第二章 (非)日常編
…朝だ。
何が起きようと、誰が死のうと殺されようと、自分が死んでいない限り、いつも通りに朝は来る。
食堂に集まった生徒達は、一様に憔悴しきった顔をしていた。
会話をする気も起きず、黙ってそれぞれが朝食を口に運んでいる。……もしくはただ席に座っている。
「眠気を押して来てみれば、最悪の空気ね」
唐突に、涼やかな声が入ってきた。
「確か、この会合って円滑なコミュニケーションが目的じゃなかったかしら?」
遅れてきた南界レイコが、相変わらず何事もなかったかのような場違いな微笑みを浮かべ立っている。
「……仕方ないよ。昨日あんな事があったばかりなんだ……いきなり元気を取り戻せる方がどうかしてる」
明日家が沈みつつも、比較的平静を保った声で言った。
「ぼ、僕……昨日は一睡も出来ませんでした……。あ、甘井さんも勿論気の毒だったと思いますけど……。こ、こ……声野さんの、最期が、頭から離れなくて……!」
「私も……。あの声と、し…死体……。一生、一生……忘れらんないと思う……。トラウマ確定だよ……」
「神経細いわねえ。そんな事でこれからどうするの、まだまだ続くのよ?この共同生活……もしくは、コロシアイ生活……はね」
「ば、馬鹿言わないでくれ……!あんな事がもう二度と起こってたまるもんか!」
「ま~こーなってくると、いよいよここで終活する覚悟決めるっきゃないかもねー。あんな死に方するくらいならさぁ?」
高梨がくるくると茶の入った湯呑みを回しながら言う。
「……まあ、場がそちらに流れるのは一理ね。環境は何も変わらない訳だし……」
「変わるよ、環境!」
モノクマが唐突に飛び出した。
「ひっ……!」
「んん?何さ?バケモノでも見たような顔して……。朗報だよ?いいお話持ってきてあげたんだよ?」
「学級裁判を乗り越えたご褒美に、″新しい世界″を広げておきました!」
「やっぱり一皮むけると、世界広がるっていうもんねえ〜」
「新しい、世界……?」
「出来ることや、やれることがホンワカパッパしてるからさ!」
「どーぞ自由に見て回ってくださーい!」
それだけ言って、モノクマは姿を消した。
「い、今のって、ほんとなのかなあ……?」
「どっちにしても、調べてみないことには分からないんじゃない?」
「じゃあ、また手分けして調査してみようか。終わったら食堂で報告し合おう」
そうして皆はパラパラと出ていった。
俺は学校エリアの方へ出向き、歩みを進めると……。
(…!)
初めに建物内を探索した時に見た、シャッターがなくなっている。
階段をのぼって、二階へ上がった。
こちらもまた学校風のつくりだ。
出てすぐの部屋に入る。
(……また扉?)
そこにあったのは少し広い空間と、正面に赤と青の二つの扉。そして頭上には何故か……ガトリングガン?
「こちら、男女別更衣室前となっております!」
音もなく、モノクマが現れた。
「……」
「あ、反応薄。シラケ世代だねえ、きみは」
「……更衣室、って言ったな?」
「はいな!この先はプールだから着替え用の空間を用意しました!……あ、着替えって聞いてイヤラシイ事を考えたかもしれないけど、異性の更衣室に入る事は厳禁だからね!そんな不埒なことしたりしたら……」
「あのガトリングガンで、蜂の巣にしちゃいますからっ!」
「……」
……やり過ぎだろ。
「相変わらずあるあの監視カメラで、侵入しようとし次第発動……っていう訳か」
「っていうか、入口のカードリーダーに生徒手帳かざして入るんだけど、手帳に登録されてる性別以外は入れないようになってるんで!疑わしきは罰せよってことで、異性の手帳をかざした瞬間ガトリング発動になってるけど」
「……ま、今日び性自認だとか第三の性だとか、うかつに『異性』とか括れない部分も色々あるんだろうけども……」
「まーボクには関係ないんで!こちとら杓子定規に、目の前の風紀だけを整えときたいだけなんでっ!」
……分かってはいたが、こいつはカスだ。
「……ただそれだと、生徒手帳さえ貸し借りすれば異性の更衣室には問題なく入れるよな」
「っかあ〜!揚げ足ばっかり取りやがってこの新人類は!倫理的には大問題なんですけど!?ボクに倫理説かせるなら大したもんだよ!」
「分かった!じゃあ『生徒手帳は、他人への貸与禁止』とします!たった今から校則にも載せちゃうからねっ」
「残念でした〜!見通クンのドスケベ、ドムッツリ、違法パンツハンター!」
好き放題言って、モノクマは消えていった。
「……まず″違法″ってなんだよ、合法パンツハンターがあるみたいな……」
ぶつくさ言いながら、とにかく中に入ってみる事にする。
青の扉の横にあるカードリーダーに手帳をかざすと、ピッという軽い音と共に扉が開いた。
中に入ると、同じく青を基調とした更衣室に入る。
