逸らしてバツが悪そう。一体何があったというのか。
でもその前に。
「…痛いの痛いの、飛んでいけー、なんて。まさかお兄様にする機会が来るなんて思いませんでした」
お兄様のおでこを撫でながら、古の呪文を唱えた。
ふふふ、と思わず笑ってしまう。
どうして額を打ち付けたのかわからないけれど、もしかして気合でも入れたのかしら。落ち込んでる場合か!みたいな。
お兄様、自分に厳しいから。代わりに私が甘やかしてあげないと。となでなでして前髪を直してからもう一度。
「ご飯はもう少し後になさいますか?」
「いいや、今すぐ食べに行こう。痛みももう飛んで行ってしまったしね」
お兄様はそう言うと部屋の明かりを消して一緒にダイニングに向かう。
もう、あのコミューターのような距離はなく、いつもの二人の距離と空気で。
「今日も美味しそうだね」
「お口に合うとよろしいのですが」
いただきます。と手と声を揃えて微笑み合って。
温かな食事と食卓に、心の平穏が戻ってくる。
「深雪。明日から少し早く家を出る」
何気なく言うお兄様の目は、強い意志を宿していて。次へ進む者の顔つきをしていた。
「はい、私もご一緒させてくださいませ。私も先生に伺いたいことがございます」
お兄様が進むというのなら、私も置いていかれないようにしなくては。
守られているだけではいたくない。ましてや足手まといになるなんてことは絶対に避けたいから。
「あまり張り切り過ぎないように。今晩は特に、早く眠るんだよ。今日は疲れているのだから」
「はい」
「もし、怖い夢を見たのなら、遠慮なく俺を起こしてくれ。――それとも、初めから添い寝をしようか」
お兄様、調子を戻されたのはいいですが、ちょっぴり飛ばし過ぎです。まだ本調子ではない模様。
「…もう、そこまで子供ではありませんよ。でも、お心遣いありがとうございます。今夜はホットミルクを飲んで寝るようにします」
それに、と続けて。
「お兄様にはおまじないをしていただきましたからね。きっと怖い夢なんて見ません」
「…そうか」
きっと、今夜悪夢は見ない。
私には、お兄様が付いているのだから何も怖がることはない。
恐怖とは、幸せの前には恐れをなして近寄らないものだから。
――
あの触しゅ――じゃなかった、学校でパラサイトと対峙した事件から一週間。
お兄様は対パラサイトの攻撃する術を身に付けるため、先生のもとに修行に来ていた。
原作通り、お兄様は三日で遠当てなる技を習得し始めているようで、同じ修行を繰り返すもまだモノにはできていない、手応えの無い現状に悔しさを滲ませていた。
まだ四日しか経っていないけれど、なかなか思った成果が出せないようで、いつもより負担を感じているようだ。
(…お兄様はいつでもそつなくこなしてしまうから、こうして壁にぶつかること自体珍しいことなのよね)
少年少女たちに立ちはだかる、障害と呼ぶべき壁。先の見えない不安。努力の先が報われると思い続けるには、手応えが無さ過ぎて藻掻き苦しんで。
高校生らしい心の動きではあるけれど、お兄様のこれは少年少女たちのような青春的なものではない。
日常を守るために己に課した試練である。
何処までもお兄様はヒーローなのだ。理由がたとえ、自分たちが平和に暮らすためというささやかなものだとしても。
対象は世界を混乱させるほどの大敵。
そんな強敵を前に、お兄様はこうして努力して、抗おうとしている。
なんて、なんて格好いいことか。惚れずにはいられないだろう。
「さすがの君も苦戦しているねぇ。まあ、できない人間にはどんな努力してもできない類の技だからね、これは」
飄々と、告げる先生の言葉は聞きようによっては努力しても無駄なものは無駄、と言っているようなものだけれど――。
「つまり、とっかかりを掴んだお兄様には見込みがある、ということですね」
訊ねると、正解と言わんばかりに口角を上げて返答する。
「まあね。三日で理の世界に遠当てを放てるようになったんだから、全く適性が無いということでもないと思うんだけどね」
回りくどい言い方だけれど、これは先生の指導だ。これ以上の問いかけは野暮なのだろう。
お兄様もそれがわかったのか、問答よりも実戦を求めた。
「師匠、次をお願いします」
感覚は掴めた。けれどその先に進めないことがお兄様を苦しめている。
もどかしいだろう。
お兄様にとってイデアを漂う情報体を認識することができているだけに、的が認識できているだけに、対抗手段となるはずの想子弾が当てられても、思った結果が出ないとなればそれは及第点にも届いていない、赤点ラインも越えられないのと同じなのだろう。
お兄様にとっては結果がすべてだから。
わかってはいるのだけれど、この努力の過程も大事なのだと伝えたい。
「まあ、適性の有無は、結果でしかわからないところがあるからね。今日できなかったことが明日になると突然できるようになったりするのも術法というものだから」
手を組んで見守るしかできない私には掛けられない慰めを、先生が言葉にして掛ける。
「もっとも、『何時か』を待っていられない状況であるのも、また事実」
もちろん先生のことだから、ただ慰めるだけなんてことはしない。それは指導にはならないから。
「君の場合はどこを狙えばいいのかはわかるわけだから、遠当てとは別の攻撃手段を編み出すのも一つの手だと思うよ」
