かんぱにのSS置いてくだけ   作:イイワカハルミ

6 / 7
ここから地の文ありの話になっていきます


騎士と前衛とダグマルの想い

 

 

 

「今日の訓練も終了ね。やっぱり弓で前に出ていくのは難しいのかなあ」

 

 物憂げな溜息と共に中空へと声が消えていく。

 

 自らの言葉通り、弓を持ちながらも隙あらば前に出ようとし続けた小柄な少女が居た。

 

 ダグマル・イエニーク。

 

 かつて騎士に憧れ剣を取り、今は剣を捨て公国の騎士として弓を引く少女だ。

 

「随分前から気になっていたのですが……」

 

 そんなダグマルに声を掛ける女性が一人。

 

 漆黒の甲冑に身を包んでおり、兜で顔をほとんど覆っている姿は武骨で物々しく、声以外で女性と判断するのが難しい。

 

 けれど物騒な見た目とは裏腹に柔らかく落ち着きのある声を聞けば、彼女の生真面目さや優しさを感じる事が出来るだろう。

 

「なあに、レンさん?」

 

 彼女の名はレン・アーデルング。

 

 ダグマルが小隊長を任されているシュバルツ隊の総隊長にして、公国が誇る円卓騎士の十三位を任されている人物だ。

 

「ダグマルさんは弓師なのに随分と前衛、前に出る事に拘っていますよね。昔、剣を握っていたというだけではないように見えるのですが、他に何か理由があるのですか?」

 

 レンが不思議そうに問い掛けるのも無理ない事と言えるだろう。

 

 というのもダグマルの弓の腕は非凡なものがあり、おまけに公国は諸事情により弓兵が不足しがちな為、無理に特色を出さなくても引く手数多と言っても過言ではない状態だからだ。

 

「ああ。そういえばレンさんにはまだ言った事なかったわね」

 

 ダグマルはそこで僅かに間を取り、己の記憶を探る。

 

「ある、雨が降っていた日の事だったわ」

 

 そして静かに当時の事を語り始めた。

 

「私が住んでいた村が、どこかの部隊に襲われそうになった事があってね。三十人、ううん、もっと居たかもしれない。相手の人数が多かったのもあったけど村には戦える人なんて居なかったのもあって、もう終わりだって皆絶望していたわ」

 

 当時ダグマルが住んでいた村は紅茶を特産品として扱っているくらいで、これといって何もない小さな村だった。

 

 自警団すらない牧歌的で平和な村に三十人ほどの武装した集団が襲ってきた村人の恐怖は計り知れないだろう。

 

「その時、助けに来てくれた騎士団が居たの」

 

 死を待ち怯えるだけとなった村人に希望の光が差したのは、その時だった。

 

 今にも村を襲おうとした賊の前に騎士団が立ち塞がったのだ。

 

「その騎士団の中に物凄く強い騎士様が居てね。ほとんどその騎士様一人で相手を倒してたわ」

 

「一人で三十人前後の敵をですか?」

 

 これにはレンも驚いて声を上げざるを得ない。

 

 いくら盗賊や山賊の群れとはいえ、三十人程の相手取るのは容易い事ではない。

 

「ええ。変わった騎士様でね。騎士なのに盾を持ってなくて、代わりに腰にもう一本剣を差していたわ。その時の騎士様の事が理由かな」

 

「なるほど。その人に憧れて騎士を目指し、剣を学んでいたという訳ですね」

 

 ダグマルの話に納得したとレンは頷く。

 

 とても強かった恩人に憧れて剣を目指す。

 

 それは至極順当な流れに思えたからだ。

 

「……ううん、そうじゃないの、レンさん」

 

 けれど、意外にもダグマルは首を振ってレンの言葉を否定する。

 

「敵だったし仕方なかったとは思うけど、次々と人を殺していくその人が当時の私には怖くて仕方なかった。その人のお陰で助かったのに、私はその人の姿を見るだけで震えて涙が出たわ」

 

 ダグマルの住んでいた村は先程言ったように牧歌的な村であり、争いなんて最大で夫婦喧嘩が関の山。

 

 そんな世界で過ごしてきたダグマルが初めて見た命のやり取りは、お話や絵本で知るような華やかさや鮮やかさからは想像も出来ない、血と殺意に彩られた無情の世界。

 

 その中で誰よりも強く速く、次々と人を切り殺していく騎士の姿は圧倒的な存在感を放っており、その世界を支配する死神のようにさえダグマルの目には見えた。

 

「けどね。それでも守ってくれたのは解ってたから、落ち着いたら御礼を言おうって。ありがとうって伝えようと思ったわ」

 

 だからといってそれで騎士を血も涙もない冷酷な人間だとダグマルは思わない。

 

 むしろ自分達には何の得もない筈なのに、命懸けで村を守ってくれた騎士へ感謝と尊敬の念さえ抱いていたくらいだ。

 

「見るだけで恐ろしく怖くて。震えが止まるまで数分掛かって――」

 

 けれど、頭でどれだけ感謝の想いを募らせようと身体は理解してくれない。

 

 ありがとうという言葉を伝えられる表情を出せるまで、ダグマルは暫くの時を有した。

 

「でもね、言えなかったの」

 

 ようやくダグマルが落ち着いた時、彼女は予想外の光景を目にする事になる。

 

「戦いが終わった時、立ってたのはその盾を持ってない騎士様一人だけだった。襲ってきた人達も、騎士様の仲間も皆、血を流して倒れていたわ」

 

 その騎士が一人で大体の敵を倒した理由。

 

 それは他の仲間が全員やられてしまっていたからだった。

 

「多分、仲間の人の名前なのかな。必死で叫んで倒れている人を一人一人、確認していたわ。誰か返事をしてって凄い苦しそうに叫んでた」

 

 遠くで見ていただけのダグマルが震えてしまう程に強く恐ろしく、雨が降っている事さえ気付かなくなる程、鮮烈な存在感を放っていた姿はそこになく――

 

 まるで迷子の子どもが母親を求める姿に似た、胸を掻き立てられる悲壮感がそこにはあった。

 

 血のように深い紅い髪を振り乱して叫んでいた騎士の姿を、ダグマルは一生忘れる事が出来ないだろう。

 

「そんな姿を見てたら、お礼なんてとても言えなかった。ただ見てるだけで何もしなかった私達は助かったって喜んでたのに、傷だらけになって誰よりも頑張ってた人だけが泣いてる」

