「でしゅから・・聞いてんですか司令?」
「きいて・・る・・よ・・」
やがて二人から微かな寝息しか聞こえなくなった時、鳳翔は仕込みの包丁の手を止めた。
入口の向こうからはとっくに日が昇っていて。
「ようやく終わりましたか。向こう1週間は仕込みで楽が出来そうです」
二人に毛布を掛けると、鳳翔はカラカラと入り口を開け、ぐいっと背伸びをして腰を伸ばした。
「今夜は臨時休業にしましょう。さすがに徹夜では厳しいですし・・」
ちらと店内に視線をやり、小さくため息を吐いた。
「まだまだ色々やらねばならないことがありそうですからね」
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「あなた、もうそろそろ執務に間に合いませんよ?あなた」
「う・・うーん」
私は実に見覚えのあるカウンター席からむくりと起き上がった。
突っ伏して寝ていたらしい。あ、毛布。鳳翔さんだろうな。
ふと隣を見るとすやすや眠る比叡が。
「さ、あなた。奥でお顔を洗ってくださいな」
「あ、えっと、どこかな」
「御案内します」
鳳翔について廊下を進み、鳳翔の私室と思われる部屋のそばを通って。
「こちらです。タオルはこちらに」
「ありがと。借りるね」
「ええ」
割としっかりした洗面所で、鳳翔の良い匂いが満ちていて。
私はバシャバシャと冷水を被って念入りに顔を洗ったんだ。
昨日は飲んでないんだけど、雰囲気にあてられたというか、酔った気分じゃダメだと思ってね。
元来た道を辿って店内に入った時、鳳翔さんの声がした。
「泥は吐き出せましたか?比叡さん」
それに返す比叡の声は少し拗ねた感じで。
「ど、泥って言わないでくださいよ~」
「溜めに溜めた性欲と姉妹間のフラストレーションと言えば良いですか?」
「・・泥で良いです」
「吐き出したのなら、今後提督に絡んではいけませんよ?」
「うぐ」
「いつまでもぐずぐずメソメソなんて腐った男じゃあるまいし、提督に愛想を尽かされますよ?」
「それは嫌です・・」
「じゃあシャキッとして、目の前の今を見なさい。良いですね?」
「・・はい」
とりあえず話に区切りがついたようなので、私は足音を立ててカウンターに戻っていった。
比叡はバツが悪そうに私を見た後、
「し、司令」
「おはよ、比叡」
「あ、あの、おはようございます。それと」
「うん」
「昨夜は付き合わせちゃってすみませんでした」
「あー、確かにデートらしくは無かったね」
「デートって・・」
「うん?」
「どんなことを話すんですか?」
「そう言われると微妙なんだけど、趣味の話とか、嫌いな人の愚痴とか、うーん、二人で盛り上がれる話かなあ」
「二人で盛り上がれる話」
「片方がもう片方を責める話が続けば、それはもうデートじゃなくて別れ話だから」
「わ、別れ話・・」
「別に今飲んでるお酒とか食べてる物の感想でも良いし、今日の出来事でも良いんだけれど」
「けれど?」
「付き合い始めの時は何に共感するかとか解らないから探り合いで緊張するんだよね」
「解る気がします」
「でもそれが回を重ねていくと、この間こういう反応だったから言ってみようとか止めようとか解ってくるんだよ」
「はい」
「そういう意味で、相手を知ればデートはドキドキからホッとする時間に変わるよ」
「へー」
「そのドキドキがなくなるからって、別れちゃう人もいるけどね」
「え?どういうことですか?」
「一種のゲーム感覚だよね。いかにマズい事を言って冷えないように立ち回れるかってことが主眼になってる」
「・・それは相手を見てるんですか?」
「いいや。ドキドキだけを求めてるから、それがなくなれば飽きて別れちゃうんだよ」
「私には良く解らないです」
「解らなくていいし、私もそんな事をするつもりはないからね」
「はい。司令はそういう人ではないと思います」
「誤解されてなくて良かったよ」
「でも司令はエロ過ぎると思います」
「じゃあ比叡の番の時はエロもおせっせも無しにするよ」
「・・司令のバカ」
「へ?」
私が助けを求めて鳳翔を見ると、腕組みをした鳳翔がそこにいた。
「あなた、今のはアウトです。比叡さん、もう1度やり直し」
「司令はエロ過ぎると思います」
私は滝のように冷や汗をかいていた。え?嫌なんじゃないの?でも同じこと言えばツーアウトだし。
ええとええと・・・ええと?
