「今何と言った大淀」
「私は提督のモノになりました、と」
長門は始めたばかりの執務を止め、ペンをペン立てに戻した。
深呼吸を1回、2回と繰り返す。まだだ。まだ大丈夫。大淀はきっと必要な説明を省略しただけだ。
「プランの補記事項にあった、サンプルの採取行為を始めたという事か?」
「そうだったのですが、それだけではありません」
「どういうことだ」
「身も心も提督に厳しく躾けられ、もはや提督なしでは生きられない体にされました」
「は?」
「ですので本部と交渉し、資産譲渡してもらいました」
「そ、そんな簡単に国内最高位の治安維持AIを譲渡するのか?」
「させました」
「は?と、とすると、大淀の代役が本部から寄越されるのか?」
「いいえ。形式上、私は提督の専属護衛艦娘となりましたので」
「おい待てそっちの方が重要な情報だろうが」
専属護衛艦娘は通常、王族や皇族、現役首相など、世界でもごく少数の要人に配属される特別職である。
内紛や身内のクーデター等にも対処出来るよう、対象保護の為に武力行使まで許されている。
ただ、その権力と武力が強大過ぎるため、通常民間人には適用されない。
乱用されれば容易に国内紛争が勃発してしまうからである。
「私が専属護衛艦娘に就任しても、桧山提督の職務や義務に追加される事は一切ありません」
「あ、いやそうではなくてだな」
「万が一、桧山様が辞職または解任されても私は桧山様の個人資産なのでそのまま桧山様を保護し続けます。ご安心ください」
「それ安心して良いのか?かなりまず」
「それから、問い合わせを行っていた艦娘との婚姻での見合い継続要否についてですが」
「おい話を聞・・え?あ、うむ」
「私を含めた5名以上とのケッコンカッコカリを条件に、見合いは継続不要との言質を取りました。確定です」
「そっそうか!」
「ですからこのプランを実施し、適切な婚姻生活を続ける限り提督の安全は保たれます」
「よくやった!よくやったな大淀!」
「はい!」
長門は思わずガッツポーズを取った。
問い合わせを行ってからずっと、大淀から不穏な情報しかもたらされていなかった。
5人全員が艦娘ではダメで3名は人間を含めろだの、ああだのこうだのと難癖が付いていると。
きっと大淀は粘り強く交渉してくれたのだろう。
「礼を言うぞ大淀。これでこの鎮守府に居る限り提督は安心だ」
「長門さん」
「うん?」
「その為にも、ルールは厳守させてくださいね?」
長門は大淀を見て、ややあって頷いた。
「かなり複雑だから、最初は指導してやって欲しい。いきなり刑務所送致では誰も居なくなってしまう」
「提督もそれは本意ではないでしょうし、致し方ありませんが、提督の生命維持が最優先ですよ」
「それはそうだが、そうなってしまうのか?」
「99.9992%の確率で危険です」
「それはもう100%だな。そんなに酷いのか」
「ご主人様は魅力に満ち溢れたお方ですから」
「なぜご主人様と言い換えた?」
「偉大なるご主人様をたかが軍隊の階級区分でお呼びしては不敬にあたるかと。本当は神とお呼びしたいのですが」
長門はとろんとした目で微笑む大淀の目にどろりとした狂気を感じてぞくりとした。
あれはまるで、昨日の鳳翔のような・・そういえば。
「そうだ大淀。鳳翔からは連絡は入っているか?」
「・・いいえ、受信記録はありません」
「帰港予定までは?」
「あと26時間ほどです。本当に遠い場所ですので」
「ふむ、それならまだ通信不可海域だな」
「近海以外は通信が途絶えてしまいますので」
「まぁ鳳翔がやられる事はないだろう」
「伊勢さんと日向さんのお二人が護衛ですし、もはや万が一もありません」
「ちなみに万が一の具体的な確率は」
「0.008%です」
「鎮守府内における提督の安全率は敵拠点を潰しに行った鳳翔の万が一より低いのか」
「そうなります」
「・・解った。関係者への指導と提督の警護を任せる」