 

 死体の確認が全部済んでしまったのか。

 

 仲間を呼ぶ声は途絶え、今にも雨に流されて消えてしまいそうな姿で、すすり泣いている騎士の声だけが響いていく。

 

「見ているだけなのに痛々しくて、近寄る事さえ出来なかったの……」

 

 その光景を見ているだけでダグマルは何一つ出来なかった。

 

 あえて出来た事を挙げるなら、一人で無力感を覚えていた事くらいだ。

 

「ダグマルさん……」

 

 その時の光景を思い出しているのだろう。

 

 悲痛な表情を見せるダグマルに、レンはどんな言葉を掛けていいのか解らない。

 

「一番頑張った人なんだから一番報われてほしい。一番頑張った人だけが泣いてるなんて間違ってる」

 

 言葉を失い、ただ自分の名前を呼ぶレンに心配しないでと言わんばかりの強い声でダグマルは話を続けると――

 

「そう思った私は騎士を目指して訓練所に通う事にしたの。まあ剣の才能なかったみたいで訓練所の先生に剣は向いてない、弓が向いているって言われて弓師になっちゃったんだけどね」

 

 茶化すようにして素早く話を締め括った。

 

 重たくなりつつあった空気を吹き飛ばすように。

 

「……そんな事があったのですか」

 

 けれどレンは深刻な表情を崩せない。

 

 才能がないと思おうが武器を変えようが諦めず戦い続け、騎士になった人間が目の前に居るのだ。

 

 誤魔化しに付き合って笑う事なんてレンには出来なかった。

 

「あ、ごめんね。もうちょっと普通に話せると思ってたんだけど、しんみりした感じになっちゃって……」

 

 レンが軽い世間話程度のつもりで尋ねた事は解っていたのに、必要以上に重たい空気にしてしまった事に申し訳なさを感じて謝るダグマル。

 

「これは聞いていいか解らないのですが……」

 

 そんなダグマルの気遣いに気付きつつもレンは締め括られた筈の話について尋ねる。

 

 どうしても納得出来ない事があったからだ。

 

「何かな?」

 

「迷った末の決断だったとは思うのですが、どうして剣を捨てて弓を選べたのですか? 話を聞いている限り、そう簡単に割り切れるようには聞こえませんし、今でも未練があるように思えるのですが……」

 

「ええ、今でも未練はあるし割り切れてないわ。もし本当は剣の才能があるって言われたら、きっと私は今すぐにでも剣を取ると思う」

 

 迷いなくダグマルは弓より剣を選ぶと答える。

 

「でしたら何故――」

 

「さっき私の村を守ってくれた騎士様の話をしたよね」

 

 口を挟もうとしたレンの声を遮って、ダグマルは言葉を放つ。

 

「ええ。お話を聞いているだけでも、おそらく相当の使い手だと思います」

 

 ただの盗賊や山賊崩れが相手なら例え三十人が相手でも戦える人間は、それなりには居る。

 

 事実、レンも途中までそう思っていた。

 

 けれど騎士団を全滅させるほどの力を持つような部隊が、ただの盗賊崩れの筈がない。

 

 そんな軍団をほとんど一人で相手するともなれば、間違いなく円卓騎士に匹敵するほどの実力者であり、自分と互角以上の腕を持つ手練れだろうとレンは考えていた。

 

「その人だったんだ、私の剣の先生って」

 

「なんと……」

 

 懐かしむように告げられたダグマルの言葉に二重の意味でレンは驚く。

 

 偶然と呼ぶには出来過ぎた再会に対してが一つ。

 

 もう一つは、そんな円卓騎士にさえ匹敵するほどの手練れが騎士団の団長などでなく、訓練所にフラっと居た事だ。

 

「あの人みたいに強くなりたくて。それでもし同じような事があったら今度は私があの人と一緒に戦いたい。今度は絶対一人ぼっちになんてさせない」

 

 レンの驚きを意に介さずダグマルは先生への、そして騎士への想いを語る。

 

「もう後ろで見ているだけなんて嫌」

 

 そこにこそ前衛に拘る理由。

 

 恩人が傷付く中、何も出来なかった事への無力感と後悔が垣間見えた。

 

「そう思って剣を始める為に訓練所に行ったらね、再会出来たの。素性どころか名前さえ解らなかったら、もう二度と会えないんだろうなって諦めてたのに」

 

 実は訓練所に通う前、ダグマルは一度その騎士の事を調べようとした事がある。

 

 正確には心当たり、唯一知っていた紅を代表する騎士の事を調べたのだ。

 

 今の時代、剣を志す者なら誰でも名前を耳にすると言われる赤薔薇の騎士にて剣聖、ローズ・ル・ヴァリエ。

 

 紅色の髪をしたその騎士こそ噂に名高い剣聖その人なんじゃないかと思い、ローズの事を調べたのだが――

 

 薔薇をイメージした赤い装束に鮮やかな金の髪が特徴の女騎士と知り、世の中には色んな強い人が居るんだと感慨深く思ったりしていた。

 

「それはまた、偶然とは思えない縁ですね」

 

「ええ。夢見がちだって思うけど、運命的な物を感じたわ。剣に導かれたってああいう事を言うんだって思った」

 

 村を出て生まれて初めて学ぶ事になる剣。

 

 壮絶な戦いを見たばかりだったダグマルが不安を覚えなかった訳がない。

 

「その辺もあったのかな。剣が凄く好きになったし、この剣で騎士になるんだって強く思ったわ」

 

 けれど確かにあった筈の不安は、その時の感動が全て押し流してくれた。

 

 ダグマルは騎士への将来へと向け、何の疑問も持たず剣を振る事が出来た。

 

「おそらく私が同じ立場であったとしたらダグマルさんと同じように感じたと思います」

 

 ダグマルの気持ちがレンには強く解った。

 

 武門の家に生まれた彼女は生まれながらにして戦う事を宿命付けられていた。

 

 そんな中で武器を捨てた人生に興味を持った事もある。

 

 それでも彼女は今、主君の為に戦う自分を誇りに思い武器を手に取っている。

 

 主君が仕えるに足る素晴らしい人物だ、というのも理由の一つだ。

 

「そうかな?」

 

「ええ、間違いなく」

 

 けれどそれだけではない。

 

