魅了の魔女   作:わらにんぎょう

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*今話読み飛ばし推奨

アーテルの過去話です。長い上にわかりにくいので読み飛ばしても全然構いません。アーテルが好きな方はどうぞ……


番外編
番外編1「剣に刻まれた記憶」


 ──それは、まだ勇者という言葉も存在しなかった時代のお話。

 

 

 

「なぁ、やっぱりさ。魔術師こそ剣を極めるべきだと思うんだよね」

 

 いつしか勇者と讃えられた彼は、よくそんなことを言っていた。勇者とはいうけれど、彼はただの剣が好きな普通の青年だった。

 

「どちらも極めるには生涯を費やすものよ。両を取ろうとすれば、どちらも中途半端になるだけね」

 

 私は、いつもそう反論を返したのを覚えている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※

 

 

 

 

 

 

 

 

 その騒動は、一風変わった動物の発見から始まった。当時はただの新種の動物だと思われていた。

 

 しかし、次第にそれらは恐ろしい性質を露わにしていく。

 

 狼、虎、蛇……様々な姿をした彼らは、いくつかの共通点を持っていた。

 

 まず、普通の動物とは比べ物にならないほど強靭な肉体を持っていること。また、大量の魔素をその肉、心臓に蓄えていること。決して人に懐くことがないこと。

 

 

 ──そして、致死の毒を持っていること。

 

 

 それが、最大の特徴と言ってよかった。致死の毒とは言っても、正体は呪いに近かった。奴らに噛まれると、3日も立たぬうちに死に至るのである。

 

 人々は突如現れたそれらに『魔物』と名付け、恐怖の象徴として見ることとなった。

 

 

 

 国が彼らに対処し始めた頃には、既に甚大な被害が出ていた。最初に魔物が現れたのは、北の果ての国であるソールニチナヤである。

 

 彼の国で魔物が観測されて僅か一ヶ月、気がつけば世界各地で魔物が出現するようになっていた。あまりにも唐突なその災害に、各国は対処しあぐねていた。

 

 

 国軍には限界があり、辺境の村々では自衛が求められる。そんな中生まれたのが、命の危険を冒して魔物と闘うもの──すなわち冒険者であった。

 

 彼らは冒険者連盟を結成し、自警団のように振る舞うようになる。

 

 

 私──メライナは、そんな冒険者の一人となった。

 

 

 世界中を巡り、様々な魔術を習得する旅をしていた最中だった。魔物の騒ぎが起きて以降、執拗に国から勧誘されるようになった。軍に所属して欲しいとのことらしい。なぜ私が故郷でもない国に尽くさないといけないというのか。

 

 あまりにも面倒だったため、代わりに国境のない冒険者連盟に籍を置くことにしたのである。彼らはあまり口出ししてこないため、それなりに居心地がよかった。

 

 私は、肉体の凍結により寿命を克服した唯一の魔女として名を馳せていた。自分で言うのもアレだが、世界有数の強者として有名な存在と言える。

 

 そんな私が冒険者となったのは、連盟を強固な組織として確立する一助となったことだろう。

 

 たまに魔物を狩る手伝いをしながらも、いままで通り魔術の探究をする毎日。魔物への対処も少しずつ確立してきたこともあり、結局今までとそう変わりはしなかった。

 

 

 しかし────そうしてのんびりと魔物を狩って過ごす日々は、一夜にして終わりを告げた。

 

 

 私の滞在する国が、一人の少女により襲撃を受けたのである。少女が、数十万、あるいは数百万の魔物を引き連れて、国へとやってきたのだ。

 

 その少女を観測できたの者はごく僅かである。直接見た人たちは、みな魔物によって喰われてしまった。

 

 私は遠視の魔術でそれを見ることとなった。その光景にはど肝を抜かれた。

 

 魔物の中心で、一匹の大きな龍にまたがる少女。明らかに彼女を守るようにして強大な魔物があたりを囲っていた。そのあまりにも異質な景色は到底信じ難いものだった。

 

 それらを観測したときには……もう手遅れだった。王室、冒険者連盟の両名に報告を入れるころには、東西南北、国の全方位を魔物に囲まれていた。

 