「ツーアウトですあなた。比叡さん、もう1度」
「司令は!エロ“過ぎる”と!思います!」
なんか強調されたんだけど、エロ過ぎるんでしょ?
ん?過ぎるってことはエロは必要だけどもう少し抑えろってこと?だとすれば
「じゃあ次は恋人繋ぎしてみる?」
「・・あふぅ」
比叡がへちゃりとカウンターに突っ伏し、私は笑顔の鳳翔から3アウトを言い渡されました。
チェンジですね解ります。
「良いですかあなた。もう少し、もう少しエロ成分を抑えてください」
「エロ成分」
「例えば先程のやりとりです」
「はい」
「いきなり恋人つなぎではいけません」
「だってデートなんだからさ」
「あなた」
「はい」
「では麻雀に例えましょう。まず、今の女は男が視界に入ることがありません。物理的に居ないのですから」
「はい」
「だから視界に入っただけでエロなんです」
「そんなこと言われても」
「最後まで聞く」
「はい」
「そして男が自分の方角を向いている時点でエロ追加です」
「えっ」
「さらに視線が自分を向いている、目が合う、それぞれエロ追加です」
「えっ」
「ここで既に満貫なんです。良いですね?」
「だいぶ認識を改めないとダメなことが解ってきたよ」
「よろしい。さらに話しかけて逮捕されない、返事をしてくれる、表情を好意的に変えてくれる、全てエロ追加です」
「もう既に跳満なんですが」
「更に指先が触れても警察を呼ばれない、掌を握ってもらっても以下同文、全て2飜ずつです」
「3倍満ですか」
「普通の手を繋ぐだけでです。そこに指が絡み合う、男から絡めてくる、もう計測不能です」
「つまり役満ですね?」
「役満です」
「つまりさっきの私の提案はそれロン!役満!って叫んだみたいなものかあ」
「ダブルリーチ一発まで付きました」
「そりゃ気絶するね」
「お解りいただけたのはこの鎮守府にとって大きな前進となったでしょう」
「そっかあ。うん、良く解ったよ。解ったけど」
「?」
「せめてさっきの説明の満貫くらいまでは、ノーカンになるくらいの雰囲気にしたいなあ」
「それでも恋人つなぎは倍満ですから乱発しないでください」
「控えます」
「よろしい。では朝食のおむすびです。執務室でお召し上がりください」
「あっ嬉しい。ありがと」
「このまま直接向かわれて丁度でしょう」
「さすがだね鳳翔。えっと、比叡の事は」
「私の方で対応しておきますからご心配なく」
「じゃあお願いね。行ってきます!」
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「提督は出かけましたよ、比叡さん」
声をかけられた比叡は、気まずそうに眼を開けた。
「あ、あの、ありがとうございました」
「なぜ気を失ったか本人が説明するのは恥ずかしいものですからね」
「うー」
「今は無理でも、慣れていく努力はした方が良いですよ。なぜなら」
「なっ、なぜなら?」
「榛名さんとかはすでに受け入れてるわけですからどんどん差がつきますよ?」
「はうっ!?」
「榛名さんは何でも受け入れてくれるから気楽に付き合えて、比叡さんは・・となると」
「あわわわ」
「脅したい訳ではないのですが、提督を自分に置き換えれば解りますよね」
比叡はこくりと頷いた。
「金剛さんには私から話しますが、同席されますか?」
比叡は一瞬迷うように視線を彷徨わせたが、大きく頷いた。
「金剛お姉さまを後押しすると言いましたから!」
「ではお呼びしますね」