第三章 (非)日常編
…朝だ。
ゆっくりと起き上がる。
俺は普段通り……朝食に集まるため食堂に向かった。
集まっていたのは、三雲、軽井沢、青空……それで全員だった。
「……少なく、ないか。やたら」
思わずそんな事を言うと、三人は気まずそうに顔を曇らせた。
「……そりゃあそうよね。一気に四人もボイコットが出ちゃったんだもの」
ため息をついて、三雲がそう言った。
「急に三分の一になったら、少なくも感じるわ」
何となく誰も会話をするタイミングが掴めず、黙って朝食を摂り……。しばらく経ってから高梨がやって来た。
「あ……!も、もお〜、水仙ちゃん遅いよお!」
軽井沢がどこかほっとしたような様子で声をかけるが、高梨はきょとんとした顔で見るばかりだった。
「へ?何が?」
俺達の顔を見渡すと、どこか苦笑いのような表情になる。
「あ〜。もしかして、きみらまだやってんのぉ?朝食会。てっきり昨日で打ち切りになったのかと思ってたよお」
「え……っ?」
「だってさあ。言い出しっぺがあんな事になっちゃあ、もう無理じゃん?」
あっけらかんとした態度に、青空が気色ばんだ。
「そ、そんな言い方……!」
「あ〜、待って待って。僕にヘイト向くのも勘弁だって」
高梨は面倒臭そうに扇子を振っている。
「うーん……別にさぁ、君たちがどうしようと文句つける訳じゃないけど。僕はもういいかなぁって、そういうの」
「あんなに皆と協力しようってまとめてた明日家は、裏切って人を殺そうとして。間が悪かっただけでなーんも悪い事してない琉球宮のおチビちゃんが、巻き込まれてあんな殺され方したんじゃさあ。……全員と信頼し合おうとか、仲良くとか、無理だし。危なくない?それぞれ干渉し過ぎずに、穏やかに勝手に暮らしてくのが安牌だって」
「それに僕は、君たちみたいに『お友達』どうしでつるめる訳じゃないしねぇ」
そう言って、俺達をそれぞれやや冷めた目つきで見る。
「一人でこの閉鎖生活を楽しむことにするよぉ。ほんじゃ、僕食糧取りに来ただけだから〜」
高梨はそのまま厨房の適当な食料品を選び取ると、さっさと食堂を出ていった。
「…………」
残された俺達は、再び黙り込んでしまった。
「……ほ、他の子も……。そう思ってるのかな……?」
不安そうな顔で、軽井沢がそう言った。
「み、みんな……このまま、バラバラになっちゃうのかなあ……?」
「……大丈夫よ、まいこちゃん。皆まだ少し時間が必要なだけだから……私達だけでもいつも通りにしてましょう」
泣きそうな彼女を、三雲が慰めてやっている。
「それに、ほら。……また新しい所に行けるようになってるかもしれないでしょう?今度こそ、何か脱出のための手がかりが見つかるかも……だから、一緒に調べに行ってみましょ?」
「う、うんっ……」
何とか元気を取り戻した軽井沢の手を取り、二人で席を立つ。
「……じゃあ、何か朗報があれば知らせるから……。二人とも、明日も来てね」
ちらりと俺達に目を向けて、移動していった。
「俺達も……調査に行ってみるか」
「うん、そだね……」
頷きかけた青空は、はっとなったようにかぶりを振った。
「あ…、ダメ……!」
「……え?」
突然の拒否に困惑する俺を見て、青空は気まずそうに下を向いた。
「……ご、ごめん。さっきの高梨が関係ある訳じゃないし、見通が悪い訳でも全然ないんだけどさ……」
「き……昨日、琉球宮が処刑されて……。その前は、声野だったじゃん?」
「……?ああ……」
「二人とも……仲良くなれたって思った途端、死んじゃったから……。わ、私、ちょっと自分が怖いんだ。なんか……死神チックって言うか……。わ、私と仲良くすると、人を殺しちゃうんじゃないか、みたいな……」
「……そんなオカルトな」
「わ、分かんないじゃんっ!こんな状況だよっ!?オカルトにもなるって!」
憤慨したように、手を握って抗議している。
ふと、不安そうな表情で眉が下がった。
「わ…私……多分、今あんたが一番仲良しだと思うけどさ……。も、もし見通がクロになっちゃったとしたら……仮に学級裁判生き残れたとしても、もう立ち直れる気がしないよ……」
「……」
「……だ、だから今は……ちょっと……。二人で行動すんのは怖い……」
「……そうか。分かった」
「……ご、ごめんね……」
青空と別れ、一人で探索へ向う。
学園の二階に上がり、更に上の階へ行けないかと調べてみるも……新たに階段などは解放されていないようだ。
代わりに既存の施設に新しい要素が追加されていないか調査してみる事にする。
いくつかある教室は変わらず何もない。
図書室に入ると、机の上に何かが置かれているのが目に入った。
ずいぶん古いタイプの……ノートパソコン?
