魅了の魔女   作:わらにんぎょう

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お久しぶりです。ようやく第二章です。いつもの如く説明足らずな内容になってしまい申し訳ありません……


第二章『冷え込む朝の記憶』
私は私で、あなたも私


 

 

『私のせいだ……私が未熟だったばっかりに』

 

『いや……元はと言えば私が提案したことよ……』

 

 声が聞こえる。目を開けてみるも、視界は真っ暗で何も映らない。

 

「ここは……」

 

 口からそんな呟きが漏れた。想像以上に大きく響いたそれに、思わず口を押さえる。手の甲に唇の柔らかい感触が広がった。

 

『これは、外から壊せないのか?』

 

『できるとしても……とても危険ね』

 

 いまだ外から声が聞こえてくる。それに耳を澄ませようとしたとき、突然パチンと指を弾く音が後ろから聞こえた。

 

「そこまでだよ」

 

 そんな声と共に景色が塗り替わっていく。現れたのは孤児院の一室だった。懐かしい、食事などを行う共用スペースである。アーチ型の窓から光が差し込み、木製の長テーブルを照らしている。

 

 後ろを振り返って見れば、そこにはいつしか見た"僕"が立っていた。

 

 ほんのりと笑みを浮かべたアモールが、こちらを見ている。

 

「そんなもの聞いてたら心に毒だからね。まだまだ先は長いんだから。心の安寧はできるだけ大事にしていくべきさ」

 

 目の前にいるのは、寸分違わず"アモール"だ。だが、その中身は決して僕ではない。僕ではない何かがそこに入っている。

 

 彼女の周囲だけ、空間がぐねぐねと歪み、黒い瘴気のようなものが漂っている。なんとも悍ましい様相だ。

 

 こいつは、一体なんなのだろうか。

 

「今、お前は誰だって思った? 尤もな疑問だね」

 

 そう言うと彼女は自分の両眼を指差し、ニヤリと口元に弧を描く。その僕とは似ても似つかない表情にぞわりと全身が粟立った。

 

「私は、君がよく知るこの両眼なんだって言ったら……どうかな」

 

 その言葉の意味を理解した瞬間、一瞬頭が真っ白になった。

 

 ──気がつけば、体が無意識に動いていた。

 

「おっと、危ない」

 

 僕の拳がやつの顔に当たった瞬間、煙でも殴ったかのような虚な感触と共に奴の姿が掻き消える。

 

「そう怒らないでよ。冗談じゃないか」

 

 自分でも自分に驚いていた。頭も心も、自分の行動に追いつけていなかった。

 

 強く握りしめられた手を他人事のように眺める。胸の奥に燻るものをたった今自覚した。

 

 ──これは、憎悪だ。僕はこの魔眼を憎悪しているのだ。憎くて憎くて仕方ないのだ。

 

「私は魔眼の意思とかいう胡散臭い存在じゃないとも。だから一旦落ち着いて欲しいな」

 

 笑えない冗談を言う目の前の不気味な存在を睨みつける。

 

 こいつが一体何者なのか、ここはどこなのか、訊かないといけないことは幾つもある。

 

 取り敢えず、あまり好きになれそうにない相手だということはわかった。

 

「私も久方ぶりに外に出られてはしゃいでいるのさ。まぁ、厳密には外には出られていないけれどね」

 

「それで……結局お前はなんなのさ」

 

 そんな悪態をつけば、彼女は胡散臭い笑みを浮かべてこちらを見つめる。その顔は何を考えているのか全く読み取れない。

 

 やけに妖艶な仕草で彼女は唇を開く。

 

「それが君の素なのかい? うーん……そうだねぇ。私はアモールだとしか言いようがないんだけど。君は大いなる勘違いをしていそうだね」

 

「勘違い……?」

 

 そう。と言いながら椅子に腰を下ろす少女。その瞳の奥は、ギラギラと強い感情に揺れている。

 

「君は自分こそがアモールだと思っているみたいだけど……。ある日突然前世の記憶が()()()、なんて、そんな都合の良いことがあると本当に思っているのかい?」

 

「なにを……言って……」

 

「戻ったのではなく、植え付けられた、あるいは入れ替わったと考える方が自然じゃないかい?」

 

 彼女はそっと立ち上がって僕の方へと歩いてくる。その気迫に思わず一歩ずつ退くも、気にせず距離を詰めてくる。──そして、ついに壁に追い詰められた。

 

 黒い瘴気が、僕の足に絡みつく。ひやりとした感触が全身を駆け巡った。

 

「私は、得体の知れない何かが体の中にある感覚がずっと怖かった。君はその記憶を都合よく補完したみたいだけれど。おそらく……君は何らかの手違いで、すでに魂ある存在に憑依する形で転生したのだろうね」

 

 その言葉を理解することができなかった。いや、したくなかった。

 

「君の魂が私の元にやってきて、私は魂同士の競争に負けた……。そして、私の器を君が乗っ取った。君が私の記憶を持っているのは、器に影響されたからだろうね。脳に残っている記憶が君の魂に流入したのさ。ま、前世の君の知識による推測だけれど」

 

 それは、信じられない、信じたくない話だった。

 

 目の前にいる少女は、どう見ても胡散臭い存在だ。明らかに人間ではない雰囲気を醸している。この黒い瘴気だって、どう見ても良くない存在だ。

 

