それから1ヶ月ほどの時間をかけ、私は鎮守府の動かし方というものを学んだ。
艦娘達は呼び捨てにするほうが機嫌が良いといった雑学から、撤退する瞬間の判断まで。
一言で言って司令官は働き者である。自分が勤まるか不安を覚える程度には。
それでも、離島や僻地の鎮守府ならば外部との接触も少なく、制海権確保に邁進すればいいらしい。
「つまりいかに艦娘の皆と仲良くやるかが大事なんですね?」
「最大限艦娘達が機能するよう仕事を差配するんだぞ?」
「解ってますよ?」
「これほど不安な答えもないのだがまぁいい、そろそろ覚えただろう?」
「七條司令官殿」
「なんだ改まって」
「赴任前に試しにこちらを数日運営してみる、というのは」
「特に考えてないぞ。別に新天地での開始でもよかろう」
「失敗したらどうするんですか」
「貴君一人失敗したところで立て直せるさ」
「補給量減らされたから間違って本営にミサイル発射しちゃうとか」
「それは間違いではなく反逆というんだ」
「誰にでも過ちはあるじゃないですか」
「犯行動機まで語ってるじゃないか」
「空腹でうっかり発射ボタンをポチっちゃったかもしれないじゃないですか」
「そもそも鎮守府に長距離ミサイルなぞ配備されておらん」
「妖精さん作れるらしいですよ?」
「意図的に作らせなければ存在しないだろうが。準備した時点で有罪だ」
「いやほら、深海棲艦の拠点に向けて支援攻撃用にですね」
「横道にそれすぎだ馬鹿者」
「まさか私がしくじった時に責任問題になるのが嫌でぶっつけ本番させようとしてます?」
「ノーコメント」
「出発前に配備しておくか(ぼそ)」
「余計なことをするな」
「フリですね?」
「絶対に違うからな?」
「それで、練習が無いとすると、まさかたった1ヶ月の教育で鎮守府を動かせと?」
「本来なら6か月ほどかけるが、貴君は優秀だからな」
「私がそんな安いセリフに踊らされるとでも?」
「実際の話、艦娘達と打ち解けただろう?」
「打ち解けたというか向こうが遠慮会釈なくなっただけですが?」
「対等じゃないか」
「失礼な。私はいつだって艦娘の皆様に愛と敬意をこめてですね」
「MVPになった霞の口にどら焼きをねじ込むのがか?」
「「このクズ!ばかっ!」とか罵られながら蹴られたんですよ。しっかり食べてたのに酷くないですか?」
「その蛮勇はある意味尊敬に値するかもしれないな」
「いやあ照れますなあ」
「褒めてない。というわけでもう十分だろう。着任は明後日だ」
「え?どこへ行くんですか?」
「同じ海域の島だ。本土は嫌なんだろう?良かったじゃないか」
「ええ、軍内部の政治的ムーブは繊細で朴訥な私には無理だと思うのでね」
「知ってるか?本当に繊細で朴訥な奴は自分で言わないんだぞ?」
「こんなにシャイで口下手じゃないですか」
「閻魔様に舌を抜かれるぞ?」
「正直者だと絶賛されると思うんですが」
「その良く回る舌にこれで9mmの焦げ穴をあけても良いのだが?」
「謹んで拝命させて頂きます」
「よし」
お茶目なジョークに拳銃握りしめて青筋立てなくてもいいでしょうに。
あぁ、そういえば。
「誰か一緒に着任してくれるんですか?」
「鎮守府で貴君配下となる艦娘が待っている。現地集合だ」
「そこまでは?」
「うちの子達が送っていくぞ」
「誰かにおんぶしてもらって良いですか?」
「そんなこと言うとまた張り倒されるぞ?貴君は船に乗って曳いてもらうんだ」
「えー・・あの船、外洋で異次元の動きするから酔うんですよ・・」
「1度きりの僅かな距離だ。我慢したまえ」
「本当に1度きりだと、この時司令官は信じていたのである」
「縁起でもないことを言うな。赴任の詳細は曙から聞きたまえ」
「キャスティングに悪意を感じるんですが」
「霞の方が良いか?」
「ぼのたんで良いです」
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「やっとアンタが居なくなるからせいせいするわね!」
「そっか。私はぼのたんと分かれるのは寂しいな」