 代々主に仕え戦い続けてきた親の背中などを見てきたから。その人達の姿があるからレンは迷う事無く槍を持って戦える。

 

 尊敬出来る強く誇り高い存在は、目の当たりにするだけで人生すら大きく変えるのだと彼女は知っているのだ。

 

「それでね、先生の下で訓練を始めたんだけれど――」

 

 レンの同意の声に照れ臭そうに頬を掻きながら、ダグマルは話を続けていく。

 

「先生は凄く厳しい人だったけど、丁寧に剣を教えてくれたわ。辛い時もあったけど、これを乗り越えたら先生みたいになれるって思ったら頑張れた。勘違いだったのかもしれないけど剣の腕もどんどん上がっていく気がしたわ」

 

 非力で体格に恵まれないダグマルだったが、そんなダグマルに対して先生は力だけが剣でないと語った。

 

 相手の攻撃を交わし、鎧の隙間に剣を入れられるなら剣を振るだけの力があればいい。

 

 自分に合わない事を無理にする必要はない。

 

 自分の能力と可能性を把握し、それらを活かしきる剣の道を探しなさい。

 

 そんな言葉に励まされ、ダグマルは自分の剣を探していった。

 

 小柄さと手先の器用さを活かせる自分なりの剣を。

 

「それで私、先生に話したの。将来は皆を守れるような騎士になりたいって。その為に剣を始めたって。お礼と村の事は一人前の騎士になってから言おうって思ってたから、結局言えないままなんだけどね」

 

 自信が付いて気が大きくなっていたのだろう。

 

 本当は騎士になってから全部伝えるつもりだったのに、ポロリと気持ちが零れてしまった。

 

「そしたら先生、最初は凄く驚いてたわ。誰かを守れるようにって何度も何度も言ってたの、覚えてる」

 

 その時の先生の反応をダグマルは今でも覚えている。

 

 剣の事しか話さず、どこか冷たいような寂しいような目をしている先生が戸惑うように呟き続ける姿は、あまりに印象的だったし――

 

「けどね。その日から剣を教えてくれなくなったの。何かよく解らない事ばっかりさせられたわ」

 

 急に剣を教えてくれなくなった始まりの日でもあったから。

 

「そんな事が続いたある日、言われたの。お前には才能がない。弓が向いてるって」

 

 憧れの先生から告げられた言葉にショックを受けなかった訳がない。

 

 けれど信じたくないと否定する事なく、彼女は言葉を受け入れる事が出来た。

 

「趣味でやる分にはいいけど、騎士を目指せるほどじゃなかったんだって思って悲しかった」

 

 運命的な出会いがもたらした感動が押し流してくれてはいたが、元々ダグマルの中には不安があったからだ。

 

 自分に剣の才能なんてないんじゃないか、という不安が。

 

「けど、騎士を目指す切っ掛けになった先生に言われたからかな? 最初は悲しくて泣いたりもしたけど、弓を始めるのにそれほど迷いはなかったような気がするわ」

 

 何でもないような物言いで語るダグマルだったが、それが嘘なのは寂しげな表情を見れば誰が見ても一目瞭然。

 

 何より未だ割り切れてないのが最たる証拠だ。

 

「その、ダグマルさん」

 

 寂しげな表情を見続けるのが辛くなったのか。

 

「お話を聞く限り気になる箇所が一つあったのですが……」

 

 おずおずとした態度でレンはダグマルへと話し掛ける。

 

「なあに?」

 

「その先生はダグマルさんが夢を、誰かを守れるような騎士になりたいというまで訓練は凄く厳しかったのですよね?」

 

 ダグマルの話の中に、どうしても気になって仕方ない事があったからだ。

 

「うん。何ていうか剣の鬼って、ああいう人の事を言うのかな? まるで四六時中剣の事を考えないと強くなんてなれない、とか言ってもおかしくないくらい、剣の事しか話さない人だったわ。剣に厳しくて、何より剣を愛している人だった」

 

「そんな人がダグマルさんが誰かを守りたいようになりたいと言った日から、剣とは関係ない事ばかりさせるようになったのですよね? どのような事です?」

 

 もし本当に才能がなく騎士を諦めさせたいのなら、更に厳しい訓練を行って本人の意志で諦めさせた方が区切りも付いて良い筈だ。

 

 それなのに何故わざわざ甘い訓練をしてから諦めさせようするのか。

 

 それでは挫折して諦めるなんて出来っこない。

 

 未練が残って当然だ。

 

 その先生の意図が、どうにもレンには掴めなかった。

 

「ちょっと説明が難しいんだけど、おしくらまんじゅうみたいな感じで皆で集まって背中で押し合ったりとか、そういうお遊びみたいな事が多かったわ。皆に比べて小柄だったから、すぐに弾き飛ばされてばっかりだったんだけれどね」

 

 小柄な上に力に自信がなかったダグマルは、単純な力比べや押し合いは自分でも悲しくなるくらい弱かった。

 

 剣の上手さなら負けてないんだから遊びは止めて早く剣を振らせてほしい、と願っていたのをダグマルは覚えている。

 

「……なるほど。そういう事ですか」

 

 そんなダグマルの言葉にレンは納得したように頷く。

 

「何か気になる事でもあったの?」

 

「……もし私の推測が正しいなら、ダグマルさんは大きな勘違いをしています」

 

「勘違い?」

 

「……ただ、その勘違いを正してもショックを受けるだけで何も変わらないかもしれません」

 

「勘違いしている事があるなら教えて。何かを誤解したまま放置するのは嫌なの」

 

 言い難そうに言葉を濁したレンにダグマルは続きを懇願する。

 

 才能がないと言われた事はショックだったが、そこにそれ以上の意味があったのなら知りたかったから。

 

「解りました」

 

 ダグマルの声と表情に迷いがないのを確信したレンは、濁した言葉の続きを話し始める。

 

「ただの剣の才能がダグマルさんにあったかどうかまでは、その話では判断しかねます。ですが、誰かを守る為の剣の才能がなかったと判断されたのは解りました」

 

「誰かを守る為の剣?」

 

「試してみたい事があります。私の考えが正しければ、それでその先生が何を感じていたのか伝える事が出来ると思います」

 

 

 

 

 

 

「――という訳なのですが、協力して頂けないでしょうか? 正式な訓練や仕事とは違うので報酬などはあまりお支払いする事は出来ないのですが……」

 

