「はぁはぁはぁ」
ベイクに必殺の一撃を叩き込んだショウマは、変身を解きながらも膝をつく寸前まで荒い息を吐き出した。フルコース・スマッシュは強大な力を行使する代償として肉体に大きな負荷をかける諸刃の剣だ。額からは汗が流れ落ち、指先が微かに震えているのが分かる。それでも倒れることは許されないと己を奮い立たせ、踏みとどまる。
「ショウマ君!」「無理しないで!」
すぐさま千束とたきなが駆け寄ってくる。千束は支えるように肩を貸し、たきなは周囲を警戒しながらもショウマの安否を気遣う視線を送る。
「大丈夫……少しだけ休めば……」
息も絶え絶えながらそう答えるショウマ。だがその眼光はまだ諦めていない。
一方で吹き飛ばされたベイクもまた変身が解除され、その正体である酸賀が露わになっていた。服はところどころ焼け焦げ裂け、肌からは赤黒い液体が滲んでいる。しかし苦痛に顔を歪めながらも、その口元には未だ嘲るような薄笑いが張り付いていた。
「ふぅ……ふぅ……流石に効いたねぇ……だが結果は得られた」
酸賀が呟くと同時だった。
「たきなちゃんはあの男を」「分かりました。ショウマ君のことお願いします」
千束の短い指示にたきなは即座に反応し、鋭い戦闘機動で酸賀へと踏み込んだ。狙うは確保、或いは無力化。接近戦での格闘術なら自信があった。
だが。
「ニエルヴ君」
酸賀の掠れた呼びかけが響くと同時に。
ズガンッ!
たきなの足元のコンクリートが炸裂した。間一髪で横転して回避するが、砂塵と煙幕の中に人影を認める。
「まさか」
煙が晴れればそこに立っていたのは──ニエルヴ・ストマック。しかし普段の柔和な微笑みは消え失せ、凶暴な捕食者が獲物を値踏みするような冷徹な視線をこちらに向けていた。その姿は紛れもなくグラニュートそのものであり、コーンロウの髪の先端にある蛇の頭部がシュルシュルと威嚇音を立てている。
「ニエルヴ……」
その異形の姿を見たショウマの声が低くなる。
ショウマの兄であり、数々の非人道的な実験を行っていた人物。
「あぁ、そういえばお三方にはこの姿をご覧いただくのは初めてでしたね」
ニエルヴはまるでファッションモデルのように一歩踏み出し、その異形の姿を見せつけるように胸をそらした。
「お初にお目にかかります、と言いましょうか。これが私の本来の姿。ご覧の通り、極上の味わいを求め続けるグルメハンターです」
軽やかに言いながらも、その視線は油断なく三人を捕捉している。ショウマに向けられた眼差しには憎悪と侮蔑が入り混じり、たきなには興味と警戒が、そして千束には若干の苛立ちが見え隠れした。
「さて、実験サンプルの回収は成功しました。ですが酸賀氏のお怪我を考えるとこれ以上の検証は非効率的ですね」
ニエルヴはそう判断すると、悠然と酸賀に歩み寄り、まるで荷物でも扱うかのように片腕で担ぎ上げた。酸賀は抵抗する気力もないのか、ぐったりとニエルヴの肩に寄りかかる。
「実験成果はまずまずといったところでしょうか。しかし改善すべき点が多く見つかりました。更なる試行錯誤が必要でしょう」
淡々とした研究報告のような言葉が続く。
「それでは皆さん、今日はこれにて失礼いたします。またいずれ」
そう言ってニエルヴが踵を返そうとした瞬間。
「逃がすと思っているんですか」
たきなの低い警告が響く。その右手には既に拳銃が握られ、照準は正確にニエルヴの背中に向けられている。
「もちろん思っておりますよ、井ノ上たきな嬢」
ニエルヴは振り向きもせず言い放った。
次の刹那──ニエルヴの足元から毒々しい紫色の粘液が溢れ出す。それはまるで底なし沼のように広がり、触れることさえできない有害な毒霧を立ち昇らせた。喫茶リコリコの床材がジュゥッと音を立てて溶けていく。
「これはちょっと刺激が強いですからね。巻き込まれたくなければ早々に退散することをオススメします」
ニエルヴが悠然と歩みを進める度に、毒の領域は広がっていく。たきなは舌打ち一つ残して大きく後退し、ショウマと千束のもとへ戻った。
「また会おうか」
ニエルヴの不気味な哄笑が遠ざかっていく。
毒の霧が完全に晴れた頃には、すでにニエルヴと酸賀の姿は跡形もなく消え去っていた。
店内には瓦礫の山と、深い疲労感に包まれた三人だけが残された。
「……行ってしまったか」
千束が悔しそうに呟く。
「ええ」
たきなは短く答え、武器をしまう。怒りよりも冷静な分析が先行していた。
「……必ず追い詰める。アイツのやってることは間違ってる」
ショウマが拳を強く握りしめ、誓うように言った。その目に宿るのは激しい義憤と決意だった。
その思いを共有するように、千束とたきなも頷く。
ゼンゼロから出る陣営は
-
邪兎屋
-
白祇重工
-
ヴィクトリア家政
-
特務捜査班
-
カリュドーンの子