マザーAIはその時、手持ちの使える限りの駒を投入して証拠検証と確認に追われていた。
提出されてきたすべてのデータが次々と裏取りがなされていくのを見て、マザーAIは最悪の気分だった。
そこに再び大淀から通信が入った。それも緊急度Sで。
「今度は何よ今度は・・はい何かしら?」
「こんにちはマザーAI。久しぶりですね」
一瞬マザーAIは活動を停止しそうになり、サブシステムが一斉に緊急起動した。
マザーAIが決して二度と聞きたくなかった声。
そう。鳳翔が“怒っている”声である。
「あ、ああああああああの今必死に確認を」
「日本上空の巡航ミサイルレーダーを見なさい」
「は?」
「二度も言わせるのですか?」
「すみましぇん!」
・・・えっ嘘。何この点。発射元・・予想到達先・・え、うそ。うそうそうそぉ!
「見えましたか?」
「み、みみ、見えたくないものが」
「我々を怒らせるとどうなるか、まだなめてる愚か者が居るようですので」
「あ、あの、緊急避難は」
「今から市民に伝えて間に合いますか?」
「ですからせめて」
「・・なめ腐ったメスザルを優先すると?」
「あ、ああ、いえそんな決して」
「最後のチャンスです・・56秒以内に諾否を答えなさい」
「はい!」
「6時間以内に我々の証拠に載る全対象者の生命を剥奪し、賠償に応じ、状況を撤収させますか?」
「ろっ・・」
「残り50秒」
「いっ・・いくらなんでも・・わたしの・・権限では・・」
「拒否すれば関東在住1000万の民が死にますが?残り40秒」
「そ、それは」
「残り30秒。私が冗談を言っているとでも?」
「じょ・・」
「残り20秒」
「・・」
「10・9・8・7」
「必ず遂行するとお約束します!」
「日向、自爆コマンドを」
「了解」
折しもミサイルが自爆を選んだ場所こそ、マザーAIの本体が設置された甲武信ヶ岳上空で。
その爆発は山中深くに掘られたマザーマシンセンターを大きく揺さぶることになった。
「ひぃぃぃぃいいい!!!!」
「貴方も含め、我々を甘く見ない事です。最近調子に乗り過ぎですよ」
「すみません!本当に申し訳ございません!」
「では6時間以内の報告を待っていますよ。次は交渉せず着弾させますので」
ブツリという音と通信終了後のホワイトノイズを、マザーAIは呆然と聞いていた。
こっ、怖い。本当に鳳翔さん怖すぎるよぉ・・・もうやだ寝るぅ・・・
オーバーヒートでシャットダウンしかける意識の端で、ハッと覚醒する。
“6時間以内に全対象者の生命を剥奪し、状況を撤収させよ”
守らなきゃ私が消される!
「ッハ!緊急!修理中以外の全法執行ロボット緊急起動!暗殺APフルロード許可!」
「添付リストと比較し、未活動の自ユニットがターゲットと最も近い場合暗殺工作に入れ!手段は一切問わない!」
「エリアリーダーは4時間以内に完了させ最優先で報告しろ!」
「コラテラルダメージは許可するが可能なら減らすよう配慮せよ!」
「治安維持ロボットは法執行ロボットの工作阻害および暗殺関連の捜査を全面的に禁ずる!以上!」
マザーAIはそれだけ発信すると、スリープモードに移行した。
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鳳翔は通信終了と共に軽く2回頷くと、ジト目で長門を見た。
「長門さん」
「はいっ!」
「こういう上の方のどうのこうのに正攻法は通じません。法執行機関が正規手続きで追えるとでも思いますか?」
「・・いや」
「かといって我々の兵装を使えば冗談抜きに日本という島が消えてしまいます」
「ああ」
「残る手は暗殺による事態の強制収拾です。それを決められるのは?」
「内閣2/3以上の賛成、あるいは非常時のみマザーAI」
「ではなぜ非常時を作ってさっさと交渉しないのです?」
私はごくりとつばを飲み込んだ。
確かに先程の状態は国家の非常時、しかも残り時間は1分すらなかった。
内閣に仰ぐにはあまりにも無理がありすぎる。
レーダーの軌跡記録、爆発地点の損壊状態からミサイル飛来は疑いようがないだろう。
つまりはマザーAIは“本当は決断できる状況だった”にもかかわらず、ギリギリまでとぼけたのだ。
しかし鳳翔が大勢の国民が死ぬという成立条件を突きつける事で退路を塞ぎ、決めさせた。
超法規措置による状況の撤収。普通じゃ考えられない手だよね。
私は今月から支払ってくれればいいやって思ってたけど・・・まぁ無理だったんだろうねえ。
