『本当はわかっているんじゃないのか?』
『全部お前が悪いんだ』
『なぁ、アベラルドを返してくれよ』
声が聞こえる。
『なぜ目を背ける』
『賢い君が気づいていないはずがない』
声が、聞こえる。
穴だらけの体で、アベラルドさんが僕の足を掴む。首のないルピウスが、僕に縋り付く。
両手を誰かに引っ張られている。僕を真っ赤な沼に引き摺り込もうとしている。僕が居るべき場所はここなのだと、腐敗臭漂う沼が僕の足に絡みついている。
『本当にわかっていないのか?』
声が、聞こえた。
『一度死んだくらいで、お前が幸せになれると思ったか?』
聞き慣れた声が、聞こえた。
見上げてみれば、目の前には鏡があった。真っ赤な瞳の少女が、小馬鹿にするように嗤っているのが見える。
「ねぇ、全部自分が悪いんだって。本当は気づいているのでしょう?」
声は、自分の喉から発せられていた。
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リシテアさんの元で生活するようになってから一週間が経った。
本当なら孤児院に戻るべきなのだろう。しかし「今は危ないから」とリシテアさんに引き止められて、ズルズルと今だにお世話になっている。金銭も、何も返せるものがないのに。
僕の私物は、いつの間にかアーテルさんが回収してくれていた。今は寝室の隅にまとめて置かれている。とは言っても、荷物は簡素な服と、魔法陣のスクロールくらいだ。
結局リシテアさんが貸してくれた黒のドレスは、そのまま貰うことになった。「私はもう着ないから、アモールちゃんが着てくれると嬉しい」ということだった。
何もせず居候してしまうのも申し訳ないが、何かを手伝おうとしても休んでいるように言われてしまう。罪悪感が募る一方である。
今日も、リシテアさんによって朝食*1が運ばれてくる。食堂で頼んだ食事を、特例で室内へ持ち込めるようにしてもらっているらしい。
作業室のテーブルで二人向かい合って、小さなパンと野菜スープをゆったり食べる。
暖かくて美味しい食事のはずなのだが、あの日ラーミナさんに食べさせられたスープが頭を過って微妙に味がわからない。せっかく食べさせてもらっているのに美味しく食べられなくて、なおのこと後ろめたさを覚える。
顔を上げると、先に食べ終わったリシテアさんがパンを齧る僕をニコニコと見つめていた。
その様子に、思わず言葉が口をついて出る。
「どうして、私のためにここまでしてくれるんですか……?」
それを聞いたリシテアさんは思案するように頬に手をやる。目を瞑ってうーんと唸ると、しばらくして苦笑いをして答えた。
「それは……今は秘密かな。大丈夫だよ。私が好きでしてることだから、変に気負わないで」
そんなことを言って誤魔化されるものだから、余計に苦しくなってしまうのだ。
だが、今外に出る気になれないのも事実。結局、なんだかんだ彼女の言葉に甘えて居候を続けてしまっている現状だった。
「でも……やっぱり、このまま貰いっぱなしは申し訳なくて。なにか、私にも手伝えることはないですか」
僕がそう言うと、またしても沈黙が訪れる。この一週間で何度も見た光景だ。だが、今日はいつもとは違った。
ああ、そうだ。とリシテアさんが手を叩く。いつもの如く休むように言われると思っていた僕は、その姿に少し驚く。
「じゃあさ、私の弟子にならない? ちょうどお手伝いさんが欲しかったんだよね」
「弟子……ですか」
「そうそう。魔道具師見習いとして、ここで働かない? 魔素量もかなりあるし、手伝ってくれるならすごくありがたい」
そう言われて、手伝えることがあることを嬉しく思う反面、言い知れぬ不安も覚える。
頭の中に浮かぶのは、ラーミナさんたちに、ヒルデガルドさん。冒険者見習いとして紹介されて、訳もわからず突然事件が起きて、そこから逃げ出して……。
まだ何も解決できておらず、紹介してくれたヒルデガルドさんへ何の報告もできていない。自分の置かれた立場があまりに不明瞭な今、弟子としてお世話になどなって良いものか。
