「ねぇ長門」
「なんだ」
「今日仕事少なくない?」
「まぁ少ないといえば少ないな」
「大淀さん?」
「特に何もしていませんよ」
「あ、そう」
「強いて言えば、訂正が少ないかもしれませんね」
そう。
今日は妙に仕事がサクサク片付いてしまう。
普通は報告が上がってきて、直したり確認したりを何度か行って、まぁこれで良いやってなったら署名。
なのに今日の報告は妙にしっかりしてる。全然直す所がなくさらさら署名できる。
「普段からこれだと私達はさらさら署名マシーンだね」
「ふっ。なんだそれは」
「読んで、えーおっけーって言いながら署名するだけの簡単なお仕事」
「確かに簡単そうだが、つまらなさそうだな」
「まぁね」
その時大淀があっと声をあげた。
「どうしたの大淀、何か分かった?」
「え、ええ。はっきりと」
「それにしては歯切れが悪いじゃん。何がどうだって言うのよ」
「今日の書類を全部見直したら、共通点が1つあって」
「うん」
「執務室へ来る前の提出前最終確認者が、全部鳳翔さんなんです」
数秒間、執務室に沈黙が流れた。
「え?何その最終確認者って」
「あ、ええと、どの鎮守府でもそうなんですが、本人が書いただけの報告書ってミスが多いんです」
「なるほど」
「なので例えば、出撃はしないけど休暇ではない方が事務処理の一環としてダブルチェックするんです」
「はいはい」
「それで問題なしとなれば司令官の所に出しましょうと」
「あーなるほどね。それで今日はその当番が鳳翔さんなんだ」
「あ、いえ」
「?」
「鳳翔さんは着任時は障害を負ってらしたのと拠点防衛に専念頂くという意味で当番から外していたのですが・・」
「じゃあ本来の今日の当番は?」
「ええと・・あ、伊勢さんと日向さんですね」
「二人に何かあったの?」
「特に報告は聞いていませんが、確認してみましょうか」
大淀はインカムで二人に連絡を取ってくれた。
「はい、はい。いえ、問題ありません。解りました。ありがとうございました」
「なんだって?」
「先日、鳳翔さんが浮かれて南半分の領海開放したじゃないですか?」
「浮かれて領海開放って改めて聞くと凄いパワーワードだね。うん、それで?」
「その時同行させて迷惑をかけたからと、交代してくださったそうです」
「なるほど、鳳翔さんらしいね」
「・・それでもう1つの事象の理由が解りました」
「もう1つの事象って?」
「皆さん、異様に字が丁寧なんです」
再び執務室に数秒間の静寂が訪れた。
私はそっと長門の方を向いた。
「鳳翔さんって、上司として見るとどんな感じ?」
長門は嫌そうな目で見返した。
「私にそれを言わせるのか・・あー、決して怒鳴ったり手を上げる事はしないな。指示は解りやすく的確だ」
「なるほど?」
「だが、有無を言わせない」
「・・なるほど」
「皆よぅく分かっているから目を皿のようにして自己チェックに勤しんでいるのだろうな」
「だから字が綺麗で内容も正しくて」
「そして書類が回ってくるのも早いから、もうそろそろ仕事が終わる訳だ」
「・・今日自分で書類起こす用事が無くて良かったなって」
「言うな」
コンコンコンコン。
カチャッ
そこにはにこやかに立つ鳳翔さんの姿が。
「失礼いたします。長門さん、加古さんの報告書をお持ちしましたよ」
「えっ?あっ、ああ、確かに受け取った。・・加古が持ってこないのは何かあったのか?」
「いえ、これが本日最後の書類でしたので、迎えに行くついでにと」
「鳳翔、足はその後どう?痛くなったりしてない?」
「あなた、お気遣いありがとうございます。その言葉だけで泊地の3つ4つ更地にしてしまいそうです」
「これから二人の時間なんだから出かけないで欲しいな」
