喫茶リコリコの午後。客足も一段落し、店内には穏やかな時間が流れていた。カウンターで洗い物をしていたライカンがふと顔を上げると、そこには穏やかな笑みを浮かべたミカが立っていた。紫色の和服が彼の落ち着いた雰囲気によく似合っている。
「ライカン君、少しいいかね?」
ミカの声は低く、しかし芯の通った響きがあった。ライカンは濡れた手を拭きながら丁寧に答える。
「ミカ殿。何か御用でしょうか?」
「ああ。少し、ショウマ君のことで相談したいことがあってね」
ライカンは少し眉を寄せた。ショウマという名が出た途端、彼の瞳の奥に僅かな影が差す。それは長い間ショウマを見守ってきた者としての複雑な感情の表れだろう。ミカはそれを察しながらも、言葉を続けた。
「ショウマ君の母親……みちるさんの身内について、少し調べてみるべきではないかと考えているんだが」
ライカンの手が一瞬止まった。彼はカウンター越しにミカを見つめ返す。その琥珀色の瞳は静かだったが、何かを計るようにミカの表情を窺っていた。
「……みちる様の身内、でございますか」
「ああ。ストマック家に拉致されてきた人間の一人だったという話は聞いている。だが、元いた世界にご家族がいらっしゃったはずだ」
ミカは頷きながら続けた。
「ショウマ君も今は私達と共に人間界で暮らしている。もし、みちるさんのご家族が見つかれば……何かしらの情報が得られるかもしれないし、もしかしたら……」
言葉を濁すミカに対し、ライカンは静かに口を開いた。
「……承知しております。みちる様は、ショウマ様を連れて人間界に戻り、ご家族と共に暮らすことこそを心の支えにしておりました。ブーシュ様のご厚意でストマック家の屋敷に留められてはいましたが、それは保護という名の監視であり、軟禁と変わらぬ状況でしたからな」
ライカンの声には、過去の記憶を辿るかのような淡々とした響きがあった。彼はショウマだけでなく、その母親であるみちるにも深い敬意を払っていたのだろう。
「それに……」
ライカンは言葉を選ぶように間を置いた。
「みちる様のご家族がもし存命であるならば、ショウマ様の今後のことを考えても、知っておくべきことではないかと私も考えます」
ミカは黙って頷いた。ライカンの言う通りだ。ショウマは人間とグラニュートのハーフとして生まれ、過酷な運命を背負ってきた。みちるの身内が見つかれば、ショウマにとって新たな繋がりとなるかもしれない。そして何より、みちるが生きていた世界の一端を知ることは、ショウマ自身のアイデンティティを確立する上で重要な意味を持つだろう。
「だが、それは同時に、ショウマ様にも、そして、ご家族の方にとっても辛い結果になる可能性があります」
「・・・それは、君の実体験からなのかい?」
その問いに対してライカンは頷く。
「少なくとも、私の場合はそうでしたからな」
その言葉にミカは沈黙する。ライカンもまた、過去に何かを背負っていることは察していた。だが、それを深く掘り下げることは躊躇われた。
「無論、ご家族の方がすでに……という可能性もございます。それ以前に、人間界は広大です。闇菓子の材料として連れてこられた方々の多くは、元いた場所すらわからないことも多かったと聞いております。みちる様は幸いなことに記録が残っておりましたが……」
ライカンの言葉には現実的な困難が含まれていた。それでも、ミカの決意は揺るがなかった。
「それでも、調べてみる価値はあると思うんだ。このリコリコには色々な情報が集まってくる。そして何より……」
ミカはそこで言葉を区切り、優しい笑みを浮かべた。
「私達には、そのために手を貸してくれる仲間がいるからね」
ライカンはミカの言葉に静かに頷いた。彼の口元にも、ほんの僅かだが安堵の色が浮かんだように見えた。
「……畏まりました。微力ながら、私もお手伝いさせていただきます。まずは、記録されているみちる様の情報を改めて精査いたしましょう。そして……」
ライカンはふと視線を外す。
そこには、ショウマが、この世界で得た大切な人である千束とたきな。
そして、グラニュート界で得ているエレン達。
「ショウマ様の耳には、直接は入れない方がよろしいでしょう。彼の心を乱すようなことがあってはなりません」
ミカは力強く頷いた。
「もちろんだ」
そうして二人は、ショウマの知らないところで、新たな調査を始める決意を固めたのだった。それは、過去に囚われた一人の女性の記憶を辿る旅であり、同時にショウマの未来を拓くための第一歩でもあった。
ゼンゼロから出る陣営は
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邪兎屋
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白祇重工
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ヴィクトリア家政
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特務捜査班
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カリュドーンの子