まだあの事件のことを何も飲み込めていない今、軽い調子で弟子入り先を転々として、不義理にはならないだろうか。
そんな不安を正直にこぼすと、優しい顔をしたリシテアさんが「大丈夫だよ」と言ってくる。
「あんな辛い事件のあとで、どうして良いかわからないよね。でも、まだまだアモールちゃんは世に出たばっかりなんだから、今は周りの先輩たちに頼って良いんだよ」
じっと僕の目を見ながら、リシテアさんは続ける。
「あの事件のことは、アーテルと私に任せて。結構有名なパーティだったから、実は手続きとかで、全部落ち着くまでまだまだ時間が掛かってるんだ。だから、全部終わるまで一旦忘れて、今は今後のためにも私の弟子になってみない?」
お試しくらいに思ってくれていいからさ。と彼女は付け加える。
そこまで言われてしまえば、居候させてもらっている僕にはこれ以上文句を言うことはできなかった。
実を言えば、ヒルデガルドさんにもアマストリネさんにも合わせる顔がなくて、孤児院に戻る決心はできていなかった。いったいどんな顔で戻れば良いというのか。
そうして、僕はリシテアさんの弟子になることになったのだった。
※※※
魔道具師の弟子とは言っても、いきなり道具の作成などを手伝えるわけもなく。もっぱら魔石などへの魔素補填が僕の仕事となった。
リシテアさん曰く、僕は現時点で相当な量の魔素を持っているらしい。魔素の量はほとんどが才能で決まるそうで、リシテアさんからは羨ましがられた。
魔素の回復速度も飛び抜けているらしく、大量に魔素を消費しても翌日には回復していた。魔素の回復速度は
弟子入りするにあたって、こういった座学も仕事終わりに教えてもらえるようになった。ヒルデガルドさんに教わったのは基礎ばかりだったので、その深掘りをしてくれた。
「まずは神字を覚えるところからだね。簡易神字はもうある程度覚えているみたいだけど」
リシテアさん曰く、普段魔法陣で使っているのは簡易神字と言うらしい。魔道具では魔法陣のみで魔術を起こす分、より高度な神字を使うのだとか。色々と複雑で難しいが、講義を聞くのは楽しかった。
「じゃあ、私は少しお仕事で出かけるから。良い子でお留守番してるんだよ。勝手に出歩いちゃダメだよ」
そんなことを言い残して、リシテアさんが宿を出て行く。僕はまたしても宿の部屋から出ないように言われてしまった。もう一週間以上室内で過ごしているせいで、体が鈍っていそうだ。
外に出てはいけない理由も毎度誤魔化されている気がする。治安官やあの場にいた野次馬に見つかったら妙なことになるかもしれないから、とのことだったが……。
アウトドア派ではないので別に室内にずっといることに抵抗はないが、少しモヤモヤとする。あのときのラーミナさんのような狂気は感じないし、悪意もなさそうなのわかるのだが。
仕方なく、リシテアさんに教わった魔力制御の訓練をして過ごす。することがないときはこの訓練を絶やさないように言われてしまった。
全身の魔素の流れを意識して、一部分の魔素を堰き止めたり、逆に流れを速めたりなどの訓練だ。
元々魔力の制御は得意だったので、あまり苦ではない。十本の指に流れる魔素を調整して遊んでみたりして過ごしている。
だが、困ったことに両眼からの魔素の流れだけはどうしても制御できなかった。というのも、私の魔素の源はこの両眼だからだ。
莫大な量の魔素が両眼から生成されているせいで、外に漏れる魔素を遮断することすらできなかった。
結局、この魔眼がなんのかはわかっていない。だが、この魔素量を支えているのがこの魔眼であることだけは確からしい。
リシテアさんなら、何かわかるだろうか。ずっと聞き忘れていた。
リシテアさんからまだ一度も魔眼について触れられていないことにも気づく。一応今夜あたりに聞いてみようか。
そうして、少しの期待と不安を胸に、彼女の帰りを待つのだった。