「いらっしゃ・・あらあなた、おかえりなさい♪」
鳳翔の発した聞きなれない掛け声に、一斉に視線が入口に集まった。
居酒屋というより小料理屋のイイ雰囲気の店が一瞬で静まり返る。
また私が来るとぶち壊しですか。誰も失神させる前に帰ろうかな。
そんな風に私は思ったのだが、鳳翔はにこやかにこちらへと歩いてきた。
「ここまで浴衣で歩くには、まだ肌寒くありませんでしたか?」
「あ、うん、少しね」
「では羽織はそのまま。熱燗で良いのがありますが、洋酒のほうがよろしいですか?」
「熱燗でお願いします」
「かしこまりました。では・・あぁ那智さん、荷物をどけて頂いても?」
「・・・」
那智を含めた全ての客はこちらを向いたまま呆けている。
そして鳳翔は熟練の女将でもあるのだが、その前に歴戦の兵だった。
「・・那智、さん?」
「はいっ!タダイマ!」
声を一段落としただけで那智が再起動して一瞬で荷物をどかしたよ。
鳳翔は後ろを向いていたから見えなかったけど、こっちを見ていた那智が涙目になってたよ!
「さ、どうぞこちらへ。足柄さんは那智さんのお隣りへどうぞ」
「はいっ!」
私達がゴトゴトと椅子を動かしてカウンター席に腰掛ける間に鳳翔は戻っていた。
いつのまに。
「まずはお通しです。温かいうちにどうぞ」
そういって出てきたのが高野豆腐と白身魚の煮物。
湯気まで美味しそうである。
一口サイズなのでパクリと食べる。あ、これホント美味しい。
なんか紹介とか無いと入れてくれない、路地の奥の方にある、敷居を跨ぐのに勇気がいる店のやつ!
なら頼み方は1つ。野暮はいけない。
「ええと、鳳翔に任せる。晩御飯を兼ねたいんだ」
「かしこまりました。すぐにご用意しますね」
さほど動きが無いように見えるのに、あっという間に出てくる先付。
そしてうっすら湯気の出る徳利と御猪口。
「さぁどうぞ、ご一献」
「ありがとう」
カウンター越しに鳳翔が注いでくれる。
左手で袖がつかないように持ち上げているだけなのに、その仕草の色っぽい事。
これだけで1万払っても惜しくないです。
口に芳醇、喉にさっぱり、何をどうやったらこんなお酒が出来るんだろう。
温度も含めて飲みやすくて美味しいなあ。
「えっと、ご返杯は?」
「喜んで」
鳳翔がとろけそうな微笑みで私が使ったお猪口をつまみ上げ、そのまま差し出してくる。
私は徳利をつとめて音をたてないようにお猪口にあわせ、そっと注いだ。
鳳翔は目を瞑り、両手を添えてこくりこくりと酒を飲みほし、ゆっくり目を開くと、
「あなたに注いで頂けて最高に幸せです。生きていて良かった」
そう、私に言ったんだ。
「鳳翔に喜んでもらえて良かったよ」
「こちらをどうぞ。新しいお猪口です」
「さっきので良いのに」
「思い出として取っておきたいんです。ダメですか?」
そこで上目遣いは反則ですよ鳳翔さん!
「もちろんいいよ」
「えへっ。それではサービスいたしますね」
私はわくわくしながら料理を待っていたんだけど、ふと我に返って周りを見ると客が動いていない。
鳳翔を、あるいは私を見たままぽかんとしている。
・・・さっき動いてなかったっけ那智さんに足柄さん!?
