キンコンカンコーン…
『オマエラ、おはようございます!朝です、7時になりました!起床時間ですよ〜!』
『さあて、今日も張り切っていきましょう!』
「おはようございますっ」
廊下に出ると、タイミングよく出会った声野が元気に声をかけてきた。
「見通くん、昨日は寝れました?」
「……ああ」
「さすがですねえ。私なんて、昨日は修学旅行の夜でしたよー」
(それは良い意味なのか、悪い意味なのか?)
何となく連れ立って、食堂へと入る。
「おはよ〜」
そこには何人かの生徒がおり、レトルトの粥を食べていた。
……やはり軽井沢の周りには軽く十数人分の空パックが転がっている。
食堂にいた面々と駄弁りつつ朝食を食べ終え、自室に戻った。
……特にする事がない。
スマホもパソコンも一日触らないなんて、久しぶりだ。
呑気してる場合でもないんだろうが、ネットを使わずどう時間を過ごせばいいのか、少し途方に暮れる。
自室でゴロゴロしたりシャワーを浴びたり、数時間無為に過ごしたものの、飽きが来て外へ出た。
当てなくふらふら歩いた後、視聴覚室に入ってみることにした。
詳しく調べてみれば、映画の一本でも見られるかもしれない。
引き戸に手をかけ、がらりと開ける。
「『…それでも、僕の生きる世界はここにあるんだ!!』」
鼓膜をぶち抜くような、大音量が響いてきた。
「う……っ!?」
「あっ、あわっ!?はわわわっ!」
カチッ、という音が聞こえ、中にいた声野がひと通りあわあわした後、勢いよく頭を下げた。
「ご、ごめんなさい!」
「……何やってんだ、声野?」
「いや、まあそのーっ、自主トレと言いますか……!ちょっとお芝居の練習をですね……」
「声優の勉強のために、映画流してたのか?」
「へっ?」
声野はぽかんとしたあと……くすっと笑った。
「やだな、あれ、私の声ですよっ」
「……え」
さっき聞こえてきた声は、声野とは別人のようだったが……。
「『ひょっとして、びっくりしちゃった?こういう技術もあるんだよねぇ』」
「!?」
確かに目の前の声野から聞こえてくるそれは、高梨の声そっくりだ。
「『どうどう、すごいっ?すごいでしょお〜!』」
……今度は軽井沢の声色そのままだ。
「てへへ、ざっとこんなもんですよ」
「これでも私、『七色の声を持つ声優』ですから!」
「成程……。さすが、役者だな」
正直、見くびっていた。
鮮やかなものだ。
「いやあ、褒められると照れちゃいますけどっ……。それでさっきのは、今度頂いた役のひとつで……なまっちゃわないように、台詞読みしてたんです」
「……そうだったのか。邪魔して悪かった」
「い、いえいえそんな!邪魔だなんて……!」
「……でも、あんだけ声量出てた割には、廊下に全然聞こえてこなかったな?」
「あ、それはですねっ!」
「ここ、二重扉になってまして、両方閉めると防音がばっちり働くんですよ!」
嬉々として入口の扉を示される。薄型のもの二つが備えられており、これで声野の言う役割を果たすらしい。
「それで、内側から鍵もかけられるようになっていて……まあさっきは私、忘れちゃってたんですけどっ」
「あとですねっ!意外と馬鹿に出来ないのが音響設備で、録音機能もちょっとしたものなんですよっ!」
そう言って機械のボタンを操作する。
『…それでも、僕の生きる世界はここにあるんだ!!』
『う……っ!?』
『あっ、あわっ!?はわわわっ!』
「……どーですかっ!?音質いいでしょ!?普通に話してる声とほぼ変わらないですよねっ!?」
「しかも、タイマー機能もあるんです!ただ、惜しいのが録音出来るのは一つだけなんですよねー。次録音する時は、自動でリセットで上書きされるしかなくって……あ、操作はこのボタンを二回押しで……」
「……そうか。詳しいな」
「あ、今こいつオタクって思いました?オタクっぽかったですかっ?」
「別に思わないって……」
「言っときますけどねっ、私がひとりで気付いた訳じゃないですからねっ?モノクマさんが出てきて、教えてくれただけですから!」
「それと言っときますけどねっ。私、自分がオタクな事自体は、恥ずかしいとは思ってないですから!私、誇りを持ってオタクやってますからっ!」
「……結局、どっちを言っときたいんだよ?」
一通り言い終えた後、声野は身体を揺らしにこにこ笑っている。
「……えへへ、ちょっとテンション上がっちゃいました。だって、嬉しいんですもん。こんな状況でも……お芝居の事、考えていられるから」
ちら、とこちらを見上げてくる。
「そーいえば見通くんって、やっぱアニメとか見ない人ですか?」
「……ほとんど」
「じゃあ、ご趣味はなんですかっ?」
「……特にないな」
「じゃあじゃあ、ぜひ試してみてください!生活に彩りが加わりますよっ!?まずは王道、『Aクロス』!おすすめですっ!」
「……元気だな、声野は。不安になったりしないのか?」
そう聞くと、声野は首をふるふると横に振った。
「ビビってますよ。こんな状況、こわすぎますもん。めちゃくちゃビビってます。これは下手しいメンブレですよね」
……何か、無理に若者言葉を使ってないか?
