第一章 (非)日常編
「……それで?」
落ち着き払った、冷静な声が響いた。
「もう十分、間は取ったんじゃない?そろそろ次の展開を聞かせて貰えないかしら」
南界レイコが、涼しい表情でそう言った。
「ずいぶん冷静じゃんっ?そーいうあんたはどうなのさ?」
「私?私はそうね、『そろそろベッドで休みたい』……かしら。一応、個室があるんでしょう?」
そう言ってスマホを触っている。……いや、先程渡された電子生徒手帳か。
「……そうだ。皆、一度生徒手帳を確認しておかないか?マップもそうだけど……校則の確認を、しておいた方がいいと思うんだ」
「ほんとに串刺しにされちゃったら困るもんねーっ」
自分の電子手帳を取り出し、電源を付ける。
表示されたメニューから、『校則』を選択する。
『希望ヶ峰学園 校則』
1.生徒達はこの学園内だけで共同生活を行いましょう。共同生活の期限はありません。
2.夜10時から朝7時までを『夜時間』とします。夜時間は立ち入り禁止区域があるので注意しましょう。
3.就寝は寄宿舎エリアの個室内でのみ可能です。他の部屋での故意の就寝は居眠りとみなし罰します。
4.希望ヶ峰学園について調べるのは自由です。特に制限はありません。
5.学園長ことモノクマへの暴力を禁じます。監視カメラの破壊を禁じます。
6.仲間の誰かを殺したクロは『卒業』となりますが、自分がクロだと他の生徒に知られてはいけません。
7.なお、校則は順次増えていく可能性があります。
「うう……何か、よく分かんない……。めんどくさいよお……」
軽井沢がうんざりした様子で、愚痴を吐いた。
とっくにクッキーを食べ尽くしてしまって、ナプキンを手持ち無沙汰にいじっている。
「あの……ちょっと良いでしょうか……」
天条が、おどおどしながら声を上げた。
「六番目の項目なんですけど……これって、どういう意味なんでしょうか?」
「『他の生徒に知られてはいけない』……か」
「殺した事が、バレちゃいけないって事だよねぇ?」
「で、でもそれって一体、なんのために……」
「理由なんて、考える意味あるかあ?そーゆうもんなんだって、思っときゃいいんだよ」
「……その選択肢を取る訳がないんだから、深く考えても仕方がない……っていう意味で言えば、そうかもね」
「……殺人なんて、許される訳がない。その方法を取る訳がない以上……そこに頭を悩ませる必要は、今はない」
「そんな事より、そろそろこの学園内を探索してみよう。脱出経路や……生活設備を調べてみないと」
「……南界君も、部屋にいるのは構わないけど……。集合時間になったら話し合いには参加して欲しい。この状況だ、可能な限り全員と協調したい」
「はいはい。あーあ……夜は長いわね……」
南界はのん気な様子でため息をついている。
「……じゃあ、皆。出来るだけ複数で固まって動く事、何があるか分からないから少しでも危険を感じたら深入りしない事。……それだけ気を付けて、7時に食堂に集合しよう」
「……あの、見通くん。良かったら一緒に探索しませんか?」
解散後、声野に声をかけられた。
「ああ」
「良かった、断られたらどうしようかと思っちゃいましたよ」
ほっとしたように、胸に手を当てている。
青空が手を振ってこちらに寄ってくる。
「ねーねー、私も二人と一緒に行っていいー?」
「もちろんですっ。えへへ、初期メンバー再びですねっ」
声野は元気よく答えて、嬉しそうにしている。
「まー、ファーストインプレッションって言うのかなー?たいてい皆、最初に会った子と行動するっぽいよ。……ストーカー男は、どっか行っちゃったけど」
そう言ってじとっと目を細めた。
「あいつさー、思った以上にヤバそうな奴だよねー」
「あ、あはは……。まあ、尾後くんみたいな視点も、時には必要ってことで……」
廊下に出て、トイレに行くという二人を待つ。
「透クン」
ふと、鈴の鳴るような声が俺を呼んだ。
振り返ると金髪の揺れるゆるふわ女子、甘井が立っていた。
相変わらず何がおかしいのか、ひとりでくすくす笑っている。
「ふふ、みとーしとーるクン…でしょ?面白い名前だもん、すぐ覚えちゃったんだあ〜」
愛嬌溢れる笑い方でそう言って、甘井はするりと身体を近付け、腕を絡めて来た。
上目遣いでこちらを見る。
「ねえねえ、透クンって、ここの女子の中だと誰派なのお?やっぱり、声野美遊ちゃん?」
「……はあ……っ?」
「ふふっ、なあんか二人、ずーっと一緒にいるでしょ〜?わたしの目はごまかせないよお。どこが一番好きなのお?好みのタイプが赤ブレザーのハーフツインとか?美遊ちゃんが百点だとして、めうは何点っ?ねえねえ〜」
だ、ダルい……。
春風のような声と楽しげな話し方で中和されているが、仮に本物の彼女だとしても面倒くさいダル絡みだ。
やたらと距離が近い上にころころ笑うので、嬉しい男は嬉しいんだろうが……。
「あ」
顔を上げると、トイレから戻ってきていた声野達と目が合った。
……これはちょっと目を離した隙に何故か女子と密着している俺に対し、引いた目をしている。
「……いや。これは…………」
「見通くん……」
「はーああ。やだなー、男子ってフケツだよー」
(……何で俺が悪者みたいになってるんだ……?)