「もちろんです。お店に美味しい物沢山ご用意していますので、一緒に行きませんか?」
「鳳翔のご飯美味しいから、おむすびにみそ汁でも大歓迎だよ?」
「それでは腕の振るい甲斐が無いじゃありませんか・・・ほほほ」
「あははは」
提督と鳳翔の会話を横に、長門と大淀はその異様に整った、完璧な書類を見て小さく震えていた。
普段の加古の書類は
「哨戒してたら5~6匹?出てきたからぶっとばしといたよ!」
だの
「ちゃんとボス沈めてきましたっ!」
だの
「いっぱい資源あったから持てるだけ持って帰って来た!」
だのがミミズがのたくったような字で書かれているだけというパターンなのに、
資源探訪報告書
報告者 加古
本日、資源の捜索と回収を目的に航行を行い、以下の成果を上げた事を報告する。
航路は△△海西側-△×海峡経由で〇●島、往復とも同一。
獲得資源は以下の通り。
漂流燃料の回収 34
敵兵装等の回収 81
・・・
長門はちらと大淀を見た。
大淀は小さく首を振った。
恐らくこの1枚の報告書を書き上げる頃には、加古は精神的に小破くらいしてドック入りだろう。
中破かもしれないな、と。
なるほど。だから。
「長門さん、書類に問題はございますか?」
「全く問題ありません!」
「そうですか。あなた、お帰りの仕度手伝いましょうか?」
「今日はスイスイ仕事が進んだからもう準備してあるよ。鳳翔さん頑張ったんでしょ?」
「いえいえ、私は書類を読んだだけですから。でも、なにかご褒美を下さるんですか?」
「いっぱい甘やかしてあげよう」
「あら、あら、どうしましょう。明日は残り半分も均してくることになるんでしょうか」
「あはは、なにそれ。というわけだから、長門、大淀、鳳翔さんと一緒に帰るね?」
「あ、ああ。お疲れ」
「お疲れさまでした、ご主人様」
「では失礼いたします。あなた、カバンお持ちします」
「ありがと」
パタン。
ドアが閉まってきっちり10秒の沈黙の後、長門が口を開いた。
「静かに狂うというのは、なかなかに恐ろしいものだな」
「鳳翔さん、普段とお変わりなさそうに見えて何人たりとも邪魔はさせぬという圧が凄まじかったです」
「ああ。鳳翔の視線がこちらを向く度に心臓が止まりそうだった」
「私はAIなのに、セ、センサーが“まさか邪魔なんてしませんよね”という思念の波動を感じました」
「それは合っているぞ。私もそう思ったからな」
「・・・お茶淹れますね」
「ああ。すまない、その、私は腰が抜けた」
「私も今日は早く寝ようと思います」
まだ午後の明るい日差しが執務室に差し込む時間にもかかわらず、二人はへへっと疲れた笑いを交わしたのである。
「そういえば鳳翔と外歩くのって初めてかな?」
「ええ、こうして一緒に、足手まといにならずに歩けるのが嬉しいです」
「ほんと治って良かったね」
「全部あなたのおかげですよ」
「プロポーズしただけなんだけどね。あっあの雲、なんか一匹の魚に見えない?」
「サンマでしょうか?アジでしょうか?」
「あの辺りがぷっくりしてるからアジかなあ」
「ではお夕飯はアジフライにしましょうか」
「あ、いいね。鳳翔のアジフライは梅肉入ってて美味しいんだよね」
「鮮度が良いのが一番なんですけどね」
「ある材料を状態を見て、適した工夫をして美味しく出せる。それが玄人の料理人らしさだと思うよ」
「・・あなた。そうやってポンポン跳満だの3倍満だのツモらないでください。とうにハコ割れして丸裸の気分です」
「じゃあ丸裸の全身マッサージしてあげるね」
「私に全世界の領海を開放して来いと?」
「あはは。どうしてそうなるのさー?」
鳳翔は提督に聞こえないよう、そっと溜息をついた。
大丈夫。大丈夫。私はまだ狂っていません。
・・・明日の朝は、大丈夫でいられるでしょうか?