 レンに連れられダグマルが向かったのは、同じ場所で訓練をしていた二人の元だった。

 

 どうやらレンが試したい事には二人の協力が必要不可欠らしい。

 

「別に報酬なんていいって。要するにダグマルが弓に集中出来るようになる為、協力してほしいって事だろ? 丁度今、その話をしてたところなんだよ。なあ、ジェナ?」

 

 一人はイーリス・ベルネット。

 

 元はフリーの傭兵だったが、ダグマルの勧めによりレンやダグマルと同じシュバルツ隊に所属する事になった戦士だ。

 

 腕と同じくらい口の悪さで知られる人物だが、事情を聴くなり快諾してくれる辺りに彼女の心根が垣間見える。

 

「そうそう。いつか私の回復が追いつかないような怪我するんじゃないかと思って気になっててさ。何とか出来ないかって話してたんだ」

 

 もう一人はジェナ・ミル。

 

 乱暴な口調ながら公国に従属する神官であり、同時に騎士の称号を持つ貴族だ。

 

 こちらはシュバルツ隊にこそ属していないものの、戦いなどで組む事が多く互いに見知った仲である。

 

「ん、どした? 変な顔して」

 

「いや、二人が私の事そんなに考えてくれているって思わなかったから驚いちゃって」

 

 そんなイーリス達の言葉にダグマルは戸惑いを隠せない。

 

 というのも――

 

「そりゃ当然さ。同じ部隊の人間の弱点とか欠点とか把握してないなんて間抜けもいいとこだろ」

 

「自分のミスならともかく、仲間に足引っ張られて死んだら死んでも死にきれないしな」

 

「そうそう」

 

 この二人、お世辞にも口がよろしいとは言えない。

 

「うー、確かに迷惑掛けちゃう事は多いけど……」

 

 別段、二人はダグマルの事を責めたい訳でなく心配している部分の方が多いのだが、迷惑を掛けている自覚があるダグマルは真っ直ぐに言葉を受け止め、歯切れの悪い言葉を絞り出す。

 

「まあまあ、ダグマルさん。それも本音の一部ではあるのでしょうが、全てではありません」

 

 落ち込んだダグマルの気分を吹き飛ばすように強い声で話すのはレンだ。

 

「イーリスさんは部隊に入って日こそ浅いものの素晴らしい活躍をしています。おそらく別の部隊から誘いも来ているでしょう。それでもイーリスさんから転属したいという相談は一度も私には来ていません。何故だか解りますか?」

 

 単純に励ますのでなく、自分で考え答えを見付けて納得してほしいとあえてレンはダグマルに質問する。

 

「それは紹介した私への義理とか、円卓騎士直属の部隊だし……」

 

 しかし、落ち込み気味なダグマルは後ろ向きにしか物を考えられないようだった。

 

「おいおい、確かにその辺もないとは言わないがそんな理由だけで命懸けになる事もあるのに一緒に戦える訳ないだろ」

 

 そんなダグマルにイーリスは呆れるように呟いて、言葉を続ける。

 

「それこそ傭兵なんて狭いようで広い世界。強さだけ見れば凄いヤツなんていくらでも居るんだぞ?」

 

「それじゃあ他に私と同じ部隊に居る理由なんて……」

 

「けどな、いざって時に背中を預けてもいいと思えるヤツ、裏切ったり逃げたりしないって本気で思えるヤツってなると数えられる程度にしか居やしない」

 

「その数少ない相手だって私の事思ってくれてるの?」

 

「そういう事。じゃなかったら欠点や弱点のない強いヤツを探して組む努力してるさ」

 

 それだけ言ってイーリスは、からからと笑う。

 

 実際に他の部隊から誘いを受けている以上、確かにその方が効率的なのかもしれない。

 

「大体、欠点や弱点って言えば私だってそうだろ? よく揉め事起こしてたし、強いだけなら私より強いヤツなんて他にいくらでも居る。それなのにわざわざ入隊試験に招待してくれた理由は何だ?」

 

「それは話していてイーリスの事が信じられるって思ったからで……」

 

「私だってそうさ。だから一緒に戦い続ける為にも今より強くなってほしいって思っている。まあ強くならないといけないのは私もだけどさ」

 

「イーリス……」

 

 ダグマルは噛み締めるようにイーリスの名を呼ぶ。

 

 想像以上に仲間として思われている事に驚いたり感動したりで、それ以上の言葉が出て来なかったからだ。

 

「何か良い話っぽく終わっているとこ気になったんだけどさ」

 

 二人に水を差すようにジェナの冷たい声が割り込んでくる。

 

「そんな事言っている割りにお前よく逃げるよな」

 

 ジェナの指摘通り、イーリスは頻繁に逃げる。

 

 むしろ逃げ回っての攪乱戦こそ、イーリスの真骨頂と言えるくらい見事な逃げ足の持ち主なのだ。

 

「無駄に犠牲しか出さないって解ってて留まる事に意味なんてないしな。仲間見捨てて逃げるヤツが駄目なだけで、それと同じくらい見栄やプライドの為に無駄に戦って仲間を危険に晒すヤツも信用なんて出来やしないよ」

 

「ああ言えばこうヤツ」

 

「この口も私の武器ってやつでね」

 

 悪びれた様子もなく、からからとイーリスは笑う。

 

 事実、イーリスは仲間を置いて逃げたりなどしない。

 

 逃げるのが多いのも、部隊が崩れた時に犠牲を出さない為だ。

 

 口の悪さに彼女の事を誤解する者も多いが、彼女ほど仲間想いな傭兵は稀有だろう。

 

「さて、一段落した所で話をしてよろしいでしょうか?」

 

 会話が切れるのを待っていたのか。

 

 今まで静観していたレンが口を開いた。

 

「と、スマン」

 

「わりぃわりぃ」

 

「いえいえ。良い話でしたよ。部隊の信頼関係を確かめ合える会話は大事です」

 

 軽い感じで謝罪する二人の様子にレンは気を悪くするどころか、柔らかい声で答えて話を続ける。

 

「ダグマルさんには部隊の一員としての剣士の立ち回りを感じて頂きたいと思っています。どうもお話を聞いている限り、一人で戦う為の剣を重点的に学んでいたような気がしますので」

 

「ふんふん。それで私達は何すればいいんだ?」

 