「ぼっ・・ぼのたんって・・言うんじゃないわよ・・」
赤くなっちゃってかーわいー
まぁ本音だし騙してはいない。
「とっ、とにかくここからここまで移動するの!解った?」
「ぼのたんが引くの?」
「ぼのたん言うな。私じゃなくて神通が曳くわよ」
「波が高いってこと?」
「今のところそんな予報じゃないけど、高くなっても安心でしょ」
そう。彼女らはきっちり船の流儀を受け継いでおり、大きな波になるほど小さな船は難儀する。
駆逐艦より軽巡、軽巡より重巡、重巡より戦艦の方が外洋の大波に対処しやすいのである。
とはいえ駆逐艦はあらゆるところに突っ込んでいくわけだが、余計な曳航物はない方が良い。
「じゃあ送ってくれるのはぼのたんと神通なんだ」
「その予定よ。あとぼのたん言うな」
「出発は?」
「明日の夜ヒトキュウサンマルに第2埠頭集合よ。遅れんじゃないわよ?」
「はいよ。あと、ぼのたん」
「なによ?」
「よろしく頼みます」
「・・・わかったわよ。だからぼのたん言うな」
こうして私は司令官や大勢の艦娘に涙涙で惜しまれつつ、慣れ親しんだ七條司令官の鎮守府を後にしたのである。
・・・嘘だよ。
七條司令官には「あーはいはい頑張ってねー」とか部屋で雑に手を振られたよ。
艦娘達は食堂で「またねー」とか軽く言われたし。
埠頭に来て見送ってくれたの叢雲さんだけだよ!
来てくれたのが本当に嬉しくて両手を握ったらすごい勢いで振りほどかれたけどな!
なんだよもー!
あっさりしすぎだよー!
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「そろそろ着きますよ、桧山さん」
「ありがと神通。全然揺れなかったよ。おかげでよく眠れたよ」
「えっ?制御装置が入ってるので、普通は揺れないと思うのですけど」
「前乗った時死ぬほど揺れたんだけど?」
「そうなんですか?制御装置がオフになってたんでしょうか・・」
再び日が昇って着任する島が見えてきた時、神通と交わした言葉がこれである。
誰だオフにしたやつ。心当たりがありすぎて解らん。
「周囲に敵影無し。接岸して大丈夫よ」
そう言いながら近づいてきたのはぼのたんである。
仕事の手は抜かないのでこの子は信用できる。
まぁ艦娘で仕事に不真面目な子なんて見たことないけどね。
「解りました。波止場に人影が見えますから、そこに接岸しましょう」
神通が頷きつつ応じ、二人と私の乗った船は静かに鎮守府に入っていった。
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「やっと会えた!陽炎よ。よろしくねっ!」
「桧山竜二だ。こちらこそよろしく」
眩しい笑顔で優しく握手してもらった!うれしい!陽炎かわいい!
じんわり喜びを噛みしめていると視線を感じた。
振り返ると曙が絵に描いたようなジト目でこちらを睨んでいる。
「フン。新しい女に鼻の下伸ばしちゃってさ。陽炎!この男に騙されちゃだめよ!」
「えっ?」
陽炎がきょとんとした顔になり、そっと尋ねてきた。
「えっと、桧山さんて、男なの?」
「・・・そうだけど、何か?」
「へー、私男の人って初めて見た。保護区域にしかいないって聞いたのに」
あぁ、そういえば男って少ないんだっけ。忘れてたよ。
陽炎からまじまじと見られるけど、私は陽炎をじっくり見つめられない。
間違いなくエロい目線になるからね!この不平等感!
「でも私達を避けてないわね」
「避ける理由がないというか、むしろ仲良くなりたいんだけど?」
「あは!変わってるわね!わかったわ!」
「あ、神通達はいつまで居てくれるの?夕方くらい?」
私の問いに神通が申し訳なさそうな顔で答える。
「すみません。送り届けたらすぐに戻るように言われていますので」
「えっ?朝ご飯も食べていかないの?」
「だっ、だいじょう」
くきゅるるる~
両手でお腹を押さえて真っ赤になる神通。
「おむすび作っておいたから食べない?」
笑顔で提案する陽炎に、私達3人はこくこくと頷いたのである。