こちら新エリー都ヤヌス区分局都市秩序部捜査課特務捜査班作戦室! 作:チキンうまうま
暇っすねえ。
常識の通じない超常空間であるホロウにあるとある廃ビル。その屋上で武装の詰まった特殊バックパックを降ろした俺は欠伸を噛み殺した。今この瞬間を班長に見られていれば怒られていただろう。
『セス君、あまり気負いすぎないように。今回の任務では戦果を上げることよりも怪我をしないことを優先して。』
『分かりました!』
「…はぁう。」
左耳につけた通信機から現場組の会話が聞こえる中で、もう一度欠伸を噛み殺す。ここから班長率いる現場組までの距離は500メートルくらいか。いくら欠伸したって絶対に気づかれるものじゃない。
『ネジ。聞こえていますか?』
そう思ったところで突然に通信が入った。何かあったのかと思って、横に置いてあるバックパックから一応アンテナを最大限伸ばしておく。
「…こちらネジ。電波はバリ3、通信明瞭です。何かありましたか?」
『そうですか。ではネジ。』
「はい。」
『決して気を抜かないように。以上です。』
それだけ言って班長はブツンと通信を切った。明らかに俺が気を抜いていることを確信した動きである。
「…エスパーかなにかかあの人。」
背中に冷や汗を垂らしながら、俺はその場に腹ばいになって狙撃銃のスコープを覗き込んだ。
これはその数日前の話。
「今回の任務はホロウ内にアジトを構えるホロウレイダーの逮捕です。」
バン、と様々な資料が貼り付けられたホワイトボードを叩きながら、我らが朱鳶班長が宣言した。そのホワイトボードの周りには俺たち
「今回のホロウレイダーは容疑として無許可でのホロウへの立ち入り、武装の保持、ホロウ内での資源の採取、また市街地でも恐喝や強盗、危険運転などの容疑がかけられています。」
「思ったよりも救いようのない奴らじゃの…。」
その場にいた全員を代表して青衣先輩が白湯を飲みながらつぶやいた。その一言に治安官全員がうんうんと首を縦に振る。
「班長!質問です!」
「なんですか、セス君。」
そんな中、熱心にメモをとっていたセスが手を挙げた。
「連中のアジトの場所は分かっているんでしょうか!」
「はい。それについては今から説明しますが…他部署の協力の上、アジトの位置は判明しました。ただ…」
「ただ?」
苦々しげな顔をした班長が拳を軽く握り、ホワイトボードに貼られていたある写真をコツコツと叩いた。その写真にはかなり大きくて派手なトラックが映っている。
「…デコトラですか?地元以外で久しぶりに見ましたねこんなド派手なの。」
「違います。」
ちゃうんかい。予想が外れた俺は静かにコーヒーを飲んだ。そんな軽い態度の俺と対照的に、朱鳶班長の表情は暗い。
「トラックまではあっています。ただ、問題なのはこのトラックがアジトとなっていることです。」
「…ふむ。」
「情報によれば元は一般的な貨物用トラックだったようなのですが、今ではその面影はありません。全体に対侵食加工、及び防弾、防刃加工もなされています。車体各所には外装として武装が取り付けられ、迂闊には近づかない状況です。」
総括すれば…防御面、及び攻撃面において高い性能を維持しながら移動も可能な拠点ということか。それは厄介という他あるまい。
「班長、ついでに聞きますが連中の数はどのくらいで?」
「常にこの周りにいるのは20名程度です。ただ、ホロウ内各地に散らばった傘下組織の構成員を含めればもっと増える見込みかと。」
「…朱鳶治安官、君は一体それをどうやって逮捕するつもりかね?」
作戦室にきていた上役の1人がじろりと班長を睨みつけながら尋ねた。その眼光に怯むことなく、班長が資料の束をめくる。
「突破口はあります。奴らの欠点としてはその火力のほとんどをこの移動拠点からの射撃に頼っていることです。それに頼り続けてきたせいでしょう、個人の装備は貧弱と言っても過言ではありません。」
資料のページをめくり終えた班長がある写真を見せてくる。その写真を見る限り、確かに装備は改造バットに手製の火器とかなり貧弱だ。
「…ほう。セス坊なら余裕で防げる武装であるな。」
「ええ、任せてください青衣先輩!俺が全部防いで見せますよ!」
「だからセス君は力みすぎないように。…それから、第二の欠点としては武装の射程の短さです。そもそも彼らの武器は闇武器ですから我々の武装に比べて性能が低い傾向にあります。ですから基本的には寄ってきた敵を射撃する、あるいはこの車体そのものが攻撃目標に近寄り射撃、あるいは突貫をしている模様です。つまり、」
そこで朱鳶班長が俺を見た。
「
「ええ。要は…みんなが気を引いているうちに俺が全部狙撃すればいいってことですよね?」
「そういうことです。」
班長が頷き、青衣先輩とセスが期待のこもった目で俺を見てくるのに対してそれ以外のその場にいる全員が疑いの目で俺を見る。無理もない。だって今名前が挙げられたのは
