魅了の魔女   作:わらにんぎょう

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お久しぶりです。リアルが落ち着いたので更新です。今話主人公不在です。


脅迫的愛憎

 ──突如ふらりと身を揺らすアモール。

 

 急いで体を滑り込ませて、倒れ込んだ彼女を支える。完全に脱力しており、意識を手放しているのがわかった。

 

 突然封印が砕け散ったかと思えば、解放されるなり倒れてしまったアモールに、周囲が騒然とする。それを制して、アモールを抱き上げようと足の裏に手を回す。

 

 ──その瞬間、その手を強く掴まれた。痛みを感じるほどの力で握りしめられる。

 

 ……アモールが、目を開いて私の顔を覗き込んでいた。大きく見開かれた、感情を移さぬ瞳が私を射抜いている。

 

 驚いて固まる私の手が、凄まじい膂力で引っ張られる。

 

 体勢を崩した私の体が、細い二本の腕に抱えられる。

 

「助けは……必要ないとも」

 

 息が掛かるほどの至近距離で、アモールがそう囁く。記憶にある彼女とは明らかに違う様子に、ぞくりと背筋に冷たいものが走った。

 

 彼女が、私を抱えたまま周囲を見渡す。

 

 ふむ、とひとつ頷くと、芝居がかった仕草で声を発した。

 

「話は聞いていたよ。みんな、今までよく頑張ったね。……私が、愛してあげよう」

 

 私が薄寒いものを覚えている一方で周りの人間──信徒たちは感極まったようにアモールを仰いでいる。

 

 彼女の目が、再び私に向けられる。

 

「アーテル。この場所を色々と案内してくれないかい? 起きたばかりで、知らないことが多いからね」

 

「……承知いたしました」

 

 その提案はこちらとしても好都合だった。あの子に何があったのか、一刻も早く知りたかった。

 

 抱えられているのを降ろしてもらい、信徒たちを一旦解散させる。

 

 そして、まずは彼女の部屋まで案内するのだった。

 

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 

 

「それで……アーテル。その魔力、リシテアが言っていた詠唱保持っていうやつだろう? さっきから魔力が強まってるの、物騒だからやめてくれないかい?」

 

 部屋に着くや否や、アモールの姿をしたナニカはそう口に出した。軽い隠蔽を施していたにも関わらず見破られた事実に、一層警戒を強める。

 

「……よくわかったわね。それで、貴女は一体誰なのかしら」

 

 保持していた魔術を解放し、武装を展開する。剣の先を彼女の喉元に突きつけ、次の魔術の準備をした。

 

 ──場合によっては、ここで殺し切らなくてはならない。手下を増やされる前に。

 

 意識を研ぎ澄ませ、未来を演算している私に、不気味な笑みが向けられる。

 

「私はアモールだとも。それ以上でもそれ以下でもないよ。それとも……何か別のものにでも見えるのかい?」

 

 彼女はそう言って、白々しく両手を上げて見せる。剣を向けられているというのに、全く緊張感のない様子だ。

 

 判断に迷い、剣を握る手に力が籠る。こいつは、どっちなのか。魔王としてイレギュラーな彼女だから、正直何が起きてもおかしくない。

 

「もう一度だけ聞くわ……貴女は、何者なの?」

 

 そう静かに問いかければ、彼女は先ほどまでの毅然とした態度を崩して困ったように眉を下げる。

 

「本当に私もアモールなんだけどね……。まぁ、今はアマレっていう名前もあるけど」

 

 どこかしょんぼりした様子でそう言う彼女にやや毒気が抜かれる。だが心の操作は彼女の本職だ。剣は下ろさず警戒も続ける。

 

「そう……取り敢えずアマレと呼ぶわ……今の貴女の状況を、詳しく教えてくれるかしら」

 

 まずは知らなくてはどうしようもない。彼女が何者なのか、アモールはどうしたのか。彼女は、敵なのか。

 

「そうだね。難しい話だから詳しくは言えないけれど……簡単に言えば二重人格かな。あぁ、悪魔憑きとかのことじゃないよ。説明が難しいね」

 

 私の問いかけに対して、アマレはうんうんと悩みながらそう答える。

 

 二重人格という言葉に聞き馴染みはない。字面から、今私がしている精神の主体の分離に近いものだろうか。

 

 そこまで考えて、ふと思い至る。それは、今までずっと考え続けていた故に至った気づきだった。

 

 なぜアモールが魔王となりながら狂わなかったのか。それは、

 

 いや、おかしい……それだと幾つも矛盾が生じる。でも、少なくともこれだけは言える。

 

「──じゃあ、貴女はもしかして…………いや、貴女が……アモールの呪いを引き受けていた存在だというの?」

 

 私の言葉を聞いてアマレは目を見開く。

 

「さっきの言葉だけで、そんなところまでわかっちゃうんだ。アーテルって、私が思ってるよりもずっとすごい人だったりする?」

 

 そう、茶化すように言う彼女に対して、私は冷や汗を流していた。

 

「肯定、するのね」

 

「まぁ、嘘言っても仕方ないしね。でも、私こそが真の魔王だっていう説は考えないのかい?」

 

 そう言われて、考えを巡らせる。確かにその可能性はある。しかし、やや考え難いものだった。

 

「だって、貴女……魅了の力が明らかに弱いもの……魔力は相変わらずだだ漏れなのに」

 

 そうだ。彼女から受ける精神干渉の強度が明らかに落ちているのだ。これは、魔力制御による魔眼の制限ではなく、魔眼そのものの力が弱まっている証だ。

 