 一体いつの間に現れたのか全くわからなかった。それだけの数が移動すれば、気づかないはずがないのに。

 

 数の暴力に押されて、国は一瞬にして壊滅状態に追い込まれた。私が救えたのはたった数人。王宮へ向かう道中で助けられた一人と、王宮内で保護した王族のみである。

 

 いや、救ったのは私ではない。私はただ時間を稼いだだけだ。救ったのは私ではなく、遅れて外からやってきた一人の男。

 

 

 ──あれが、私と勇者との出会いだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※

 

 

 

 

 

 

 

 王宮に残っていた戦闘員は、もはや私一人であった。王宮兵はみな既に散っていた。私の到着が数秒遅れていれば、他の生き残りも今頃地面のシミとなっていたことだろう。

 

 塀は魔物の死体で埋められ、城壁は大型の魔物によって引き裂かれ、あたりには人か魔物かもわからない残骸が散らばっている。王宮は、そんな惨状に包まれていた。

 

 5歳ほどの少女を抱えて内部に入った時には、王子殿下、王妃陛下に魔の手が伸びる寸前であった。かろうじて私の攻撃が間に合い、彼らを助けることができた。

 

 ……しかし、そこからは完全に消耗戦であった。どれだけ倒しても際限なく湧いてくる魔物。城壁はもはや意味をなさず、唯一の守りは私の張る結界のみ。そんな苦境に立たされ続けた。

 

 

「お姉ちゃん……だいじょうぶ?」

 

 

 魔素が切れかかり、ついに膝をついてしまった私を、名も知らぬ少女が心配げに見つめる。

 

 結界を幾重に張っても容易く破られ、何度も張り直しているうちに疲弊し切ってしまった。

 

 もはや限界が近づいているのを認めざるを得なかった。

 

「私は大丈夫よ。ほら、あっちでみんなと一緒にいなさい」

 

「うん……」

 

 そうして後方へ走っていく彼女を尻目に、結界を突破してきた蛇型の魔物を炎で焼く。

 

Ὦ πῦρ δαίμονος,(炎精よ) τὰ ἐκείνου(彼のものを) κατάκαυσον(焼き払え)

 

 再度、緊急用に詠唱を保持しなおす。少しずつ、集中力が削られていくのを感じる。

 

 そんなとき、更なる絶望が城壁の外から飛来した。大きな影が、私たちの元に差した。

 

「あぁ……」

 

 思わず、そんな絶望の声が漏れてしまう。

 

 飛んできたのは、巨大な黒い龍だった。その存在感は、具体的な魔力圧によって強調されている。あまりにも保有魔素量が多い。

 

 大きな翼をはためかせ、その鋭い爪でひと薙ぎ。……たったそれだけで、結界は紙のように切り裂かれた。

 

 保持していた魔術を奴に向けるも、結果はその鱗を軽く焦がすのみ。まさに絶望という名が具現化したような有様だった。

 

 もはやどうすることもできず、奴へ伸ばしていた手を下ろす。

 

 私の諦観は、背後で守られていた人々にも伝播した。

 

 その空気にあてられて、少女も声をあげて泣き始めてしまう。それが気に障ったのだろうか。黒龍がその目を少女の元へ向けるのがわかった。

 

 せめて、最後の足掻きをと……全ての魔素を消費し、自爆特攻を仕掛けようとした時である。

 

 

 ──その男が現れたのは。

 

 

 

「間一髪だったね」

 

 

 そんな声が聞こえると同時、爪を振りかぶっていた龍の両腕が宙を舞う。

 

 それは、青銀の鎧を纏った男だった。カチャリと、金属の音が場違いにこだまする。

 

 彼は、金色の髪を靡かせてこちらへ振り向いた。そして、その端正な顔に笑みを浮かべる。私たちを、安心させるように。

 

「もう大丈夫────僕が来た」

 

 背後で、怒り狂った龍が強く咆える。男を丸呑みせんと顎を大きく開けたそれへ、彼は剣を一閃。

 

 一拍遅れて、その首が地に落ちた。

 

 その姿を見て、私は息を呑む。完全に思考が停止していた。

 

