次の日。
普段より少し早く目が覚めた。
特にする事もなく、そのまま食堂へ向かう。
食堂に着くとすでに来ていた軽井沢が、十何枚も重ねられたマンガみたいなパンケーキを食べていた。
「あ、見通くん。おはよお〜」
「珍しいな、ひとりか?」
「ん〜……。マーサお姉ちゃんね、お部屋にチョコスプレー取りに行ってくれてるの。まいこ、うっかり忘れちゃって……アイスは先にのっけちゃったからあ〜」
そう言って、大玉のバニラアイスの大部分をごっそりすくい、五枚分くらいのパンケーキを一緒に切り取りながらもぐもぐしている。
「部屋って……三雲のか?」
「うん。まいこの物も全部、お姉ちゃんのお部屋に置いてあるし……。まいこ結局、自分のお部屋一回も泊まったことないや〜」
(……それは、かなり振り切ってるな)
「……」
軽井沢はもぐもぐしたまま、ふと真剣な顔つきになった。
傍らに置かれたフルーツ牛乳をごくごくと飲み干すと、こちらを上目遣いで見つめてくる。
「……あのね」
「……見通くんは、皆のこと信じてる?」
「……え?」
「……あのね。まいこ……もう、もう二度と、あんな事したくないの」
そう言って、軽井沢はフリフリの服の裾をぎゅっと握った。
「もう……学級裁判なんて、したくない」
「こないだのね、学級裁判で……琉球宮くんが、死んじゃった時……。……あの子、まいこに『助けて』って……でも、まいこ、何も出来なかった……」
「……」
「美遊ちゃんが、死んじゃった時も……まいこ、ごめんなさいって思うだけで、なんにも出来なかった……。『ごめんなさい』とは、すごく思うの。まいこが殺した訳じゃないけど、でも、でも……投票したのは、まいこ達、だし……」
そこまで言って、苦しそうに息を吐く。
「……ほんと、こんな生活どうかしてるよね。まいこ、自分でもまいこみたいなのがこんな状況でおかしくなっちゃわずにいれてるの、奇跡だと思うの。一番は、マーサお姉ちゃんがいてくれるからだけど……。それとおんなじくらい大きいのは、モノクマくんが、ご飯はいっぱい用意してくれるからだと思う」
「すっごく怖くっても、不安でも……お腹はすくから……。まいこ、もともとすっごいビビリだけど、お腹すくとほんとにダメなの……。でも、好きなものお腹いっぱい食べてられれば、落ち着いていられる……何とか元気でいられるから」
「だから、そこだけはモノクマくんの事、嫌いじゃないんだけど……でもやっぱりきらいだよお……!動機とか言って、コロシアイばっかさせようとするし……」
「……だから、もう、モノクマくんのいう動機なんかに振り回されるのは嫌だ……!その為には、ね、お姉ちゃんとも話したんだけど……皆がお互いの事、信じ合うしかないんじゃないかって……」
「三雲と?」
「うん……。だ、だからね?皆がちゃんと信じ合って、仲良く出来れば、人なんて殺す必要ないんじゃないかって……。ほ、ほら、美遊ちゃんも、明日家くんも……ひとりで抱え込んじゃって、殺しちゃったでしょ……?皆を信じてお話出来てれば、良かったのにって……」
「まいこ、皆のこと嫌いじゃないよ。…頭良くないから、難しい事は分かんないけど……で、でも、皆の事信じたいし、皆とも仲良くして欲しいの……!誰かを殺しちゃうなんて、もう嫌なの……!」
大きな瞳で、軽井沢が真剣な表情でこちらを見上げる。
「……そうだな、軽井沢の言う通りかもしれない。俺も別に、誰とも疑い合いたい訳じゃない」
「う……うん!そうだよねえ……!」
俺の返答に、軽井沢がようやくぱあっと笑顔を取り戻した。
「……それにしても軽井沢も意外と、色々考えてるんだな……」
「え、え〜、何それ……!もお〜見通くん、まいこのことバカにしてるでしょお〜!?」
「ち、違う違う。悪かったよ……」
うっかり心の声を口に出してしまい、ぷんぷん怒り出した軽井沢をなだめにかかる。
「……見通くん?」
「うっ……!?」
背中から低い声に捕まえられ、ぎくりと肩がはねた。
振り返ると三雲がいつにもなくじとっとした敵意混じりの目で、俺を見て立っている。
「……お姉さんの居ない隙にまいこちゃんにちょっかいかけようだなんて、どういうつもり?」
「…な、何でそーいう話になるんだよ……!?」
「あ、お姉ちゃん、チョコスプレー取ってきてくれてありがとお〜」
剣呑とした雰囲気にまるで気付かず、軽井沢が能天気な声を上げた。三雲から受け取ったチョコスプレーを、少し溶けかけのアイス乗せパンケーキに山ほどかけている。
