艦娘可愛いです。   作:銀匙

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1章
【その1】


 

ふと気が付くと、波打ち際に立っていた。

目の前には紅い大きな太陽が少しずつ水平線に沈んでゆく。

海水浴には似つかわしくないスーツ姿で、革靴が踏みしめる砂を静かに波がさらっていく。

裸足だったらぞわぞわと足場がなくなる感覚が楽しめたのだろうなと思った所で我に返る。

手には何も持っていない。あらゆるポケットも清々しいほど何も入ってない。

周囲を見る。右は波に洗われる崖と、その上に林。嫌な予感しかしない。

左は・・おおっ、紅白のクレーンがある。港かな。明かりも見える。

良かった。無人島にスーツで荷物無しなどというウルトラハードなスタートじゃなかった。

事情を話して頼み込めば家にくらい帰れるだろう。

 

・・・あれ?

 

私、どこに住んでるんだ?

 

 

-----

 

 

住所、氏名、職業、国籍、気持ち悪いほど思い出せない。

そもそもなんで波打ち際に立ってるのかさえ分からない。

1時間前、自分は何をしていた?

ここはどこだ?

単語というか、言語は分かる。自分に関する情報が出てこない。

 

頭を両手でガシガシかきむしると黒い髪が数本手についた。

腕の色を見るにアジア系、黒い髪、日本人かな?

 

「あの」

 

声のした方に振り向けば、海原に立つ6人の女性達。

まだ若い、というより少女と幼子の組み合わせ。姉妹とは違いそうだが。

一番年上そうな子が口を開いた。

 

「ここで何をなさっているんですか?」

「人の道に迷っておりました」

「へ?は、はぁ、そうなんですか」

 

私は何を言っているのだろう。

とっさに口をついて出た答えが人の道に迷う?怪しまれるだろうが。

ほらみろ、一気に皆の表情が曇ったじゃないか。

 

呆けているからこんな答えをするんだと思い、ぎゅっと目をつぶり、しっかり見開いた。

少しだけ視界がクリアになった気がする。

改めて彼女達を見ると、皆怪我をしている。

腕や顔には切り傷が見えるし、背負ったり腕や足に装備された機械は折れ曲がり、煙が出ている。

 

「君達こそ怪我をしているじゃないか。早く手当てしないと」

 

私の言葉に少女達はきょとんとした表情をした後、ころころと笑い始めた。

 

「こんなことは日常茶飯事なので気にしないでください」

「えぇ・・」

「それに、お風呂入れば治るっぽい!」

 

そんな馬鹿な。怪我した状態で風呂なんて入ったら出血がひどくなるじゃないか。

言葉を発しようとした私に手のひらを向けて、真ん中の少女が口を開いた。

 

「いずれにせよ、ここは鎮守府の敷地なんだから事情聴取させてもらうわよ」

「あっはい」

 

かくして私は少女達と共に建物に向かう事になったが、道中は普通に陸路だった。

私が海に立つべく近寄ろうとしたら少女達が駆け寄ってきて全力で止められたのである。

てっきり人類が海の上を歩けるようになったのかと思ったのだが違うようだ。

 

 

-----

 

 

「で、貴君は波打ち際に立つ前の記憶がさっぱりないと」

「はい」

「名前も?」

「住所も」

「電話番号も?」

「親兄弟親戚友人知人に至るまでそれはもう清々しいくらいに」

「悲壮感がまるでないな」

「あんまりな状態で現実感すら無いのです」

「そうか、そんなものか」

 

建物を幾つか超えて案内された一際大きな棟の中に入り、入り口に近い部屋へと通された。

案内されるままソファに腰を下ろすと、同行した少女の一人が残って私の傍に立った。

そりゃあ私一人にしておけないわな。

程なくして、二人組の女性がやってきた。それぞれ別の制服を着ているが、一人は真っ白い軍服だ。

振る舞い的に軍服の女性の方が階級が上なのだろう。

特に威圧されることもなく軍服の女性と私の会話は進んでいく。

それにしても、出会う人出会う人皆美しい。

私に現実感が無い理由の1つである。きっと夢なんだろう。

 

くぅ・・・きゅるるぅ・・

 

軍服の女性が半目になり、「お前な・・」と言わんばかりに私をじとりと見る。

いや待ってほしい。私の腹は鳴っていない。信じてほしい。

疑念を解こうと腰を浮かせた私の横で

 