「ダグマルさんとジェナさん、イーリスさんに分かれて模擬戦闘をして頂こうと思います。ダグマルさんは前衛の剣士として戦い後衛であるジェナさんを守り切れれば勝ち、と言った条件になりますかね……」

 

 レンが示したのは単純な二対一の対戦ではない。

 

 その証拠に倒せば勝ちだとは言わなかった。

 

「なるほど。差し詰め、賊からお姫様を守る護衛って感じか」

 

 即座にレンの意図を理解し、自分なりに模擬戦の状況を想像するイーリスだったが――

 

「うえー、私がお姫様って柄かあ。勘弁してくれよ」

 

 そこでジェナから不満そうな声が上がる。

 

 別にイーリスの解釈に文句を付けたい訳ではない。

 

 言葉通り、お姫様なんて立ち位置が似合わない気がして思わず声が出てしまったのだ。

 

「いえ、良い案だと思います。そういう状況設定をした方が目的も解り易くなっていいでしょう。そうですね……」

 

 ジェナの様子を気にした様子もなくレンは考える。

 

「ジェナさんは王位継承権を持ったお姫様。イーリスさんは兄弟が差し向けた刺客。ダグマルさんは護衛の騎士といったところでしょうか?」

 

 そして、大して悩む事もなくレンは仮想の設定を済ませた。

 

「護衛の騎士! それもお姫様を守る!」

 

 レンの言葉に叫ぶように喜びの声を上げるダグマル。

 

 ある意味当然と言えば当然なのかもしれない。

 

 半ば遊びに近い形ではあるものの、かつて憧れ望んだ役回りが出来るのだから。

 

「ええ。最優先すべきはそこ、守る事です。ジェナさんを守りながらイーリスさんを倒せるなら最良。援軍が来ると仮定して暫くの間ジェナさんを守り続けられれば及第点、と言ったところでしょうか?」

 

「解った。任せて!」

 

「イーリスさんの方はジェナさんに攻撃を届かせる事が出来ればそれで目的達成なので、それだけ考えて下されば大丈夫です。ダグマルさんを倒す必要はありません」

 

「あいよ」

 

 テキパキと指示を出すレンの言葉に二人は頷いて答える。

 

「お姫様役って事は私は援護とかしない方がいいのか?」

 

「そうですね。ジェナさんは守られる役なので援護はせず、イーリスさんの攻撃が届いた時に怪我しないよう防御をしっかり固めていて下さい」

 

「了解。それじゃあイーリス、遠慮せず思いっきりぶっ叩いてくれ」

 

 レンの指示を聞くなり模擬戦相手となるイーリスへと念を押すジェナだが――

 

「大丈夫、元からそのつもりだ」

 

 念を押すまでもなくイーリスは手加減なんてする気はないようだ。

 

「ったく、手を抜いても訓練にならないのは解るが、ちったあ遠慮しようって気はないのかね……」

 

「そこはジェナの腕を信頼しているからな。怪我しそうなヤツには、いくら私でも遠慮くらいするさ」

 

「本当、呆れるほど口が回るヤツだ」

 

 怒るでも照れるでもなく淡々とした雰囲気で会話をしつつ、模擬戦へ向けて準備を進めていく二人。

 

「良いコンビだよね」

 

「ふふ、そうですね。とりあえずダグマルさん、あまり二人を待たせても悪いので剣士用の装備を取りに行きませんか?」

 

「ええ。さすがに弓兵用の鎧でイーリスの斧受けるのは危な過ぎるものね」

 

 そんな二人の様子にダグマル達は微笑みを浮かべ、準備を急ぐのだった。

 

 

 

 

 

 

「それでは皆さん、始めて下さい」

 

 模擬戦の開始を告げるレンの声が響く。

 

 既に戦闘準備を終え、配置へ付いていたダグマル達の空気が戦う者のそれに変わる。

 

「んじゃ、いっちょやりますか!」

 

 最初に動いたのはイーリスだった。

 

 愛用の釘バットを振り被りダグマル達へと襲い掛かる。

 

(ふふん、そんな大振りなら簡単に交わせるんだから)

 

 迫力こそあるものの、はっきり言って動きも丸見えなら狙いも丸解かりの攻撃。

 

 余裕を持って回避するダグマルだったが――

 

「って、馬鹿!」

 

 叫ぶように短い非難の声がダグマルの背後から上がった。

 

 ダグマルが護衛している筈のジェナである。

 

 そもそも本来のイーリスの攻撃は、こんなに避け易くはない。

 

 確かにイーリスは普段から大振りが目立ち攻撃を外してしまう事が多い。けれど、傭兵を続けているだけの腕は備えており、普段はもう少し小回りが利いた動きをしているからだ。

 

 今回はダグマルごと後ろで守られているジェナを巻き込んで攻撃しようと普段以上に大振りしただけである。

 

 それが綺麗に避けられてしまうとどうなるのか。

 

 二人を巻き込む筈だった攻撃が一人に集中するのだ。

 

 普段以上の威力と勢いを持ったイーリスの攻撃がジェナに吸い込まれるように向かっていったかと思うと――

 

 甲高くも、どこか鈍さを感じさせる音。

 

 金属同士がぶつかり合う音が訓練場に響き渡る。

 

「あぶねえ。もうちょいで直撃するとこだった……」

 

 間一髪。

 

 ジェナは自分の盾でイーリスの攻撃を受け止めていた。

 

「いやあ。攻撃した私が言うのもアレだが少しヒヤっとしたよ」

 

「ご、ごめん。避ける事に集中してたらジェナの事すっかり忘れてたわ……」

 

「おいおい、しっかりしてくれよ。一対一の戦闘訓練じゃないんだぞ」

 

「そうよね。護衛なんだから自分と相手の事だけ考えてたんじゃ駄目よね」

 

 頭で解っていたつもりになっていて、自覚や心構えがまるで出来ていなかった。

 

 それに気付いたダグマルは反省と共に気合を入れ直す。

 

「よーし、それじゃあ仕切り直すとしますか。思ってた以上に危なっかしいから、ジェナもしっかり構えててくれよ」

 

「ああ。割りと本気で守らせてもらうとするよ」

 

「大丈夫。次はしっかり守るから任せて!」

 

 次も失敗する事前提で話す二人にダグマルは力強く答えて、ジェナを背に隠すように陣取った。

 