「それで?推定ロリコンとなった事に対する申し開きはある?」
「だから誤解だって……。普通に世間話してただけだ」
軽井沢から少し離れた所で、こそこそと三雲と声を掛け合う。
「皆と仲良くしたいって。話し合う関係性を持てれば、もうコロシアイは起きないんじゃないかって……三雲とも話してたんだろ?」
「ええ、……まあ、まいこちゃんにはそう言ってあるけど……」
そこで一度言葉を切ると、三雲はちらりと軽井沢の方に目を向けた後顔を伏せた。
「……お姉さんは、このままじゃまたコロシアイは起きると思うわ」
「……!?」
「……どういう意味だよ」
「嫌だ、別に確信があって言ってる訳じゃないわよ。ただ……」
「実際問題、ここにいる子達全員が仲良くなんて、無理だと思わない?」
どこか擦れたような冷めた目で、三雲がそう言った。
「ぶっちゃけ、協調性に難のある子が過半数じゃない。合う合わないだってあるし……。この閉鎖空間の中でいつまでも仲良く暮らしました……なんてのよりは、フラストレーションが溜まって勝手に殺し合いが始まる方があり得そうだわ」
「どちらにせよ、生き延びるなら『脱出』以外の道はないと思うの。一刻も早くここから出る方法を考えなきゃ」
「……分かってる」
「脱出経路さえ見つかれば、その為に協力するくらいなら全員出来るだろ。……その為にも、余計なギスり合いは少ないに越した事はない」
「……そうね」
肩をすくめて、三雲がするりと離れる。
「お姉さんだって、喧嘩なんてしたくないわよ。殺されるのだってごめんだし……。ただ、皆のまとめ役ってなると見通くんの方が向いてるかもね」
「え?」
「今いる子達全員と仲良くやれそうな可能性が一番高いのって、見通くんじゃない?……まあ全員とトラブル起こす可能性があるのも、あなたかもしれないけど」
「……どっちも自覚ないぞ」
「そう?意外と人好きの人たらしじゃない。良くも悪くも」
「……」
気だるげに話す三雲の真意は読めず、そのまま黙って席についた。
その後結局やって来たのは昨日と同じく青空だけで、会話もまたほとんど弾まないままに朝の集まりは解散となった。
(…さて……)
一度自室に戻った後、息をつく。
脱出経路を見つけなければ、とは言え、それで見つかったら世話はない。
けして広すぎるとは言えない学園内を、それでも地道に調べ直す他方法はない訳で……。
俺は一階から、再び学園の施設に何か変わった点はないか見回る事にした。
何も変わりないようにしか見えない部屋々を、一つずつ見て回る。
視聴覚室の扉に手をかけ、中に入る。
「……?」
電気も付けずに真っ暗な部屋の中、一つのモニターの明かりだけが付いている。ぼんやりとした光が、長身の黒ずくめの男の姿を照らし出している。
(尾後?何やってるんだ、こんな所で)
そのまま近付くと、俺の靴音のカタン、という音で尾後がこちらに気付き、勢い良く振り返った。
「…!」
向き直った事で尾後の背中で隠れていたモニターが見え、映されていた映像が目に入る。
どこか見覚えのあるそれは……。
「……俺のDVD?」
「……」
最初の事件。俺への動機として配られたビデオだった。
尾後は黙りこくって、俺を見ている。……いや、睨んでいる、といった方が正しい。いつもの人を馬鹿にしたような薄笑いではなく、恨みがましささえあるような目付きで俺を見据えている。
ゆらりと立ち上がり、絞るような声色で一言だけ漏らす。
「……何で、テメェが……!」
どん、と突き飛ばされるようにして、尾後は俺を押し退けて視聴覚室を出ていった。
(……なんだアイツ)
何でお前が、はどう考えてもこちらの台詞だと思うが……。
三雲はああ言っていたが、やはり俺が生徒達全員と仲良くやれそう、とはとても思えない。
尾後に嫌われているであろう事は今更考えるまでもないし、そうでなくとも他の面々ともどうも信頼を得られていないというか、ここの所距離を置かれがちな気がする。
……例えば何かプレゼントを渡して世間話でもして、好感度を上げる事を考えるべきだろうか……。
キンコンカンコーン…
『えー、校内放送でーす。生徒の皆さんは、至急、体育館までお集まりくださーい』
『…じゃ、後でねー!』
廊下でそんな事を考え込んでいると、唐突にモノクマの能天気な放送がかかった。
(……また例の『動機』か?)