 数瞬の後、背後から上がった大きな歓声によって我に帰る。思わず、口から声が漏れた。

 

「あなたは……」

 

「ははっ。まぁ話は後にしよう。まずは、そうだね……無粋な奴らを片付けてしまおうか」

 

 そう言って彼は魔物の群れへと体を向けると、剣を高く掲げる。そして、詠唱を始めた。

 

「地の裏、海の底、闇の源流、星の深奥。彼の場所に眠りし原初の女神よ、その力を借り受けん。星剣抜刀」

 

 彼がそう唱えた瞬間、あたりを埋め尽くしていた魔物が一瞬にして灰となった。あまりにも異質な光景だった。

 

 残されたのは、白銀の剣を振り抜いた男のみ。

 

 あたりには、白い粒子が舞っている。一体彼が何をしたのか、私には何一つわからなかった。それが魔術なのも不明だった。

 

 崩れた王宮を静寂が包み込む。光の粒子に包まれた青銀の騎士は、まるで御伽話に出てくる英雄のようだった。その神秘的な姿を、私は息を呑んで見つめる。

 

「たすかった……?」

 

 そんな王妃陛下の呟きを皮切りに、再び大きな歓声が上がった。

 

 私も、思わずへなりと地面へ座り込む。急に安堵したことで、腰が抜けてしまったのだ。

 

 もう魔素もほとんど尽き、体を倦怠感が包んでいる。ここまで緊張を途切れさせずに、ずっと魔術を行使し続けていた。……流石に、疲れてしまった。

 

 目を瞑って深呼吸をしていると、がちゃりと地を踏み締める音が近づいてくる。

 

 目を開ければ、すぐそこにあの男が立っていた。

 

「君がこの人たちを守っていてくれたんだね。ありがとう」

 

 そう言って彼ははにかみながら私に手を差し出す。その笑みに、不覚にも心臓が跳ねるのを感じた。

 

 とても整った顔だった。この人は、間違いなく後世に語り継がれる英雄となるんだろうなと思った。

 

 躊躇いながらも彼の手を掴むと、勢いよく引き上げられる。

 

 まだ足に力が入らないが、ふらつきながらもなんとか立ち上がって彼に礼を言う。

 

 そうして彼の目をじっと見つめると、不意に彼がピシリと固まった。

 

 どうしたのかと思い首を傾げると、彼が唇をわなわなと震えさせる。

 

 そして急に素早い動きで一歩下がると、その手を再度こちらに差し出してきた。

 

 突然の動作に、私は困惑して首を傾げることしかできない。

 

「……一目惚れした。どうか、僕とパーティを組んでくれないか!」

 

 ──突然、彼は大きな声でそんなことを言い出した。

 

 当然周りにもその声は届き、どよめきが広がる。

 

「は?」

 

 私は思わずそんな素っ頓狂な声を漏らす。こいつは突然何を言い出すのか。

 

「え、いやよ」

 

 つい、驚いてそんなことを口走る。ついでにその手をパシリと払ってしまった。

 

 それにガーンとショックを受けたように固まる男。

 

 ──そんなしょうもないやり取りをしているうちに、地面の揺れと共に地鳴りがやってくる。

 

 そうだ、まだ全く終わっていない。ここは相変わらず魔物に囲まれている。

 

「そうだね……やっぱり話は後だ」

 

 再び剣を抜いた男が、遠くに見える魔物の大群を見てそう呟く。

 

「実は頼れる仲間が待ってるんだ。まずはここを突破してそこへ向かおう。魔物は僕が一匹たりとも近寄らせない。だからみんな、どうか僕についてきてくれ」

 

 彼がそう大きな声で言うと、みんなが大きな声で返事をする。

 

 

 ──そうして、私たちは王都を、そしてこの国を脱出するのだった。

 

 

 これが、私と勇者との出会いである。

 

 

 

 

 

 

 

 ──────────────

 

 

 

 

 

 

 

 それからは激動の日々だった。国を抜け出した私たちは、『聖女』と呼ばれる女性と合流した。

 