まさかネットに繋がっている訳もないとは思うが、何か学園の情報でも載っていないかと期待を持ち電源ボタンを押す。
(……)
重苦しい排気音の後、ブルースクリーンが映し出された。
何度か再起動を試してみるも、変わらない。
(……壊れたパソコンを追加されて、どうしろって言うんだよ)
人並み程度にパソコンを触った経験はあるとは思うが、参考サイトなども見れない中で修復出来るほど詳しい訳でもない。
諦めてパソコンを閉じた。
そのまま図書室を出て……男女別更衣室の前まで来た。
「……」
やや躊躇する気持ちはあるものの、避けて通っても始まらない。
生徒手帳をかざし、男子更衣室に入る。
昨日までと、特に変わった所はなさそうだ。
そのまま奥のプールへと移動する。
(……う)
昨日まるで何事もなかったかのように、死体も血痕もロープも片付けられ元通りになっている。
そのプールサイドの半ばほどで……天条が、暗い目をして立ち尽くしていた。
瞳孔は淀んで焦点が合っておらず、右手の親指の付け根を、歯型が付くのも構わず噛み続けている。
「……手に悪いぞ、それ」
「……」
声をかけるも、俺に気付いているのかすら分からないほど何の反応もない。
しばらく黙って見ていると……程なくして、からからの声でぽつりと言った。
「……僕は、どうしたらいいんでしょうか……」
「……どうしたら、って言うと?」
「僕は……僕は、今まで何も自分で、選んでこなくて……。頭だって良くないし、運も……勘も、ぱっとしないから……」
天条は青い顔色で、パーカー越しに腕を何度となく擦りながら話している。
「自分で何かを決めるより、人に決めてもらった方が、ずっと上手く行くから……。習い事も……部活も、食べるものも……。好きなバンドも、行く高校だって……ずっと親や先生や、友達に流されるばっかりで……。そういう、つまんない奴で……」
「……最初にこの学園で目が覚めた時も、どうしていいか分からなくて、パニックになりそうで……。でも、一緒にいた明日家クンが冷静に、ここが希望ヶ峰学園だろうって事とか、体育館に向かった方がいいみたいだとか……考えて、説明してくれて……」
「彼は……僕みたいな普通の高校生が憧れる……正に『超高校級』で……僕なんかとは、全然違う……」
「……『彼を、信じる』と……。僕、初めて……自分で、選んだのに……」
「僕は……僕は、ここに来たんだから……″幸運をもたらさなくちゃあ駄目なのに″……!結局……僕自身の選択がろくな結果にならないのなら……僕は、どうしたら…………」
また指を噛みながら、天条はふらふらと出ていった。
……とてもそれ以上話しかけられそうな様子ではなかった。
一応プールも調べてみたが、目ぼしいものは見つけられなかったため一階へ戻る。
寄宿舎を調べていると、一つの扉が目についた。
(そう言えば……ここ、昨日までは入れなかったよな?)
