綾瀬が手伝ってくれた事もあってか、部屋の片付けは思ったよりも早く終わりそうだ。仕上げにと、綾瀬がベッドの下を探ろうとしたその時。
獣人系の……まぁ、何というか、下心満載で買ったモデル雑誌が見つかるハプニングに見舞われてしまった。綾瀬は俺に対して、「……なんかこれ、私に似てない?」と、少し呆れたような目線を向けてくる。
そこはなんというか、俺の性癖とでもいうべきか。
俺は、前世での人間関係に対するトラウマもあってか、どうやら「人間」に対して性的な感情を抱く事が出来ないらしい。人付き合いが苦手で、孤独や裏切りを経験したせいかもしれない。人の感情や、言葉に対する不信感が、いつの間にか性格を歪めていたのだろう。
その代わり、だ。
俺は、人間以外の存在に対する異様な執着心を持っている。
それは、いわゆる獣人と呼ばれる存在に対するもので、彼等の持つ毛皮の感触や、動物的な仕草に強く惹かれてしまうのだ。
そんなわけで、ついつい衝動買いしてしまったものが、この雑誌というわけだ。表紙を飾るモデルが、彼女に似ていた事は承知の上だったが、まさか見つかるとは思わなかった。
「えっと……これは、ただの好奇心と言うか、その……綺麗だなぁと、ついつい買ってしまいまして……」
「綺麗、ねぇ」
俺の曖昧な返事に対して、小さくため息をつく綾瀬。
彼女は雑誌を軽く指でつまみ、しばらく表紙のモデルを眺めていた。
視線は鋭くなるわけでもなく、特に怒っている様子はない。
「春香はさ、私がこういうのを着たら……綺麗だと思う?」
表紙の、少々被面積の少ない水着を着た獣人を指差して、少し笑いながらそう尋ねてくる彼女の姿に、俺の心臓は一気に早鐘を打った。普段は冷静な彼女が、こんな風に揶揄うような口調で話すことなんて、滅多にない。
「そ、そりゃ、綺麗だと思うよ。綾瀬はスタイルがいいから……」
「ふふ、ありがとね。でも私には、ちょっと刺激が強いかなー」
彼女は冗談めかしてそういいながら、雑誌をベッド下へと戻した。
少し照れたように見えたのは、きっと西日のせいだ。
「……春香が見たいっていうなら、水着くらいなら着てあげてもいいけどね」
「ほんと!?」
綾瀬の思いがけない言葉に、食い気味に声を上げてしまった。だが、次の瞬間、自分がどれほど興奮していたかを悟り、急に恥ずかしくなった。
俺は、元はといえ童貞の成人男性なのである。
当然ながら女性経験など0に等しい為、このような場面で、どのような回答をすれば正解なのか、どう太刀振る舞えばいいのか、といった事が一切思い浮かばず、頭の中が
「あ……いや、あの、その……えっと」
なんとか声を絞り出してみたものの、終始しどろもどろになり、まともな返答が出来なかった。
綾瀬はそんな俺の様子を見て、クスッと笑い声を漏らした。
今の俺は、完全に彼女の手の平の上で遊ばれている。
「春香ってば、ホント可愛いね」
「……もー!揶揄ってるでしょ!!」
「ごめんごめん、可笑しくて。つい……」
少し、瞳に涙を浮かばせながらそう答える綾瀬。
クスクスと笑うその姿があまりにも可愛いものだから、彼女を責め立てるような気持ちが一切湧いてこない。
……しかしまぁ、水着、か。
正直なところ、彼女の水着姿を見たいか見たく無いかで問われると、凄く見てみたい、というのが正直なところ。もちろん、綾瀬は親友であるので、そこにやましい気持ちなど一切持っていない……はず、だ。
「……良かったら今年の夏にでも、海水浴に行かない?」
「!?……行く!」
海水浴と聞き、第一に頭の中に思い浮かんだのは、綾瀬の水着姿だった。
脳内に浮かび上がった綾瀬の姿は、あの表紙の様に、刺激の強い衣装を纏っていて……前言撤回。やましい気持ちしかないな。
「それじゃ、頑張ってお金貯めなきゃだね。バイト、頑張ろうね?」
なるほど、ここまでの振りは、俺を意欲的にバイトに通わせる為だったのかと、妙に納得した。
バックレ実績に定評がある俺でも、ここまで段取りが整って仕舞えば、もう「やる」という選択肢の他にないのだ。それに、彼女の期待に応えたいという気持ちも、その選択を後押しした。
「うっ……頑張ります」
その答えに綾瀬は、満足気に笑った。
全く……とんでもない親友を持ってしまったものだ。
___夏が待ち遠しい。
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