異世界バイト日記   作:ニホニウム

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見切り発車です


1話 転生!

ふと目を覚ました時、異変に気付いた。

体が軽い。見下ろすと、女性らしいふくらみがある。

 

「これは……夢か?」

 

混乱したまま鏡を見つめると、そこには短い黒髪と大きな瞳を持つ女性が映っていた。

 

部屋には「尾形 春香(オガタ ハルカ)」と名前が書かれた参考書やノートの類が散らばっていたので、この子はどうやら春香、という名前らしい。

 

「あっ……相当酔っ払ってんな、俺」

 

痛む頭を抑えながら、昨日に起きた出来事、記憶を探っていく。

 

俺の旧名……は、もう思い出せないが。

「夏」という文字が入っていたはずだということは記憶していた。

 

俺には前世の記憶がある。

 

もう随分と前の事になるが、国際化の潮流から競争社会が劇的に形成されつつあった時期に、学歴も、金も、どちらも持てなかった俺は、人生の行く末に対する薄ぼんやりとした希死念慮を抱きながら、単純労働・肉体労働で日銭を稼ぐ毎日を送っていた。

 

希死念慮が強まるばかりで、未来を観る余裕など無かった。

 

そんな日々を過ごしていたある日。遂に、耐えきれずに発狂した俺は、自らの手でその生涯を終えた……はず、だったのだ。

 

___縄が血流を阻害し、徐々に意識が薄暗く、深い底へ落ち、その命かが途切れる瞬間。明るい光を見た。

 

あぁ、綺麗だ。

 

息を明いっぱいに吸い込み、吐き出す。先程まで首を締め、呼吸する事を阻害していた縄は何処かへと消えていた。

 

「ぁ……ぎゃー!!おぎゃぁー!!」

 

新鮮な空気が肺に入り、ぼんやりとしていた意識が冴えていく。

___ここは、何処だ?

 

周囲はメガネを取ったかのように、薄ぼんやりとしか見渡せないが、柔らかな布に包まれる感覚と、温かな手に抱かれる感覚が伝わってくるのが分かる。

 

___周囲の音が少しずつ認識出来た。

 

優しい、女性の声が聞こえる。

どうしてだか首は曲がらず、女性の姿は確認出来ないが。

 

「元気な女の子ですよ、おめでとうございます!」

 

その声だけが、明瞭に、確かに聞こえてきたのだ。

 

……

 

まぁ、つまり、少し昔に流行った所謂転生というもので、俺は人生リセットの権利を手に入れた訳だが。

赤子スタートというのは少々部が悪くないか?

 

感情表現は泣くか笑うか、その二択だけだったので、腹を空かせよう物なら泣き叫ぶしか方法がない。トイレであろうと、まぁ、その……自分1人では当然出来ない訳で。不快だと泣き叫ぶしかないのがつらみだ。

 

大の大人に、なんたる侮辱……

 

泣く、笑う、そんな単純作業をひたすら繰り返すだけの幼少期だったが、幼児期健忘のせいか、あまり苦痛ではなかった。

何せ前世の記憶を除き、曖昧な記憶しか残っていないのだから。

 

漸く1人で歩き回れるようになった頃、この世界の形を知ろうと、情報収集に励むようになった。というのも、ある程度「転生物」を読んでいた私は、この世界が本来の世界ではなく、所謂異世界というものではないか?と疑問を常に抱いていたからだ。

 

___その疑問は「半分」当たっていた。

 

基本的な事は何も変わらない。

 

この世界が二度の世界大戦を起こしている事。

この国は、その大戦に敗北した事。

敗戦の淵から立ち上がり、劇的な経済的復興を果たして、先進国の一国、いや、列強の一国となったこと。

何一つとして変わらない、当たり前の、誰もが知っている通りの歴史。

 

しかし、ほんの少し違う事があるとすれば。

 

この世界には「ホモサピエンス」以外の知的生命体が居るって事か?

 

「春香ー!今日はバイトじゃなかったの?」

 

リビングから、ハスキー声が聞こえる。

 

「うーん……そうなんだけど、今日はいいかな、頭が痛いんだ」

「あら。またお酒飲んだのー?最近飲みすぎじゃない?」

 

ガチャリと。個室の扉が開かれ、猫耳と長い尻尾が生えた、黒髪の美少女が視界に入った。猫背の背に、ふわふわとした体毛を纏った彼女は、宛ら獣の様な姿をしている。

 

彼女の名前は綾瀬(アヤセ)。

 

見た目から分かる通り、彼女はネコ属イエネコ系の獣人だ。

中学時代に趣味の延長で入っていた「生物学部」で出会って以降、意気投合した俺たちは、成人を迎える頃には同居する程の仲になっていた。

 

「また散らかして……そんなんじゃ一人暮らし出来ないよ?」

「じゃあずっと一緒に暮らそー、ついでに養って……」

「こら、アンタはお金貯めて大学に通うんでしょ。今のバイトも始めたばっかりなのに、初っ端からそんなんでどうするのよ……」

 

部屋中散らかる参考書は、自身の飽き性な性格を如実に表していた。

 

どうしようもないほどに屑な話だが、転生というアドバンテージがありながら、勉強もせずダラダラと現世を過ごしていた俺は、浪人という名のモラトリアムを繰り返し、遂には家から追い出されてしまったのだ。

 

仕方なく、当時一人暮らしをしていた彼女の家に駆け込んだ俺は、生活費の半分を持つという条件で今に至るまで生かしてもらっているのだが。

 

「……んー、頑張る」

 

申し訳ないとは、思う。変わりたいとも、思ってはいる。

けれども、人というものはそう簡単に変わらないもので……それに、行動を変えれば、性格とのズレが生じて身にも心にもよくない。

 

だからと言ってこのままダラダラと過ごす訳にもいかないのだが。

 

「その意気込みがあるなら、先ずは部屋を片す事ね……」

「はーい」

 

頑張ると言ってしまった以上逃げ場も無さそうだったので、気怠げに返事を返し、部屋の掃除を始めるのであった。

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