 彼女もまた別格であった。あの男──勇者と呼ばれるようになった彼ほどではないにしろ、非常に強力な魔術を使いこなす実力者だった。

 

 気がつけば、私も彼らに同行するようになっていた。……圧倒的に人手が足りなかったのである。最初は渋ったが、どうしても押しに勝てなかった。

 

 魔物は世界中に際限なく現れる。やつらに対抗するには勇者と聖女だけでは手が足りなかった。各国で救助した人々を守っておく人員も必要だった。

 

 勇者が道を切り開き、私が人々を救助し、救助された人々の居場所を聖女が守る。そんな構図がいつの間にか出来上がっていた。

 

 時が経つに連れて、『魔王』という存在が人々の中で話題になった。魔物を()べる存在がいることが、徐々に明るみになったのだ。

 

 そうして、魔王を討伐することが当面の私たちの目標となった。

 

 魔物と人類の全面戦争。その間を駆け抜け、人々を救い魔王を探す旅。それは、地獄のような光景を常に見せてくる残酷な旅でもあった。でも……そんな旅でも、楽しんでいる自分がいた。

 

 勇者は、休む時は休み、戦う時はしっかり戦う。そんな切り替えのしっかりした男だった。

 

 戦場を離れた時には笑みを浮かべながらふざけたことを言い、旅先の食事に舌鼓を打ち、ことあるごとに私へ求婚する。そんな人だ。

 

 世間話をしてみれば意外と普通の青年で、戦場での姿とのギャップにドギマギさせられた。

 

 いつしか、求婚を断るのは表面上だけで…….心の奥では、彼に惹かれてしまっていた。

 

 そんな、厳しくも楽しかった旅の終点は、始まりの地であるソールニチナヤであった。世界の最北端。厳密に言えば、人類の生存圏の最北端である。

 

 ソールニチナヤの更に北には、広大な砂漠が広がっている。砂漠を進んでいけば、いずれ人類が立ち入りできない死の領域にぶつかることになる。

 

 ソールニチナヤは最初に現れた魔物の大群により滅んでいる。北部に魔王がいるのではないか、そんな予測はすでにされていたものの、ここへ来るのは後回しとなっていた。

 

 

 

 

 そんな砂漠へと入る直前、私たちは一人の女性に出会う。

 

 ……それは、私たちを長く苦しめる、言葉の呪いを残した出会いであった。

 

 

 

 ──リィリムと、その女は名乗った。

 

 人類の危機にのみ現れるという、大魔女。もはや伝説上の存在として語られる大魔女リィリムその人。そんな名前を、彼女は自称した。

 

 肩まで桃色の髪を伸ばした小さな少女だった。その容姿は肩書きからは遠い存在にも思えた。

 

 しかしその圧倒的存在感、空間を軋ませる絶大な魔素量。それらが彼女を『本物』だと証明していた。かと思えば、突然全ての魔力が絶たれ、その気配が一般人と同等になる始末である。

 

 おそらく本物であることをわからせるためにあえて魔力制御を緩めていたのだろう。

 

 私が今まで観測した中でも、その魔素量はダントツだった。もはや私如きではその底を測ることすらできなかった。

 

 リィリムは、特に私たちには関心を示さず、無表情で一方的に言葉を紡いできた。

 

「私は、今回の件については介入しないつもりだ。これは……私の出る幕ではない。あれはただの外来種だ。だが、一応念のため外来種の観察くらいはしておくことにした。これはその観察の一環だ」

 

 そんな、訳のわからないことを彼女は言う。

 

 彼女の出る幕だの外来種だの、こちらに伝える努力はしないつもりらしかった。ただ、彼女が魔王討伐に協力的ではないということだけは伝わってきた。この強さなら、魔王を消し飛ばすくらい楽勝だろうに。

 

「お前たちにはアレを打ち倒す役目が与えられた。だがまぁ、アレは外来種ではあるが……悪人ではない。罪人ではあるがな。あれを裁くも許すも、すべてお前たちの裁量次第だ。いかなる選択をしようとも……私はお前たちを許そう」

 

 それは、やはり要領を得ない言葉だった。だが──魔王が悪ではないというその言葉は、私たちを酷く困惑させた。

 