 身長的に全然ジェナを隠せていないものの、ピタリと背後に庇う形で立っている為、ダグマルをどうにかしない限りは後ろのジェナへと攻撃を届かすのは難しいだろう。

 

「さーて、いくぞー!」

 

 準備が出来た事を確認したイーリスは、掛け声を上げつつダグマル達へと襲い掛かる。

 

 前回と同じく動きも狙いも解り易い豪快で大振りな攻撃。

 

(今度はしっかり受け止めて……)

 

 ダグマルは素早く釘バットの軌道を予測して防御体勢を整える。

 

 予測に狂いはなく、盾を使い完璧な姿勢で攻撃を受けるダグマルだったが――

 

「きゃあっ」

 

 残念な事に攻撃を受け切るだけの力が足りない。

 

 受け止めた盾どころか、身体ごと大きく後ろへと弾き飛ばされてしまった。

 

「おっと、大丈夫か?」

 

「大丈夫よ。まだやれるわ」

 

 倒れてしまいそうになった所を支えてくれたジェナに返事をしつつ、素早くダグマルは構え直す。

 

「ところが残念。もう詰んでるんだよなあ」

 

 しかし既に勝負は付いていた。

 

 ダグマルを吹き飛ばしたのを確認すると同時に、追撃に移っていたのだろう。

 

 ジェナのすぐ傍まで来ていたイーリスがコツンと軽い調子でジェナの頭に武器を当てていた。

 

「熱意は買うけど、護衛対象に支えられてる時点で護衛役としては失格かなあ」

 

 戦闘態勢を解いたイーリスが、ほとんど独り言のように話す。

 

 それは傭兵であった彼女の純粋な感想。

 

 共に戦う仲間として見た場合、力が絶対的に足りてないという想いの表れだった。

 

「まだよ。もう一回――」

 

「すみません、ちょっといいでしょうか?」

 

 すぐに再戦の申し出を始めたダグマルを制するようにレンが口を開く。

 

 何の策もないまま訓練を繰り返しても、同じ事の繰り返しになるだけで何も得る物がない。

 

 今回の訓練はそういう類なのだと、彼女は理解していたからだ。

 

「護衛という事を意識しているのでしょうがジェナさんの近くで構え過ぎに思えます。それでは動きが制限されて、かえって守り難いでしょう」

 

「けど護衛なんだし近くに居ないと……」

 

「もう少しだけジェナさんとの距離を空け、襲撃相手と護衛対象の間に常に陣取るように構えて頂けますか? その後は横をすり抜けられないようにして下さい。自分より後ろに通してしまったら終わり。逆を言えば後ろに通しさえしなければいい。そう考えた方が楽だと思いますよ」

 

「けど、傍から離れちゃったら弓とか襲撃者が二人以上居るって考えたら危険じゃない?」

 

「確かにそうなのですが、まずはそこから始めましょう。基本が出来てないのに応用から考えても仕方ありませんので」

 

「解った。やってみるわ」

 

 レンの指示通り護衛対象であるジェナから間隔を開けた場所にダグマルは陣取ると、訓練を再開する。

 

 数度に渡る模擬戦。

 

 目に見えてダグマルの動きはよくなっていた。

 

(確かに動けるスペースが増えた分、大分戦いやすくなった……)

 

 というのも真後ろにジェナが居ない為、無理に全ての攻撃を受け止める必要がないからだ。

 

 そうなると動体視力に優れ小柄なダグマルはそれらを活かした回避能力を存分に発揮し、互角とは言えないまでもイーリスとそこそこ渡り合う事が出来た。

 

 それこそ本職が弓兵と思えないくらいに。

 

 けれどダグマルの表情は暗い。

 

「と、私の勝ちだな。えーと、これで十連勝か」

 

 その原因はジェナに武器を突き付けているイーリスの姿にあった。

 

「普通にやりあっている時は結構いけてるのに、強引に抜きに来られると一回も止めれてないもんなあ……」

 

 ジェナの言葉通り、普通に一対一の戦いと考えればダグマルは十分とは言えないまでも戦えていたのだ。

 

 もう少し訓練すれば剣士として戦っていけるとさえ思えるほどに。

 

 けれどイーリスが力任せに無理やり突破してきた時、ダグマルには止める手段が全くなかった。

 

 受け止め押し返すほどの力はなく、かといって避けてしまえば守るべきジェナへの道を空けてしまう。逆に自分からぶつかって止めにいっても力負けして吹き飛ばされるだけなので結果は同じ。

 

 どう頑張ってもイーリスの突撃を止める事が出来ない。

 

 それは個人で戦う剣士ならともかく、前衛として仲間と共に戦う剣士として見れば致命的だ。

 

「ぶつかってみて初めて解る事もあるのね。こんなにイーリスが力強いなんて……」

 

「まあ攪乱が得意とは言っても本職はこれだしな。力比べで簡単に負けてやる訳にはいかんさ」

 

 言いながら自慢の釘バットを振り回すイーリスだが、僅かに表情が暗い。

 

 元々は剣への未練を捨てさせ、弓へ専念して貰いたいからこそ始めた訓練ではあるが、訓練を通してダグマルの剣への想いの強さをイーリスは感じていた。

 

 けれど、それを解っていて尚、剣士としてのダグマルを認める訳にはいかない。

 

 今のダグマルが剣士として戦場に赴けば大怪我だけで済まない可能性が高いからだ。

 

 想いだけではどうにもならない現実に仲間が直面している。

 

 それなのに自分は助けるどころか壁となって立ち塞がり、無力さを思い知らせなければいけない立場にある。

 

 イーリスの表情が曇らない訳がなかった。

 

「頑張ってるとは思うが、前衛を任せるには頼りないと言わざるを得ないかな」

 

 ジェナもイーリスと似たような気持ちらしく、渋い表情を見せている。

 

「ええ。厳しいようですが一度もイーリスさんを止められないのでは剣士として戦っていくのは無理でしょう。勝てなくともせめて一度でいいから止められれば、まだ何とかなるかもしれないのですが……」

 

 そしてレンは強い口調ではないものの、はっきりと無理だと告げた。

 

 ダグマルの事を大切に思うからこそ、誰一人として情で判断を甘くしない。

 

 甘さと優しさは似ているようで違う事を三人は理解していた。

 

「うん、そうだよね……」

 

