亜人と青春   作:クロウト

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#1 『 涅槃 』

 

 

「 亜人 」___。それは死なない人間と呼ばれる新生物の呼称である。

 

 初めて亜人が確認されたのは17年前のアフリカの戦場であり、其処では亜人と成って戦う人々の事を神の兵として崇め奉られていた。然し亜人の存在が世に広まり始めるのと同時にその独自の信仰は徐々に息を潜める様になり、今や亜人と言う存在は酷く普遍的な存在となった。

 

 

 現在地球上では46体の亜人が観測されており、それぞれの国の保護下の元で亜人は保護されている。そして彼らの協力の元に人類が新たな進化を果たすことを目指して研究を続けている。

 

 

 亜人の識別方法は“不死性“を利用したものであり、単純に亜人だと思わしき者を一回だけ殺して仕舞えば識別は可能だ。

 

 

 _____ だが、言うは易し行うは難し。亜人に分類される人でも自分が亜人である事は分からなく、更にはそれ以外の識別方法も見つかってはいない為に、まだ未観測の亜人が人間に紛れて何処かの街で潜伏してる可能性が高い。死なないと言えどもその点を除けば彼らはただの人間である事に変わりは無く、不死性を持ったとしても身体の老衰には抗えないし寿命と言う概念も存在している。

 

 

 都市か或いは町村か.また或いは外国か.亜人は至る所に息を潜めている。自分が亜人だと気付かずに暮らす者も、一度死んで自分が人ならざるものと認識した亜人も観測されている46体外の亜人の動向の足取りは未だ掴めてはいない 。

 

 

 


 

 

 _____ その日はとても暑かった。

 

 

 蝉時雨が耳を劈き、灼熱の日差しが肌を焼く。鬱陶しくなるほどに広がる青空の元を歩いているだけの退屈な時間。遠方からは鼓膜を刺激する蝉の鳴き声に混じって銃撃の音が環境音と混ざり合って行く。

 

  退屈ではあったが、その時間と空間は間違い無く“洗練“されていた。

 

 洗練された退屈さが暑さと共に自分を毒の様に蝕むが、遠くに響く銃撃の音を命の危険を晒しながら聞きに行くよりかはこの退屈を味わった方がよっぽど安全であって、よっぽど静かな雰囲気を堪能は出来た。

 

 身体を覆い尽くす様な滲み出た汗も暑さで鈍った両足も、この夏でしか味わえないものだと思いながら、特に目標も無い様な散歩を繰り返しながら整備されたコンクリートの道路を歩く。

 

 

「 今日は車の通りが多いな。 」

 

 

 時刻は早朝と昼の狭間の中に位置する時間帯だった。太陽の位置が真ん中よりも少し下に位置していたので恐らくはもうすぐで昼時に入る時だったんだろう。仕事の合間に昼食に繰り出す車や出張や外回りの仕事に行こうとする車が丁度カチ合ったのか、この時間帯では珍しく車の通りが多く感じたが、自分が歩いている歩道には人通りが少なく、昼食を買いに来た女子生徒や会社員数人ぐらいしか歩いていなかった。

 

 

「 今頃、あっちじゃ大変な事になってるだろうな。 」

 

 

 遠方に鳴り響く銃撃の音に耳を傾けてみる。銃が乱射される音が環境音として脳が処理されているのは些か可笑しさを疑う様なものだが自分が住んでいる付近ではこういう抗争や紛争じみた事は高頻度で起こり得る物なのでいちいちこういう事に頭を働かせてしまっては脳の働きを阻害しかねないので“いつもなら“自分はこの音なんて気にせずにこの道を歩いていたかもしれなかったが.今回はそう言う訳にも行かなかった。

 

 

 

「 “連邦生徒会長の失踪“か。なんだか現実味を帯びないな。 」

 

 

 

連邦生徒会長___。それは此処、学園都市キヴォトスの行政全体を担う連邦生徒会の代表取締役の様な者であり、実質的にキヴォトスでの最高権利を有している人物でもあった。

 

  だが、その連邦生徒会長が失踪。加えて生徒会長の権限によって機能していたキヴォトスの中枢であるサンクトゥムタワーの機能停止も起きてしまい今現在のキヴォトスの治安は実質的に死んでいると言っても過言では無かった。

 

 自分が住んでいるところはサンクトゥムタワーから割と遠い所にあるものの治安が死んでいるという点からここ一体にも治安が崩壊した事によって動きが活性化した不良達が武力行使による建物占拠を行おうとしている事もあり、偶に銃弾や猿叫の様なものが聞こえてくる事があった。

 

 

「 このまま、何事も無くタワーが復旧すると良いんだけどな。 」

 

 