 彼女ほどの人物が悪ではないと断じる存在、それが一体何なのか、それに悩まされることとなった。

 

「アレも一種の被害者と言える。このシステムは、あまりにも愚かで救いのないものだ。私は、君たちがそれを壊せることを願っている」

 

 最後にリィリムはそんなことを言い残して、突然姿を消した。瞬きをする暇もなく、最初からそこにいなかったかのようにいなくなった。

 

 結局最後まで何を言っているのかわからない存在だった。伝説上の人物の考えなんて、私みたいな凡庸な魔女には理解できないということなのだろう。

 

 だが、確かなしこりを、私たちの胸の中に残していくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

※※※

 

 

 

 

 

 

 

 砂漠を進んだ先に、やはり魔王はいた。魔王の周辺は殊更に強い魔物で囲まれていて、あの勇者ですら苦戦してしまっていた。

 

 少しずつ、無数に出現する魔物を倒していった。

 

 

 

 結論だけ述べれば……勇者は負けた。ほぼ相打ちだったが、実質負けと言ってよかった。

 

 魔王の一撃で腹部に風穴を開けられ、勇者は致命傷を負った。それに対して魔王は肩から袈裟斬りにされ、瀕死ではあるもののまだ生きていた。

 

 なぜか、私の攻撃は一切が魔王に通じなかった。せっかく勇者がここまで魔王を追い込んだと言うのに、私には倒し切ることができなかった。酷い無力感がそこにはあった。

 

 結局、私は魔王に封印を施すことしかできなかった。封印魔法だけは、しっかりと奴に効いてくれた。

 

 

 

 

 魔王は、不思議な少女だった。人間と同じ姿形をした、普通の女の子だった。

 

 彼女は、私たちが魔物を殺すたびに悲痛な叫び声を上げていたのを覚えている。

 

『にゃーこ!!!! よくもにゃーこを殺したな!!』

 

『ドラちゃん!! やめて! だめぇぇぇ!!』

 

『いや、嫌……みんな、死んじゃやだ……嫌だ……』

 

 魔物が死ぬたびに泣き叫び、私たちを化け物だと呼ぶ魔王。

 

 私たちは人類を救うために戦っているはずだった。

 

 当然、最初はそんな彼女に大きな怒りが湧いた。人類を虐殺しておきながらなんて自分勝手なやつなのかと。

 

 だが途中から、なんだか少女のペットを殺してまわるような……そんな悪行をしているような気分にもさせられた。

 

 魔物たちは、彼女を必死に攻撃から庇っていた。その様子を見て、リィリムの言葉が脳裏を過ぎった。

 

 最後まで少女から敵意、害意といったものは感じられなかった。感じたのは強い恐怖だけだった。

 

 お腹に穴を開けた勇者は、魔王を封印して少しの間命を留めていた。

 

 だから……最期に語らうだけの時間はそれなりにあった。痛くて苦しいだろうに、そんなことは感じさせないように、いつもの如く笑って愛を囁いていた。

 

 

「魔王って……結局何だったんだろうね。僕にはどうにも、彼女が人類を滅ぼそうとするような極悪人には見えなかった」

 

「でも、結果的にそうしたのは事実よ」

 

「そうだね……リィリム様も、難しいことを言っていたな。彼女も、ある種の被害者だって」

 

「もう、そんなの忘れちゃったわ」

 

「はは、君は相変わらずだな。……荒唐無稽かもしれないけどさ。実は、あの魔王とは別に真犯人がいるんじゃないかと、そう思えて仕方がないんだ」

 

「そう……」

 

「だって、あの凡庸な精神性の女の子が、アレだけの力を突然持つと思うか?」

 

「ねぇ、もうそんな話は良いから……傷に響くでしょう」

 

「大事な話なんだ。なぁ……君はこれから悠久の時を生きるんだろう? 僕はもう、難しいからさ。君さえ良ければ」

 

「そんな話、聞きたくないわ」

 

「……君さえ良ければ、これから先、元凶がいないかを探してみてくれないか。ゆっくりで良い、負担にならない範囲で少しだけ探って欲しいんだ。もちろん、命の危険がない範囲で」

