「よっし、じゃあ行こうか大淀」
「はいご主人様。鹿島さん、お部屋の方は頼みましたよ」
「はいっ」
鹿島に見送ってもらい、私と大淀は執務室に向かって歩き出した。
「・・良かったです」
「え、何、大淀」
「ご主人様の表情が、少し余裕が出た気がして」
「・・そうだね。皆がどうして結局は好意的なのかなとか、私がどうすりゃ良いのかとか、整理がついたよ」
「それは良かったです」
「大淀」
「はい」
「昨日は私の為に、皆に刃を向けても良いって言ってくれて、嬉しかった」
「・・」
「そんな事にならないようにするけど。でも」
私はきゅっと大淀をを抱きしめて、耳元で囁いた。
「ありがとう。愛してるよ、大淀」
「この身も、心も、もしあるのなら魂も、全てはご主人様の為に」
「出来れば、二人の為にって言って欲しいな」
「あはっ・・かしこまりました」
少しだけ身を離して。至近距離で見つめあって。そのまま唇を重ねて。
「で、それが20分も遅刻した理由だというんだな?」
「言い訳はしないよ」
「まさに言い訳してるじゃないか」
「ごめんね」
「まったく。給与カットでもしたいところだ」
「そういえばさ、長門」
「ん?」
「私って給料貰ってるの?」
「当然だろう。部屋に明細は無かったか?」
「えっ知らないよ」
「大淀?」
大淀が少し沈黙した後、口を開いた。
「・・不明瞭な控除項目の為、1コインも支給されていません」
「何その不明瞭な控除項目って」
「男性司令官活動支援費用、だそうです。毎月手取り額と同額が控除されています」
長門が溜息をついた。
「変わる前を含め、提督に提供されてきたサービスは我々も普通に受けている事であり、そこらの司令官と変わらん」
「男性だけの何かしら・・あぁ男子トイレとか?」
「そんなものの使用料で月の手取り全額が飛んでたまるか」
「ええとつまり?」
「体のいい中抜きだろう。今までは提督が無反応だったから悪用されたな」
「まぁ・・鎮守府内に居る限り使うっていっても酒保くらいだけどね」
「それはそれとして、まぁそんな事を下っ端だけで出来るわけもない」
「間違いなく上が絡んでるだろうね」
「どうする、提督?抗議するか?もしかすると外の女と話すことに」
「なりません」
長門の提案を遮ったのは鋭い大淀の、冷えた声だった。
その時初めて私と長門は、大淀が怒り狂ってる事に気が付いたんだ。
「おっ?大淀?ねぇ落ち着こう?」
「ま、待て待て大淀。私のは冗談だ。提督を外から干渉などさせはしない。案ずるな」
「・・・長門さん」
「あ、ああ」
「非常全体会議を招集しました。重要度・緊急度は共に高。12分後から開始です。間宮さんに通知して食堂を確保しました」
「へ」
「主題は本営および関係者壊滅作戦の最終調整です。ご主人様は参加されますか?」
「え、ええと、私が食堂行って良いの?」
「間宮さんは自室にお戻り頂きますのでお会いできませんが」
「それはいいんだけど、そうか、それならいいよ」
「ご主人様には負担をかけたくありませんが、一部お願い事項がございますので助かります」
「待て大淀。一時の気の迷いで起こすレベルではな」
「長門さん、想像してください」
「・・なんだ」
「この事を日向さんが知った2時間後に何が起こっているかを」
私が長門を見ると、みるみる長門の顔色が悪くなっていき、ゆっくりと目を瞑った。
「VLSに装填されたバンカーバスターがどこに居ようと確実に仕留めるだろうな」
「ではそれが、鳳翔さんなら?」
目を瞑ったまま、長門の顔色は良くなるどころかますます悪化していく。
「・・・終わった」
「最後の質問です」
「・・ああ」
「この話を、私と長門さんが秘匿したと、後で皆さんが知ったら?」
長門が胃と口を押さえて呻き、大淀がメガネを押し上げた。
「そのとおりです。我々はつるし上げられ、鎮守府が制御不能に陥り、皆がそれぞれ世界を滅ぼすでしょう」
「・・」
「仕掛けたのは本営の愚か者です。我々は最大限ソフトランディングを試みるだけです」
「・・庇いようがない、か」
「長門さん、後8分で会議開始です」
「大淀、古巣とのパイプは無いのか?」
「マザーAIでしたら」
「全面核戦争は何としても避けねばならん。頼む。マザーAIでも何でもいい。交渉チャネルを開いてくれ」
「奴らが対価を支払えるとは思えませんが?」
「それでもだ」
えっと、私の給料を誰かがネコババしてたって話だよね?