 三人の気持ちも。自分の非力さも。

 

 ダグマルには解っていた。

 

 申し訳なさで胸が張り裂けそうな程に。

 

「けどもう少しだけ。もう少しだけ付き合って貰ってもいいかな?」

 

 それでも割り切れない、諦めきれない。

 

 だからこそ未練と言うのだろう。

 

「ああ、納得いくまでトコトン付き合ってやるさ。けど手加減はしないからな?」

 

「ま、乗り掛かった船ってヤツだしな。こっちも良い訓練になるしね」

 

 そんなダグマルの気持ちを汲み、二人は訓練を再開する。

 

 適度な休憩を挟みつつも模擬戦は続けられ、訓練は数時間に及んだ。

 

 それでも。

 

 それでもダグマルがイーリスを止められる事は一度もなかった。

 

 

 

 

 

 

「あんなにやったのに一度も止める事が出来ないなんて……」

 

 訓練が終わり、イーリスとジェナが帰って暫く経っての事だった。

 

 ダグマルはショックを隠せない様子でレンに話していた。

 

「イーリスがずっと戦い続けているのも、強くなる為に訓練頑張ってるのも知ってる。ジェナが優秀なのも解ってる。けど……」

 

 ポツポツと漏れだすように続く声。

 

 そこには隠す気さえないほど深い悔しさが滲み出ていた。

 

「…………」

 

 レンは黙ってダグマルの吐露を受け止める。

 

 もしダグマルがイーリスの事を認められないなら諌めただろうし、自分の非力さを受け入れられないなら何か言ったかもしれない。

 

 傷付いているだけなら慰めの言葉を探した。

 

 けれど、これはどれでもない。

 

 それらを受け入れて尚、剣士の道を諦めきれない。諦めたくない。

 

 そんな想いに掛ける言葉なんてないとレンは感じていたからだ。

 

「ねえ、レンさん。イーリスと私ってそんなに力の差あるのかな?」

 

 ダグマルが訪ねたのは力量ではなく単純な筋力の話。

 

 剣の鍛錬の回数こそ減ったものの、弓の鍛錬は欠かした事がない。

 

 あまり力が強くない方だとは思いつつも、これほど差があるとは思っていなかったのだ。

 

「それは単純な筋力的な差だけでなく、ダグマルさんの身体の小ささなどが大きく影響しています」

 

「身体の小ささ?」

 

「ダグマルさんは手先の器用さや動体視力などに関しては素晴らしい物を持っています。それらを活かそうと思えば、相手の攻撃を交わして隙を突くような戦い方をするのが一番でしょう」

 

 それは剣士よりも侍や暗殺者に近い戦い方だ。

 

 攻撃的な側面だけを見れば剣士より優れている事が多い。

 

「ですが後ろに守らないといけない相手が居る以上、避けて交わすだけでなく、その場に踏み止まったり、時として自分からぶつかりに行って相手の動きを封じないといけない場面も多くあります」

 

 しかし守りの部分に目を向ければ剣士に軍配が上がるだろう。

 

 前衛として戦う侍や暗殺者が突破され、後衛を危険に晒してしまう事は珍しい事ではない。

 

「そういう誰かを守る為の戦いをするには、ダグマルさんの身体の小ささ、そこから来る非力さがどうしても不利に働いてしまうのです」

 

 ダグマルにはその剣士として求められるもの、守る為の力が足りていないのだ。

 

 それは単純な腕の話ではない。

 

 向き不向き。性質の違い。

 

 もし、もう少しだけダグマルに恵まれた体格が備わっていたなら、ダグマルは剣士の道を歩き続けていただろう。

 

「けど、この前会ったモニクさんだって小さかったわ」

 

「モニクさんは特異な例です。身体の小ささを補える程の力強さがあの方にはありました。おそらくそれは、幼少の頃から剣を磨き続けた事で培われたものなのでしょうね」

 

「幼少の頃から……。それじゃあ後から剣を学び始めた私には無理なのかな……」

 

「絶対に無理だとは思いません。ですが、とても困難な道になるのは確かです」

 

 それは言葉通りの意味だ。

 

 限りなく可能性は零に近い。けれど零ではないというだけ。

 

 そんな砂粒のような可能性でも挑むというのなら止める事は出来ないという話。

 

「そっか……」

 

 ダグマルもそれは解っているのだろう。

 

 短い声を漏らすだけで何も言わなかった。

 

「今回の訓練を始めた理由を覚えていますか?」

 

「えっと……」

 

 急なレンの問い掛けにダグマルは言葉を詰まらせ考える。

 

 訓練に夢中になるあまり言われるまで当初の目的を忘れていたからだ。

 

「確か誰かを守る為の剣。その才能がないと先生が感じた理由を教えてくれる、だったかな?」

 

 けれど完全に忘れていた訳ではないようで、すぐに言葉を返す。

 

「ええ。そこでダグマルさんが遊びのようだと感じていた訓練の事を思い出して頂けますか?」

 

「押し合いみたいな遊び……。そっか、あれで私が前衛として持ち堪えられるかを見ていたのね」

 

「おそらくですが、それまでその先生は誰かと組んだり部隊の中で活きる剣ではなく、一人で生きていく為の剣をダグマルさんに教えていたのだと思います。ですが誰かを守れるようになりたいという願いを聞いて、それまで教えていた剣では駄目だと思ったのでしょうね。だから遊びのような訓練で誰かを守る為の剣の資質を推し量ったのでしょう」

 

「それで押し合いに勝てない私を見て剣は向いてないって先生は言ったのね」

 

「ええ。ですが、もし全ての剣の才能がないと思っていたなら、もっと早い段階で向いてないと言うと思いますよ」

 

「そうね。はっきりと私に剣が向いてないって言い切る人だもの」

 

「お話を聞いている限り本人自身の腕も素晴らしいと思いますが、指導者として人を見る目も確かだと感じます。そんな人が見込みがないと思っている人間に何も言わず厳しい指導を続けるとは思いません。その時点では程度はともかく、剣の才能は十分にあると思われていた筈です」

 

「そっか。だから守る為の剣の才能がないと判断されたって話になるのね」

 

「ええ。訓練内容が変わった途端に言われたのなら、そういう事なのだと私は思います」

 

「けど、それならどうして先生は前まで教えてくれていた剣を教えてくれなかったのかしら?」

 