 

「なんで、なんで最期のお話がこれなの……? いつもみたいに、結婚したらどうしたいとか、そんなどうでも良い話をすればいいじゃない……!」

 

「もし、これからもあの魔王みたいな存在が現れるのだとしたら、人類に取って大きな脅威だ。だから……頼む」

 

「なんで…………」

 

「はっはは。最期に君のそんな言葉が聞けるなんてね。いやいや言いながら、実は期待してた?」

 

「バカ……」

 

 

 結局彼は、その命が尽きるまで、そんな話をしていた。

 

 剣を始めろだなんて言って、私に自分の剣を譲ったりもしてきた。

 

 本当に、バカで……優しい人だった。

 

 勇者の訃報は、多くの人を悲しませた。

 

 正直、聖女にこのことを伝えるのが一番辛かった。勇者がいなくなってもまだ魔物は健在だ。まだ戦わないといけない……悲しんで膝を折っている時間はない。

 

 二人でことあるごとに泣きながらも、傷を舐め合うように二人で時間を共にしながら戦った。

 

 魔王を封印した影響か、魔物の理不尽な増殖は収まった。ようやく、倒したら倒した分だけ魔物が減っていくようになったのである。

 

 ……人々には、魔王は勇者と引き分けて消滅したという風に語ることになった。事実として被害は減り続けているため、誰もそれを疑いはしなかった。

 

 結局、聖女には勇者の遺言を全て伝えた。

 

 リィリムから言われたことも、魔王がどういう存在だったのかも。

 

 それから魔王と話をするため、そしてとどめを刺すために、再度二人で北部へと向かった。

 

 今度は道中でリィリムに遭遇することはなかった。

 

 

 魔王は……一切の会話ができない存在だった。気が狂っているのか……それとも、何か認知が歪められているのか。

 

 彼女は私たちを見て化け物だと怯え、こちらの言葉には一切耳を傾けない。そして、うわごとを繰り返すのだ。

 

『友達が欲しい……家族が欲しい……寂しい……』

 

 と、そんなことをただひたすらに口に出すだけだった。

 

 様々な手段を試した。しかし、やはり対話は不可能だという結論が出た。

 

 最後は、聖女の魔術によって一撃でトドメを刺した。

 

『化け物め……よくも私の家族を……呪ってやる……』

 

 それが、彼女の最期の言葉だった。

 

 なんとも、後味の悪い終わりだった。

 

 

 

 

 それから、かの魔王と同様の存在が発生していないか、二人で各地を旅することにした。

 

 世界を巡りながら魔物の残党を狩り、街で聞き込みをする旅だ。

 

 二人で旅をしているうちに、人類は少しずつ復興していった。やはり人類はしぶといもので、100年もしないうちにほとんど元通りになっていた。

 

 驚いたのは、聖女が実は人間ではなかったことだ。なんと竜種と人間のハーフだそう。やけに老いないなとは思っていたが、人類ではなかったとは驚きだ。

 

 

 私も聖女も、勇者との旅で有名になりすぎたため、途中から偽名を名乗ることになった。

 

 私は、メライナという名前から、同じ『黒』を意味するアーテルと名乗るようになった。聖女には「相変わらず安直だね」と笑われた。

 

 

 そして、700年が経った。魔王は、何度も何度も形を変えて現れた。初代のように魔物を生み出す存在ではない、しかし同じく災害のような性質を持った存在だった。

 

 二人目は無差別に大地を枯らす存在だった。三人目は圧倒的な破壊力で無意味に暴れ続ける存在だった。

 

 そしてやはり、ほとんどが言葉の通じない存在だった。言葉が通じる魔王も、あまり会話は成立しなかった。

 

 彼らが現れるたびに、私たちが打ち滅ぼした。

 

 700年も経てば、嫌でも多くのことがわかってくる。

 

 やはり、彼らに悪意はないこと。何らかの強制力が働いていること。

 

 私の攻撃ではダメージを与えることができないこと──私の魔術では、傷を与えても即座に修復してしまうことがわかった。だから、私はサポートに徹して、聖女がトドメを刺すようになった。

 