 今はサンクトゥムタワーと治安を立て直すと言う二つの目標を果たすべく、連邦生徒会が鎮圧に向かっているらしい。流石に戦況までは分からないがキヴォトス全体の行政を担う生徒会が鎮圧に赴いているので数日か或いは数時間程度でこの騒動は収まるだろう。その過程で流石に自分達の地域が脅かされる事は無いだろうとそう思っていた。

 

 

 

「 暇だなぁ。 」

 

 

 今思えばこの考えは酷く傲慢で愚かだったのかもしれない。自分だけは巻き込まれないだろう、自分はこのまま静かで穏やかな生活を送っていけるだろう、とこの時の自分はまだ闘いと言うのは誰に対しても容赦無く牙を剥いてしまうという至極当然の事実を見逃していたのかもしれない。

 

 

 

 暫く道路を歩き時間が流れて行く。車道に走らせていた車たちはいつの間にか無くなって行き、閑散とした雰囲気が辺りを包んで行く。そして自分が何も考えずにただ歩く事だけに意識を集中して正面の交差点に足を踏み入れて横断歩道を渡り切ろうとした瞬間に.“それ“は起きてしまった。

 

 

「 _____ ....っつっっ !!!!!! 」

 

 

 意識がある意味では朦朧としていた。暑さで集中力は削がれてしまい、歩く速度も鈍くなってしまっている。仕舞いには額に滲み出る汗に意識が向いていたからか自分に迫り来る“ソレ“に気付かなかったのかもしれない。

 

 

 

「 _____________ 避けろぉっ !!! 」

 

 

 

 誰かの叫び声に自分の意識は覚醒し、両眼が見開く。冷水を頭から被った感覚と共に急に五感が機能を復活させた様に、耳にはエンジンを走らせる様な駆動音が鼓膜を破らんとする。自分がその轟音に気付き音の鳴る方へと急いで視界を向かせて自分に何が迫っているのかを確認しようとすれば___。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「 は? 」

 

 

 自分の眼前には自分の体躯を軽く凌駕してしまいそうな一つの戦車の様なものが自分の視界を支配していた。

 

 

 

 

 

ドンッ!!!!! 

 

 脆い人体の肉を鉄塊が容易に吹き飛ばす。それと同時に自分の身体全体には何とも言い難い様な鈍痛が襲いかかって来る。胸部の肋骨が粉砕し骨片が臓腑を突き刺して行く鋭い痛みと吹き飛ばされた衝撃によって筋肉が破裂して行くような重みのある痛みが重なり合って歯を食いしばる余裕も無く、光輪すらも無い自分の身体を鉄塊が容赦無く砕いていった

 

 

ドチャリ

 

 生々しい肉音が灼けたコンクリートに打ち付けられる。鉄塊によってズタズタにされて裂けた頭皮から溢れ出んばかりの血が流れて来る。痛みによる神経の麻痺のせいで徐々に身体から痛みが抜けて行く感覚が身体全体を包んで行く。痛みとその他全ての感覚を奪って行くような感じに朧げになっていく意識の中では出来る事は無かった。

 

 

「 ぉ、おい!! あんた大丈夫かっ. !!! 」

 

「 っっ、きゅっ.救急車っ...いや...この状態じゃっ... 」

 

 

 _____ 戦車から忙しなく降りてきた者達の声が聞こえて来る。焦燥に満ちた声も、顔も、朧げになってしまった手放してしまいそうな意識の中では自分にとっては何もかもが虚に消えてしまっていた。

 

「 死 」と言うのは時も場合も人も選ばずに誰に対しても平等に降り掛かる異変だ。生まれ落ちて死ぬという最大の変化でもあり異変とも言えるその“時“は何時も唐突にやって来る。

 

 .改めて、その事実をこの出来事で再認識させられた。

 

 

 

( 実りのない人生だったな)

 

 

 この状態ではどう足掻こうとも助からない。全身の骨が粉砕されて臓腑が破裂してしまっているのではどうしようもないという事実だけが現実に突き付けられるだけだろう。最後に自分に残されたのは断片的で今にも消えてしまいそうな思考回路のみ。口は動かず、喉を鳴らす事さえも叶わない。今際の際で何かを言い残そうとした所で無駄な事は分かっていたがこうも完璧に死を突き付けられると返って頭が冷静になっていく自分を憂う力すら残ってなかった。

 

 

 

( どうせならちゃんと老衰で逝きたかった...かな)

 

 

 遂に自分の視界が閉じた時にはもう思考する力すら無く、ただ力無い様に瞼を閉じる事しか出来ずに朧げに映っていた世界は暗闇に包まれて行く。聴覚はもう何も感じ取れなくなり、嗅覚も触覚も何もかもが断たれた世界で自分自身が出来る事はただ自分の中に訪れる死を受け入れる事だけだった_____。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

“筈“だった。

 

 

 

 

 

 

ジュクジュク

 