 単純な疑問。

 

 そして、やっぱり剣の才能がなかったから見捨てられたんじゃないかという不安が思わず言葉を口にさせていた。

 

「誰かを守れるような人間になりたい。そんなダグマルさんの願いを尊重したのでしょう。ダグマルさんが一番多くの人を守れる可能性。それを探した結果が弓だったのでしょうね」

 

 おそらく先生とやらは気付いていた筈だ。

 

 身体が小さく非力なダグマルでは剣を持とうが槍を持とうが、誰かを守るような戦い方をするのは難しい。

 

 前衛を目指す限り、ダグマルの願いを叶えるのは困難なのだと。

 

 けれど弓ならば。

 

 そのハンディはそれほど苦にはならない。

 

 そしてダグマルの長所である手先の器用さと動体視力が最大限活かされる。

 

「剣なら無理でも弓なら多くの仲間を守る事が出来る。そう確信していたのでしょうね。そうでないなら突然方針を変える意味がありません」

 

 実際、ダグマルの弓に部隊の仲間は何度も助けられている。

 

 剣を振り続けていたなら、おそらく今ほど多くの仲間を助けられる事はなかっただろう。

 

「あはは。私が思ってたよりずっと先生は私の事考えてくれてたのね。才能がないってはっきり言われた時は恨んだりして申し訳ない事しちゃったな」

 

 自嘲気味に。

 

 それでいて照れ臭そうにダグマルは笑う。

 

「それは説明しなかったその先生が悪いです。少々言葉は悪くなってしまいますが、誤解されて当然の行動しかしてませんから」

 

 はっきり言ってしまえば言葉足らずだ。

 

 虐めで追い出されたと勘違いしても仕方ない程に。

 

「ううん、聞かなかった私が悪いの。何ていうか指導の事以外は聞かれないと何も話さないような人だったから……」

 

「……指導者としての腕や眼力はともかく、意思疎通の能力には疑問がある方のようですね」

 

「うん、ちょっとそこは否定出来ないかも。前に依頼で会ってもらったレティシアが一緒に訓練所に通ってたんだけど厳し過ぎて辞めちゃったから。その時、残念だって一言漏らしてたから、よっぽど期待してたんだと思う」

 

 そして辞めたレティシアは王国で聖騎士と組んで仕事をする程の剣士となっている。

 

 本当に見る目は確かなのだろう。

 

「ダグマルさん。その先生の特徴を聞いてもいいですか?」

 

「いいけど、どうかしたの?」

 

「いえ。それだけの腕の持ち主なら一度、戦闘技術についてお話してみたいと思いまして。少々興味が湧いたと言いますか……」

 

「そうなんだ。勉強熱心だね、レンさんは」

 

 ダグマルは答えると目を瞑り、かつて憧れた騎士の事を考える。

 

 それだけで昨日の事のように鮮明に騎士の姿が頭に浮かんできた。

 

「えーとね、深い赤色の髪をした白い肌が印象的な綺麗な女の人よ。数年前だから今は解らないけれど、髪は長かったわ。事情があるらしくて名前は教えてくれなかったら解らないかな」

 

「赤い髪の盾を持たない騎士、ですね。解りました」

 

 ダグマルの言葉に頷いたレンは無意識に表情を硬くする。

 

 戦闘技術に付いて話してみたいというのは嘘ではないものの、本当の理由は別にあったからだ。

 

(おそらくどれだけ弓の修練を積んでも、ダグマルさんの未練を断ち切る事は本当の意味では出来ないだろう)

 

 レンが赤髪の騎士を探す理由。

 

 それはダグマルの剣や前衛への未練を断ち切り、弓に集中して貰う事だった。

 

 ある程度の不安や迷いを晴らす事は出来たと感じるが、それでも未練が完全に晴れたようには見えないから。

 

(その未練や迷いが戦場では命取りになる事も珍しい事ではない)

 

 いくら剣を握っていた時期があるとはいえ、今のダグマルは軽装の弓師だ。

 

 油断して前に出れば万が一ではなく、本当に命が危ない。

 

 今まで無事だった事が逆に奇跡なのだ。

 

(そんな事が起きる前に何とかしなければ――)

 

 レンがここまで真剣に考えるのは、上司としての部隊運用的な部分も勿論ある。

 

 けれど何より友人であり恩人でもあるダグマルが、そんな悲しい事になる所をレンは見たくなかった。

 

(赤髪の騎士。おそらくその女性と話さない限り、本当の意味でダグマルさんの未練が断ち切れる事はない)

 

 剣の才能がなく見捨てられてしまったと、まだどこかで感じている事。

 

 そして伝えられないままになっている感謝の言葉。

 

 おそらくその二つが心の棘や鎖となり、必要以上にダグマルに剣や前衛へ拘りを持たせてしまっている。

 

 その戒めを解く事が出来るのは騎士本人の言葉だけだ、とレンは考えている。

 

(問題は私にはミステリオで人を探せる人脈がない事だな)

 

 もしレンが元居た世界の話なら、それだけの腕を持つ騎士の噂は耳に届いていただろうし、探さなくても心当たりがあったかもしれない。

 

(それ程の腕の持ち主で盾を持たない騎士と特徴もあれば普通なら解るのだけど――)

 

 けれど、ここは彼女にとって異世界。

 

 ある程度の勉強はしているから正真正銘の有名人なら解るだろうが、当時噂になっていた出来事や人物などの細かい情報に関しては解る訳もない。

 

(前にトウカ様の事を占ってくれた魔法使いに頼むか。それともあの傭兵会社に人探しの依頼をするか。早々に決めないといけないな)

 

 けれどレンには何の当てもない状態で、この世界に居るかどうかさえ定かでない探し人と出会えた経験がある。

 

 その赤髪の騎士を見付け出す事に何の不安もなかった。

 

(それにしても指導するなら最後まで責任を持って指導してもらいたいな。ダグマルさんを不安にしたまま放置するとは……)

 

 会ったら一撃くらい槍の柄で、はたいてやろう。

 

 レンはそんな事を考え、愛用の槍を強く握り締めるのだった。

 

 

この中で何かあれば

  • ダグマルとは、かんぱに解ってるな
  • 全身鎧のレンさんじゃないか
  • 地の文ありの方が好き
  • 実質ミルSSだな
  • 面白かった
  • もっと見たい
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。