 どうやら、魔王は特殊な魔力を持っているらしい。そして、聖女の魔力はそれと打ち消し合うのだ。

 

 なんらかの作為を感じてならなかった……。やはり、勇者の言っていたことは正しかったのだろうか。

 

 そしてついに……この旅も終わりが来た。永遠に続くことはないというのはわかっていたことだった。

 

 聖女は竜種の血が混ざっていた。それでも、やはり寿命というものは存在した。

 

 最後は……老いて衰えたところを、魔王に殺された。

 

 空間を捻じ曲げる魔王だった。

 

「きっと、彼らも被害者なんだよ…………どうか、彼らを救ってあげて欲しい。あなたなら、きっとできるわ……最後にこんな呪いを残して、ごめんね……さようなら」

 

 それが、聖女の遺言だった。

 

 彼女を殺した魔王は、新たに生まれた勇者と聖女によって討たれた。魔王が生まれ続けるように、対抗する人間もまた生まれ続けるらしい。

 

 

 それから、1500年が経った。魔術の常識が変わり、生活様式もかつてとは大きく変わった。それほどまでに長い時間が流れた。

 

 勇者から譲り受けた白銀の剣は、気がつけば真っ黒に染まっていた。きっと、私の魔素が染み込み続けて、素材が変質したのだろう。

 

 

 また、時間が流れた。

 

 

 勇者と魔王の戦いを、何度も見届けた。気がつけば、魔物たちの毒性は無くなっていた。今では獣の一種として人類の生活の一部となっている。

 

 あのまま魔物は消失するかに思われたが、どうやら弱体化しつつもいまだに生き残っているらしい……これが、初代魔王の呪いなのだろうか。

 

 

 時間は、私を置き去りにして進んでいく。

 

 

 多くの魔王を見た。多くの勇者を見た。多くの聖女を見た。

 

 ただ無数のデータのみが増え続けた。魔王を救う手立ては一向に見つからなかった。

 

 これは、世界が生み出したそういうシステムなのだろう。きっと、彼らを救うことは不可能なのだ。そう結論が出た。それでも私は彼らの観測を続けた。それがあの人たちから貰った最後のお願い(呪い)だから。

 

 

 そして、更なる時が流れた。

 

 

 いつしか、私の記憶は限界値に到達していたらしい。人間が記憶していられる量を超過したのだ。

 

 古い記憶がどんどんこぼれ落ちていくのは、とても耐えがたい苦痛だった。

 

 大事な思い出が、次々と思い出せなくなっていった。楽しかった旅の記憶も、温かで苦しい恋の記憶も……なにもかも。

 

 あの優しい勇者のことも、強かな聖女のことも、徐々に思い出せなくなっていった。

 

 私を構成するものがなんなのかすら、わからなくなっていく感覚だった。人格を構成するのは積み重なった記憶だ。その記憶が抜け落ちるのは、人格を支えるものの消失に等しい。

 

 怖くて怖くて、でも、いつしかそんな恐怖も忘れてしまって。私は私がわからなくなった。

 

 

 でも、この黒い剣だけは、形ある確かなものとして私の手の中にあった。ずっと、この剣が私の心の拠り所だった。

 

 この剣を握るときだけ、ぼんやりとかつての記憶が蘇るのだ。

 

 

『一目惚れした。どうか僕とパーティを組んでくれないか』

 

『一回くらいは笑わせてみたかったな……僕の力不足だ。まぁ、その顔も可愛いけどね』

 

『これからも長い時間を生きていくんだろう? これを機に、剣を始めてみないか?』

 

『……この剣は、君に託すよ。僕の命より大切なものだ、大事にしてくれよ?』

 

 

 差し出された手は最後まで握れなかったけれど。この剣は、いまだ握り続けている。

 

 だから、まだ私は戦っていける。そう思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして私は、長い年月を得て、久方ぶりに私の心を動かす存在(アモール)に出会った。




ダイジェスト気味に書いてしまいました。本当は20万字規模で一つの作品として書くものでした。それを1話にするのは無理がありましたね……。

さっさと本編を進めろという方も多いと思います。次話からは本編第二章です。
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