 

 _____ 自分に何か黒く蠢く様な物が渦を巻きながら身体全体を包んでいる様な鮮明な感覚に陥った。全ての感覚が遮断された死亡状態から一転して、自分の意識が完全に落ちた後かそれとも自分の身体に死が完全に定着したタイミングでこの不気味な感覚が身体全体を支配する様になった。

 

 

( _____ ? )

 

 

 何かがおかしかった。人は死んだらもう何も残らない筈。死んだらもう身体も動かす事は出来ないし思考する事も行動する事も出来ない。だから今、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を理解する事が出来なかった。

 

 

( ... どう ... なってるんだ。)

 

 

思考が廻る。脳が修復されて行く。黒く蠢く粒子の様なモノがまるで先程の戦車との衝突と自分に訪れた死が無かったかの様に戦車に撥ね飛ばされた自分の身体の傷が段々と修復されて行くのをその身体を以って実感していた。

 

 

「 ...ぅうううううっ...!!!

 

 

意識が鮮明になっていく。鈍痛が無くなっていく。喉が鳴らせる。視界が晴れる。日差しが身体を灼き焦がす感覚を覚えて行く。

 

骨が折れて肉が断裂した筈の足もう自分の身体を支えるほどに完治しており、晴れ行く視界の中で自分を撥ね飛ばした戦車をもう使い物にならない筈の手で支えにしながら徐々に立ち上がって行く。

 

 

ジュクジュクッ

 

そうして自分が完全に死んだ状態から復活すると先程から自分の身体に付き纏う様に漂っていた砂塵にも塵芥にも似たような黒い粒子が風に乗って消え行く様子が視界に映り込んだ。辺り一面がその黒い塵で覆った後に捉えた次の光景は冷静になった頭脳で考えれば至極当然であろう景色が広がっていた。

 

 

 

「 ...ひぃっ ...!!! な、なんだよあいつ!?!?!? 」

 

「 傷が...何処にも無い?!...そんな...あんな致命傷を喰らって... 」

 

 

人々の懐疑的で恐怖が折混じった様な声色だった。戦車に乗り込んでいた不良生徒達は顔を真っ青にしながら此方を見据えている。だが今の状況を一番分かっていないのは自分自身だ。今何が起こったのか、そしてこの一連の流れは如何して起こってしまったのか。

 

 

そして_____()()()()()()()()()()()

 

 

自分が今知っている情報が余りにも少な過ぎた。だからこそ死から一命を取り留めたか或いは“蘇った“かもしれない自分自身にも焦燥の感情が徐々に込み上げて来ていたのだった。

 

 

「 ____ .... 化け物っ。 」

 

 

誰かが自分を見て...そう言った。確かに戦車に跳ね飛ばされて光輪すらも持ち合わせていない者がいきなり負った傷すらも全て治癒してしまい

まるでその事故と身に降りかかった死が無かった様に死人から帰った生者を見ればそう思うのも無理は無いだろう。寧ろそういった恐怖の感情や軽蔑の念などを向けられる方がこの状況下では至極当然に向けられるべき思いなのだったのだろう。然しその言葉を聞いた瞬間...自分はその言葉を言い放った人の方へと向き直り、半ば反射的にその人の言葉に対して返答を返した。

 

 

 

 

「 俺は....化け物じゃない !!!!!!!!!!!! 」

 

自分は人間だ。人間である筈だ。自分が人外である筈が無い。化け物と呼ばれる様な者である筈が無い。目の前の事象をその時の自分は真っ向から否定したかったのかもしれない。論理的にも考えられなくなった焦燥に満ちた頭の思考回路の中ではただ人間として今日まで生きた自分の存在を肯定したかっただけなのかもしれない。どちらにせよ蘇ったばかりの自分にこの状況を打破する策なんて思いもつかなかった。

 

 

「 ......クソっ ...。 」

 

 

何とも言えない気持ちだった。死ぬはずだった身体がまた再びその生を取り戻して生き永らえた自分を祝福したい筈なのに頭の隅では自分が化け物の類の存在なのでは無いかと言う不安が頭を過ぎる。自分は化け物じゃない、自分は人間だと言い張ってもそれを証明する証拠すら一つも見つからない。そんな自分の心に溜まった負の感情を払拭する為かいつの間にかその完治した足は交差点の奥へと走らせていた。誰の声も聞こえないような全力の速度で、何も考えず何も思わずにただただ銃撃が鳴り響く奥地へと無自覚に足を踏み出して行った。その走らせる足は先程まで暑さで鈍くなっていた鈍足の歩みよりも何倍も早く硝煙溢れる戦場へと突き進んでいってしまったのだった。

 

 

 

 

 

 

_____ 蝉時雨が煩く響く晴れた青空の下、今日...俺は人間を辞めてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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