言い訳する間もなく、要領の良い甘井はさっさと離れてどこかへ行ってしまった。
腹の立つことに、相変わらず半笑いだ。
残された俺達はというと、何事もなかったかのように歩き始めたものの女子たちの無言の圧を感じる。
「……あのう、見通くん」
ふと真剣な目で、声野がまじまじとこっちを見た。
「甘井さんと、何のお話してたんですか?」
「何……って?」
「つ、つまりですね、そのう〜……へ、変な事言われたりとか、変な事聞かれたりとかしませんでしたかっ?」
「へ、変な事、って……」
……な、何で俺が動揺してるんだ。何もいかがわしい話をしていた訳でもあるまいし……。
「別に、大した事じゃ……その、ほら、好みのタイプの話とか……」
「こ、ここ、好みの!?タイプの!?話ですかっっ!!?」
「……えーとその、あ、あくまで、後学のためにですね……?見通くんは、ちなみになんて、こたえたのかなーっ……?とでも言いますか……」
いきなり動揺し始めた声野に対し、青空がジト目で口を尖らせる。
「ちょっとー、ラブコメやめてよねっ。私が気まずいじゃん」
「そ!そそ、そんな!違いますよっ!?ラブコメとかじゃあ、全然なくってですね……!」
すっかり俺は置いてきぼりにされている。……女子は分からない。
マップを見ながら歩き、部屋をひとつひとつ確認していく。
教室や、視聴覚室など……普通の学校っぽい設備がほとんどだ。
「うーん、なんか、見るからに怪しい!ってものは、あんまりないですね……」
次のドアに手をかける。ガタガタと揺れるだけで、開かない。
「こーやって、時々入れない部屋もあるよねっ?何なんだろ?」
しばらく歩くと、廊下の突き当りに着いた。
行き止まりというよりも、これは……。
「シャッターが降りてるな」
「あっ!向こう側に見えるの、階段じゃないっ!?」
ここには、二階がある……という事だろうか。
「でも、開かないみたいですね……」
手分けして動かそうと試みたりスイッチを探してみるものの、それらしい収穫は得られない。
「うーん……。むず痒いけど、今は無理……ってことなのかなあ」
「そうみたいですね……。戻りましょうか」
7時。……おそらく夜。
予定通り俺達は食堂に集まっていた。
軽井沢が菓子を食べ続けるサクサクという音が無限に聞こえてくる。
「さて。皆時間通り集まってくれてありがとう。それじゃあ、話し合いを始めようか」
明日家が声をかける。
南界も、涼しげな表情で大人しく座っている。
「まず……内訳を共有しておこう。さっきまで俺達は『俺と天条君』『見通君と声野君と青空君』『三雲君と軽井沢君と琉球宮君と高梨君』に別れて……『南界君、尾後君、甘井君』はそれぞれ単独で調査を行っていた。間違いないかな?」
「まあ自室でゆっくりしてたのを調査っていうなら、私はそうね」
長い黒髪をいじりながら、南界が言った。
「めうも一人だったけどお、色んな子のお話聞きに行ってたよ〜」
「……っていうか。甘井ちゃんの場合、色んな所にちょっかいかけに行ってただけでしょ……」
「……あ、でもねえ。追従郎クンには、会ってないかなあ?」
「どーせ尾後も、自室でサボってたんでしょ?」
目を向けられると、尾後は小馬鹿にしたように肩をすくめた。
「はあ?おいおい、決めつけで人を責めてんじゃねーよって」
「んじゃあ、俺の調査結果を発表してやろうか?」
そう言って、テーブルに一枚の紙を投げた。
「……なにこれ」
「希望ヶ峰学園の、見取り図だとさ」
「はあ……!?」
「どこでこんなの、見つけたわけ?」
「企業秘密」
そう言ってにやにや笑っている。
「ともかくだ、それによると今、俺達がいる建物は希望ヶ峰学園の構造と全く同じ……つまり、ここは正真正銘希望ヶ峰学園ってこった」
「少なくとも……この一階部分だけはな」
「そんな……馬鹿な……希望ヶ峰学園が、こんな馬鹿げた事をする訳……!」
「そ、そもそもさ、おかしいじゃん?ここがほんとに希望ヶ峰学園なら、他の生徒たちはどうしたのさ?」
「うう……考えれば考えるほど、嫌な感じだよお……!」
「ま、まあまあ……!今は暗い事を考えても、しょうがないですよ……!ほら、せっかく色々調べたんだから、その事について話し合いませんかっ!?」
「ああ……そうだね。まずは皆の調査結果を、共有していこうか」
「初めに。俺達は、学校エリアを調査していた。連絡手段とか、脱出経路を探してみたんだけど……」
そこで言葉を切って、明日家は苦々しそうに顔を伏せた。
「……それらしいものは無かったよ」
「あ、で、でも、出入り口っぽいものはありましたよ……。マップには、玄関ホールって書いてあって……」