教えられた技に拘る必要はない、との助言に、しかしお兄様は苦笑を返した。
「そんなにホイホイと新しい魔法を開発できるものじゃありませんよ。行き詰っているのは認めますが、それにしたって買い被りです」
「そうかな?君は確かにある一面では非才だけど、術式の改良や開発にかけては非凡な才能を持っているじゃないか。自分から可能性を狭めてしまうのは得策じゃないと思うけどねぇ」
やっぱり先生には千里眼でもあるのではないかと思うほど、いくつもの可能性が見えているような発言。
如何な優れた頭脳を持っていても、お兄様自身で気付ける範囲はそう広くない。ちょっとしたアドバイスを受けて閃くこともある。
なら、妹としてここは後押しをする場面。
「そうですよ、お兄様」
胸の前で力いっぱい握りしめていた手を離して握りこぶしを二つ作る。
「お兄様は必ずやできますとも!お兄様の閃きは今までにもとんでもない偉業を成し遂げられてきたのですから。今回だって打開策を見つけられぬはずがありません」
そう、攻略法は一つじゃない。原作通りじゃなくたって、別の裏技を見出せることもある。
この間のリーナちゃんとの戦いで、力を隠した状態で引き分けをもぎ取った時のように、同じ結果を導く別の手法を編み出す可能性だってあるのだ。
「このまま術式解体による直接攻撃を第一の対策としつつ、新たな魔法の開発をされてもよろしいのではないのでしょうか」
むろん、一つのことに拘り、突き進むことも成功につながる手段になりえるだろうけれど。
お兄様の可能性はどこまでも広く、広がるものだから。
たとえ今回その先に実りが無くても、蔓はその先まで伸びて新たなつぼみを付けるかもしれないから。
お兄様はこんな無茶なことを言う妹を、責めることも否定することもなく、受け止めた。
受け入れる、までいかないのは、まだ葛藤があるからだろう。本当にできるかなんて現段階のお兄様にはかなり確率の低いことだろうから。
期待に応えられないかもしれない、なんて考えているのかもしれない。けれど、妹の信頼を裏切ることができないお兄様はしばらく頭を悩ませるのだろう。
申し訳ないとも思うけれど、このプレッシャーは挫けそうになるお兄様の心への着火剤にもなるはずだから。
「ところで、深雪くん。先ほどから壁が無くなっているよ」
「あ!す、すみません!!」
ちょんちょん、と先生に肩を突かれて、自分の訓練がおろそかになっていることに気付かされてしまった。
慌てて両の手を合わせて自分の周囲に円を描くように魔法の壁を構築する。そしてそれを自分の体の形に収縮させて――
今、私もお兄様と一緒に対パラサイトの波動をどうするか訓練中なのだ。こちらもまだ模索段階である。
とりあえず、この間の戦いでサイオンの壁が有効なのはわかったのだけど、アレをそのまま維持して戦い続けるには無駄があり過ぎる。
何かいい策は無いかと先生と相談したところ、サイオンをただ固めたような壁だけではなく別の形で障壁を模索してみたらどうだろう、とのアドバイスをもらった。
そこで浮かんだのは数々の漫画、アニメの知識。
リーナちゃん戦でもやったなんちゃって無下限もそうやって生まれたものだ。他にも何か試してみる価値はある。久々にオタク魂に火が付いた。
対物理は無下限だけでもいいけれど、相手は精神体、情報体だ。つまり非物質。
パラサイトの近くにいて、波動を感知できる能力を遮断するのはもったいない。
何とか活用したいけど、直接体を這いまわるあの感覚は受けたくない。
かといって事象干渉のサイオンをまき散らしては周囲の魔法を妨害することになるから、自身の体の周りをコーティングすればいいのでは、との案はすぐに浮かんだ。
だが、これが案外難しい。
真っ先に浮かぶのは先にも述べたなんちゃって無下限だけど、いくら分子にまで影響し、減速させる魔法であっても、それは物理に効くもので非物質に効果があるのはその魔法を構築する際集まるサイオンの壁だけ。
それだって結構効果はあるのだけれど、あの魔法を維持できる時間は短い。非効率的だ。
吉田くんみたいな結界技はどうだろう?結界だと遮断、と言うイメージだけど吉田くんのアレは色々融通が利きそうな面もあった。
…とまあ、いろんなジャンルの知識を活用しまくって実験中。
イメージを形にするだけでも結構時間を要するので、一週間経ってもまだまだ何も得られていない。
今試しているのは、月曜発売の雑誌で連載が再開されるたびにファンが歓喜の雄たけびを上げるあの作品――狩人の念能力の一つ、円である。範囲内を索敵するアレです。
察知するなら別の形に察知させたっていいじゃない。
ということで現在は試行錯誤中なんだけど、集中が切れてしまった。流石に無意識下でずっと展開することはできない。パッシブスキルとは違うのだ。
あれからパラサイトと遭遇していないので、これが実際どれだけ効果があるかわからない。
ただ先生の助言で、無駄じゃなさそうだとは思うのだけどね。…私の方も先に進めているかさっぱりだ。
だけど、せめて彼女と対峙するときまでに少しでも対策を考えておきたい。未知のことだからこそ、幾重にも策は用意しておかないとね。
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