「……でも、すっごくラッキーな事に、私には楽しくお話してくれるひとがいますから。だから……まだ、大丈夫です」
「だから、見通くん、悩んだ時は私に相談してくださいねっ!いつでも一緒にパニクりますからっ!だから私が悩んでる時は、一緒にパニクってくださいねっ!」
「……何の解決になるんだよ、それ」
「やだなあ、見通くん。すぐに結果ばかり求めちゃ駄目ですよ。女の子って、そういうものなんですから」
「……女子もお前にひとまとめにはされたくないと思うぞ」
結局その後食堂で夕食を一緒にとり、どうでもいい話をして過ごした。
帰り際、声野がふと真剣な顔をして、こちらを見てくる。
「……あのですね。私、前向きになれる目標を一個考えました」
「……何だ?」
「それはですねえ……。見通くんを、アニメ沼に落とすこと!そして……『声野美遊』を、好きになって貰うことです!」
そう言って、声野はにこっと笑った。
「……絶対、見通くんを私のファンにしてみせますっ!」
「……だから、絶対、ここから一緒に出ましょうね」
自室に戻り、程なくして……就寝時間がやってくる。
キンコンカンコーン…
『えー、校内放送でーす。午後10時になりました。ただいまより、夜時間になります』
『間もなく食堂はドアをロックされますので、立ち入り禁止となりま〜す』
『ではでは、いい夢を。おやすみなさい…』
…………。
ぱちりと目が覚めた。
昼間にゴロゴロし過ぎたせいか、途中で起きてしまったのだろう。
それでも寝る前にブルーライトを浴びていないせいだろうか、珍しいくらい寝つきが良かった。
まだ夜中と言える時間だろうとは思うが、すっかり頭は冴えている。
しばらくベッドの中で目を瞑ってみるが、二度寝は出来そうもない。
諦めて起き出した。
今は夜時間……に当たるんだろうが、夜時間に出歩くこと自体は禁止されていなかったはずだ。
水でも飲もうかと食堂の方へ向かうが、今はドアがロックされているんだと思い出す。
学校エリアの方へ足を伸ばし、薄暗い廊下をひたひたと歩く。
「……?」
何の音だ。
向こう側から、ガタガタという音が聞こえてくる。
様子を見に行こうとして、ふと逡巡した。
危険だろうか。
もしかすると、モノクマが夜な夜な何か人目を忍ぶ事をしていて、見てしまった生徒を口封じにかかるかもしれない。
(……まあ、何とかなるか)
襲われるリスクよりも謎の音を謎のままにしておく方が、精神衛生上良くないと判断した。
そっと近付き、音のする部屋へ入り込む。
そこはホールのような、少し開けた空間だった。
正面に扉がある。だが、とてもここから外に出ていけるとは思えなかった。
ほぼ一面にかかる特大の鍵が設置されており、訳の分からない機械が大量に取り付けられている。
壁の両側には監視カメラと……物々しい機関銃?が鎮座している。
そしてその正面の鍵を必死に壊そうとしている、長身の男が目に入った。
「……明日家、こんな時間に何やってるんだ?」
「あ、ああ……」
声をかけるとぎくりと身を震わせて、明日家が振り返る。
「その、別に……。この施錠を壊す方法を見つけられないかな、と思って」
「何も、真夜中にやることないだろ」
「……いや、寝付けなかったからさ……見通君こそ、こんな所でどうしたの?」
「俺は単純に、目が覚めたんで暇潰しの散歩」