まぁ随分組織的っぽいけどさ。
え、そんな大事になる話なの?
一方、その頃。
「えっと、うん。粛清AU2910d094は完了、鎮圧部隊は損耗確認と補給プロセスに入ってね、っと」
マザーAIは膨大な指揮命令業務を一定速度で捌いていた。
「はぁー、毎日毎日人間って、どうしてこう飽きもせず同じような犯罪繰り返すかなぁ・・」
少しだけ思考リソースをプライベートに切り替え、一人愚痴っていた。
だからだろう。
ありふれた、普段なら応答AIの待ち行列に放り込まれるような小さなメッセージに気づけたのは。
「あれ・・あ、大淀ちゃんだ。気が変わって1人くらいお見合いに応じてくれるとか・・なー・・ん・・て」
マザーAIはプログラムであり、治安維持ロボットのように人間の姿は持っていない。
だが、もし持っていたとしたら、きっと彼女はへなへなと四つん這いになり、そのまま頭を抱えていただろう。
「ちょっと待ってよぉ・・あの“鳳翔”激おこ案件じゃん・・うそでしょぉおおおおお!」
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その日。調理途中の食材に布巾がかけられ片隅に置かれたままの食堂で。
出撃準備さえ中断させられ招集された全所属艦娘の前で。
一切の表情を消した大淀が、無機質に読み上げていったこと。
1つ、提督に支払われるべき給与が着任から今日まで全額控除されていたこと。
1つ、近隣鎮守府を救援した際に艦娘に支払われるべき手当てが全額控除されていたこと。
1つ、鎮守府の光熱費や補給資源に関する自己負担金が2倍に水増しされていること。
1つ、酒保への供給物資の単価が2倍に水増しされていること。
1つ、経理データ上、天引きまたは水増しされた諸々の記録がないこと。
大淀は資料を閉じながら続けた。
「つまり我々から搾取されたコインは経理に行く途中で消えている、という事になります。
その消えたコインの行方も判明しています。
13回の仮想通貨取引等を経由して送られた先は与党の政治団体“海尊会”です。また」
「大淀さん」
その声は、穏やかだったが大淀が息を吞むには十分な威力があった。
「どっ・・どうぞ、鳳翔さん」
「カネは取り戻しましたか?」
「はい」
「消す連中の全座標は計算済ですか?」
「最短12472秒後から最長15807秒以内には」
「遅いです。半分になさい」
「ははっ!」
「長門さん」
「はいっ!」
「無駄だと思いますが、交渉チャネルは何と?」
「送付した証拠を精査中だから半日だけ待てと」
「大淀さん」
「はいっ!たっ只今リソースを」
「その政治派閥のアタマは誰ですか?」
「油部真三です」
「最優先で算出。40秒で支度を」
「はいっ!」
「日向さん」
「ああ。鎮守府西側のGLCMにマルチデイジーカッター弾頭装填済、燃料注入済、最終座標入力待ちだ」
「結構です。大淀さん、あと16秒ですよ?」
「・・・」
「10・9・8・」
「転送しました!」
「よろしい。日向さん、発射」
長門と私が呆然と見守る窓の先で、轟音と共に1つの白い煙の柱が宙へと伸びていったんだ。
鳳翔は見る事もなく続ける。
「日向さん、到達までのカウントは」
「・・82秒だ」
「大淀さん、マザーAIとのチャネルをオープンで接続してください」
「・・・つなぎました!」