ピンク色の扉を開けて、中に入る。
「こんにちは。見通君」
涼し気な微笑みで、南界レイコが立っていた。
「……お前、何でここに」
「あら、いたらいけない?新しく解放された場所だもの、調べに来るくらい自由でしょう?」
相変わらず食えない態度で澄ましている。
「まあ、とはいっても……今度は新しい施設と言えるものは、ここくらいみたいだけれど」
「……つまらないわよね。次は″三階″が出てくるかと思ったのに」
軽くため息をつき、髪の毛を払う。
「前回の学級裁判のご褒美と比べて、ずいぶん貧相だわ。あの程度の裁判じゃ、レベルが足りないとでも言うのかしらね」
「お前、またそういう言い方を……」
「それとも案外……もう向こうもそれ程余裕がないのかしら」
俺の言葉が耳に入っていないかのように、南界はふと思案するような顔つきでぽつりと言った。
「そうだとしたら、いよいよつまらないわね。まだ事件が二つ起きたばかりでしょうに……」
軽くため息を吐き踵を返す。
「……おい、どこ行くんだよ」
「もう帰るの。こんな狭い所、すぐ調べ尽くしてしまったし」
「……安心して?どこも下手にいじくったりなんかしていなくってよ」
見下ろすような目でこちらを見やり、そのまますたすたと去っていった。
「…………」
とにかく、この部屋を調べてみる事にする。
見た限り……保健室のようだ。
簡単なベッドと、棚にはちょっとした薬類が並べられている。
上の方に見慣れない瓶があったため、取り出してラベルを確認してみると……。
『毒薬。食事や飲み物にこっそり混ぜよう!』
「…………」
相変わらず、殺人を援助するための目的であるようだ。
そこから他の設備も見て回ってみたものの、大きな収穫はない。
進展がないまま、気付いたら夜になっていた。
夜時間になる前に何か食べておこうかと、食堂へ行く。
「あ」
「んげ。タイミング悪りぃ〜、いやいいのか?」
高梨が、食後の茶を飲んでいる所だった。
「まー、これでおたくらに気を使って部屋に篭りっぱってのも、馬鹿臭いしねぇ」
軽く笑って、こちらを見上げてくる。
「どーする?せっかくだし世間話でもしとく〜?」
冗談めかした発言だが……断る理由もなく、適当なレトルト食品を取り出し、彼女の前に座った。
「……何か、新しい物見つけたか?」
「ほえ。べっつにぃ。調べてもないや、僕別に必死こいてここから出ようとも思ってないし」
余裕しゃくしゃくといった態度で、高梨はそううそぶいた。
「諦めちゃえばさ~、ここの生活もゆーて、悪くなくない?働かなくても衣食住には困んないし。繊細に考えなきゃストレスだってないしねぇ。僕別に君たちの事自体、嫌いな訳じゃないんだよ?」
「……だったら、明日から朝の集まりにくらい顔を出さないか?」
俺がそう提案してみると、高梨は面倒臭そうな……それからどこか生ぬるいような顔になった。
「なになに〜?女の子の誰かが寂しそうな顔してて、力になってあげたくなっちゃった?」
「……そういう訳じゃない」
「ふぅーん……。…ま、見通って意外と一貫して良い子ちゃんサイドの人間だもんねぇ」
鼻で笑うようにして、扇子を喉元でふらふらされる。
「……悪いかよ」
「んにゃ別に。ただそーいうのってうぜぇ〜、押し付けられたくねぇ〜」
にこにこしながら、高梨はそう毒を吐いた。
俺が黙り、しばらく場に沈黙が流れる。
キンコンカンコーン…
『えー、校内放送でーす。午後10時になりました。ただいまより、夜時間になります』
『間もなく食堂はドアをロックされますので、立ち入り禁止となりま〜す』
『ではでは、いい夢を。おやすみなさい…』
「お、ナイス。ほんじゃ退散、解散、太田胃さーん」
ぴゅーっと逃げていった。
「…………」
俺も食べ終わった空き箱などをゴミ箱に突っ込み、食堂を出る。
状況は……進展していない。
それどころか、人が少なくなるたびに、当然かもしれないが……空気はどんどん悪くなる。
一体いつまでこの生活が続くのか分からない。
先の見えない、言い様のない焦燥感にもやもやと胸が包まれるようだった。
…………。
…………だが。
もうすぐ先。『いつまで同じ様な日々が続くか分からない』なんて心配は、二度となくなるのだった。