キンコンカンコーン…
『オマエラ、おはようございます!朝です、7時になりました!起床時間ですよ〜!』
『さあて、今日も張り切っていきましょう!』
ピンポーン…
校内放送のあと、部屋のチャイムが鳴った。
「おはよう」
ドアを開けると、深い茶髪にジャケットを朝からきっちり着こなした背の高い男が立っていた。
「明日家、昨日はあれから寝たのか?」
「……何の話?」
目をそらしてとぼけられた。
……まあ明日家がいいなら、それでいいんだが。
「それで、どうした?」
「見通くん、身支度を整えたら、食堂に来てほしいんだ」
「……なんでまた」
「話はあとでするよ。……じゃ、頼むね」
それだけ言って、さっさと出ていってしまった。
まあわざわざ断る理由もない。
俺は身支度と言っても大してする事もなく、申し訳程度にさっと髪を整えてから、部屋を出た。
食堂へ着くと、すでに生徒達が集まっていた。
「うう、眠いよう……」
「いきなり呼び立てるなんて、どうしたのよ?」
「一つ提案がある。これから、朝のチャイムが鳴ったら食堂に集合して、皆で朝食を一緒に取らないか?」
「……少し考えたんだけど、ここから脱出するには俺達同士の協力が不可欠だ。そのために……お互いの信頼を築く事が必要なんじゃないかって」
「……んで親睦を深めるための手段が、皆揃っての朝活か。優等生が考えそうなこったな」
見るからに夜型な尾後は不服そうだが、大多数の生徒は異論ないようだった。
「私は、すっごくいい考えだと思いますっ!コミュニケーション大事ですよっ!」
「じゃあわたしも、がんばって起きるねえ。みんなで朝ごはん食べるの、楽しそうだし〜」
「交流会は結構だけど。皆さん、進捗はいかが?あれから脱出の手がかりは、何か見つかったのかしら」
南界が、涼しげな微笑みをたたえてそう言った。
…場が、しぃんとなる。
依然、状況が何も進展していないのには変わりないのだ。
「……あんたさ、ほんっと空気読めないよねっ!いまそういう流れじゃなかったじゃん!」
「あら、ずうっと同じ流れじゃなかった?ここからの脱出、それが唯一の目標だと思っていたけれど。それともあなた達、お友達づくりが目的だったかしら?」
「言い方っ!しょーがないじゃんか、まだ何のヒントも手に入れてないんだからさっ!」
「んじゃ、手に入れさせたげようかなッ!」
モノクマがいきなり飛び出してきた。
「んぎゃっ!」
「い、いきなりなにっ!?」
「そんなに言うなら、脱出のためのヒントを授けてしんぜよう、って言ってんの!」
「……ま、もちろん学園側としては永続的な共同生活推奨なんですけど……。ルール上、学園の事を調べる上で制限は設けられないしねっ!」
「なんでも学校内の『ある場所』に行けば、その映像が見られるようになってるらしいよ!」
「……んじゃ、せいぜいガンバってね〜!」
言うだけ言って、ぽしゅんと消えていった。
「な、何だったんだいまの……」
「で、でも……本当なんでしょうか?脱出のためのヒント……って」
「とても信用できないけどね……」
「あ、で、でも、調べてみるだけならいいんじゃないでしょうか?映像がみられる場所……って、多分、視聴覚室のことですよね?」
声野の発言に、ともかく全員揃って視聴覚室へ移動した。
床には、昨日までなかったはずの段ボール箱が置かれている。
「あ、なんか入ってるよ……!」
そこにあったのは、俺達の名前がそれぞれラベリングされたDVDだった。
「これを、再生してみろ……って事かな」
「……ね、ねえ……。ほんとに見るの?だって、モノクマが用意したビデオなんだよ?どんなヤバそうなのが映ってるか分かったもんじゃ……」
「せっかく個別に別れてるんだから、見たいひとだけ見ればいいんじゃない?個人主義のいいところね」
「……ま、どうせこのままじゃ何の進展もないしねぇ」
何人かがさっさとDVDを手にし、再生にかかった。
俺も空席に座り、自分の名前が書かれたそれをセットした。
備え付けのヘッドホンを装着し、しばらく待つ。
…………。
『……透』
暗い画面から、声が聞こえてくる。
ふわんと画面がぶれ、人の姿が映し出された。
『透、身体は大丈夫?』
母の姿だった。
普段と同じ、シンプルな格好に控えめな表情。
座っているのは、見慣れた自室のリビング。
ほんの数日離れていただけのはずなのに、いやに懐かしく感じる俺の日常だった。
『いつも構ってあげられなくて、ごめんなさい。……だけどあなたは、いつも知らない間に、周りの大人がびっくりするような事をして……』
『投資なんて、私は全然分からないのに、いつの間にか超高校級だなんて呼ばれるようになって……』
『それでも、透ならどこに行っても大丈夫。あなたは、私の自慢の息子よ』
『……何があっても』
そこで一度画面が途切れた。
砂嵐が数秒流れ、次に映し出されたのは……。
跡形もない母の姿。そして、台風に襲われたかのようにズタボロになった、自宅の映像だった。
唖然とする中、モニターから明るい機械的な声が流れてきた。
『希望ヶ峰学園に入学した見通透クン、そんな彼を応援していたご家族の方』
『どうやら、そのご家族の身に何かあったようですね?』
『……では、いったい何があったのでしょうか?学園の謎と合わせて考えてみましょう!』
『ではでは、シンキングターイムッ!』
正解発表は、『卒業』の後で!