「あ、あの、すみません・・」

 

耳まで真っ赤にしつつ蚊の鳴くような声を発したのは、私に付き添っていた少女であった。

その様子を見て軍服の女性はフッと笑うと、

 

「護衛帰りで問答にまで付き合っては腹も減るか。では続きは飯の後だ。貴君も食べていくと良い」

「ごちそうさまです」

「躊躇しないな」

「何せ何も持ってないので、この先ありつける見込みがありません」

「それもそうか。あぁ、神通は食事の後で修復を、任務は完了、報告書は明日で良い」

「あ、あの、ありがとうございます、司令官」

 

神通。

司令官。

それらの単語を聞いた途端、私の頭の中で何かが急速に展開されていく感じがした。

ん?なんだろう。私は何を思い出そうとしている?

そんな私をさしおいて、周りは時間が進んでいく。

 

「バケツを使うか?」

「そこまでではありません」

「そうか」

 

ふと、この会話を自然に受け入れた自分に戸惑った。

バケツが修復の時短を意味すると理解していることに違和感を覚えたのである。

バケツって水を入れる容器だろうに。それがなぜ・・あぁそうか中身だ。そうだったな。

私が眉をひそめたことに気づいたのか、司令官と呼ばれた女性がこちらを見て軽くウインクした。

いちいちサマになる。

 

「すまないが、他言無用で頼む。大した機密でもないんだがな」

「解りました。秘密にするのは高速修復材を在庫している事ですか?日常的な使用の部分ですか?」

 

私を除く全員の表情が一気に険しくなった。

去りかけていた神通という少女まで戻ってきてしまった。

どうやら余計な事を言ったせいで私の晩御飯が遠のいたようである。

 

 

-----

 

 

「これは?」

「羅針盤妖精さんですね。お世話になるというか振り回されるというか毛が抜けるというか」

「こっ、これは?」

「んー・・99艦爆?え?違う?じゃあ瑞雲?やったー」

「なん・・だと・・」

 

妖精さんが両腕で大きく丸の字を描いたのを見て喜んだら司令官が言葉を失った。なぜだ?

両手を中途半端に持ち上げて、絵にかいたような「わなわなと震える」様子である。

お綺麗なのにそんな劇画調みたいな顔したら台無しですよ?

 

「司令官、ならばこれを見せてみよう」

「い、いやそれは」

「何か知ってるかもしれないぞ」

「そうなったらむしろ困るんだが」

 

二人が1枚の写真を見ながら小声で会話してるのだけど、近いし部屋が静かなので丸聞こえである。

処世術的には知らないと言った方が良いのだろうが、しかし虚偽も罪に問われそうだし私も困る。

 

「こっ、これを知っているか?」

 

見せられた写真は明らかに深海棲艦。だが記憶にはない姿だった。

 

「いえ、知りませんね」

「そっ、そうか・・そうだよな・・・あははは」

「あはははは」

「わっはっは」

 

知らないといった方が盛り上がるのか。大学の講義とは真逆だな。

いかにも安堵したとばかりに長い溜息を吐き出した司令官は、改めて私を見た。

 

「すまないが本営に確認を取る。貴君が関係者という可能性もあるからな」

「お手数おかけします」

「これくらいなら大したことじゃない。あぁ、今晩は泊っていってくれ」

「ご飯どころか寝るところまで。ありがとうございます」

「引き留めるのはこちらの都合でもあるからな。那智、案内してやってくれ」

 

司令官に命じられた、もう一人の制服の女性改め那智さんは軽やかに立ち上がった。

 

「まずは食事だな。案内するからついてこい」

「ありがとうございます」

 

余計なことは言わないに限る。

沈黙は金、雄弁は銀。学んだ。

 

くきゅるるるぅと再び神通の腹が鳴り、顔を赤くして恥じ入る様子がとても可愛かった。

いや私が余計なこと言ったせいなんだけど。

 

 

 





お久しぶりでございます。
ご提供の方法は変わりません。
さっくりお読みいただける1話3000文字程度。
ネタがある間は毎朝6時にお届け。
終わる時は告知します。

お盆休みにどれくらい書けるかな。

それでは、明日の朝から連載開始です。
よろしくお願いします。
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