 そう告げれば、彼女は苦笑いをして肩をすくめる。

 

「私たちは少し特殊な生まれでね。本当は、二重人格って言葉も相応しくないんだ」

 

 ──曰く、生まれた時から魂が二つあったのだと。今まではアモールが体を動かしていたが、アモールが心を壊したことで自分が表に出てきたのだと。今アモールは殻に閉じこもって意識空間の奥にいると。

 

 そう語り終えた彼女は、良い加減これ下ろしてくれないかな、と喉元の剣を指差す。

 

 私は首を横に振り、先ほどから抱いていた疑問を投げかけた。

 

「……でも、おかしいわ。呪いを引き受けていたと、そう言うのなら……今こうして狂っていないのはおかしい」

 

 そうだ。彼女が魔王の呪いを受けていると言うのなら、本来アモールがそうなるはずだったように、彼女も狂っているはずだ。だが、今こうして意思疎通を図ることができている。

 

 そんな私の疑問を聞いて、彼女は顔を伏せて、くつくつと小馬鹿にしたように笑い始めた。

 

「ふふふ、面白いことを言うね。────今の私が、狂っていないように見えるんだ?」

 

 そう言って顔を上げた彼女は、焦点の合わぬ目を大きく広げる。

 

 ──そこには狂気の色が見え隠れしていた。

 

「アッハッハ!! 狂ってないんならさぁ! ただの孤児の少女がこんなんになってるわけがないよねぇ!」

 

「……っ! 落ち着いてちょうだい」

 

「勿論、落ち着いてるとも」

 

 急に声を荒げたかと思えば、再び態度が変貌したアマレに、私は警戒を強める。

 

 ……この子もこの子で、きっと幾重もの激情を胸の奥に仕舞い込んでいるのだろう。不用意なことを言ってしまったことを反省しないと。

 

 言葉を発さず、彼女の一挙手一投足を注視する。しばらくして、咳払いをした彼女が先ほどの雰囲気に戻った。

 

「失礼したね。……真面目に言うなら、アーテルの言う狂気だの呪いだのが、私にはそもそもわからない。私は一応一般孤児だからね。魔王の専門家でもなんでもないし、よくわからないというのが本音さ」

 

 ただ、明らかに悪いものが流れ込んでくる感覚はずっとあったんだ。と、そう彼女は付け加えた。その言葉に嘘の色は見えない。

 

 確かに、彼女が知り得るはずもない。

 

 どこか超然とした雰囲気の彼女に感覚がおかしくなっていた。先程までの話を信じるなら、彼女もアモールとして知り得ること以上は知らないはずなのだ。

 

 勇者は生まれ持って使命を理解すると言うが、魔王は恐らくそうではない。

 

 しかし、アモールにしろアマレにしろ、私の知る魔王とかけ離れていることは確かだ。

 

 ──もっと、彼女のことを知る必要がある。

 

「取り敢えず、これだけは聞かせてちょうだい」

 

「なんだい?」

 

「──貴女は、私たちの……アモールの、敵かしら?」

 

 私のそんな問いを聞いて、彼女は目を見開く。パチパチと、不思議そうに瞬くと、不意に笑い始めた。

 

 くつくつと、おかしそうに笑う彼女に、私は呆気に取られる。なにがそんなに面白いのか。

 

「そうだよね。うん。ふふ、自分でこんな振る舞いをしていたくせに、いざそう言われると驚いてしまったよ」

 

「……なにが、そんなにおかしいのかしら」

 

 ひとしきり笑った彼女は、咳払いをした。

 

 ──そして、どこか()()()()()()、大切なものでも見るかのように、己の手をじっと見つめる。その顔には優しい微笑みが浮かんでいる。

 

 そんな目線が、今度は私に向けられた。その柔和な顔に、ぞくりと()()()()()()

 

「私はね、アーテル。この子も貴女も、とても愛おしいんだ。敵になんてならないとも」

 

 そう言って、アマレは恍惚とした顔で天井を仰ぐ。

 

「……この世界は、どこまでも残酷で、クソッタレで、理不尽だ。真っ当な救いなんてなくて、ただ苦しみに満ちている。でもね、そうであるからこそ」

 

 そこで、アマレは言葉を区切り、目を閉じる。その表情の裏に一体どんな感情が秘められているか、今の私には推し量ることができない。だが、彼女はその言葉に万感の思いを込めるように、ゆっくりと口を開いた。

 

「それに気づいた私が、誰かの救いにならないといけない。私が、みんなを愛してあげないといけない。そう、思うんだ。ただそれだけなんだよアーテル」

 

 その言葉は、不思議と……本当にそう思っているのだろうなと思わせる重さがある。

 

 なによりも、開かれた彼女の目は、酷く見覚えがあった。

 

「まずはこの子を、アモールを救ってあげないといけない。だからどうか、その剣を下ろして。私に協力して欲しい」

 

 そう言って差し出された手を、躊躇いながらも私は握り返した。同時に、剣を格納する。

 

「……一旦、完全にではないけれど……貴女を信用するわ、アマレ」

 

 そんなことを言いながらも、私の心中は穏やかではなかった。

 

 彼女の目は、これまでに何度も見てきたものだったから。

 

 ──なにかに縋らなくては心を保てなかった者の、諦観と希望が混在した意思。依存的な信念。そんな不健康な熱を孕んだ強い目だ。

 

 ああ、この子も真っ当に()()()いるのだと。

 

 そう、憐れまずにはいられなかった。

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