視線を私を挟んで反対に向ければ、鳳翔を見たまま呆然としている加賀さんが居る。
どうしたもんかなと思っていると、鳳翔がくるりと周りを見て、パンパンと手を叩いた。
「皆さん?折角提督がいらしているのですから、粗相のないようにしてくださいね?」
酔っ払ってるはずの皆がすみませんと声を揃えたのは、気のせいだと思う事にしたんだ。
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「いや、それにしてもよく誘う度胸があったな、足柄」
那智がちらと私を見ながら、足柄のコップにビールを注いでいく。
足柄は肩をすくめた。
「食堂で会った時、今までの提督とは明らかに違ったから、もしかしてと思っただけよ」
カウンターの向こうから鳳翔が顔をのぞかせた。
「大金星の足柄さんから今晩のお代は頂きませんよ。お好きな物を頼んでくださいね」
「えっ!?やったわ!なら大吟醸“海坊主”を熱燗で!」
「酒の肴も用意しましょうね。夕飯は召し上がったんですよね?」
「ええ。食べてきたから軽めで。でも美味しい奴で!」
「はい、わかりました」
すごいなあと私は鳳翔を見ながら思う。
私には夕食兼ねたコースを作りながら、足柄にも並行して肴を作る。
他にも飛んでくる注文を顔色一つ変えずにこなしていく。
何より驚くのは鳳翔はメモを取っていない。すべて暗記しているのだ。
そんな私の視線を感じたのだろうか、鳳翔の瞳が私をとらえた。
「こちら吸物になります。お酒の追加ですか?あなた」
「ありがと。まだ追加は要らないけど、これを一人で回すなんて鳳翔凄いなあと思って見ていたよ」
「慣れてますから。でもあなたに褒めて頂けると嬉しいです」
「美人の鳳翔を見ながら飲んでると酒が進んで飲みすぎてしまいそうだ」
「お上手。そんなに私を夢中にさせてどうなさるおつもりですか?」
「どうもしないよ。鳳翔が頬を染めるのを見ながら楽しくお酒を頂きます」
「あらいけず。じらせるだけじらすのですね。罪な人」
イイ。良いですわ鳳翔さん。
酔っ払いを軽くあしらうやり方まで最高です。
誰が酔っ払い?私に決まってるじゃないですか。
もうすぐ徳利が開くんですよ?
まだ吸物すすり始めたばかりなのにってウマっ!?
「あー、吸物美味しいなぁ。あったまる」
「・・料理人冥利に尽きますね」
包丁を動かしながら、鳳翔は小さく息を吐いた。
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ご飯物として出された手毬寿司を頂く頃には、私はすっかり出来上がっていた。
隣にはこれまた良い感じで出来上がった足柄が居た。
「てーとく飲んでるー!?」
「のんでるよー」
「鳳翔さんの晩御飯おいしいでしょー?」
「ご飯美味しいし、周りの皆が美人だしサイコーです!」
「嬉しいこと言ってくれるわねぇ。ほんっと今の提督だあい好きよぉ!」
「私もだよ足柄っ!美人にカンパーイ」
「うぇーいカンパーイ」
「うぇーい」
御猪口で酔っ払い同士が乾杯すると間違いなく酒が零れるよね。
浴衣で良かったよ。
ふと反対から視線を感じたので振り向くと、今度は加賀がじっと私を見ていた。
「えっと、あ、ごめん。うるさかった?」
「そんなことはないけれど」
「何か言いたい?聞きたい?」
「・・・鳳翔さんと何かあったのかしら?」
「というと?」
「かつてないほど機嫌が良いわ。特に提督に対して」
「ほう」
「それに、足が完治したとも聞いた。ずっと治らなかったのに」
「そっちは本当に何もしてないよ」
「では、鳳翔さんに何をしたのかしら」
「プロポーズして了承頂きました」
加賀はあまり表情を見せない子だと思うのだけど、そこまで目を見開くんだ。
「そ、そう。確かに提督は私達全員と結婚すると宣言したけれど」
「うん」
「それは、お見合い対策でという事かしら?」
今度はジト目になったよ。意外と表情豊かだよね加賀さん。
「違うよ加賀。私は好きだから結婚したいの」
「全員好きだというの?」
「そうだよぅ?可愛くて優しい皆を愛さないはずがあろうかと!」
酔ってるなあ私。舌が良く回るわあ。
「では私もそうだというのね?」
「そうだよう?」
「なら告白してみて」
「それはダメー」
「なぜかしら」
私は加賀の両肩をガッと掴んだ。
「こんなべろんべろんに酔って言う物じゃないの。好きな人へのプロポーズは真剣にするもんなんだよ?」
途端に加賀が頬を染めて視線をそらした。
「あっ、あのっ、わっ、解ったわ。だから手を放して。あの、近いから」
私はゆらゆらしていた。酔っ払いだからね。
「ねむい」
そして私はそのまま意識を手放したんだ。