「制圧が必要な場合は手加減できませんので、そこはご容赦ください」
「説明会開催が最優先か」
「それがよろしいかと。鳳翔さん達には帰港後ご説明いたしましょう」
長門は溜息をついた。また厄介な仕事が積み重なった、と。
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「それが良いと思うよ」
説明を終えた大淀を横に、長門が意見を求めた開口一番がこの一言だった。
声の主は加古である。
「加古っ!そこはムリー!とか、さすがに厳しいとか言わないとダメネー!」
すかさず反論した金剛に加古は肩をすくめた。
「だってさぁ金剛」
「?」
「これ守れば確かに提督は割と楽なペースでおせっせ出来るって事でしょ」
「そっ、それは、ま、まぁ」
「ってことは提督ビンビンでしょ?」
「ビンビン」
「逆にさ、アタシらが好き勝手したら提督2日と保たずに干物になりそうじゃん?」
途端に金剛型4姉妹が視線を逸らしたので、加古は頷いた。
「アタシは提督が旦那で、アタシの所に来る日にはビンビンでいて欲しい」
「・・」
「なにより、おせっせを嫌いにならないでほしいんだ」
「あう」
「あとさぁ・・大淀」
大淀がクイっとメガネをあげた。
「なんでしょう?」
「アタシの計算が間違ってんのかもしれないけど」
「はい」
「うちらは提督が倒れなければおよそ月1回おせっせデート・・あぁ略称でいう「おデート」の日が来るけどさ」
「はい」
「大淀はそれに加えて更に月15日提督にくっついてる事にならない?」
「15日どころか1年中ですが?専属護衛艦娘ですから」
「いやいや、奥さんとしてさあ」
「皆さんが好き放題提督を酷使した後の体力回復期間の事を言ってますか?」
「あ」
「そんなタイミングでごしゅ・・提督に愛してもらえるとでも?」
「そっかぁ」
「既に搾精タイミングに悩んでるんですよ?」
「毎月3cc国に出すやつでしょ?」
「文面上はそうなりますが、それは最低提出量なので」
「もっと寄越せって言われるんだよね。知ってる」
「まぁ今までの提督よりはずっとやりやすくなりましたけど」
「今までどうしてたの」
「実は存じないのです。搾精キットをドアの前に置いておくと完了状態で翌朝置いてありましたので」
「容易に想像つくわー」
「ですので、まだ今の方が良くて。ちなみにどなたかご協力頂け・・ないですよね。知ってました」
「加古も納得したか?次の者」
力なく笑う大淀を横目に、長門は続く質問者に回した。
さすがに楽しい楽しい男女の営みの時間を国に横取りされて良い艦娘はおるまい。
そもそも搾精キットは簡単に言えばゴムチューブ付の真空引き注射器でとても使い勝手が悪く不評な代物だ。
今後大淀がどうやるのかは知らないが、搾精機能とやらでどうにかするのだろう。
数人の質問の後、加賀が手を挙げた。
「質問良いかしら」
「どうぞ」
「チューチューさわさわは射精カウント対象外よね?」
長門の眉根が一気に寄った。
「待て待て加賀それは何だ」
大淀のメガネがきらりと光った。
「審議しますので詳細な行為説明をお願いします」
「拒否します」
「問答無用でレベル6認定しますよ?」
「やめて。せっ、説明、するから。なぜ鳳翔さんが居ないの、こんな時に」
こうして議場となった食堂は賑やかなまま午後に突入したのであった。
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その頃、私は空腹を抱えていた。
なぜなら鳳翔は雑用で外出中、食堂は全体会議とやらで封鎖中。自炊しようにも食材が無いわけで。
「なんか着任後、空腹でいること多いんだよねぇ、ねー?」
だから妖精さんと中庭でお話するしか無いかなと思ったんだけど。
「そうだ、明石の酒保はどうだろ?」
この際乾パンとかでも良いよ。