話しながら、明日家の顔を見やる。
一見普段と変わらずに爽やかだが、どうにも顔色が青白い。そして眼元に隠しきれない隈が刻まれている。
ひょっとすると、昨日からまともに寝ていないんじゃないだろうか。
「……君は、不安じゃないのか?」
「……え?」
「俺達、少し才能に似通った所があるだろ?だから……君だって分かるんじゃないか?俺達みたいな才能は、経済という水物の中にいる。ほんの一日、いやほんの数時間世間から切り離される事が、どんなに取り返しのつかない事か……!」
「え?ああ、まあ……」
正直、ぴんとこない。
俺の投資は、あくまで手慰みに終始するレベルのものだし……。
何日も今の状態が続き目を離してしまえばそりゃあ帰った時には大損となっているかもしれないが、せいぜい自分の預貯金が0になるくらいで、元々泡銭だった事を思えばさほど執着しなくてはいけないものでもない。
俺が生返事をしていると、しばらく黙ったあと明日家は恨めしい目でこちらを睨んだ。
「……そうか、気楽なもんだよな。君はどんなに悪くしたって、せいぜいひとりで破滅するだけで済むんだから。世界中から叩かれるかもしれないなんて、怯えなくていい。数え切れないくらいの他人の人生を左右する心配なんて、しなくていいもんな」
吐き捨てるようにそう言って、すぐにさああっと顔が青くなった。
口元を塞ぎ、ふらふらと壁に寄りかかる。
「……ごめん、失言だ…………」
いたたまれない沈黙が流れる。
小さい頃、滅多に怒らない母親に叱られた時に感じたような気まずさがある。
能天気ぶって、声をかけた。
「寝た方が良いんじゃないか、明日家」
「……分かってるよ」
拗ねたようにそう言って、ぐっと顰められた目の縁から、涙がぼたりと落ちていった。
「……こんなの、無駄だって分かってるけど…………。嫌な想像ばかり、頭に浮かぶ」
「俺だって、いつも順風満帆だった訳じゃない。それでも可能な限りトラブルには備えてきたつもりだ。でも……こんなの、想定してない」
「……どうしていいか、分からない」
「…………」
気まずい。
他人を慰めるのには向いてないんだ。
それも俺と違って、自分の才能に真摯に向き合い、他人への責任までも背負って悩んでしまうような真面目な人間に対し、俺の言葉が慰めになるとは思えない。
……だから。
明日家の次に真面目だと思われるやつの言葉を、勝手に借りる事にした。
「……俺は、明日家ほど頭が良い訳じゃない。だけど……悩んでるなら、相談してくれ」
「いつでも一緒に、パニクってやるから。……声野も一緒に」
「……何の解決になるんだよ、それ」
「……だよな?俺もそう思う」
ふふ、と笑ったのだろうか。それともふう、と呆れたため息をついたのだろうか。
ともかくふ、と息を吐き出して、少し赤い目をした明日家は少しの間俯いていた。
「……見通君。今夜会ったことは……忘れてくれないか?」
ぐいと目元を擦って、明日家がそう聞いた。
こちらに向き直り、爽やかに微笑む。
「約束してくれたら、俺もきみが声野君を勝手に巻き込んだこと、黙っててあげるよ」
「……さすが社長。交渉が上手いな」
こちらも少し笑顔を返す。
連れ立って歩くのは少々躊躇われたため、明日家を先に自室へ帰した。
数時間の冒険を終える。
ふわあ、とあくびをして、ベッドに潜り込み直す。
再び意識は夢の中へ落ちていった。