「いっそ、ボイコットを呼びかけてみるか……」
「そりゃ駄目だよー!」
「うっ……!?」
びょん、と何処からともなくモノクマが現れる。
「他はともかく、今回ばっかりはサボりはなーし!そのためにボクがこうやって直々に声かけて回ってるんだからねっ。全員確実に集まって貰うよ!」
「だって大事な用なんだもーん!」
そう言ってモノクマは消えていった。
「……まったく……」
何が大事な用だ。どうせろくな事でもないとは思うが……。
ともかく拒否が出来ない以上、無駄に抵抗しても始まらない。俺は大人しく体育館へと向かう事にした。
しばらくして全員が揃い……やはりその大半の顔色は優れない。
「や、やっぱりまたなんかあるんだ……。う、うう、もう何も聞きたくないよお……!」
「…っていうか呼び付けといて、モノクマ遅くね〜?こっちも別に暇って訳じゃないんだけどねぇ」
しばらく、無駄に待たされてから……モノクマがぴょこん、と現れた。
「皆さん、お待たせいたしましたっ!」
「おッせぇな、何勿体ぶってんだよ」
「……どうせ、また次の事件を唆すための動機でしょ?」
「そーだけど、そう冷めずにもっと盛り上がってほしいよなあ。今度は取っておきなんだからさ!」
「……な、何言われても、関係ないよお……っ!」
小さな、だがしっかりとした意志を持った声が、モノクマへ投げられた。
軽井沢がぎゅっと両手を握って、真っすぐに顔を向け言葉を続ける。
「ま、まいこは……まいこ達は……!モノクマくんが何を言ってきても、もう、人なんて殺したりしないよおっ!」
「……あ、そう?そういう感じ?」
モノクマは少しの沈黙の後、こてん、と首を傾げた。
「次の動機はボク、結構自信あったんだけどなあ。正にシンプルイズベストなんだけど……」
「ズバリ、『次の事件が起きるまで、食事抜き!』」
「……」
「…………え?」
ぴしり、と音が立ちそうな程、軽井沢の動きが固まった。
「ってな訳で突然ですが、食堂や倉庫に常備してある食糧を、一度まるっと回収させて頂きました!次のコロシアイが起こるまで、オマエラはお食事禁止となります!」
「もちろん、事件が起こればすぐにご飯は用意してあげるけど……でもどうやら、オマエラは他人を殺すくらいなら、皆揃って飢え死にを選ぶみたいだもんね?いやあ、中々出来る事じゃないよ。さすが超高校級ですなあ、うっぷっぷ〜……。ほんじゃ〜ね〜〜」
不愉快な笑いを残し、モノクマは消えていった。
「軽井沢……」
彼女の肩に触れると……そのまま俺の腕までぶるぶる震え出す程、軽井沢の身体はがたがたがた、と震えている。
顔を覗き込むと顔色は真っ青になり、だらだらと滝汗が流れている。
……分かりやすいくらいに、彼女は『緊急事態』だった。
「あ、あわ…………。あわわわわわわわわ……」
「やっば……」