背の高いロッカーに、休憩用のベンチ。マットとちょっとしたトレーニング機器も置いてある。
さらに扉を開けて、奥に進む。
「プールだプールだーっ!」
やたらにはしゃいだ声が聞こえてきた。
「あ!見通クンだ」
琉球宮と青空が、先に調査に来ていた。
「……ちょっと珍しい組み合わせだな」
「へへ、スポーツ系才能持ちは引かれ合うってねー」
広がっているのは本格的な競技用のような、割と気合の入ったプール設備だ。
「いやー、運動出来るのは嬉しいけどさあ。プールだけって何かがっかりだよね〜。ボーリング場くらいあってもいいのにさあ?」
「ほんとだよねえ、登山出来るようにしてくれたらいいのになーっ」
「……ま、一応学校だしな……」
というかボーリング場はまだしも、山は無理だろ、さすがに。
「……見通さ、あれから……大丈夫だった?」
ふと真剣な態度で、青空がこそっと声をかけてきた。
「あれから、って?」
「だ、だからさ……、声野の……裁判があってから……」
「……」
「わ、私さ……声野と仲良くなれてたかって言われると、今考えると自信ないけど……。けど、一応私ら声野と一番一緒にいたじゃんっ?」
「そ…それで……。私でも色々、考えちゃって……結構やばいくらいなのに、一番仲良かった見通が…その……大丈夫かなって」
いつも勝ち気な彼女に珍しく、しおらしい態度でそう問われる。
「……大丈夫だ。一晩寝て、もう乗り越えた。……そもそも、あそこで声野をクロと指摘出来ていなければ俺達全員が処刑されていたんだ。ああする他なかった」
「そ、そーだけどさ……!そんな簡単に、割り切れるのかなっていうか……」
「ねーねー、見通クン青空ちゃん!着衣水泳得意ー!?せっかくだし競争しよーよー!」
いつの間に走っていったのかプールサイドの反対側から、琉球宮の無邪気な声が響いてきた。
「……」
「濡れて帰って乾かす時間ないだろ、そろそろ食堂に戻るぞ。また後でな」
嬉しそうにぶんぶん手を振ってくる琉球宮にジェスチャーを交えつつ声を返す。
また勢いよく走って戻って来る。
「……なあ、青空。あいつ、裁判の前は半泣きだったけど……元気なもんだろ。今後の生活や……探索の事を考えたら、きっとあっちの方が有用だと思う」
「忘れる事が正しいとは言わない。……だけど、気負ってばかりは、保たないぞ」
「……ん。そだね」
複雑そうな泣き笑いな顔で、青空が小さく頷いた。
食堂に戻り、皆の報告を待つ。
「じゃあ、調査の結果を発表していこうか」
「まず大きな収穫点として、学園エリアの二階が開放された」
「プールが出来てたんだよ、プール!」
琉球宮が嬉しそうに言う。
「結構本格的っていうか、広めだったよー。更衣室もしっかりしててさ……」
「ただ更衣室入口のカードリーダーは、異性側に間違ってタッチすると即銃撃らしいんでその点は要注意」
「他は教室が一つ二つあって……後特筆するような施設というと、図書室かな」
「な、なんか手がかりになりそうな資料とかあった!?」
「……特に有益なものはなかったよ。悪趣味な小説と……悪趣味な雑誌類くらいだ」
「ほ、ほとんど殺人に関するもの……っていう感じでした。……き、気分、悪くって、全部は見れてないですけど……やっぱり殺人への参考用、って感じですね……」
「寄宿舎エリアの方は、二階は出来てなかったけど……いくつか入れるようになった部屋があるわ。まずは倉庫かしら、色んな雑貨類が揃ってて……」
「お菓子もいっぱいあったよお!これでようやくおやつのバリエーションが広がるよお〜」
はずんだ声で言った軽井沢は、ふと気が付いたようにしゅんっとなった。
「って……あ、あんま喜んじゃだめだよね。美遊ちゃんが死んじゃったから、使えるようになったものなんだし……」
「あと、お風呂が出来たわ。いい加減シャワーだけじゃ美容に悪いものね」
「謎のディテールっていうか、古き良き銭湯っぽい感じだったねぇ。風情的に言うと、風呂上がり用の牛乳が欲しいとこだけど」
一方南界と高梨は、まるで気にしていない様子で報告を終えた。
「まあもう一点不平を言うなら、性別間でのプライバシーが皆無に等しいっていう点かしらね」
「有り体に言うと『混浴』ってこと。脱衣所も別れてないし」
「えぇっ……うえぇえ〜〜っ!?」
「い、いや無理無理無理!そんなんあり得ないって!」
「ていうかプールの更衣室の方はそこまでガチガチにしておいておかしいでしょ……」
「……入る時はあらかじめ分かるようにしておいた方がいいかもね。トラブルの元だし……」
「……で、結局出口に関する手がかりは何もなし、か……」
尾後が行儀悪く座りながら、ボイコットしていた分際で偉そうにそう言った。
「けど良かったじゃねえか。お前ら、新しい場所に行けるようになって随分楽しそうだよな?もう一生ここから出ない覚悟決まったか?」