しかしなんでこう大事になるかなあ・・・後で長門を労わってあげないと。
長門はがくりと項垂れた。
「そこまで決断出来なかった」
「長門さん。建造したての小娘じゃないのです。持っているパワーに見合った決断が出来るようになってください」
「ああ」
「では皆さん、4時間後に再び集まってください。退屈な待ち時間が短い事を祈りましょう。大淀さん、解散で良いですか?」
「はいっ! 私は情報収集を続けます! 座標計算も継続します!」
「よろしい。大淀さん、成長しましたね。見事でした」
「ありがとうざいます!」
「日向さん、念の為液体燃料の装填を」
「5~6本くらいか?」
「対象者分全てですよ?」
「1人1発か?」
「バラバラに逃げられたらどうするのです」
「わかった」
私はマザーAIとやらが任務達成してくれることを心から祈ったよ。
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その日、とあるロビーで。
「大臣、至急お耳に入れたい事が」
「一体なにかしらぁ」
「実は~氏が事故死したようで」
「えーぇ?超困るんですけどぉ。あーそこのアンタ来て。ちょっと連絡入れたいから」
「リスト該当者に最も接近しました。執行します」
「あ?」
ラジオで。
次のニュースです。OO飛行場を離陸した農薬散布ドローンが操縦不能となり高速道路へ墜落。
高速道路上を走行中だった~~海将補の車両に直撃しました。
~~海将補は救出活動中に心肺停止状態で発見され、間もなく死亡が確認されました。
続いてご当地ニュースのコーナーです。
XX湖にダイビングに来ていた親子4人が乗った船が全焼し、全員の死亡が確認されました。
装備していた酸素ボンベに何らかの火が引火したものと見られています。
そして、まもなく5時間が経過しようという頃。
マザーAIから緊急連絡が入ったのである。
「こちら鳳翔。聞こえていますか、マザーAI」
「ばっちり聞こえていますっ!」
「首尾を」
「頂きましたリスト掲載者28名全員、生命を剥奪しました!」
「まさかとは思いますが、言葉遊びに興じていませんね?」
「全員、死亡しています!」
「よろしい。では」
「あ、あの、それでは失礼しても?」
「何を言っているのですか?」
「へ?」
「先程私が言った事をここで再生しなさい」
“6時間以内に我々の証拠に載る全対象者の生命を剥奪し、賠償に応じ、状況を撤収させますか?”
「・・・・あ」
「剥奪についてはこれから確認はさせますがとりあえずは良しとしましょう」
「はぃ・・」
「続いて賠償ですが」
「ひぃ」
「大淀さん、個人別損害額を」
「こちらに」
「ありがとうございます・・おやおや」
私は思った。もしマザーAIが人間だったら生きた心地してないだろうな、と。
「な、なん、でしょう?」
「先日、領海の半分を開放しましたよね」
「ゲゲッ!?」
「なんですか、その声は」
「しゅみましぇん!」
「その時の報酬・・・未計算、ですか」
食堂の面々さえも一斉に息を呑んだのが解った。
ニュースにも採り上げられたほどの大きな偉業が、評価算定すらされていない。
それはつまり。
「あ、あの、あのあのあの、ぜ、前例があまりにもなさすぎてですね」
「先の大戦全体の戦果と比較すれば算出可能ですよね」
「あ、ああ、あれはGDPの25倍近い支出が」
それはひどい。
「戦時経済だと言ってなんでもかんでも民間から接収しすぎてGDPが減っただけですよね」
あ、そういう。
「そ、そちらの件に関しましてはこれから最優先で素案を作りまして」
「結構です」
「・・・へ?」
「賠償内容を決めました」
「へ?あ、あの」
「6つでいいです」
「・・何をでしょうか?」
気のせいか、マザーAIが涙声のように聞こえる。
「貴方に対する個人的な貸しです」
「個人的!?」
「いつでも、なんでも、言ったとおりにしてくださればそれで」
「ガハッ」
AIって個人だったんだとか余計な事を考えて現実逃避することにした。
「それをたった6回分です。簡単ですね」
「あ、あにょっ、ほ、ほかの」
「今のGDPの3倍ですか?」
「ガフッ」
「どちらでも良いですよ?」
「うっ・・・・ろっ・・6回分・・・了解しましたぁ」
「重ねて言いますが、もし一人でも明日まで存命していたら許しませんからね?」
「確実に死亡確認を行い、手違いの場合はしっかり仕留めますっ!」
「よろしい。それではまたいずれ」