「前提の情報は以上です。それではこれから作戦の詳細について説明します。」
その雰囲気をぶった斬るように、班長が一際大きな声を上げた。
「まあ正面衝突するまで俺役目ないんだよなー、と。」
独り言を呟きながらスコープを覗き込む。十字の入った、円形に切り取られた視界の中で無駄にゴテゴテしたトラックが鎮座している。
「
視界に班長たち3人の姿が映る。それと同時にバックパックに入れた
【北北西の風風力4メートル、温度23.6℃湿度82%。ホロウ環境は安定、エーテル濃度は─】
「……………」
耳に流れ込んでくる大量の情報を処理しながら息を止める。狙撃の時に呼吸は邪魔だ。今はほんのわずかな揺れも欲しくない。
視界のど真ん中で、トラックの上の機銃を捉える。狙うは銃身。そこを撃ち抜けば間違いなく使えなくなる。
標的までの距離はおよそ800メートル。多少の回転こそすれど動いていない相手にこの距離ならば。
(この俺が外す訳がない。)
確信と共に、引き金を引いた。
ホロウレイダーの振り下ろす棍棒をセスは盾で受け止める。怒号や銃声が駆け巡る辺りで、新たに金属音が響きわたった。
「負ける…かあ!」
受け止めた棍棒を逆に弾き飛ばす。未熟とは言え訓練された治安官の剛腕は、容易くホロウレイダーを吹き飛ばした。
「よし!班長、次、は…!」
その感慨に浸る間も無くセスは再び盾を構えた。それと同時に盾を持った手に走る多重の衝撃。トラックに取り付けられた機銃による射撃がセスを襲っていた。
「うおおおおお!?」
「セス坊よ、そのまま動くでないぞ!今は防御に専念せよ!」
「は、はい!了解!」
放たれた大量の銃弾による衝撃であっという間に手が痺れてしまう。このままだと盾を持たなくなるのも時間の問題だろう。
(くそっ。衝撃がつらい。先輩はまだっ…!?)
ビリビリと手が痺れてきた最中。激しい金属音と何かがひしゃげる音と共に突然にその衝撃が止んだ。それからホロウレイダーたちの慌てる声もする。
「やっとか、先輩!」
盾にこめていた力を緩め、視界を上にあげるとそこには真ん中からへし折れた機銃の姿かあった。先程まで自分を追い回していた勇姿はもはや見る影もない。
「クソっ、狙撃はどこからだ!?」
「分かりません!急に撃たれちまいました!」
「くっ、まあいい。まだ武装はある…」
そう言った側から2台目の機銃が破壊された。それからすぐに3台目、そして4台目。
「…お見事です、ネジ。」
その技巧に朱鳶は素直に賞賛を送った。彼女とて治安局の射撃大会で賞を取った事のある身。その彼女ですら単純な射撃、および狙撃技術ではネジの方が上をいくと認めている。
なにせネジは
「くっ…!撤退だお前ら!」
得体の知れない狙撃手によってトラックに付けられていた武装は全て破壊され、構成員たちも何人も膝を撃ち抜かれた。その事実にホロウレイダーのボスは号令をかけ、無事な者たちだけで逃げようとする。全員が慌ててトラックの荷台に乗り込み、いざ出発しようとしたところで運転席から悲鳴が上がった。
「ボ、ボスゥゥゥ!!!」
「ああ?早く行かねえかお前っ…!?」
「ハンドル、ハンドルがあああ!」
運転手が持っているのはさっきまでハンドル…だったもの。運転手が座席に乗りこんだ瞬間に防弾ガラスをぶち抜いた弾丸が一瞬にして破壊したのである。そしてハンドルを失った今、彼らにトラックを動かす術はない。
「もう一度言いますが、これ以上の抵抗は無駄です。」
そんな彼らに凛とした宣告が迫る。
「全員、逮捕する!」
もはや逃げ場はない。そのことを悟ったホロウレイダーたちはがっくりと項垂れ、両手を上げた。
『ネジ、聞こえますか?作戦終了です。お疲れ様でした。』
「了解。そちらは負傷ないですか?」
『ええ。全員怪我なく無事です。そちらもエーテリアスに襲われたりしていませんか?』
「幸いなことに。」
通信機越しに話しながらゆっくりと銃を持って立ち上がる。それから周りに置いていたいざという時のために広げていた拳銃とドローンを全てバックパックにしまう。
『今から回収班が来ます。ランデブーポイントに変更はありません。』
「了解。今から移動します。」
『分かりました。道中エーテリアスには気をつけてくださいね。』
「分かってますよ。」
それから狙撃銃をケースにしまい、代わりにアサルトライフルを手に取った。最後に忘れ物がないかを確認して、誰もいないビルの中へと歩き出す。
この後エーテリアスに会わないことを祈りながら。
ネジ
ポジションは狙撃手。ただしホロウ内部という地形上狙撃ができない時はアサルトライフルと自律による援護を行うことが多い。
彼の装備であるバックパックにはドローンや拳銃、通信機器や狙撃用観測機器、医薬品や非常食が入っている。
ネジの狙撃銃
対エーテリアス及び対物用ライフル。
HIAと治安局で採用されている狙撃銃の中で最も威力の高い物を愛用している。