「……そんな言い方ないだろう。皆ここからの脱出のために、少しでも情報を手に入れようとしているだけだ。このまま諦めなければ、手がかりだってきっと……!」
「あ?綺麗事かよ。仕切りやがって……お前の発言で事態が好転した事あったかっつーの」
面倒臭そうにそう言った後……尾後が明日家を見て嫌な笑い方をした。
「…ああ、いや、そういやあったか。昨日の裁判、声野も最後お前の発言がきっかけで、バレたんだったよな」
「な……!?」
その発言に、明日家の顔がみるみる青くなった。
「そう考えるとお前のおかげで声野が死んで、俺らはこーやってより楽しく暮らせるようになった、っつー訳だ。感謝しねえとなあ?」
「ち……違う……!俺は……」
「……おい、いい加減に……」
「うるせえなあっ!!」
後方から、怒鳴り声が響いた。
天条が、憎々しい目で尾後を睨みつけている。
「お前は黙ってろっ!人に害しか与えないクズのくせにっ!」
しばらく、場がしぃんとなった後……尾後がぷっと吹き出した。
「くっ、くっ……だはは……!陰キャがキレたよ、こええ~」
揶揄われた天条は押し黙ったあと顔がかああっと赤くなり、そのまま走り去っていった。
「ちょ、ちょっと、天条……!」
「はー、笑った笑った……。セオリーでいきゃ次あたり死ぬのはあいつだな……」
「……尾後くん、不謹慎よ。明日家くんを揶揄する発言も頂けないし……皆を掻き回すのはやめてちょうだい」
三雲が眉をひそめて言った。
「……そうだよ、俺の事はいいけど……いたずらに不安を煽るような言い方はやめてくれ。天条君も、言い方は……良くなかったけれど、周りのためを思って言ったんだ」
「はっ、さすが社長サンは人心掌握に長けてんのな。俺だったらあんないかにもな地雷持ち、腰巾着にすんのこえーけど……」
尾後は小馬鹿にしたような目付きをしながら、悪びれずにやにや笑っている。
「……それで、私達はもういい?そろそろ明日のために身体を休めたいんだけど」
南界が、他人事丸出しの貼り付けた笑顔で問いかけた。
「……ああ、それじゃあ、今日は解散で……。何かあったらまた報告しよう」
「あ、あのさ……皆さ……仲良くっていうか、平穏にいこうね……?いやまじで……」
青空が不安そうな顔で、ぷつぷつ言っている。
解散後、何となく校内を散歩し……一階の教室の一つに入る。
天条とばったり出くわした。
(…う)
お互い気まずさが露骨に顔に出たものの、すぐに出ていくのも感じが悪いかとお見合い状態になる。
天条はしばらくもじもじした後、小さく頭を下げてきた。
「あ、あの……。さ、さっきは……すみませんでした……。その、急に……大声出したりして……」
「……いや、別に……」
天条はしばらく黙ってパーカーの裾をいじっていたが、小声でぽつぽつと話し始めた。
「……でも、間違った事したとは思ってないです……」
「あんなやつが、明日家クンみたいな人を馬鹿にしていい訳がないんだ……き、昨日だって……!」
「甘井さんや……声野さんの代わりに……あいつが死ねば良かったんだっ……!」
少しぎょっとなり天条を見る。
後半、内容としてはかなり過激な発言だ。
「初日といい、お前やけに尾後に当たりが強いな」
「……そりゃあ……」
苦々しい顔をして、天条は視線をさまよわせている。
「……見通クンって、あんまりネットは見ない方ですか?」
「ネット?むしろ、見過ぎてる方だと思うが。日経平均株価とか……」
「……そういうんじゃなくて、掲示板とか、まとめサイトとか……」
「掲示板……?」
きょとんとしている俺に、天条は話し続ける。
「尾後は……あいつは、僕みたいに少しでもそっち系かじってる『超高校級』ファンからしたら、ちょっとした有名人ですよ……悪い意味での……」
「本当なら……よりによってあいつが希望ヶ峰学園に選ばれるなんて、あっちゃいけない事なんですよ……!」
「……あいつは、『超高校級』にとっての……裏切り者なんだから」
「どういう……意味だ?」
キンコンカンコーン…
『えー、校内放送でーす。午後10時になりました。ただいまより、夜時間になります』
『間もなく食堂はドアをロックされますので、立ち入り禁止となりま〜す』
『ではでは、いい夢を。おやすみなさい…』
「あ……!」
熱を帯びて話していた天条は、アナウンスにはっと我に返った。
「す、すみません、話しすぎました……」
「……えっと、すいません、忘れてください……。皆の輪を乱したい訳じゃないんです……。明日家クンは、誰であろうと陰口とか、好きじゃないと思うし……まあ、僕は絶対、あいつとは仲良く出来ませんけど……」
「……じゃあ、僕はこれで」
「……」
それだけ言って、こちらを見もせず去っていった。
…………。
『真面目で、ちょっと抜けてる敬語キャラ』にどこか少しアブない要素を感じ取ってしまうのは……この生活で生まれた偏見だろうか。