「…………」
楽しげなポップ文字が映し出されたあと、映像は終わった。
ヘッドホンを外すと、混沌となった場のざわめきが耳に飛び込んできた。
「な、なんだよこれ!どうして、みんなが……っ!」
「やだ、やだよ……!こんなのやだあっ!」
「み、皆さん落ち着いて……!」
青い顔をした声野が、自身も震えながら必死に周りを宥めている。
「こ、こんなの、捏造に決まってますよ……っ!」
「……そうだよ、たちの悪いフェイク映像だ……!」
「も、もうやだよお……」
大粒の涙をこぼして、軽井沢がそう漏らした。
「もうやだ!おうちに帰りたいよぉお!ママぁああっ!」
「…………」
ぎゅっと手を握ってやっている三雲も、何も声をかけることが出来ずただ顔を青くしている。
皆、揃って恐怖と混乱に包まれている。
……だが、そんな中でもあの男はいつも通りの態度だった。
「……なーるほどね」
尾後は目の前のモニターと……俺達をぐるりと眺めて、知ったふうに頷いた。
「永続的な共同生活推奨……なんて謳っといて案の定、本命はこっちって訳だ」
「『脱出のヒント』ね。ククク……笑わせるぜ。結局、出たきゃあ殺せ、って言ってるだけじゃねえか」
「な、なに笑ってんのよ……!全然面白くないしっ!」
「……分かってると思うけど、全員変な気を起こさないように。さっきも言ったけど……あんなのフェイク映像に決まってるんだから……!」
明日家が、やはり真っ青な顔色をしつつ言い含めるように声をかけた。
「冷静になろう。……とは言っても、急には無理だと思うから……今日はもう休もうか」
「……映像の事だけど、俺は忘れた方がいいと思う。あんな物を真に受けたら、モノクマの思う壺だ」
「そ、そうですよねっ!あんなのもう、考えるだけ体に悪いですよっ!」
ばらばらと生徒達は寄宿舎に戻っていく。
だが、一人だけはいつまでもモニターの前でぼうっとしていた。
「……声野、戻らないのか?」
「……え、あっ……!」
話しかけると、声野はそこでやっと俺に気付いたかのように、身体を跳ねさせた。
「あ、も、戻りますよっ!?ただちょっと、ぼーっとしてて……」
そこで言葉を切ると、申し訳無さそうに俯いた。
「……ごめんなさい。私があの時、調べてみるだけならいいんじゃ、なんて言わなければ……」
「……何も、声野のせいじゃないだろ」
「…………」
声野はしばらく視線をさまよわせていると、ちら、とこちらを見上げてきた。
「……あの、見通くんも、あの映像を見たんですよね……?ど、どう……思いました?」
「……くだらない煽りだな、と」
「ほんとですよねっ。あんなの、子どもだましも良いところですよっ!」
「あんなの絶対、つくりものに決まってますから!いやー、舐められたもんですよねっ!あんな偽物で、私達を騙そうなんて!こっちは脱出の手がかりになるかもしれないって、藁にも縋る思いだったのに……」
「……人を、馬鹿にして……」
「ほんと……全然、面白くないですよ」
そう言って、声野は手をぐっと握りしめた。
いつものおちゃらけた態度とはまるで違う、静かな声だった。
……あるいは、こちらが声野の素だろうか。
「見通くん、もしも……もしもですよ?あの映像が本物だったとしたら……どうしますか?」
「……仮にそうだとしても、今出来る事は何もない」
「……冷静なんですね。それとも、冷たいだけ?……なーんて」
声野の顔を見ると、苦しそうに眉を寄せて、目をそらされた。
「でも、私も、私だって、こんな程度で動揺してなんていられないんです。……『声野美遊』は、こんなものに負けたりしない」
「……だって私、夢売るお仕事ですからっ」
そう言って、声野はにこっと笑った。
思わずはっとするような、完璧な笑顔だった。
「……私ね、声優として活動する上で、決めた事があるんです」
「演技以外では、人前で泣かない……って」
「……ごめんなさい、見通くん。ひとりにしてくれますか……?」
何も言えずに、その場を離れた。
自室に戻りベッドに入り込むと、胸に一吹きの風が流れ込むようだった。
冷たいだけ。そうかもしれない。
たった一人の家族の身が脅かされているかもしれないと言われ……俺はそれが捏造だと感じる以前に、動揺すべきほどは動揺していなかった。
悩んだ時は一緒にいてほしいと話した女子を一人ぼっちにして、痛むべきほどには心が痛んでいない。
考えても仕方ない。
俺に何も出来ないのは事実だ。
明日になれば、もっと冷静に話し合えるはず。
そう言い訳して、強引に目を閉じた。