「……た、ただ、扉には鉄の塊みたいな機械が取り付けられてて、とても開かないようになってて……」
「……一応、解除方法のヒントがないかとか、力づくで開かないかとも試してみたけど、駄目だったよ」
「あ……私たちも、学校エリアを調べてましたっ」
声野が、沈黙にならないよう慌てて発言した。
「えっと……分かったのは、やっぱり学校っぽい施設が多いなって事で……あ、ほんとに学校なんだから、当たり前かもですけどっ」
「あとね、結構入れない場所が多いって事かなー。鍵かかってたりとか、立ち入り禁止だったりとかでさあ?」
「それから……同じくシャッターが降りていて入れないが、ここには二階もあるようだった。そこが調べられるようになれば、手がかりが増える……かもしれない」
俺達の発言の後、三雲達が報告を始める。
「お姉さん達は、寄宿舎エリアを中心に調べてたわ。それぞれに個室が用意されていて……寝泊まりは十分に出来るみたい」
「それとね、お部屋は完全防音なんだって。まいこ達と琉球宮クンで試してみたんだあ」
「うん、間違いないよ!だってあんだけ大声で軽井沢ちゃんの悪口言ってたのに、全然バレてなかったからね!」
「はぁああ!?初耳なんだけどお〜!」
「……それから。クローゼットには今お姉さん達が着ているものと全く同じ着替えが、大量に準備されていたわ」
「いやあ、これでも僕のこの装い、そんじょそこらで手に入る物じゃなかったりするんだけど。どーやって用意したのかねぇ」
「それと、お姉さん達が最初に食堂に着いたから、ここも調べてみたんだけど。奥の厨房には、食材がぎっしり入ってたわ。それこそ冷蔵庫にも、戸棚にもね」
「生野菜とか生肉とかもあったけどぉ、割合出来合いの冷食とか、インスタントものも充実してたかな。自炊苦手勢には有り難いよねぇ」
「でも、クッキーはプレーン一択なんだよ!?飽きちゃうよお〜!」
「あーあ。フードファイター抱えてちゃあ、いくら食糧豊富っつっても何日持つかね」
「フードファイターじゃなくて、『大食い娘』!可愛くない呼び方しないでよお〜!」
「……そこなんだけど、心配はないみたいよ。食糧は、毎日自動で追加されるらしいから」
「え、そ、そうなんですか?何で分かったんですか……?」
「モノクマくんが言ってたから」
「会ったの!?」
驚きの目を向けられて、三雲は伏し目がちに眼鏡のつるをいじった。
「……ぱっと出てきて、それだけ言って行っちゃったのよ」
「これで……調査結果としては以上かな」
「なーんか……分かったような、何も分からなかったような……」
「あら、大事なことが分かったじゃない」
南界が、クールな瞳で言った。
「私達が逃げ場のない密室に閉じ込められたって事が、紛れもない事実だっていう事が」
はっきりと告げられたその言葉に、皆が押し黙る。
「……あんたさ、調査もしないくせに、空気ばっか重くするわけっ!?」
「ごめんなさいね。劇でもないのに、嘘をつけないだけよ」
「じゃ、じゃあ、ほんとにまいこ達、ここに閉じ込められちゃったの……?ま、ママにももう、会えないのおっ……?」
言いながらどんどん不安になってきたのか、軽井沢が大きな目にうるうる涙を溜めている。
「わ、泣いちゃう泣いちゃう……!あー泣いちゃった!」
「……意地悪しないの」
囃し立てる琉球宮を窘めて、三雲が軽井沢の頭を撫でてやっている。
「大丈夫よ、まいこちゃん。きっとすぐに助けに来てくれるから……」
「……きっと、数日間だけの我慢なんだから、暗くなってもしょうがないわよ。皆も、出来るだけ気楽に過ごしましょうよ」
「そ、そうですよね……きっとそうですよね!」
「じゃ、じゃあ、今日はこれで休むとしても……。明日からは、どうしましょうか……?」
「……ひとまずは、今日のように手分けして調査を続ける他ないな。何か発見があれば、皆共有しよう」
明日家がまとめて、それぞれが寄宿舎エリアの自室に向かった。
「あの……」
不安そうな様子で、声野が話しかけてきた。
「見通くん、その……」
「……明日も、お話してくれますか?」
「え……?ああ……」
頷くと、眉を下げて微笑んだ。
「……えへへ、良かった」
「……じゃあ、おやすみなさいっ……」
はにかんだ笑顔で、去っていく。
自室へ入ると、簡素なベッドと簡単な家具だけが置いてある。
廊下と同じように物々しい監視カメラと、鉄板付きの窓があるのも変わらない。
ベッドに潜り込み、目を閉じる。
これからの展望を思うと、少しだけ気が重い。
……だが、まだ、少しだけだ。
目を瞑れば、それほど不安が襲いくる事もなく、程なく眠気に包まれる。
そうして、希望ヶ峰学園での、夜が更けていく……。