 でも、この言葉を嘘と断ずるには……私は穢れすぎている。愚かな人殺しの僕が、どうしてこの告発を嘘と言えよう。

 

 でも、こんな話が本当なら……僕がこの少女から体を奪ったというのなら。

 

 それは、まるで──

 

 ────本当に、生まれたことそのものが罪みたいじゃないか。

 

 

 目の前の存在が嘘を言っている可能性はある。

 

 でも、彼女の言葉を裏付けるように、僕のアモールとしての記憶は虫食いになっている。昔を思い出そうとしても、ぼんやりとした情景しか浮かんでこない。孤児院のみんなとの記憶だって、目覚めてからのものだけで……昔のことは霞がかっていて思い出せない。

 

 鼓動が速まっていく。ピンホールを覗いているように視界が端から暗くなっていく。

 

 ──息が、うまくできない。

 

 そんな僕の顎に、()()()()が指を沿わせる。下がっていた視線が強引に持ち上げられ、2つの双眸が交差する。怪しい光を湛えた一対の目が僕の顔を覗き込んでいる。

 

「震えちゃって、可愛いね。もしかして、思い当たる節でもあったのかい?」

 

 彼女の言葉が頭の中にこだまする。

 

「僕は……」

 

「僕は、なんだい? 私がアモールであったことは純然たる事実さ。それとも、被害者である私を拒絶するかい?」

 

 被害者。そう、彼女は被害者で、僕は加害者なのだ。いつだって僕は加害者で……醜い生き物だ。

 

 リシテアさんの死に顔がフラッシュバックする。頬にこびりついた眼球の感触が蘇る。

 

 

 ……そもそも、10年以上アモールとして生きていたのなら、記憶が戻ったとて前世の自我が突然優位になるわけがないのだ。ある日幼い日の記憶がフラッシュバックしたとして、その人の自我は幼いものになるだろうか……それは否である。

 

 違和感はずっとあった。それをこうして言葉で突きつけられて、すとんと、納得が行ってしまった。

 

 つまり僕は……この少女の体を奪い、挙句その体を使って好き放題振る舞って……多くの人を不幸にしたのだ。

 

 どこまで罪深い存在なのだろうか。こんなのもう……人間じゃない。人間と呼んで良い存在ではない。

 

 そうだ、僕は魔王だったか。まだみっともなく人間であることに未練を感じていたことが恥ずかしい。

 

「おや、認めるのが早くないかい? 私が本物のアモールである証拠なんてないんだよ? もしかしたら、君を騙すわるーい悪魔かもしれない」

 

 アモールが、当てが外れたかのような顔で、僕の頬を両手で包む。その言葉には一理ある。僕がアモールを乗っ取っていたのが事実だとしても、目の前の彼女が本物である証拠はない。なにより、記憶の中の彼女との乖離が激しい。

 

 でも、それでも。

 

 もう心がいっぱいいっぱいだった。何も考えたくなかった。もう、目の前のものを見ることすら億劫だった。

 

 ──もう、眠ってしまいたい。全てから目を逸らして、一人でいたい。

 

 アモールが頬を()ねてくるが、それに反応を返す気力も残っていなかった。

 

 僕という人間はどこまでも空虚で罪深いのだ。

 

「もしや聞いていないね? おーい。自分の世界に閉じ籠もってしまったのかい? ふむ……まぁいい」

 

 彼女の声にノイズが掛かって聞こえる。何を話しているのか判別できない。

 

「──あとは全部私に任せて、君は眠っているといいさ。全部終わった頃に……また起きてくればいい」

 

 彼女が僕の頭を撫でると、意識がだんだんと沈んでいく。文字通り深い沼に沈んでいくような心地だった。

 

 最後に見えたのは、目を細めて僕を見つめるアモールの姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────ー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぐったりと、アモールが私の胸に倒れこむ。

 

 彼女の体が光の粒子となって解けていく。どうやら狙い通りにいったようだ。

 

「精神世界だとこうなるんだ」

 

 完全に姿を消した彼女を見送って、近くの椅子に腰を下ろす。

 

 実体を持たないのだから座っても立っても特に変わらないけれど、これは気持ちの問題だ。

 

 どっと疲れを感じて深く瞼を閉じる。

 

 先ほどは少しきつく言い過ぎてしまったかもしれない。体の支配権を取り戻すのに必要なことだったとはいえ、あんな顔をされると心に来るものがある。

 

「呪われた生だなんて……全く、ままならないものだね」

 

 そんな独り言が、たった一人の空間に響き渡った。

 

 いつも通り、ひとりぼっちの時間だ。

 

 閉ざしていた耳を開けば、外からの話し声が聞こえてくる。慌ただしく結界を解こうとする声だ。

 

 ──自己封印だなんて、くだらない。

 

 魔眼の呪いなんかなくたって彼女()は愛されていただろうに。それを魔眼による束縛だと決めつけて拒絶するとは……なんとも報われないものだ。お互いに。

 

 

 そんなことを考えていると、いつもの如く激しい頭痛がやってくる。

 

 相も変わらず、私の中にドス黒い魔力が流入してくるのを感じる。

 

「結界があっても、やっぱり魔眼くんは元気だねぇ……わかりきっていたことだけれど」

 

 一体いつまでこの結界も持つのやら。

 

 

 できるだけ早く壊れてくれると助かるのだけど。そう、独りごちた。

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